06話 どうしてこうなっちゃったの!?
僕の名前は立花葵。ごくごく普通の中学生であった。
しかし、今はもう違う! なんやかんやで異世界召喚され、今日は異世界生活5日目である。
そんな僕は今、王女様の客人として順風満帆な生活を……していなかった。
いや、正確に言うと衣食住は最高級でまさに豪華絢爛な生活ではあるのだが、大きすぎる欠点があったのだ。
「もう家に帰りたいだけど!!! 」
僕は、元の世界でも使ったことのないような最高級のベッドに寝そべりながら、切実な願いを口にした。
「はぁ!? 何言ってんのよ。最高な生活じゃない。一体どこが嫌だって言うのよ? そりゃもちろん、異世界なんだし、テレビもなければスマホもないけど、これだけ順風満帆な生活を送れてれば何の問題もないでしょ? 」
確かにテレビやスマホがないのは大きな欠点だ。
しかし、そんなことがちっぽけにすら感じてしまうほどの大きすぎる欠点があるのだ。
コン、コン、コン
「失礼します。リエ殿、アオイ殿。稽古の時間ですぞ。時間は有限ですので、中庭に早く移動くだされ」
「やっと稽古の時間になった! アオイ! 先に行ってるわね」
悪魔の時間がまたもやってきてしまった。
――そう。
大きすぎる欠点とはこのことである。
午前と午後にそれぞれ二時間ずつ稽古の時間があるのだ。
とはいっても午前の稽古というのは座学で稽古と言うよりも授業であり、あまり苦ではない。むしろ、この異世界の情勢についてや魔法についてなど興味深いほどである。
どうやらこの世界はここ最近、魔物の異常発生や魔物の性質の突然変異に非常に悩まされているらしい。僕たちの因縁の相手である健康すぎるゾンビもそのうちの一種だそうだ。
まぁ、異世界の言語の授業は眠たすぎて、ある意味拷問のようであるのだが……。
なんで話せるのに異世界の言葉の勉強をしているかって?
それは簡単だ。話せても文字は書けないからだ。
謎の力で話せるようにはなっているが、書けるかどうかはまた別の話なのだ。
そして、問題なのは午後の稽古である。実技という名のただの拷問である。
走り込みや腕立て、腹筋といった筋トレや異世界の代名詞とも言える剣術や魔法の実技……。
なんで異世界にまで来てこんなに努力をしなければならないのだろうか。
僕は完璧な最強主人公になったのだ。異世界ファンタジーの主人公なら、異世界召喚の時に手にしたスキルとか魔法でこの世界を無双するのがセオリーであろう。
なんで僕がこんな羽目に……。
「時間は有限だと言っているではないですか! 早く行きますぞ。アオイ殿! 」
「は、はい! 」
諦めて今日も稽古に行くしかないか。なんで稽古を毎日する羽目になってしまったのだろうか。
思えば、すべてはあの選択が始まりだった。
――時はりえと葵が客人になった翌日である、異世界生活2日目の朝にさかのぼる。
(――なんだ? もう朝か。まだ眠い。あともうちょっと寝たって問題ないだろう)
そう思って二度寝を始めた。すると、なぜか突然デジャブを感じた。似たようなことを昨日の朝もしたような……。
って、あ! 膝枕事件だ!
今日はさすがに大丈夫だろうなと思いつつもいつもと違う違和感がないかを探した。
……違和感しかない。
なんだろう、この寝心地の良さは。
昨日はなにもない草原のど真ん中で膝枕してもらいながら寝るのと比べると、まさに天と地の差だ。
……まぁ、どっちが天で、どっちを地と感じるかは人それぞれかもしれないけど。
そんなことはおいておくとして、問題の枕も膝枕ではないと一瞬で分かるほど寝心地が良い。
目が覚めてから、少し時間がたち意識もはっきりしてきたので、昨日のことをほとんど思い出した。
確か、なんやかんやあって王女様の客人となり、国王の言っていた『最高級のおもてなし』というものを受けている最中だった。そんな気がする。
そういえば、昨日の昼食と夕食、とてつもなくおいしかったな。あの味を思い出すだけでよだれが出てしまいそうだ。
――ん?今はもう朝である。
ということはあとちょっとしたら朝食の時間になるのではないだろうか。
昨日、客人として迎え入れてもらった後に昼食と夕食はすでに食べさせていただいている。
しかし、朝食はまだ食べたことがないのでどんなものが出てくるのかが気になって仕方がない。
二度寝したいという気持ちを抑えて、目を開けるとするか。
……僕が目を開けた先には、とても上機嫌そうなりえがいた。
「おはよう、葵。ねぇねぇ、凄くいい寝心地じゃなかった? 私、こんなにいいベッドで寝るなんて始めてだったんだけど。王女様の客人っていうのは素晴らしいわね! 」
満面の笑みを浮かべながら、りえがそう話しかけてきた。何で同じ部屋にりえがいるかって?
