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異世界の侯爵家に招かれた元SEの私、手のひらサイズの語り箱と秘密だらけの屋敷で溺愛されています  作者: プロンプト時雨
第IV部: 暗転と再起

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第113話: 覚醒

朝の光が、遺跡の裂け目から細く差し込んでいた。私の身体はまだ重く、胸の奥は空っぽの器みたいに静かだった。


---


侯爵様に肩を支えられたまま、安全地帯らしい小部屋へ移動する。


崩れた石柱で囲まれたその場所は、外の通路より少しだけ空気が暖かい。壁には古い刻印が残り、淡い青の残光が呼吸みたいに明滅していた。私は座るより先に膝が折れてしまい、そのまま侯爵様の腕の中へ崩れ込む。


「無理をするな。今は休め」


低い声が耳のすぐそばで落ちる。私は頷こうとしたけれど、まぶたが重くてうまく動かない。手の震えを隠せずにいると、侯爵様は私の指を包み込むように握ってくれた。冷えていた指先が、じわりと温まっていく。


ことりは掌の中で淡く光るだけで、応答は返ってこない。魔力が尽きた状態では、相談そのものが成立しない。


私は昨夜の表示を思い出す。危険域、休息優先。分かっているのに、焦りだけが胸の内側を掻いた。


「……分かってる、けど」


声が掠れる。何かしなきゃという焦りだけが、空回りして胸を締めつけた。


侯爵様は私の髪をそっと払って、床に敷いた外套へ頭を預けさせる。気づけば、私は侯爵様の膝を枕にしていた。硬い鎧越しの感触なのに、不思議なくらい落ち着く。


「今は、眠れ。君が倒れたままでは先へ進めない」


「……離れないで、ください」


自分でも驚くほど幼い声が出た。


「離れない」


短く、それでいて揺るがない返事。私はその言葉に身をあずけるように目を閉じた。遠くで滴る水音が、規則的な子守歌みたいに聞こえる。指先には侯爵様の手の温度、胸元には母のペンダントの重み。意識はゆっくりと深いところへ沈んでいった。


---


夢の中で、私は白い部屋にいた。


天井まで届くモニターの光。静かな空調音。キーボードを叩く自分の指が、今より少し細く、速く動く。前世の私だ。2028年の夜、誰もいないオフィスで、私は画面越しのAIに何度も問いを投げていた。


『正解に近づく質問を、諦めないで』


画面に浮かぶ文字は、ことりの声に似ていた。けれど同時に、それは昔の私が自分に言い聞かせていた言葉でもある。


『不確実でも、試す価値はある。ゼロじゃないなら、進める』


私は夢の中で、その言葉を反芻する。遺跡の魔法陣、重層構造、失敗の恐怖、侯爵様の手の温度。全部が一本の線で繋がっていく。


ふいに、胸元が熱くなった。


母の形見のペンダントが、夢の中でも輪郭を持って光る。青い石の中心に小さな紋様が浮かび、それが遺跡の壁に刻まれた回路図と重なった。魔法陣の層構造——古い術式の下に眠る補助回路——その接続点だけが、はっきり見える。


夢の景色の奥で、ことりの輪郭が滲む。音声も文字もないのに、「同期」という単語だけが水面の泡みたいに浮かんでは消えた。


ことりの表示は、夢の中でさえ鮮明だった。相談はしていない。けれど、ことりは見守るように必要な情報だけを置いていく。


『あなたは一人ではありません』


昨夜の励ましが、もう一度胸の奥で反響する。私は夢の中の自分へ頷いた。


「うん。私は、まだ進む」


目を開けると、最初に見えたのは侯爵様の顔だった。紫の瞳に、心配と安堵が同時に揺れている。


「目が覚めたか」


「……はい。私、夢を見ました。前世の、仕事場で」


言い終わるより早く、侯爵様は私を抱き寄せた。強く、でも壊れ物を扱うみたいに慎重な腕。


「戻ってきてくれて良かった」


その声が、胸の痛みにそっと蓋をする。私は侯爵様の胸元に額を預け、短く息を吐いた。生きている。ここにいる。そう実感できた。


侯爵様によれば、私はそのあとも二時間ほど眠っていたらしい。遺跡の時間感覚は曖昧なのに、身体は確かに少し軽い。自然回復で戻った魔力は12/150。立って歩ける最低限の芯が、ようやく戻ってきていた。


---


昼に近づく頃、小部屋の空気が変わった。


私の胸元で、ペンダントが今度は夢ではなく現実に光り始める。淡い青が次第に強くなり、石の内部で細い線が幾何学模様を描いた。痛みはない。ただ、凍えていた血管に温かな水が流れ込むみたいに、体の内側が満たされていく。


【ことり】

*************

新規魔力回路の形成を確認しました。

一時的な回復を観測。

回路安定度は中程度、過負荷に注意してください。

*************

[魔力: 50/150]


五十。


数字を見た瞬間、私は思わず両手を握りしめる。空だったはずの器に、確かな重さが戻ってきた。指先へ魔力を流すと、薄い光が糸みたいに揺れて、すぐ消えずに留まる。


「できる……」


「君自身の力だ」


侯爵様の声には誇りが滲んでいた。私は頷き、改めて立ち上がる。まだ万全じゃない。けれど、倒れる前とは違う。前世の記憶も、この世界で得た痛みも、ことりの確率も、侯爵様の手も、全部が私の中で同じ方向を向いている。


小部屋の出口の先、遺跡の奥から低い振動が伝わってきた。次の試練が私たちを呼んでいる。


私はペンダントに触れ、ことりを握り、侯爵様を見る。


「行きましょう。今度は、この力で道を開きます」


侯爵様は静かに笑い、剣を取り直した。


「君となら、どこまでも」


私は一歩を踏み出す。朝から昼へ変わる光の中で、新しい魔力回路が胸の奥で確かに脈打っていた。


通路へ出ると、壁面の刻印が私の呼吸に合わせて、かすかに点滅した。以前はただの模様にしか見えなかった線が、今は流路として読める。どこが主回路で、どこが保護層で、どこが偽装された分岐か——頭の中で自然に色分けされる感覚があった。


「見えるんです。構造が、前よりはっきり」


私が呟くと、侯爵様は驚きより先に安堵を見せた。


「無理に証明しなくていい。だが、君がそう感じるなら、それは確かな変化だ」


その言葉に、肩の力が抜ける。昔の私は、正しさを示さなければ価値がないと思っていた。けれど今は違う。揺れても、怖くても、誰かと確かめ合いながら進めばいい。


胸元のペンダントは、さっきまでの強い光を収めて静かな青に戻っていた。それでも内側に残る温度は消えない。母の形見は、過去を懐かしむための飾りではなく、私が未来へ進むための鍵だったのかもしれない。


【ことり】

*************

補足ログ。

回路同期の副作用として、知覚の鋭敏化が発生している可能性があります。

段階的な負荷試験を推奨します。

*************

[魔力: 50/150]


「ありがとう。無茶はしない」


私はことりに小さく返して、歩幅を整える。焦らない。けれど、もう止まらない。


遺跡の奥から吹く風はまだ冷たいのに、その冷たさがむしろ輪郭をくれる。次に何を選ぶべきか、以前よりずっと明瞭だ。侯爵様の隣で進むこの一歩一歩が、覚醒した力を私のものにしていく。

**次回予告**

最深部へ辿り着いた先にあったのは、結社の本拠地の痕跡だった。敵は撤退寸前、残された資料には世界の秘密が記されている。エリアナたちは決定的な手がかりを掴めるのか。


第114話「結社の本拠地」をお楽しみに!


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