第118話: ヴィクターの目的
朝の解析室には、夜の名残みたいな冷気が薄く残っていた。私は革紐で縛られた計画書の束を机へ置き、指先で封印蝋の欠けた縁をなぞる。ひび割れた赤い蝋の感触はざらついていて、急いで隠された記録だとすぐ分かった。
アレクサンダー様は向かいで地図と文書番号を照合し、短く言う。
「君は本文を追ってくれ。私は付随記録と年代を取る」
「はい。照合できたものから、私が印をつけます」
役割を決めると、余計な焦りが少し引いた。紙をめくる音だけが重なり、部屋の沈黙に細いリズムを作る。ページのあちこちに、同じ語が現れた。
――楽園。新秩序。永続化。
甘い響きの言葉ばかりなのに、行間には人を部品として扱う冷たさが滲んでいる。私は無意識に唇を噛み、隣のアレクサンダー様へ視線を向けた。彼も同じ語を見つけたらしく、眉間に深い影を落としていた。
掌のことりが淡く明滅する。
【ことり】
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待機モードで監視を継続します。
必要時に分析指示を入力してください。
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[魔力: 60/150]
私は頷き、紙束を中央へ寄せた。張り詰めた空気の中で、私たちの呼吸だけが不思議と同じ速さで揃っていく。
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昼の光が強くなるころ、私は三種類の資料を横に並べた。理念文書、術式設計書、実験記録。別々に読めば意味が散るのに、重ねると同じ中心を指している。
私はことりを机の真ん中へ置いた。
> ことり、計画書と術式構造の統合分析を。共通条件と最終目的を抽出して。
【ことり】
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統合分析を開始します。
対象:理念文書2件、術式設計書3件、実験記録4件
整合性:高(87%)
最終目的:
「世界を不死者の楽園へ再編する」
主要条件:
1) 時間拘束系呪術の中核(侯爵呪い)
2) 転生者の魂由来エネルギー
3) 永続化術式の完成
補足:
上記2要素は代替困難。計画中核に固定されています。
魔力消費:-10(残50/150)
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[魔力: 50/150]
胸の奥がひやりと冷えた。やっぱり、私たちは偶然狙われているんじゃない。
アレクサンダー様は紙を握る手に力を込め、低く吐き捨てる。
「救済を名乗って、他者の生を奪う気か……」
怒りははっきりしていた。けれどその下に、嫌悪と疲労が重なっているのが分かる。私は資料を閉じ、彼の視線をまっすぐ受けた。
「利用させません。呪いも、私の魂も、あの人の理想のためには使わせない」
アレクサンダー様は私を見つめ、ゆっくり頷いた。
「君のその言葉が、私を引き戻してくれる」
私はページ端に描かれた青い石の略記号を指先でなぞる。母のペンダントと同じ形。意味はまだ断定できないけれど、計画の深部に繋がる印であることだけは確かだった。
「この印……次の鍵になりそうです」
「出し切るには、まだ情報が足りないな」
「はい。だからこそ、急いで飛び込むより、持ち帰って組み直すべきです」
言葉にすると、恐怖が少しだけ輪郭を持つ。輪郭があれば、対策に変えられる。
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夕方、私たちは資料を防湿袋へ封入し、遺跡出口手前の回廊で最終確認をした。壁の隙間から入る風は冷たく、紙袋の角がかすかに震える。
私は要点を読み上げる。
「目的は“不死者の楽園”の構築。必要条件は呪いの中核と転生者の魂。術式は未完成だけど、方向性は明確」
アレクサンダー様は視線を前へ向けたまま、慎重に言葉を選んだ。
「ここで深入りはしない。一度帰還し、戦える形に整える」
そして、ほんの短い沈黙のあと、私を見る。
「君を守るためだけじゃない。君と並んで戦うために戻ろう」
胸の奥が熱くなる。私は頷き、彼の手の上に自分の手を重ねた。冷えた皮手袋越しでも、伝わる温度ははっきりしている。
「はい。帰って、反撃の準備をします」
ことりが最後の通知を出した。
【ことり】
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推奨行動:帰還後に次段階推定を実施。
現地での追加探索はリスク増大。
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[魔力: 50/150]
私はことりを握り直し、息を整える。重い真実を知ったはずなのに、足取りは不思議とぶれなかった。怖さはある。けれど、怖さを共有できる相手が隣にいる。
私たちは回廊の闇を抜け、帰路へ向かった。夜の向こうには、待つべき仲間と、始めるべき反撃がある。
**次回予告**
遺跡で得た決定的情報を携え、私たちは屋敷へ帰還する。待っていた仲間との再会、そしてヴィクター対策の本格会議へ。静かな夜は、次の戦いの準備時間になる。
第119話「帰還」をお楽しみに!




