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俺が転校すると勘違いした隣の席の子に告白された話

作者: れぐるす

 眠い。

 昨日夜遅くまで引っ越しの準備をしていたせいだ。しかも結局終わらなかった。今日も帰ったら引っ越し準備をしなきゃいけないなんて、憂鬱すぎる。

 目をこすりながら教室に入ると、友達の正春が声をかけてきた。

 

「朝から疲れてるな」

「ああ。ちょっとやることがあってさ」

「そういえば海斗、そろそろ引っ越しするんだっけ?」

「そうそう、引っ越しの準備って思ったより大変でさ。普段から自分の部屋を片付けておくんだったよ」


 正直、引っ越し準備があれほど大変だとは思わなかった。家の中の物を全て箱に詰めなければならないのだから。

 普段から整理整頓しておけばもう少し楽だったのかもしれないと後悔したけど、今更遅い。


「海斗、昔から整理整頓が苦手だったよな。小学生の時、学期末になるといつも机の中からくしゃくしゃになったプリントが大量に出てきてたし」


 ああ、そんなこともあったな。


「いや、もうさすがにそんなことはないよ」


 ない、よな? 後で机の中を確認しておくか。

 そんなことを考えながら自分の席に向かっていると、俺の隣の席の松田愛生ががたりと音を立てて立ち上がった。


 そして、ずんずんと俺の方に近づいてくる。


「海斗、引っ越すの?」

「え、あ、うん」

「いつ?」

「明後日の土曜日だけど……」


「どうしてそんな大切なことを教えてくれなかったの⁉」

「いや…… 別に、わざわざ言う必要ないかなって思っただけで……」


「そう…… そうだよね……」


 愛生はそう呟いてから椅子に座り、俯いてしまった。

 どうやらまた怒らせてしまったみたいだ。


 でも、いつもと様子が違う。怒っているというより、元気がないといった感じた。

 一体どうしたんだろう。


「海斗、愛生になにしたんだよ」


 正春が俺の机に頬杖をつきながら、呆れたような口調で尋ねてくる。


「今日はまだ何もしてないよ」

「お前が気づいていないだけで、どうせ、また怒らせるようなことをしたんだろ」

「いや、今回に関しては俺も心当たりがないんだよね……」



 確かに俺はいつも愛生に叱られている。愛生と隣の席になってからは、愛生に叱られない日の方が少ないくらいだ。それどころか、もしかしたら叱られたことのない日はないかもしれない。


 でもそれは、俺がだらしなかったりふざけていたりするからで、基本的に俺に原因がある。


 しかし、今日は違う。愛生がどうして怒っているのかが分からないのだ。

 今は登校したばかりで、まだ愛生に叱られるようなことはしていないはずなのに。


 いったい何がいけなかったんだろう。腕を組みながら必死に今日の自分の行動を顧みていると、授業開始のチャイムが鳴ってしまった。


「俺、席に戻るわ」

「ああ」


 正春の背中に手を振ってからちらりと隣の席を見ると、愛生は次の授業の準備を机に並べているところだった。


 でもいつもより元気がないように見える。

 やっぱり、俺がなにかしてしまったんだよな……


 まあいいか。どうせ後で愛生に叱られるだろうから、今気にしても無駄だな。

 俺は気持ちを切り替えて、一時間目の授業の準備に取り掛かった。



◇  ◇  ◇



 おかしい。今日は一度も愛生に叱られていない。


 帰りのHR中、俺は愛生の横顔をちらちら見ながら真剣に今日一日を振り返っていた。

 一時間目に前の席の友達と話していた時も、三時間目に教科書に落書きをしていた時も、五時間目に爆睡していた時も、愛生は何も言って来なかった。


 いつもだったら、お叱りの言葉どころか、げんこつすら飛んできそうなことをしでかしているというのに。

 

 ……やっぱり、おかしい。一体どうしたんだろうか。


 いやいや、愛生に怒られないということは素晴らしいことのはずだ。

 でも、愛生になにも言われないとそれはそれで、なんというか、寂しいというか......