案内をしてくれたハンネスに聞いたところによると、今は一つしか客室があいていないそうだ。
本当は別々の部屋が理想だったのがわがままは言ってられない。
まぁ、もちろん僕は大歓迎だけど!
しかも僕たちの部屋はかなり広いので特に文句はない。この部屋には、リビングルームとは別に二つ寝室がある。
それぞれの寝室にベッドが二つずつあるのでおそらくこの部屋は四人用なのだろう。
二つ寝室があるのでもちろん、それぞれの部屋ということにはなってしまった、じゃなくてなったのだ。
――あーあ。なんという期待外れだろうか。こんなものただのシェアハウスのようなものじゃないか……。
そう思い落胆していた僕に対して、りえはとんでもないことを言い出した。
『修学旅行の夜みたいでなんだかわくわくしない? せっかくなら今日くらい一緒の部屋で寝ない? 』
――と。
あ、ありがとうございます! そう言われたらしょうがない。しょうがないのだ。これはあくまでりえのわがままに付き合っているだけなのだ。
ということで、今僕の目の前にはりえがいるのだ。
「ふわぁぁぁ……。おはよう、りえ。マジそれな。……ってかさ、マジでどうでもいい話なんだけど。……りえっていつも何時に起きてんの? 昨日も僕が起きた時には、すでに起きてたし、今もまだ薄暗いし、まだ6時とかでしょ。僕も別に寝坊してるわけじゃないと思うんだけど」
僕はベッドから立ち上がり、スリッパを履き、あくびをしながら寝室についていたカーテンを開けて、りえにそう尋ねた。
朝食の時間まで時間が少しあるので、どうでもいいことだけど、少し気になったのでとりあえず聞いてみた。
「ううん? ……四時くらい? 」
「早! 」
四時に起きて一体何をしているのだろうか? 学校が開くのは八時とかだぞ。
りえの家の場所からして七時半くらいに家を出れば十分だろう。三時間半も何をして過ごしているのだろうか?
暇なので、りえに続けて聞こうと思ったのだが。
コン、コン、コン
誰かがドアをノックしたようだ。
おそらく、朝食を運んできてくれたのだろう。一体どのような料理が出てくるのだろうか。非常に楽しみである。
「失礼します。りえちゃんとアオイくんは起きていらっしゃいますか? 」
てっきり朝食だと思っていたが、エマだったようだ。一体、何の用だろうか。
「起きてるわよ」
「僕も起きてるよ」
僕とりえはそう言いながら、この客室の入り口のドアの前に歩いて行った。
「エマちゃん、おはよう」
「おはよう、エマ。わざわざ王女様がここに来るってことは何かあったの? 」
「おはようございます。特に何かあったわけではないのですが、もし二人が良ければでいいのですが、一緒に朝食を食べながらお話をしたいなと思いまして。ぜひ、これまでの二人の冒険話をお聞きしたいです」
そういえば、これまでことを話す約束をしたような気もする。
エマにもいろいろと聞いてみたかったこともたくさんあるし、この世界の人間の中に僕たちの状況を知ってくれている仲間を作るのもいいだろう。
もしかしたら何かがあったときに協力してくれるかもしれないし。
しかも唯一、僕たちの状況を知ってくれている仲間が王女様というのはとても心強い物がある。
この提案はまさに素晴らしい案だと言えるだろう。
「いいよ。これまでの冒険話を満足いくまで話してあげるよ」
僕が快くエマの提案を受け入れると、りえが僕の肩をぽんぽんと軽く叩いてきた。
僕がそれに反応して、後ろを振り向くとりえがひそひそと耳打ちしてきた。
「これまでの冒険話って、何の話をするつもりなのよ。まさか、異世界から来たことを言うつもりなんじゃないでしょうね? 」
「そのつもりだけど、なんかだめだった? 」
「いや、別にだめじゃないだけど……そんな話したら、葵みたいに私まで頭がおかしくなったんじゃないかと疑われそうじゃない? 」
こいつ。また僕を頭がおかしい呼ばわりしたな。
りえの言うことは、もっともなことなのだがむかついたので、勝手に話を進めてしまおう。
