07話 ……ハンネスです。
「そういえば、違う世界から来たと言うことは分からないことが多いのではないですか? もしよければ、しばらくの間この世界のことについてお教えしましょうか」
「お! いいねぇ。分からないことだらけでいろいろと知りたいことがたまってたのよ。お願いしてもいい? 」
「そうだな。僕からもお願いするよ」
この世界のことを教えてくれると言うことは、異世界ファンタジーのド定番であり、男のロマンである魔法についても教えてくれるのだろうか。
完璧な最強主人公となった僕たちならやり方をちょっと教えてもらっただけで、この世界を無双できるほどのとっておきチート魔法なんかも使えるようになるに決まっている。
「わかりました。私は爺やに伝えてきますので、今日はここら辺で失礼させていただきます。また三人でお話ししましょう」
爺やというのは、ゾンビの群れに襲われ、エマに助けてもらって王城まで連れて行ってもらったときの、城門の前に立っていたベテランの守衛さんであるハンネスさんのことだろうか。
爺やに伝えるということは、ハンネスさんが僕たちに教えてくれると言うことだろうか。
「じゃあね~」
「またな」
僕とりえがバイバイと手を振りながらそう言うと、エマはなぜかちょっとうれしそうに頬を緩ませた。
どうしてだろうかと不思議に思っていると『それでは』といって客室から出て行ってしまった。
一体どうしたのだろうか。
「ねぇねぇ。この世界のことについて教えてくれるということは、剣技とかも教えてくれるのかな? もしかしたらエマがゾンビの群れを倒したときに使った剣技みたいなのも使えるようになるかな」
りえは魔法ではなく剣技に興味があるようだ。
確かにエマがゾンビの群れを一瞬で消し炭にした『調和の大春車斬』はすさまじかった。
使えるようになりたい気持ちは痛いほど分かるのだが……。
「確かにかっこいいけど、異世界ファンタジーのせかいでは王女様が最強な力を持っているのはあるあるなパターンだし、あの威力と言い、あの美しい見た目といい、そう簡単には使えるようにはならない気もするけどね……」
「そうだよね……」
「ただし! それは普通の人の場合であって、異世界召喚され完璧な最強主人公となった今の僕たちなら一瞬で使えるようになったってなにもおかしくないし、りえも案外使えるようになるかもね! 」
そう僕は笑顔で言った。我ながらなんて優しいんだろうか。
「またぁ、完璧とか、最強とか、主人公とか夢物語みたいなこと言い出した。そろそろ現実を見たら? まぁ、私も人のこと言えないだけどさ。私たちってさ、中学生にしたらちょっと頭が良いだけのどこにでもいる女子中学生と男子中学生だと思うんだけど」
りえが怖いことを言い出した。
『現実を見たら? 』という言葉には一切あおりのような感情がこもっておらず本気で言っているようであった。
僕もうすうすは分かっている。でも、それを認めたらどうにかなってしまいそうなのだ。
特に文句があったわけでもない日常生活を突如として失い、家族も友人もりえ以外はすべて失ったと言っても過言ではない。
それで得たものが何もないなどととてもじゃないが、認められない……認められない……認められない!
そんなことはないに決まっている。
「そ、そんなことは……」
同様のあまり凄く細い声が出てしまった。僕らしくない。
僕は『らしく生きる』という言葉が大好きで僕の座右の銘でもある。
今の時代、座右の銘を聞かれることはほとんどないので、考えたことすらない同級生がほとんどだった。
正直僕も時間をかけて決めたわけではない。
小六の時に初めてこの言葉を担任の先生から聞いたとき、なぜかこの言葉に胸を打たれたのでなんとなく座右の銘にしたのだ。
人間は一人一人がそれぞれの美しい個性を持っている。どうせなら、その個性を隠すよりそれを認め、それを十分に発揮し、自分の生きたいように生きれば良いと僕は思うのだ。
しかし、今の僕は自分らしくない。 言い換えれば自分の個性を十分に発揮できていないのだ。
これは僕にとって非常にまずいことである。冷や汗がしたたり落ちてきた。
……どうすればいいだろうか。
そう考えれば考えるほど、僕が僕らしくなくなっていく。あぁ、誰か助けてほしい!
