第110話: 再会
朝の遺跡広間は、青白い光に沈んだ。
高い天井の裂け目から差し込む光が、砕けた石片を照らしていた。私は息を殺して柱の陰を回り込んだ。次の瞬間、見慣れた背中が視界に入る。
「侯爵様……!」
振り向いた侯爵様の目が見開かれ、すぐに強い安堵へ変わった。
「エリアナ」
その声を聞いた途端、胸の奥で張っていたものが切れた。私は駆け寄り、侯爵様も一歩踏み出して私を抱きとめる。鎧越しの体温と衣擦れの音が、遅れて涙を呼んだ。
「無事で……良かった」
侯爵様の言葉は低く、震えを押し殺していた。
「私も……侯爵様に会えて、良かったです」
抱擁は長くなかった。けれど、その短い時間で、孤立の冷たさが静かに溶けていくのが分かった。
【ことり】
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確率: 92%
生命反応安定。双方とも重篤異常なし。
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[魔力: 140/150 (-10)]
私は涙を拭き、呼吸を整える。緊張が解けたあとの空気は、石の匂いさえ少しだけ柔らかく感じられた。
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広間の一角で、私たちは分断中の情報を突き合わせた。
私は見つけた刻印の形と分岐の位置を手帳から読み上げる。侯爵様は崩落地点周辺で確認した罠の作動痕を地図に書き込み、経路の重なりを確かめた。
「この刻印、ことりの解析で分かるかな」
私が問いかけると、端末に静かに表示が立ち上がる。
【ことり】
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確率: 65%
刻印群を解析中。
前世技術由来の階層制御記法との類似を検出。
魔法陣構造は多層ロック型(FS-11/FS-24関連推定)。
注記: 制約により深層鍵の完全復元は不可。
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[魔力: 130/150 (-10)]
「完全には読めないのか……」
私が呟くと、侯爵様は首を横に振った。
「それでも十分だ。読める範囲で道を選べる」
そして、まっすぐ私を見る。
「これからは二人で協力しよう。君の観察と、私の護りを合わせる」
私は頷いた。
「はい。私も、あなたと一緒なら大丈夫です」
その言葉は励ましではなく、もう事実だった。私たちは深部へ続く通路を次の進路に決め、装備を整え直した。
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夕方、遺跡の奥で巨大な扉の前に立つ。
扉面には複雑な魔法陣が幾重にも重なり、中心部だけが脈を打つように薄く明滅していた。近づくと、皮膚の上を針先で撫でられるような圧が走る。
【ことり】
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確率: 78%
この先、危険度上昇。要注意。
複合トラップ反応を断続的に検出しています。
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[魔力: 120/150 (-10)]
侯爵様が私の手を取る。
「行けるか」
私は握り返した。
「はい。今度は、はぐれません」
扉の向こうには、まだ知らない試練が待っている。それでも、もう孤独ではない。
私たちは互いの歩幅を合わせ、深部へ続く闇へ、同時に一歩を踏み出した。
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扉の先は、緩やかな下り坂の回廊だった。
壁面には、先ほどの刻印より新しい層が重なっている。古い術式の上に、後から誰かが補修した痕跡。私はその違いを指先で確かめるように視線で追った。
「ここ、二重管理になってる……」
「どういう意味だ」
侯爵様が歩調を落とし、私の言葉を待ってくれる。
「元の封印を残したまま、別の鍵で上書きしている感じです。単純な解除だと逆に反応を呼ぶかもしれません」
侯爵様は周囲を見回し、剣の切っ先をわずかに下げた。
「なら、解除は君の判断に合わせる。私は防ぐ」
短く、迷いのない役割分担だった。
私は頷き、呼吸を整える。すぐ隣に護る人がいて、私には読み取る役割がある。その事実が、恐れを行動へ変えてくれた。
しばらく進むと、前方に微かな橙色の光が見えた。揺らぎ方からして炎ではない。術式の反応光だ。
「反応源、近いです」
「了解。足元優先で行く」
私たちは同時に速度を落とし、床の線刻を一つずつ確認しながら進んだ。
遠くで、金属が噛み合うような低い音が響く。試練の扉は、もうすぐそこだ。
**次回予告**
強力な魔法トラップに遭遇。エリアナとことりの連携で突破。侯爵も魔力を貸してくれる。三人の絆が勝利の鍵。
第111話「試練」をお楽しみに!




