09話 模擬戦しようぜ! 後編
本来は1話にまとめる予定でしたが、予定より長くなってしまったので前後編に分けさせていただきます。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
――カキンッ! カキンッ! カキンッ!
模擬戦が開始してから、だいたい十分ほどが経過した。
模擬戦を行っているこの中庭には剣と剣のぶつかり合う金属音ものすごい早さで響き渡っていた。
模擬戦というより、互いの命をかけた命がけの戦闘の方がしっくりくるほどの白熱ぶりであった。とはいっても、ただの木の棒と木刀のぶつかり合う音なのだが……。
にしても、ただの木の棒と木刀なのでまるで本物の剣がぶつかり合っているかのような音が出るのはなぜなのだろうか……。
「はぁはぁはぁ……」
りえは体力が限界に達したのか木刀を地面に突き刺し、動きを止めた。
「ふむ。この私と互角に戦えていたのは驚きでしたが、そろそろ体力の限界のようですな。そろそろ降参しますかな?
「はぁはぁ……降参? ……そんなの……私の辞書にはないわ。……私が……あなたに攻撃を与えられるまで、付き合ってもらうわよ! ワゴンセールさん! 」
せっかくかっこいいことを話していたというのに、最後の名前間違いのせいで台無しだ。あーあ、もったいない。
「その意気やよし! どこからでもかかって来てくだされ、リエ殿! そして、私の名前はハンネスです」
こっちも最後の余計な言葉でかっこいいのに台無しだ。最近はりえが間違えてもスルーしていたので、もう諦めたのばかりに思っていたが、一応まだ期待しているようだ。
いや、コレは戦闘中といこともあってアドレナリンが出てテンションが高くなっているだけかもしれない。
「はぁはぁ……。次は……こっちからいくわよ! ワイシャツさん! 」
――カキンッ! カキンッ! カキンッ! カキンッ! カキンッ!
りえとハンネスさんは戦闘を再開したようだ。
とはいっても二人の動きは速すぎてとてもじゃないが僕の目では追いつけないのだが……。
時々聞こえる金属音と衝撃波のような者が戦闘の継続を僕に伝えてくれていた。
……僕は一体何をしているのかって?
聞いて驚くなよ、今僕は木刀を脇に挟みながら腕を組み、仁王立ちで二人の戦闘を意味ありげに眺めているのだ。
何で模擬戦に参加せずに眺めてるんだって? というのも模擬戦改め、命がけの戦闘開始直後……
「それでは行きますぞ! 」
――模擬戦の開始を伝えるその声が聞こえたと思うと、ハンネスさんはすでに視界から消えていた。
このパターンは目に見えないレベルのものすごい早さの斬撃を解き放ってくるパターンだ。
ふふ、分かりさえすればあとはよけさえすれば良いのだ。
そう思い、僕は正面からの突きでも、左右からのでも斬撃よけられるよう、リンボーダンスの容量で上体を後ろへ大きくそらした。
これで斬撃が頭をかすめさえすれば、あたかもハンネスさんの攻撃を見切っていたかのようになる。
もし当たってしまったとしても、本物の剣ではなくただの木の棒なので痛みなどたかがしれているので大丈夫だ。
僕もバカではないので、本物の剣ならばこんな危険な挑戦はしない……
――バンッ!
「イッタァァァ! 」
イタい、イタい、イタすぎる! 大切なところがイタい!!!