コン、コン、コン
「失礼します。お二人の指南役となりましたハンネスと申します。今よろしいでしょうか」
ちょっとした一種のパニックに陥っていた僕にとって、これは救いだ。話を変えるにはまさにぴったりだ。そう思い、僕は今までのパニックを悟られないように気をつけながら言った。
「大丈夫ですよ。指南役と言うことはハンネスさんが教えてくれるって言うことですか?」
今までのパニックが全く悟られないくらいの完璧な返しをできた気がする。
「その通りでございます。アオイ殿」
「それでは、改めましてしばらくの間お世話になりますので、よろしくお願いします」
こういうときは、第一印象がとても重要である。
初対面の場合、相手をお互いによく知らないため、相手への印象を決める材料はとても少ない。
なので、第一印象をよくするために礼儀正しさはとても重要だ。
とくに国王やら王女様やらまだ見てないけど貴族とかもいそうな、バリバリの階級社会である異世界では重要視されそうな気がする。
「よろしくね。ワンネスさん」
……と思った途端、りえが礼儀正しいとはお世辞にも言えないような発言をした。
エマは王女様のと言っても年は近いし、とても優しい性格だと分かっているので問題はないが、超年上なうえ、どんな人かも分からない人に対する物言いではない。
しかも名前間違えてるし!
「……ハンネスです」
「あぁ、名前間違っちゃった? ごめん、ごめん。ワイヤレスさん」
もはや『誰だよ! 』って感じである。
これではケーブルを使わない無線通信になってしまっている。
「ハンネスです」
「あぁ、また間違っちゃった? ワンリョクさん」
もはやわざとやっているようにしか思えない。
ハンネスの原型をもはやとどめておらず、腕の筋肉が凄そうな脳筋みたいな名前になっている。
「ハンネ……いや、もう良いです。それより、早速にはなりますがお二人について知っておきたいことがたくさんありますので、私についてきていただけませんか? 」
僕たちについて知っておきたいこと……何だろうか。
エマにさっき話したような今までの話をするくらいならここでもいい気もするが……。
もしかして、教室みたいな専用部屋でもあるのだろうか。
どっちにしろ、答えはもちろんYESだ。
「良いですよ」
「私も良いわよ、ワンチャンさん」
「――では、行きましょうか」
もはや突っ込み疲れたのだろうか。
完全にりえの名前間違えをスルーしている。
まぁ、指摘したところで直らないだろうし、これで正解だろう。
それにしてもワンチャンか。
ハンネスさん、メッチャかわいい名前になったな。
それにしてもどこに行くのだろうか……
「――私は国王陛下様に姫様がまだ赤子であった頃より姫様の護衛を任されております。とはいえ、昔ならいざ知らず、姫様の実力は私をとうに超しておられるのですが……。しかし、まだ姫様にも足りない物があります。それは人を疑うことです。姫様の実力なら問題ないのかもしれませんが、護衛を任されている私からすれば何かあるのではと常に不安な気持ちでいっぱいになります」
廊下を歩き、階段をくだり、歩き始めてからだいたい五分くらいたったころ。
とても静かな王城の中ということでさすがに静かにハンネスさんの後について行っていた僕たちに対してなのか、突然ハンネスさんが独り言のようなことを言い出した。
「姫様は自由な冒険者となって世界中を旅することが夢だそうです。生まれながらずっとこの城の中だけで生活している分、外の世界に憧れを抱いておられるようで、たびたびこの城を抜け出し私たちを困らせてくれております」
ハンネスさんは、困っているとはとても思えないような、苦笑を浮かべながら、どこかうれしそうな声色でそう言った。
それにしてもハンネスさんがエマの護衛だったとは驚きだ。
でも、確かにあれだけ親密なのも護衛だったのなら納得である。
エマにこの王城に連れてきてもらったとき城門前に立っていたのは、護衛として城から抜けだしたエマを探していたのだろう。