 もしかして、俺がだらしなさ過ぎたせいで、愛生に見捨てられてしまったのかもしれない。

 くそ。愛生が一言俺のことを叱りつけてくれれば、こんなことで悩むこともなかったのに。


 そんな馬鹿みたいなことを考えていると、気がついたらHRが終わっていた。


 帰りの挨拶を済ませた愛生は、さっさと鞄を持って教室から出て行ってしまう。

 

 やっぱり、気になるな。

 俺は急いで帰りの支度を整えると、愛生を追いかけて教室を飛び出した。


「愛生」

 

 校門を出てすぐ、心なしかいつもより元気のなさそうに見える愛生の背中に声をかけると、愛生はゆっくりと振り返る。

 その表情は、怒っているというよりも悲しんでいるように見えた。

 

「なに?」

「いや…… なんか今日、様子がおかしかったから……」


 愛生の冷たい口調に思わずビビってしまった。


「なにそれ。別に私の事なんてどうでもいいんでしょ?」


 何か怒られるのではないかとびくびくしながら返事を待っていたのだけれど、愛生から返ってきた言葉は予想外のものだった。


「え、そんなことないけど…… どうしてそう思ったの?」

「だって海斗、引っ越しするんでしょ? でも、そのことを私に教えてくれなかったじゃん」

「うん…… そうだけど…… わざわざ教える必要がないと思って……」


 今朝もそう言ったはずだ。

 だって、ただ引っ越しをするだけのことをわざわざ言う必要なんてないだろ。


「ほらやっぱり! 海斗にとって、私はその程度の人間だってことでしょ⁉」

 

 突然、愛生の怒りが爆発した。


 しかし、どうして愛生が怒っているのかが分からない。

 今の話だと、俺が引っ越すことを愛生に教えなかったから怒っているんだよな。


 でも、どうして? 普段のさばさばした愛生の性格からして、そんなことで怒るとは思えないんだけど。


「海斗、どこか遠くに行っちゃうんでしょ⁉ もう会えなくなるかもしれないのに、なんでそんな大切なことを教えてくれないの⁉」

 

 この時、俺はようやく愛生の言っていることを理解した。


 愛生は俺が遠くに引っ越してしまうと勘違いしているんだ。

 なんだ、そんなことか。それなら話が早い。俺はただ学区内で引越しをするだけだと説明するだけで解決するはずだ。

 

「愛生、それは……」


 違うよ。と俺が言うより早く、愛生が口を開く。


「私は海斗のことが好きなのに…… 海斗のことが大切なのに……」 


 愛生の言葉を飲み込むのに、数秒の時間が必要だった。いや、正直に言うと未だに飲み込めていない。

 すき? 好きって言ったのか? 愛生が? 俺のこと?


 いやいやいやいや。そんなことあるはずないだろう。

 俺は愛生にいつも迷惑をかけて、いつも愛生に怒られているのだから、愛生に嫌われこそすれ、好かれることなんてありえない、はずだ。


 でも、この状況で愛生が冗談を言うとも思えないし……


「もういい……」


 完全にフリーズしてしまった俺の思考は、愛生のその寂しそうな声によって現実に引き戻される。


 とりあえず今は愛生の誤解を解くのが先だ。愛生が俺のことをどう思っているかはいったん保留にしておこう。俺の聞き間違いかもしれないし。


「愛生、待って!」


 声をかけたのに、愛生は走って俺から逃げようとするので、俺は慌てて手を伸ばして愛生の腕を掴んだ。


 初めて掴んだ愛生の腕は想像以上に細くて、折れてしまうんじゃないかと心配にすらなったけど、俺はどうしても愛生の腕から手を離したくなかった。だって、手を離したら愛生はまた逃げてしまうだろうから。