「ん? どうかしましたか? 」
「いや、なんでもない。遠慮なく入ってくれ」
「ありがとうございます」
僕たちはリビングルームにあった四人用の机を囲んで座った。僕の隣がりえで、僕たちの正面にエマが座っている。
とても豪華な朝食も届いたので、早速これまでの冒険話をエマに話し始めた。
「――っていうことがあってこの世界に召喚された僕とりえはなんやかんやでゾンビの群れに襲われ、エマに助けてもらったってわけ」
「ねぇねぇ。あの膝枕事件のこと話してもいい? 」
「絶対ダメ! 」
「――ヒザマクラ事件? 」
冒険話をすることに反対していたりえを無視して勝手に話を始めてしまったというのに、そんなことはもう忘れたのだろうか。
不機嫌どころかむしろ上機嫌にからかうようかのごとく、あえてエマにも聞こえる音量で、そう聞いてきた。無論ダメに決まっている。
そんなことはおいておくとして、今までのことを本当に簡単にだが、エマに話した。
さぁ、エマはどんな反応をするのだろうか。普通に考えるならば、あり得ない馬鹿げた話と思ってりえの危惧していたとおりに頭がおかしくなってしまったのだと思うだろう。
しかし、ここは異世界ファンタジーの世界だ。僕たちよりも前にこの世界に異世界召喚された人々がチート能力なんかでこの世界を無双していて、異世界人という存在を知っていたって不思議ではない。
「へぇ~。二人はこの世界とは別の世界から来たのですね」
お! この反応はやっぱり僕たちよりも前にも異世界召喚された人がいたのだろうか。
「世界はやはり不思議なことがたくさんあるのですね。この世界とは別の世界があるなんて、今まで知りませんでした」
まさかの凄く純粋なだけであった。いや、別の世界から来たと言われあっさりと受け入れるとは、どれだけ純粋なのだろうか。さすが王女様である。
まぁ、ゾンビの群れを一瞬で消し炭にしたり、父親を殴ったりと、少しおてんばではあるが……。
「とても興味深い冒険話を聞かせていただいてありがとうございました。代わりにと言っては何ですが、私に聞いてみたいことなどはありませんか? 私に答えられることであれば何でもお答えしますよ」
「うーん。葵はなんか聞きたいことある? 」
「さっき話に出てきた、僕たちを救ってくれた女神様を僕は探してるんだけど、女神様がどこにいるのかとか女神様の正体とかって何か心当たりがあったりしない? 」
「女神様ですか……。すみません、心当たりが全くないです。もしかすると、お父様が何か知っているかもしれないので今度聞いておきますね」
王女様であるエマも全く心当たりがないとは、女神様を探すのには時間がかかりそうだ。国王ならもしかしたら何か知っているかもしれないし、それを期待しておこう。
それにしてもエマにはいろいろと世話になってばかりだな。冒険話以外にももっといろいろと恩返しをしたいものだ。
とはいえ、今の僕たちにできそうなことはほとんどないので、しっかりと感謝の気持ちだけでも伝えておこう。
「わがまま言っちゃってごめんね。本当に何から何にまでありがとう」
「葵のわがまま聞いてくれてありがとね」
わがままなのはその通りなのだが、他人からそう言われるとほんの少しイラつくのはなぜなのだろうか。
「いえいえ、こちらこそ冒険話を聞かせていただきありがとうございました。そういえば、違う世界から来たと言うことは分からないことが多いのではないですか? もしよければ、しばらくの間この世界のことについてお教えしましょうか」
「お! いいねぇ。分からないことだらけでいろいろと知りたいことがたまってたのよ。お願いしてもいい? 」
「そうだな。僕からもお願いするよ」
――僕は軽い気持ちでこの提案を受け入れた。
しかしこの後、僕は何度もこの時の選択を悔やむこととなる。
軽い気持ちで受け入れたこの提案によって地獄を見ることとなったのだ。
今日中にあと1話アップ予定です。
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