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お互い様だよね?

掲載日:2025/10/27

わたしが十五歳の時だった。




幼馴染が勇者に選ばれた。




口約束だけど、帰ってきたら結婚しようなんて言われて。


涙ながらに別れた。




勇者のご両親も泣いて泣いて……、絶対に無事に帰って来てって、毎日のように泣き続けた。




そうして、五年後。


幼馴染は魔王を倒して、王都に凱旋した。




わたしは二十歳になった。


ご両親は喜んだ。これで息子に会えるって……。




でも……。


いくら待っても、勇者は村に帰ってこなかった。




直接の連絡はない。手紙もない。




ただ、新聞の記事で、勇者の消息を知った。




王都で、勇者ご一行様のパレード。


苦楽を共にした聖女様との婚姻、そして結婚式。




わたしは、それを新聞で読んで知った。


勇者の父と母もだ。




「連絡はないの?」




お互いに、聞きあった。




手紙はない。


従者や誰かからの通達もない。




新聞だけが、勇者のその後を知らせてくれる。




わたしはその新聞をぐしゃりと握り締めた。




「……やっぱりこうなったよね」




まあ、分かっていた。


勇者になった幼馴染が、故郷の田舎娘と結婚するなんてことはないと。




だから、わたしは決めた。





   ***





勇者が故郷の村に帰ってきたのは、魔王を倒してから三年も後だった。




ようやく時間がとれるようになったから……と言って。


わたしに会いに来たわけではない。




「そういえば、サーシャは?」




ご両親についでみたいにわたしの消息を聞いた勇者。




ご両親は無言で「わたしの墓」に案内をした。




「な……、どうして……」




「お前が、聖女様と結婚すると、新聞で大々的に報じられた。ずっとお前を待っていたサーシャはお前の裏切りに、心を痛めてこうなった」




サーシャ。恋心を埋葬する。


墓碑には、その文言を刻んでもらった。




「そ、そんな……。サーシャが死ぬなんて……」


「せめて自分の口で言えばいいものを……。勇者になってえらくなって、故郷でずっとお前を待っていたサーシャのことも、あたしたち親のことも忘れてたんだろ?」




勇者の母が責めるように言う。




「結婚するのはべつにいい。苦楽を共にした聖女様に心が惹かれるのは仕方がない。だが、親である私たちも結婚式には呼ばないで、三年も経ったイマサラ報告に来られてもな」




勇者の父も、つばでも吐き出すように言った。




既に、怒りは過ぎた。


もう、どうでもいいのだという風情で。




わたしの墓の前で、膝をついて泣く勇者。墓に供えられてる花に涙が落ちる。




「そ、そんな……。あなたは悪くないわ……」




なんて、聖女が勇者の肩を抱いて言うけど。




馬鹿々々しい。


えらくなって、聖女と結婚して、しあわせいっぱいです。田舎の小娘なんて相手にならないわよって、見せつけるために来たんでしょう?


マウント取り。


そのために。




わたしだって、噂くらいは聞いている。




魔王を倒した後の勇者も聖女も。もう役目はなくなって。


王都の端にある離宮に押し込められて、囲われているだけだって。




もう役目のなくなった二人。




たまに、貴族のパーティに呼ばれて。


見世物みたいに、魔王討伐の話をさせられて。




それだけの毎日。




勇者も聖女も元は平民。




平和になれば、敬して遠ざけられるだけ。




更に聖女は勇者と結婚して、処女性をなくして、聖女としての力もなくなった。


勇者だって、魔王や魔物がいなくなれば、聖剣を振るう機会なんてない。




完全なお飾り。




だから、自分が偉いと示すために、イマサラわざわざ故郷の村にやってきたのよね。


そうイマサラなの。


魔王討伐からもう三年も経っているの。




ここなら威張れる。


故郷の村ならまだ勇者としてえらいと認められる。


今の平和は、自分がもたらしたのだと。




そう思って。




そうじゃないというのなら、どうして結婚式に故郷の両親を呼ばなかったのか。


どうして、三年も経ってから、帰ってきたのか。




今まで、手紙の一つも寄越さないで。




ご両親だって、憤慨していたわ。


結婚をするのなら、一言くらいあってもいいのに。


手紙くらい寄越せばいいのに。




自分の息子の結婚式が、王都で大々的に行われた。


王様の采配で。


故郷の両親なんて、最初から存在しないみたいに、呼ばれもしなかった。




新聞で、息子の結婚式の様子を知ったなんて、どれだけご両親が悲しんだか。憤慨したか。




えらくなった勇者にはわからないんでしょうね。




三年経って、結婚の報告に来たところでイマサラよ。


忙しかった?