……たぶん。っと、ハンネスさんの独り言はまだまだ止まらなそうである。
「国王陛下様がどのような考えをお持ちでいるかは、私では分かりませぬ。しかし、私は姫様がこの城を抜け出すこと自体に問題ないと思っています。それは姫様の実力ならば何十、何百の魔物に襲われようと問題ない、そう確信しているからです」
ハンネスさんがどのくらい強いのかは僕には全く分からない。
しかし、王女様の護衛を任されるほどなのだからそれなりに強いのは確定だ。
そんな人にここまで言わせるとはエマ、まじでハンパないな。それにしてもいつまでハンネスさんは独り言を続けるのだろうか。
「しかし、一つ危惧していることもあります。それは、姫様のお心が傷つけられることです。私より遥かにお強い姫様の身の危険など私が危惧する権利も必要もありませぬ。しかし、お心の強さはそうもいきますまい。姫様もまだまだ一人の子供です。子供の心の安全は大人が守るべきだと、私はそう思います」
エマの心が傷つけられるというのは、一体どういうことだろうか。
それにしてもなぜ、ハンネスさんは突然このような独り言を始めたのだろうか。
分からないことだらけである。
「姫様は、その身分のせいで王城で働く人以外の人との関わりがほとんどありません。友達、いや同じくらいの歳の話仲間でさえ姫様には一人もいません。そんな姫様がある日、とてもうれしそうに自分と同じくらいの歳の少年と少女を連れて帰ってきました。それがあなたたちです」
そう言うとハンネスさんは歩みを止め、僕とりえの方へ振り返った。
エマにとって僕とりえはとても貴重な友達であると言うことが伝えたいのだろうか。
確かに、もしそうなのだとすれば、さっきエマと別れるとき、頬を緩ませた説明もつく。
……貴重な友達かぁ。
そう思ってもらえていると思うと、なんだかうれしい気持ちになるな。
それはいったんおいておくとして、現在、僕たちが立っているこの場所は教室とはほど遠い、外であった。
いや、正確に言うと中庭だろうか。
なぜここに来たのかすぐに聞きたいが、ハンネスさんの独り言はまだ止まらないので、それを尋ねるのは後にしよう。
「私はそのうれしそうな顔を見たとき、複雑な心境になりました。うれしい気持ちとそれから……。信頼していた人に裏切られるようなことがあれば、どのような人でも大きく傷つくことでしょう。特に姫様の場合は今まで関わってきた人が少ない分、あなた方二人に対する思い入れは大きい物であると思っています。単刀直入に申しましょう。私はあなた方二人が何らかの悪意を持って姫様に近づいており、時が満ちれば姫様を裏切るのではないかと危惧しております。姫様はおそらく私のこの行動をお咎めになることでしょう。しかし、私はあなた方二人の本質を知らなければならない。なので……」
え? あ、これはヤバい!
これは本格的にヤバい! ヤバいのだ! これはただの独り言ではない、そうやっと気づいた。
客人となったときに不用心すぎると思っていたことがフラグになったのかもしれない。
不用心どころか、この先起こるかもしれない悲劇を防ぐため、ハンネスさん、いやハンネスに不確定要素を排除するために僕とりえは殺される可能性が高い。
いまからでも走って逃げるか? いや僕はともかくりえを置き去りにする可能性がある。
ゾンビの時は危険だとすぐに理解したようだが、りえは抜けているところが多く、今のこのヤバい現状にすら気づいていない可能性すらある。
それなら大声で助けを呼ぶとかはどうだろうか?
さっきのハンネスの言葉からエマはおそらくこの状況を許可していないと読み取れる。
しかし、そんなマネをすればエマが駆けつけるよりも先にハンネスに殺される可能性がでてくる。どうしよう。どうするのが正解なのだろうか。
「模擬戦を行います」
「は?」
――ハンネス、いやハンネスさんは僕たちに対して思いもよらない言葉を浴びせた。
明日は合計3話アップ予定です。
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