第133話: 決戦の地へ
夕方の玄関ホールは、靴音と金具の触れ合う音で満ちていた。私は外套の留め具を確かめ、机に並ぶ封印札と結界石を順に袋へ収める。アレキサンダー様は剣帯を締め直し、フィリップさんとセレスティアさんは魔道具の点検結果を短く共有していた。
メイド長は古い銀鍵を胸元で握り、私の前に立つ。
「屋敷の守りは私が預かります。どうか、迷わず進んでください」
隣でリリーが目を潤ませながら笑った。
「エリー、絶対に帰ってきて。みんなでまたお茶しよう」
喉の奥が熱くなり、私はうまく言葉が出ないまま頷いた。次の瞬間、誰からともなく距離が縮まり、全員で抱きしめ合う。腕越しに伝わる温度と匂いが、怖さの中に確かな居場所を作ってくれた。離れたくない気持ちごと抱えたまま、私は「行ってきます」と小さく言った。
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書斎へ移ると、ことりの光が机上の魔法陣図をなぞるように脈打った。私は術式板に手を添え、フィリップさんの指示で補助記号を追加していく。外層固定、中層転写、中枢同調。何度も確認した手順なのに、今夜は一画ごとに重みが違った。
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【ことり】
魔法陣の最終調整を実行します
同調誤差を補正中
中枢位相を再計算しました
[魔力: 10/150]
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「位相ずれは解消、これで起動条件を満たせる」
フィリップさんが息を吐く。アレキサンダー様は私の肩に手を置き、「ここまで来た。後は君の意志を信じる」と低く言った。
私は図面の中心を見据える。
「必ず成功させます。誰も失わないために」
ことりが柔らかく明滅し、最後の補足を表示した。
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【ことり】
確率は上昇しました
推定成功率: 62%
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その数字は、恐怖を消さないまま、前へ進む理由をくれた。
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夜のリビングには、煮込み料理の湯気と焼きたての香草パンの香りが広がっていた。決戦前とは思えないほど静かな食卓を、私たちは囲む。セレスティアさんが珍しく冗談を言い、フィリップさんが肩をすくめ、リリーが笑い声をこぼす。その小さな連鎖が、張りつめた空気を少しずつほどいていった。
アレキサンダー様は私の皿に温かいスープをよそい、短く「食べておきなさい」と言う。私は「はい」と答え、湯気で曇る視界の向こうに並ぶ横顔を見つめた。
メイド長は皆のカップへ紅茶を注ぎ終えると、私に向かって穏やかに微笑む。
「必ず帰ってきてください。帰る場所は、ここにありますから」
胸がいっぱいになり、私は両手でカップを包んだ。温かな陶器の感触が掌に吸いつく。家族みたいだ、と思った瞬間、涙が滲みそうになって慌てて瞬きをした。守りたい場所があるから、私は怖くても進める。食卓の灯りは、その決意を静かに照らしていた。
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夜の門前。石畳に並んだ影が、灯火に長く伸びていた。私たちは装備を整え、最後に互いの顔を見る。
ことりが胸元で強く光った。
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【ことり】
精神安定化モードを維持します
準備は万全です
[魔力: 10/150]
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「行きましょう」
私の声に、仲間たちが力強く頷く。アレキサンダー様が門を越え、私はその隣へ並んだ。屋敷の灯りを背に、運命の戦いへ向かう最初の一歩を踏み出す。
**次回予告**
いよいよ決戦の舞台へ。全員の想いと絆を胸に、運命の戦いが始まる。
第134話「運命の戦い」をお楽しみに!