手紙の一通も書けないくらい忙しいのに結婚式を挙げられたの?


書けないのなら一言くらい言えばいいじゃない。




「結婚するのだから、式には両親を呼びたい」って。




言えば、誰かが両親を呼んでくれたでしょうに。




勇者の父と母ということで盛大にもてなしてくれたでしょうに。




なのに、それもないまま。




三年が経過。




全てがイマサラなの。




今更故郷にやって来て、何の用事?


結婚の報告?




遅すぎるわよ。馬鹿らしい。




だいたい勇者と聖女がともに勇者の故郷に帰るというのなら、護衛だの侍女だのが大々的についてきてもおかしくない。


なのに、勇者と聖女、それから世話係の小者が数人。それだけでやってきて。




勇者も聖女も、もう何もするな、大人しく象徴として生きろってことでしょ?




平和になって三年も経てば。


だんだんと勇者と聖女の功績なんて、どうでもよくなる。人々は、自分たちの暮らしで精いっぱい。




ありがとう、過去の英雄よ。


それだけ。




自分が過去の遺物になるのが耐えられなかったのでしょう?


だから、故郷に帰ってきた。




栄光よ、再び。




勇者と聖女のおかげで、今のこの平和がある。


褒め称える村人。




そんなものを求めてきたのよね。




馬鹿々々しい。




故郷でずっと無事を待ち続けていた幼馴染の娘は、勇者が聖女を選んだことに心を痛めて、墓を建てた。




そんな故郷でアンタたちが褒め称えらえれるとでも思う?




村のみんなだって忙しいのよ。田畑を耕して、日々の生活に追われ。子を育てて……。




三年も、勇者はすごいなーなんて、言っていられるわけないでしょう?