僕は痛みのあまり失神してしまいそうになったが、なんとか耐え大切なところを抑えながらしゃがんだ。
まさか真上から振り下ろすとは思わなかった。
突きや左右からの斬撃をよけようとリンボーダンス容量で上体を後ろヘ大きくそらしたことによりもともと頭上に振り下ろされた木の棒は、僕の棒にぶつかったのだ。
イタい、イタすぎる。
たかが木の棒と侮っていたが、大切なところに当たるなら話は別だ。
「だ、大丈夫、葵? やばそうな音が鳴ってたけど……。とれちゃったり、折れちゃったりしてない? 」
「――だ、大丈夫だと思う。……たぶん」
さすがにとれたり、折れたりすることはないとは思うが、本当に折れてしまったのでないかと錯覚するほどイタい。
それにしてもりえは、優しいな。本気で心配してくれているようだ。
いつもは冷静なのに、これだけ慌てて、心配してくれるとは……。なんだかうれしいな。
「申し訳ありません。頭上を狙ったのですが、まさか急によけるとは思わなかったもので……」
「い、いえいえ……。じ、自己責任ですから……」
「葵、ちょっと休んだら? 無理にイタいの我慢して模擬戦する必要もないし……」
「そうですな。完全に私の責任ですので、イタいようなら休んでいただいて結構です」
模擬戦は完璧な最強主人公に僕たちが本当になれているかを知ることができるとてもよい機会だ。
でも、もし何の力も手に入ってないと分かったときが怖い。
あそこがイタいので休みますというのは正直恥ずかしいが、模擬戦をしなくてもいい理由ができたと考えれば良い。
ちなみに、すでに痛みはほとんど治まっているが、ここは休むのが正解だろう。
「そうだなぁ~。しばらく休ませてもらおうかな」
ってな感じで今に至る。
今になって思うのだが、まだアレは手加減してくれていたような気もする。
木刀と互角に渡り合えているあの木の棒で本気で殴られていたら、それこそさっきりえの言っていたようにとれたり、折れたりしてしまっていた気がする。
――カキンッ! カキンッ! カキンッ!
模擬戦は今も継続している。
そんなことより、りえの急成長には驚きだ。
あの急成長は常人の物ではないと一目で分かるほどである。
あれは異常だ。
おそらくあれがりえの手にした力なのだろう。
相手の技を真似して、一瞬で習得できる用になる的な能力なのだろう。
最初からのチート能力ではないものの、その力があれば『あいつ、戦いの中で強くなってやがる』的なことが、現実になると言うことだろう。
なにそれ、まさに王道主人公って感じでズルイ。
とはいえ、これは僕にとっても朗報であった。
りえが完璧な最強主人公としての力を得ていると言うことは、おそらく僕も完璧な最強主人公としての力を得ていると言うことだろう。
一体僕はどんな力を手にしたのだろうか。
りえが戦いの中で成長する系の能力と言うことは、僕は最初からのチート能力とかだろうか。
それはそれで、勇者っぽくて良いな。
……でも、二人の戦闘は全く目に追えないんだよな~。
なんでなんだろう。やっぱり、僕もりえと一緒で戦いの中で成長する系の力で今の僕はまだ力を発揮できていないのだろうか……。
「ハッ! セイッ! ソコッ!」
それにしてもりえも、かけ声的な物を行動につけるんだな。僕と一緒だ。気持ちは凄く分かる。本気になると不思議と声も出てしまうのだ。
しかも、大声を出すと相手を威圧できて一石二鳥なのだ。
まあ、そう考えているのは僕だけでりえは違う理由なのかもしれないけど……。
――カキンッ! カキンッ! カキンッ!
そろそろただぼうっと見ているだけっていうのも飽きてきたな。
とはいっても、どちらにせよ目に見えないレベルの二人の戦闘に割って入るのは無理な話なのだが……。
しかし、何もせずにこの模擬戦が終わるまでを見守るというのはつまらない。
なんか良い感じに、僕でも活躍できる方法はないだろうか。
「まだまだですな。りえ殿の成長速度を認めます。正直、まさかこの一瞬で私の剣をここまで模倣できるようになるとは思っておりませんでした。ただし、たかが真似ごときでは私には勝てますまい」
今のハンネスさんの言葉はよくないな。
おそらく、ハンネスさんは『真に素晴らしいのは努力して手に入れた力だ』的なことを言いたいのだろう。
確かにハンネスさんのであろうこともよく分かる。
しかし、現状は何の力もない僕が言うのも何だが、『真似』ができるというのはどう考えても最強だろう。
オリジナルが素晴らしいのは僕も十分に理解している。しかし、人を『真似』する力をなめてはいけない。
