第105話: 調査開始
朝の書斎に、古い紙とインクの匂いが満ちていた。
昨夜、侯爵様と交わした「信じる」という言葉を胸に、私は資料の束へ手を伸ばす。守られるだけではなく、共に戦う。今日はその第一歩だった。
机には、セレスティアさんの古文書と地図、フィリップさんの現地報告。
「北東山間部で魔力痕跡が集中しています」
フィリップさんが示した地点を、セレスティアさんが古文書でなぞる。
「この記号、王立記録にない形式よ。研究施設、もしくは封印区画の可能性が高い」
断片だった地名が、私の中でひとつに結ばれていく。侯爵様が静かに問いかけた。
「エリアナ、君はどう見る?」
私は地図の余白に残る薄い印を指さした。
「ここです。魔法痕跡と記号が重なる地点。遺跡はこの一帯にあります」
侯爵様は短く頷く。
「分かった。君の判断を軸に進めよう」
その一言で、肩の力が抜けた。私はもう後ろで守られるだけではない。隣で判断し、隣で進む。
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午後、会議室でことりを起動した。
私は端末に問いを打ち込む。
> 北東山間部の地域データを照合して。古代遺跡候補を抽出して。
【ことり】
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確率: 72%
地域データ照合を開始します。候補地を3件抽出しました。
・遺跡A(峡谷跡): 信頼度72%
・遺跡B(旧祭祀区画): 信頼度61%
・遺跡C(地下水路接続域): 信頼度48%
推定: 遺跡Aは古代研究施設関連構造を含む可能性があります。
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[魔力: 140/150 (-10)]
「遺跡Aの層位、私の資料と一致する。古代研究施設の可能性が高いわ。余白に『封印炉』の語がある」
侯爵様が私を見る。
「追加解析を頼めるか」
「はい」
> 遺跡Aを中心に追加解析。侵入経路と危険度を再計算して。
【ことり】
*************
確率: 79%
追加解析を実行しました。最有力候補は遺跡Aです。
・総合信頼度: 79%
・外縁部の魔力反応: 中
・内部封鎖リスク: 高
注記: 一部データ欠損。推定に誤差あり。
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[魔力: 130/150 (-10)]
完璧ではない。だから、判断は私たちが下す。
「遺跡Aで。今夜準備、明朝出発で」
言い切ると、全員が黙って頷いた。
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夕方、作戦室で最終確認を行った。
出発は私、侯爵様、フィリップさん、セレスティアさん。結界石、通信札、地図、予備灯、魔力回復薬を順に点検する。
リリーは一歩前に出て言った。
「今回は屋敷を守る。皆が帰る場所を、私が守るよ」
悔しさを抱えたまま、それでも役目を選ぶ目だった。
「リリー、お願い」
マーガレットさんが静かに頭を下げる。
「皆様、どうかご無事で。お帰りをお待ちしております」
侯爵様が短く答えた。
「必ず戻る」
私も頷く。
「全員で帰ってきます」
送り出す者と向かう者。離れても、同じ場所を守る仲間だと実感した。
その確かさが、私の緊張をほどいてくれた。強く。必ず。
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夜更け、私は廊下の窓辺で立ち止まった。
中庭には明日の荷が整然と並べられ、見張りのランタンが揺れている。ガラス越しに見えるその光景は、戦いの前触れでありながら、どこか不思議に温かかった。
後ろからリリーの小さな足音が近づく。
「眠れないの?」
「少しだけ」
リリーは私の隣に立ち、同じ景色を見つめた。
「エリーが前に進むって決めたなら、私は止めない。でも、帰ってきたら……また一緒に朝ごはん食べようね」
私は笑って頷く。
「約束」
その一言で、胸の奥のこわばりがほどけた。守るべき日常は、遠い理想じゃない。こうして触れられる距離にある。
自室へ戻る途中、侯爵様とすれ違った。
「準備は整ったか」
「はい。あとは明朝の合図を待つだけです」
侯爵様は短く頷き、目元だけで穏やかに笑った。
「君なら大丈夫だ」
私は胸の前で手を重ねる。
「ありがとうございます。……必ず、皆で戻ります」
ランプの明かりが石壁に伸びる。明日はきっと厳しい一日になる。それでも、今日受け取った信頼が、私の足を前へ運んでくれる。
**次回予告**
少数精鋭で遺跡に潜入する計画。エリアナ、侯爵、フィリップ、セレスティアの4人。出発前にリリアが「無事に帰ってきて」と言ってくれる。
第106話「潜入計画」をお楽しみに!




