出発
行くと決めたら、とりあえずメイドを呼び出す事にする。私の部屋にはメイド直通の魔法通信があるのだ。それを使って、誰にもバレずにお忍び用の適当な衣装を持ってこさせる。
しばらくして、恐る恐るという感じでメイドが頼んだものを持ってきた。何をする気なのか、自分もまきこまれるのか、そんな不安が渦巻いている表情だ。まぁこいつが処罰を受けようが、怒られようが、知った事じゃないが。
「誰にも見られてないわね」
「……はい」
渡された衣装を見て、つい顔をゆがめてしまう。今身を包んでいるドレスと比べると、なんと見ずぼらしい恰好。まぁだがあまり目立ってもよくない。妥当な線だと諦めよう。
「まぁ、こんなものかしらね」
着替えを終えると、鏡の前で出来栄えを確認する。少しつぎはぎがされたくすんだ色の、街娘の格好。やはりどうしても高貴さがにじみ出ていて、皆が目を止めてしまうかもしれない。まぁこればかりは仕方がない。
後ろに控えているメイドをチラリと見る。少しうつ向いて、こちらを見ないようにしていた。お似合いですね、などとほざくかと思ったら、それは私の気に障ると理解していたらしい。
「さぁそれじゃあ、行くわ」
「……恐れ入りますが、ど、どちらへ?」
恐怖に顔を歪ませながら、メイドが問いかけてきた。そればかりは私の怒りに触れるとわかっていても、使用人として聞かなければならないのだろう。先ほど私の格好に何も言わなかった褒美に、少し優しくしてやろう。
「誰かに問われたら、どこに行ったかわからないと答えればよい、聞いても教えてはもらえなかったと、私の評判を鑑みれば、皆お前を責めはしないだろう」
「あ、いえ、で、でも」
これ以上は面倒だ。私は足早に窓に向かうと、そこから飛び出す。ここは三階。普通の貴族令嬢なら、ありえない事だ。実際、子供時代にこういう事はしたことがなかった。革命のさなかに、荒事をする場面もあったため、こういう事ができるようになったのだ。
子供に戻っても、知識と魔力があるおかげで処刑直前の私ができたことはできるようだ。これは助かる。
「ヴィ、ヴィオラ様!」
こういう事を見せるのは初めてだったからだろう。後ろからメイドの声が聞こえてくるが、放っておく。あまり大きい声を出されるとバレかねないが、窘めることもできないからな。
私は即座に移動すると、生えている木を踏み台にして屋敷を囲む塀を登る。外には誰もいない。そのまま飛び降りて、敷地外に出た。