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異世界の侯爵家に招かれた元SEの私、手のひらサイズの語り箱と秘密だらけの屋敷で溺愛されています  作者: プロンプト時雨
第IV部: 暗転と再起

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115/160

第115話: 誓い

**次回予告**

張りつめた緊張のあと、ようやく訪れる束の間の休息。けれど甘い時間の裏側で、結社は次の一手を進めていた。誓いを胸に、エリアナたちは次の局面へ備える。


第116話「休息の夜」をお楽しみに!


遺跡の外へ出た瞬間、夜の空気が肺の奥までまっすぐ落ちてきた。石と埃の匂いに慣れていた鼻に、湿った草の香りが新鮮すぎて、少しだけめまいがする。


頭上には雲の切れ間があり、そこから覗く星が冷たい光を散らしていた。足元の土はまだ昼の熱をわずかに残しているのに、頬を撫でる風はひどく涼しい。生きて外へ出られた実感が、遅れて胸に満ちてくる。


侯爵様は周囲を確認してから、私の方へ向き直った。剣を収める金属音が、小さく夜に溶ける。


「ここなら、少しは落ち着いて話せる」


私は頷いた。資料袋を抱えた腕が重い。けれどその重みは、絶望ではなく手がかりの重さだ。


「侯爵様。さっき見つけた資料、やっぱり……」


言い切る前に、侯爵様は静かに首を振った。


「分かっている。ルシアの研究は、彼女の願いとは逆の方向へ使われていた」


その声音には怒りも悲しみもあった。けれど、最も強いのは覚悟だった。私はその表情を見て、胸が締めつけられる。


「私、怖いです。真実が分かるほど、失いたくないものが増えていくから」


侯爵様は一歩だけ近づいた。距離が縮まると、外套に残る革と金木犀の香りがふわりと届く。


「私も怖い」


低い声が、夜の静けさの中でまっすぐ響いた。


「だが、君を失うことの方が、何より怖い」


喉の奥が熱くなる。言葉を返そうとしても、うまく息が続かない。私は唇を噛み、視線を落とした。


すると侯爵様は、私の手をそっと取った。指先を包む手は大きくて、でも力任せではない。壊れ物を扱うみたいに丁寧で、だから余計に涙が滲む。


「エリアナ」


名前を呼ばれ、顔を上げる。


「呪いが解けたら――正式に、結ばれよう」


心臓が一拍遅れて、強く跳ねた。夜風の音も、遠くの虫の声も、一瞬だけ遠のく。


侯爵様の紫の瞳は揺れていない。飾りの言葉ではなく、未来を賭けた誓いだと分かる。私はたまらず両目を閉じ、こぼれた涙を頬に感じた。


「……はい」


声は震えていた。


「私も、呪いを解いて、あなたと同じ未来を歩きたいです」


言い終えた瞬間、侯爵様は私を優しく抱きしめた。胸板に額を預けると、規則正しい鼓動が耳に届く。温かくて、確かで、ここにいる理由を思い出させる音だった。


私は外套の布を握りしめ、肩の震えが落ち着くまでそのまま目を閉じる。これが私の安心ビートだと、今度はすぐに分かった。恐怖も痛みも消えないけれど、この腕の中なら進める。


少しして、私は涙を拭ってことりを取り出した。大事な誓いを、感情だけで終わらせたくない。条件を明確にして、次の一歩を定義する。


> ことり。今の誓いを含めて、呪い解除の成立条件を再分析して。


【ことり】

*************

条件再評価を実行します。

誓約反応を検知。


呪い解除の主要条件は以下の三点です。

1) 純粋な愛の誓い

2) 完全な魔法陣

3) 転生者の魂の力


現在判定:

1) 充足(成立)

2) 未充足(構築中)

3) 未充足(発動条件未到達)


総合成功見込み:72%

魔力消費:-10(残30/150)

*************

[魔力: 30/150]


表示された三つの条件を見つめる。これまで別々に見えていた手がかりが、ようやく一つの道筋として繋がった。


純粋な愛の誓いは、もう交わした。なら次は、完全な魔法陣。そして転生者の魂の力を、逃げずに受け止めること。


私は深く息を吸う。


「もう曖昧にはしません。私、全部やります」


侯爵様は抱擁を解き、今度は私の両肩をまっすぐ支えた。


「君ひとりには背負わせない。私は君と共に戦う」


その言葉に、胸の奥が熱を持つ。守られるだけじゃない。並んで進む。そう望んでくれることが、何より嬉しかった。


---


私たちは遺跡から少し離れた丘に移動した。視界の先に、夜の森が黒い波みたいにうねっている。結社が消えた北東の方角も、今はただ暗く沈んでいた。


風に揺れる草の音を聞きながら、私は地面に広げた簡易地図へ資料の要点を書き込む。結社の撤退経路、研究転用の優先順位、ヴィクターの指示系統。頭の中の混線を、線と文字に落としていく。


侯爵様は隣に膝をつき、私の書き込みを静かに追った。


「手順が明確だ。焦りに流されていない」


「焦ってはいます」


私は苦笑して、炭筆を止める。


「でも、焦りのまま走るのと、焦りを見える形にして進むのは、違うから」


前世で何度もやったことだ。障害対応、優先度、切り分け。あの頃はただ仕事の技法だったけれど、今は誰かの命を守るための技法になっている。


ことりの光が、掌で弱く脈打った。


【ことり】

*************

補足通知。

現在の魔力残量は30/150です。

行動継続は可能ですが、休息を推奨します。

次回行動前に回復を確保してください。

*************

[魔力: 30/150]


私は小さく頷く。


「了解。次は必ず、休息を挟んでから動く」


侯爵様が安堵したように息をついた。


「その判断ができる君を、私は信じている」


私は顔を上げ、星空を見た。さっきより雲が流れて、光の数が増えている。冷たい夜なのに、不思議と心は温かかった。


「侯爵様」


「どうした?」


「さっきの誓い、戦いが終わっても忘れないでください」


侯爵様は微笑み、私の額にそっと口づけを落とした。


「忘れるものか。あれは私の願いであり、約束だ」


胸の奥で、涙とは違う熱が広がる。私は照れを隠すように咳払いして、地図を畳んだ。


「じゃあ、その約束を守るために。まずは生き延びましょう」


「もちろんだ」


立ち上がると、草についた夜露が靴の縁で光った。私たちは並んで歩き出す。歩幅は同じ、向く先も同じ。


北東の闇の向こうに待つものが何であれ、もう一人で向き合う必要はない。誓いは重荷じゃない。未来を選ぶための、確かな支点だ。


私は胸元のペンダントとことりを同時に握り、静かに目を閉じる。


――必ず、呪いを解く。


そして、この手で掴んだ未来を、もう二度と離さない。

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