「だから、もういいって言ってるじゃん……」

 

 愛生は俺を見ることなく俯きながら、地面に向けてぽつりと呟く。その声は、少しだけ震えている気がした。


「俺、転校しないよ」




「え……?」



 愛生はゆっくり振り返る。


「父さんが一軒家を買ったから引っ越しをするんだ。でも、その一軒家は学区内だから、転校はしないよ」


 俺がそう説明すると、愛生はしばらくぽかんと口を開けて俺の顔を。いつものしっかり者の愛生はどこへやら、とても間抜けな表情だった。


 しばらくすると、愛生は顔を真っ赤にしてプルプル震え始める。そして、俺が掴んでいないほうの腕を振り上げた。


 あ、まずい。


「どうしてそういう大切なことを先に教えてくれないの⁉」

「いでっ!」

 

 逃げなきゃ。と思うよりも早く、今日初めてのげんこつが俺の頭に降ってきた。

 どうしてと聞かれても、まさか愛生がそんな勘違いをしているなんて思わなかったからだとしか答えられない。


 でも、今そんな言い訳をしたら追加でもう二、三発のげんこつを貰いそうなので黙っておく。

 げんこつを喰らった頭をさすっていると、愛生が再びキレ始めた。


「私、『海斗が遠くに行っちゃうんだ』って寂しかったし、『海斗は私と離れ離れになるのが寂しくないんだ』って本気で悲しんでたのに‼」


 顔を真っ赤にして大きな声を出す愛生。愛生に怒られることはいつも通りなのだけど、いつもの俺を叱る時とは全く違って、完全に冷静さを失っているように見える。


 爆発してしまった愛生は止まらない。大きく息を吸って、再び口を開く。


「私、海斗のこと好きだったの‼ もっと早く言っておけばよかったって、一日中後悔してたのに‼」


 なるほど。愛生の様子がおかしかったのはそういう理由だったのか。

 冷静さを失って爆発する愛生の姿を見ていたら、そんなことを冷静に考えることができるようになってきた。


 ついでに、今の状況を冷静に見ることができるようになってきた。いや、なってしまった。


「海斗がそんなんだから、私——」

「あの、愛生」


 さっきからずっと掴みっぱなしだった愛生の腕をぐいと引っ張って、強引に愛生の言葉を遮った。


 これ以上は、ちょっと恥ずかしすぎる。


 