有名な話だが、かの有名な画家ゴッホも日本の浮世絵を意識して描いたこともあったそうだ。人を『真似』する力は成功するための重要な人間の力だと僕は思うのだ。
それは、戦闘においても言えることだろう。
例えばりえが、ハンネスさんの剣技を完璧に『真似』できなかったとしても、エマのヤバすぎる力や国王の力なんかを少しずつ『真似』ていくだけで、チート能力といえるほどの力を手にすることになるだろう。
重要なのはその後だ。
この後に自分の力で『真似』で手にした力を自分の物とすれば、それはオリジナルと限りなく近い力となるだろう。
そして、りえはそれができる子なのだ。学校中で誰よりも努力家な、りえならきっとこの『真似』の力を使いこなすことだろう。
僕はそれに対しては何の心配も抱いていない。もし、心配なことがあるとすればハンネスさんの見る目のないこの言葉のせいで、りえが気を落とさないかがだけだ……。大丈夫だろうか……。
「言ったわね、ワサビさん! 今に『たかが真似ごとき』の力であなたに勝って見せてあげるんだから……って言いたい気持ちは山々なんだけど、正直今は、私だけの力じゃそれは無理かな。確かに『真似』だけの今は、私だけの力じゃオリジナルにはかなわないけど、絶対にいつか、私だけの力でもあなたを越してみせると誓うわ、ワラビモチ! 」
心配して損したな。そういえばそうだった。りえは強いのだ。りえはこんなちっぽけなことで折れたりなどしない。
――いや、それも少し違うかもな……。
ふぅ……。
当然、もはや定番と化したりえの名前間違いはスルーする。
それにしても、『私だけの力じゃ』か。
しかもコレを言ったときに目が合ったと言うことは確定だろう。
ふむ。りえはてっきりこういうことは嫌いだろうと思っていたのだが、そうではなかったらしい。
それともさっきハンネスさんに言われたことに相当腹を立てたのだろうか。
まあ、理由はどうであれ、僕も良い感じ活躍できそうなので文句はない。
「ほう、それでは降参と言うことで良いでしょうか? 」
「ふふ。何言ってるのよ。降参なんてするわけないじゃない。確かに今の私だけじゃ、オリジナルのあなたには勝てないわ。でも、私は一人じゃないから! 」
「ま、まさか! 」
――コツン
「残念、気づくのが少し遅かったですね、ハンネスさん」
そう、僕はさっきのりえの言葉の後ひそかにハンネスさんの背後に移動したのだ。
というより、ハンネスさんがりえと話すために立ち止まったところが僕の目の前だったのだ。
そして、タイミングを見計らい、りえの言葉に合わせて、木刀で優しくハンネスさんを叩いた、いや当てたのだ。
おそらく、ハンネスさんは僕はただの観客だと思って油断していたのだろうが、まだまだだな。
「な!? アオイ殿は先ほど降参……は! 」
「そう、今気づいたとおり! 葵は降参なんてしてなかったんでした~。あくまでちょっと休んでただけ。だ・か・ら、怪我が治れば参加したって問題ないでしょ」
「ついでに補足しとくと、ハンネスさんは一回でも攻撃を当てれたら僕たち二人の勝利って言ってましたよね。……ってことは僕たちの勝利でも良いですよね」
まさに完璧なチームワークだったのではないだろうか。
これで、僕があそこがイタくて休んでいたことまでまるで作戦のうちのように仕立て上げることができた。
ついでに僕たちがハンネスさんに勝利することもできた。
これこそまさに一石二鳥というものだ。
「はぁ……。確かにその通りですね。ここは、私の負けを認めるとしましょう」
意外とすんなり負けを認めてくれたようだ。
我ながらなかなかにセコいやり方だったと思うので、渋るかなとも思ったのだが……。
まぁ、負けを認めたところで特に問題はないのだろう。
どんなにセコいやり方だったとしても、勝利したということが、僕は単純にうれしい。
りえはどうか知らないけど……。
そう思ってりえの方を向くと、まるで子供のように無邪気な笑みを浮かべたりえと目が合った。
僕とりえは、再びハイタッチをして喜びを分かち合った。
「「イェーイ!!! 」」
客人になれたときのハイタッチとは比較にならないくらいいい音が、つい先ほどまで剣と剣のぶつかり合う音が響いていたこの中庭中に響き渡った。
「ふふっ」
「うふふっ」
――僕とりえは、学校では決して見せなかったであろう無邪気な姿を見て、僕は顔を片手で覆い被せながら、りえは口元を片手で隠しながらつい笑ってしまった。
今日中にあと1話アップ予定です。
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