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異世界の侯爵家に招かれた元SEの私、手のひらサイズの語り箱と秘密だらけの屋敷で溺愛されています  作者: プロンプト時雨
第IV部: 暗転と再起

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第107話: 出発前夜

夜、屋敷が静まり返った頃、私は侯爵様の書斎を訪れた。


灯りを落とした室内には、机の上のランプだけが輪をつくっている。明日の準備は終えたはずなのに、胸のざわめきだけが消えなかった。


侯爵様は椅子から立ち上がり、私を見つめる。


「眠れないのか」


「……少しだけ」


言葉にすると、張っていた糸がほどけた。私は侯爵様の向かいに腰を下ろし、指先をそっと重ねる。自分で選んだ道でも、失う怖さは消えない。


しばらく黙っていた侯爵様が、低い声で言った。


「君を失いたくない」


その本音は、驚くほどまっすぐ私に届いた。


「私も、あなたを失いたくないです」


言い終えた瞬間、侯爵様の右手がわずかに震えた。隠そうとするように拳を作る仕草に、呪いの影が胸をよぎる。


「怖いんだ」


侯爵様は視線を伏せたまま続ける。


「戦いそのものよりも、君を守れないかもしれない自分が」


私は首元のペンダントに触れた。冷たいはずの石が、今夜は体温を持つみたいに微かに光る。


「侯爵様。私は守られるだけじゃありません」


私は手を伸ばし、震える指をそっと包んだ。


「怖くても、一緒に進みたい。あなたの隣で、同じ景色を見たいんです」


侯爵様がゆっくり顔を上げる。迷いの奥に、確かな決意が戻ってくるのが分かった。


「……分かった。行こう」


短い言葉だった。でも、それは誓いだった。


---


書斎を出たあと、私たちは言葉少なに庭園へ向かった。


夜気はひんやりしていて、月明かりが白く石畳を照らしている。花の香りが風に混じり、静かな水音だけが遠くで揺れていた。


侯爵様が立ち止まり、私に向き直る。


「君がいるから、私は強くなれる」


その言葉に胸がいっぱいになって、私は小さく頷いた。


「……私も、同じです」


自然に距離が縮まる。重ねた手の温もりが、互いの不安を少しずつ溶かしていく。次の瞬間、侯爵様は私の額にかかる髪を指先で払って、そっと唇を寄せた。


触れるだけの、短く静かな接吻。


けれど、胸の奥では確かに何かが灯った。


「明日、必ず帰ろう」


「はい」


月明かりの下で交わしたその約束は、どんな護符より強く、私の心を支えてくれた。


---


未明、馬小屋と作戦室には、出発前の張りつめた空気が満ちていた。


セレスティアさんが地図の最終座標を確認し、フィリップさんが通信札の反応を順に試す。私は予備灯と魔力回復薬を鞄に収め、留め具を二度確かめた。


そのとき、携行端末に短い通知が走る。


【ことり】

*************

確率: 81%

準備完了。行程データ同期済み。

*************

[魔力: 140/150 (-10)]


侯爵様が私の肩に手を置いた。


「必ず帰ろう」


私はまっすぐ頷く。


「はい」


その一言に、今夜交わした想いも、仲間の祈りも、全部込めた。


扉の向こうには、まだ薄い闇が広がっている。けれど恐れだけではない。静かな高揚が、四人の呼吸をひとつにしていた。


私たちは顔を見合わせ、同時に歩き出す。


遺跡へ向かうその一歩は、戦いの始まりであると同時に、信じ合う私たちの証明でもあった。


---


門を出る直前、私は一度だけ振り返った。


夜明け前の屋敷は淡い藍色に沈み、窓の灯りがいくつか揺れている。誰かが起きて、私たちの無事を祈ってくれているのだと思うと、胸の奥が静かに熱くなった。


フィリップさんが荷を確かめながら言う。


「予定どおり行けば、日が高くなる前に峡谷口へ着けます」


セレスティアさんは地図を閉じ、私に視線を向けた。


「焦らないこと。未知の場所ほど、丁寧さが命よ」


「はい」


返事をした私の手に、侯爵様がそっと触れる。


「呼吸が浅い」


「……分かりますか」


「ああ。だから、今のうちに整えておこう」


私は言われるままに、深く吸って、ゆっくり吐いた。冷たい空気が肺を満たし、頭の中のざわめきが少しずつ静まっていく。


「ありがとう、侯爵様」


「礼は帰ってから聞く」


その答えが、私には何より心強かった。


御者台の鈴が小さく鳴る。私たちは互いに頷き、遺跡へ向かう道へと足を踏み出した。

**次回予告**

古代遺跡に到着。不気味な雰囲気と強力な魔法障壁。エリアナとことりの連携で突破。侯爵が常にエリアナを守る位置にいる。


第108話「遺跡潜入」をお楽しみに!

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