「……忘れて……」



 しばらく黙ったままだった愛生は、ようやくぽつりとそう呟いた。



「ちょっと…… 忘れるのは無理かも」

「忘れて!」



 愛生はリンゴのように真っ赤になった顔を両手で覆い、そっぽを向いてしまう。まあ、真っ赤な耳が髪の毛の隙間から見え隠れしているので、あんまり意味はないけれど。



 でも、そうなんだ。愛生、俺のことが、その、好き、だったんだ。てっきり嫌われているものだと思っていたから、そう言われて驚いた。


 そして、それ以上に嬉しかった。


 そりゃあ、最初はことあるごとに俺のことを叱ってくる愛生のことがあまり得意ではなかったけど、愛生は俺のことを理不尽に怒ることはしてこなかった。


 愛生のおかげで最近は先生に怒られることも少なくなったし、まあ、感謝してなくもない。

 それに最近、実は愛生に構ってほしくてわざとふざけている時も、あったりなかったりするわけだし。


「その…… 俺、嬉しかったよ。愛生が俺のことをそんな風に思ってくれているなんて」


 恥ずかしさをごまかすために頬をかきながら、そっぽを向いてしまった愛生にそう伝える。

 すると、愛生はピクリと肩を揺らした後、ゆっくりと振り返り、俺の顔を覗き込んできた。


「それって、どういう意味?」


 愛生は俺よりよっぽど賢い。だから、俺の言葉の意味を分かってくれると思ったのに。


「だから、そのままの意味だよ」

「やだ。ちゃんと言葉にして言って」


 恥ずかしいからこれ以上言わせないでくれ。俺のそんな思いは、まるで子どものように駄々をこねる愛生によって見事に打ち砕かれた。

 それなのに、そんな愛生を目の当たりにして、不覚にも『可愛いな』と思ってしまった俺は、多分もう、言い訳ができないくらい愛生のことが好きなんだと思う。


「だから、俺も愛生のことが、その……」


 でも、やっぱり口にするのは恥ずかしくて、どうしても次の言葉を続けることができない。

 そんな俺の目の前で、愛生は俺の言葉をじっと待っている。

 これはもう、言わなきゃだめなんだろうな。



「好き、だよ」



 意を決して、ようやくその言葉を伝えることができたのに、愛生は俺の前で顔を赤くしたままじっと黙っている。

 あれ。もしかして、愛生が俺のことを


「……私も……」


 ようやく返ってきた愛生からの返事で、緊張のせいでこわばっていた体の力が一気に抜ける。


「その...... じゃあ、これからもよろしく、お願いします」

「......うん......」


 


「ねえ、海斗」

「なに?」

「新しい家って、どこなの?」

「ああ、商店街のはずれにある公園の近くだよ」

「え、ほんと? 私の家もその近くだよ!」


 そうなんだ。じゃあ、これからは愛生のご近所さんになれるってことか。


「その…… 引越しが終わったら、海斗の家、行ってもいい?」

「うん。もちろんいいよ」

 

 俺が頷くと、愛生は嬉しそうにふわりと微笑んだ。


「早く引っ越して来て欲しいな」

「さっきまで俺に引っ越して欲しくなさそうだったのに」


 愛生の笑顔にドキリとさせられた仕返しに、ちょっと意地悪をしてみることにした。

 すると、愛生はむすりと頬を膨らませて俺を睨みつける。


「うるさい」

「いて」


 すねを蹴られた。


 しかし、愛生を怒らせるようなことをしておいてなんだけど、これからは愛生を怒らせないように気をつけないとな。

 だって、俺はその、一応愛生の彼氏な訳だし。


「俺、これから頑張るね」

「? なにを?」

「まあ、いろいろと」

 

 愛生にふさわしい彼氏になれるように。なんて恥ずかしいことは言えなかった。

 

「何でもいいけど、海斗はまず引っ越しの準備を頑張ること! まだ終わってないんでしょ?」


 ああ、そうだった。引っ越しの準備を終わらせないことには、愛生の理想の彼氏どころか、ご近所さんにすらなれないではないか。


「頑張ります」


 肩を落としてそう告げると、愛生は髪の毛を指でくるくるしながらそっぽを向く。


「まあ、別に手伝ってあげてもいいけどね」


 そして、そんなことを言い始めた。


「え、いいの?」

「だって、海斗が家の近くに引っ越して来てくれないのは、私も嫌だし......」


 引越しの手伝いを愛生にさせるのは申し訳ない気持ちもあったけど、それよりも俺は愛生とまだ一緒にいたかった。

 それに、愛生に見張られていれば引っ越し準備もはかどる気がするし。


「じゃあ、お願いしてもいいかな」

「しょうがないから、手伝ってあげる」


 呆れたような口調とは裏腹に、愛生は満面の笑みを浮かべていた。

 そして、右手をすっと俺の前に差し出して来た。


「私、海斗の家の場所を知らないからさ。案内してよ」

「......分かったよ」


 差し出された愛生の手を、ゆっくりと掴む。


 引っ越したら、こうやって毎日愛生と一緒に帰れるのかな。

 そのためなら、引っ越し準備も頑張れる。


 よし、今日で引っ越し準備を終わらそう。


 俺は愛生の手をほんの少しだけ強く握って、そう決意した。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


少しでも面白いと思っていただけたら嬉しいです。

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