第83話 列島地震
「全てを話すと、長くなる。それでもいいか?」
と、小岩剣の父。
「ああ。」
「分かった。苦しむかもしれないぞ。」
「えっ?」
「話せば、お前が最悪の決断をしかねない事なんだよ。だから、話すのを躊躇っていた。」
父は言った後、過去の事を話し始めた。
2005年3月。青森駅。
上野へ向かう寝台特急「あけぼの」の客車が、青森車両センターからDE10-1109に牽引され、ホームに入線してきた。
2005年当時、「あけぼの」は堂々たる12両編成(電源車と機関車を合わせると14両編成)という長大編成だった。
待機していたEF81電気機関車が、列車の先頭に連結される。
「関東に行っちゃっても、元気でね。」
と、当時小学4年の小岩剣に言うのは、年上の松江ニセコ。
小岩剣の姉のような存在だった。
彼女の家は、青森の小岩剣の生家の隣り。自衛官の父と、外交官の母を持つ小岩剣はしばしば、彼女の世話になっていた。そして、彼女の父である、松江次郎は国鉄OBでJR東日本青森運輸区所属の車掌。とあれば、小岩剣が鉄道マニアになるのは必須だった。
1997年、小岩剣の祖父が乗っていた漁船が、津軽海峡で中国海軍の潜水艦に衝突され死亡。それと同時に、父は海上自衛隊大湊基地から、横須賀基地への移動となったため、それまで青森に住んでいた小岩剣は、寝台特急「はくつる」で、両親と共に関東へ引っ越したが、その後も、当時は多様だった寝台特急に乗って青森に帰ってきては、ニセコや松江次郎に遊んでもらっていた。
「大丈夫だよ。離れていても、一人じゃない。だって、ブルートレインに乗れば、会いに行けるんだから。今まで通りに。」
と、小岩剣。
「そうだね。私からも、会いに行こうかな。」
「へへへっ」照れる小岩剣に、ニセコがハグする。
「寂しかったら、いつでも電話しておいでね。」
そんな、仲の良い姉弟のような会話を尻目に、列車の先頭部では、EF81が特有のブロアー音を轟かせ、発車の時を待っている。
発車メロディーが流れ始めた。
小岩剣は、6号車のB寝台個室「ソロ」に乗る。
「じゃあ、またGWに会おう!」
「うん!それまで、元気でね!」
ドアが閉まる。
「ピィーーーーーッ!」と、EF81が汽笛一声。列車は青森駅のホームを離れた。
夕方の青森の街を離れる。
夕陽に向かって、EF81を先頭に、列車は上野駅を目指して駆け抜けて行く。
秋田を出ると、小岩剣は眠りについた。
異変に気付いたのは、目覚めてからだった。
目覚めたのは朝5時を少し過ぎたところだろうか。
しかし、起きたのは車内放送で起きたわけではない。
列車は水上に運転停車して、次の高崎駅に向かう道中。ちょうど、利根川を渡る大正橋を渡って渋川駅に差し掛かったところだったがその瞬間、地面が揺れ、列車は非常ブレーキが作動し、緊急停車したのだ。そして、急停車した衝撃と、地面の揺れで、小岩剣は目覚めた。
誰がどう考えても、地震が起きて、緊急停車したと分かる。
緊急の車内放送が行われている。
「北海道十勝沖を震源とするマグニチュード8の大地震と、三陸沖を震源とするマグニチュード8.5の大地震が発生しました。この地震で、震度7を―」
と言われている。
「震度7を青森県東部で観測」と聞いた瞬間、小岩剣は顔色が青くなった。
更に関東でも震度5強を観測し、安全確認のため、列車は止まってしまったのだと言うのだ。
一応、携帯電話と言う物は持っていた小岩剣。
直ちに、当時は実家にいた母と連絡を取り、自分は無事と伝えた。
そして、その上で青森に居る松江ニセコ達への連絡を試みた。
だが、繋がらない。
列車は渋川駅で止まったまま、時間だけが刻々と過ぎていく。
青森へ行く下り列車では、この辺りを走ると、綺麗な夜景が流れていくように見え、その様子が、星空の中を列車が進んでいると錯覚させ、大好きなニセコに会いに行く事を祝福してくれているように思う小岩剣。
だが、上り列車ではいつも眠っているし、明るい時間にこの辺りの景色を見ることはまずない。
ふと、窓の外を見ると、巨大な山が見えた。
左にも、右にも見える、巨大な山。
左に見える山は、幾つもの山が集合しているが歪。
だが、小岩剣の視線の先に見える右の山はそうではない。
確かにこちらも幾つかの峰が集まっているが、ほとんど一箇所に集まっている上、まるで、ベルリンの壁のように、大地に聳え、その姿に、小岩剣は恐怖し、「早く列車が動いてくれ」と震え上がった。
午前7時。
列車は、ノロノロと次の停車駅である高崎へ向け動き出した。閉塞指示運転下、どうにか高崎駅にはたどり着いたのだが、そこから先へは動けないようだった。そして、午前9時、とうとう、列車は高崎駅で運転中止となってしまった。
小岩剣は、とにかく、実家のある桶川へ行こうと、手段を探る。
被害の少なかった上越新幹線が、間引き運転ながら動いていたので、どうにかこれで、大宮まで行くのだが、その新幹線の車中からもまた、あの恐ろしくて巨大な山が見えた。熊谷を過ぎて、やっと小さく見えたが、大宮駅付近でもまだ見える。
ようやく大宮駅に着くと、その後は、ニューシャトルで、桶川の目と鼻の先である伊奈町の内宿駅まで行ったところで、母親が車で迎えに来ていたので、それに乗り、実家に向かうことができた。
しかし、安心したのもつかの間、青森を含め、東北沿岸と北海道太平洋沿岸に大津波が押し寄せてくる様子がテレビで大写しになる。
先程まで、列車の中から見えていた巨大な壁のような山の姿をした、巨大な津波が、東北地方や北海道の太平洋側沿岸を食い破って、町や物、そして、生きたままの人々を飲み込んでいく姿に、小岩剣は息を呑んだ。
青森市や、松江ニセコ達の住む津軽半島にも津波が来て、大きな被害が出た。
中でも衝撃を受けたのは、東北地方と首都圏を結ぶ大動脈である、東北新幹線、東北本線、常磐線に甚大な被害が出た事だった。
そして、携帯電話の基地局、電話局等の通信インフラも壊滅状態。これでは、松江ニセコと連絡が取れないのも無理ない。
ただ一つ、安心できたことは、今の今まで乗っていた、寝台特急「あけぼの」の経路である、高崎線、上越線、羽越本線、奥羽本線は被害が軽微で、直ぐに復旧しそうであることと、このルートで「あけぼの」の他、尾久車両センター所属の「北斗星」用の予備客車等を総動員した緊急迂回列車の運転に加え、同じ経路で東北方面への緊急貨物列車も運転されるということだった。
これで、少なくと「あけぼの」の経路で、青森へ帰れると言うことは分かった。