あなたたちのことなんて、もう、村では話題にも上がらなくなってきた。




魔王を倒した直後ならともかく。


イマサラ何ってカンジ。





      ***





すごすごと、王都に帰る勇者と聖女。




一生平和の象徴として、祭典の時の添え物か、貴族の夜会や茶会の出し物とでもなればいい。




この村に、あなたたちの居場所はない。




魔王討伐に出て五年。討伐をしてから三年。合計八年間の音信不通。


新聞で、消息を知るだけ。




でもね、最初はね。村の人たちは、勇者出身の村っていうことで、何かしらの恩恵があると期待していたの。


せめて、新聞に故郷の名が乗って、故郷の村の名前が有名になって、観光にやって来る人が増えるかも。


国王陛下だって、勇者を産んだ村ってことで、なんらかの税の優遇をしてくれるかも。


いや、せめて、勇者の父と母に金貨くらいは寄越すかも。




勝手な期待だけど。


村の人たちもみんな願っていたの。




勇者を産んだ村として、それなりの優遇があってしかるべきだってね。




期待は外れて、なーんにも、なかったけどね。


新聞に勇者の故郷の村とか、その程度すら載ることもなかったしね。




八年前と何ら変わらない農村。




朝から夕方まで、畑を耕して。


たまに出る害獣を倒して、それを肉にして、みんなで食べる。


田舎の村の生活。




勇者が出たというだけで、何も変わらない。




勇者が聖女を連れて帰ってきた。三年経ってようやく。




村の人はみんな期待したのよね。


せめてなんらかのお宝とか、勇者が持って帰ってくるのではないかって。




欲が深いけど。




勇者と聖女が手ぶらで帰ってきたものだから、みんな当てが外れて。




王都で、勇者と聖女として、恵まれて生活をしているはずなのに、村に何も還元しないとは、ずいぶんとケチじゃないか。




両親に土産すらないってどういうことだ。




歓迎ムードは一転、失望ムードよ。




だから、わたしのお墓の前で涙を流す勇者に、誰も何も言わなかった。




そのまま、両親の家に一泊することもなく。




勇者と聖女は王都に帰った。




残りの一生、お飾りとして生きるのでしょうね。




それでも農村で田畑を耕す暮らしよりは楽でしょう。


魔王を倒したご褒美に、安楽な人生を。




よかったね。


何もしないで暮らせるよ。




ざまあみろ。




勇者と聖女が帰った後、わたしはわたしの墓を蹴とばした。




「サーシャ……」


「こんなお墓を見せられただけで、わたしが死んだなんて思いこむなんてねえ」




村中探せば、わたしが生きているってことくらい気がついたと思うのに。


ああ、でも探しても、分からなかったかもしれない。




だって、八年だ。




わたしだって、八年も恋心を保ったまま待っているわけはない。




それでも、勇者が魔王を倒すときまでは、五年間は毎日祈った。


どうか、無事で帰ってきますように。




でも、それからの三年。


勇者と聖女が結婚して。


新聞記事でそれを読んで。




手紙の一通もない。言い訳もしてこない。


そんな相手に恋心を保っていられるわけはない。




村で待っている幼馴染の娘のことを、忘れただけならいい。


だけど。




もしもと、考えてしまった。


もしも、わたしのことを、悪意を持って、捉えられたら?




物語ではよくあるでしょう?




故郷で妻を気取って、勇者のお金を使って散財したとか。


冤罪。




だから、死を偽装した。




と言ってもお墓を作っただけだけどね。わたし的には勇者に対する恋心の埋葬。だから、墓碑にもそういう文言を刻んでもらった。




死んだふりでしかない。




村の人たちはみんな知っている。




髪くらいは短く切ったけど。名前だって変えたりはしていない。


そのまま。


同じ家……ではないけれど、同じ村で過ごしている。




「サーシャ……」


「このお墓は、わたしの恋心を埋葬したの。勇者への恋心なんて、死んだ。墓碑に彫った通りにね」


「うん……」




そっとわたしを抱き寄せてくれる優しい夫。


この八年間、わたしに寄り添ってくれた人。




勇者が魔王を倒すまでは、何も言わず。ただ友人として寄り添ってくれた。


不安な時は慰めてくれた。




凱旋をして、勇者が聖女と結婚すると新聞で報じられた時に、ようやく、わたしに気持ちを伝えてくれた。




「勇者は、昔のアイツじゃない。変わったんだ」




わたしに寄り添ってくれて、ようやく一年前に、わたしはこの人と結婚をした。


今はもう、お腹にはこの人との子どもがいて。


わたしのお腹は大きくて。




勇者は、わたしに、気がつかなかった。気がつきもしなかった。




わたしはもう一回わたしのお墓を蹴っ飛ばした。




「さ、帰ろう。帰ってシチューでも作るわ」




この人が好きなシチュー。


美味しい美味しいって言って、気持ちよく食べてくれるから。わたしも一緒になって食べて。


結果、太ってしまった。


お腹も大きくなったから、十五歳の時と比べて、二倍くらい太ったかも。




わたしが死んだと聞かされて、勇者がお墓に向かうのではなくて、村中を探し回ったとしても。




きっとわたしには気がつかなかったでしょう。




いいのそれで。




だって、お互い様でしょう?




勇者が、わたしを、捨てた。


でも、わたしだって、勇者を捨てた。




埋葬した恋心。それを墓にして。時々ここに来ていたけど、もう、これからは来ることもない。




さようなら、勇者。




あなたの功績は、歴史に埋もれていくでしょう。




わたしとは無関係に。





わたしは、ここで、この人と、しあわせ太りに悩みながら、それでも毎日おいしいものをいっぱい食べて、樽みたいになったお腹を抱えながら、子を産んで、地に足をつけて生きていく。





終わり


お読みいただきましてありがとうございます!



挿絵(By みてみん)  挿絵(By みてみん)

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