04話 ちゅ、中二病じゃないから!!!
「調和の大春車斬!!! 」
すべてを投げ出した僕の前に突如として現れた一人のかわいらしい少女の可憐な剣技によって、ゾンビの群れが一瞬にして灰と化した。
たった剣を一本でこれほどの威力を出せるとはまさしく異世界ファンタジーの世界だ。
――かっこいい!
僕もいつかこのような剣技が使えるようになるのだろうか。
僕らを取り囲んでいたゾンビの群れを一瞬で消し炭にしたあの衝撃波どのようにして出しているのだろうか。
少女を中心として同心円状に一瞬にして広がっていった桃色をした衝撃波は美しく、まるで一輪のコスモスの花のようであった。
その剣技は僕を一瞬にして虜にした。
――あの剣技を僕も使えるようになってみたい!
そう心の底から思った。
「大丈夫ですか? 」
かわいらしい少女は、首をかしげながら僕たちにそう尋ねた。風になびく彼女の髪は、透き通るような薄桃色の髪からはどこか上品さを感じられた。
どこかの貴族のお嬢様なのかもしれない。
歳はおそらく僕とりえと同じくらいだろう。
……おっと、こうしてはいられないな。助けてもらったのだから一刻も早くお礼を言わなければ。
しかもこれは、異世界に来てからの初めてのりえ以外の人間とのコミュニケーションである。
……ん? 普通に日本語で話せば相手に伝わるのだろうか? むこうも『大丈夫ですか』と日本語を口にしていたので問題ない気もするのだが、本当に日本語を話しているのだろうか?
異世界でも日本語がつかわれているとは考えにくい。異世界なのだから異世界語とかではないのだろうか?
……まさか! 女神様が僕たちが困らないようにと異世界語を理解でき、話せるようにしてくれたのではないだろうか。さすが女神様だ。
異世界ファンタジーの世界でも何かしらの原因で不思議と理解できるし、話せるようになっているという展開は定番である。
話せると分かったなら、次はどんなことを話すかだ。
ここで好印象を与えておくことが重要だとアニヲタの僕の勘が告げている。
「助けてくれてありがとね。見ての通り元気だから心配しないで大丈夫よ」
りえのお礼はまさにシンプルだ。
……決めた。
僕は、この子が惚れてしまうくらいの、イケボな声でお礼を言おう。お礼もただのお礼ではなく、僕のたぐいまれな言葉選びのセンスで適当にかっこつけて言ってみよう。
「あやうくこの世界から僕という才能が失われるところだった。助力、感謝する! 」
我ながらとてもよくできた方だと思う。
超絶イケボボイスで超絶かっこいいセリフを言う僕。
たまたまさっきの状況が悪かっただけで、実は完璧な最強主人公である僕にふさわしい。ちょっと中二病っぽくもなってしまったがそれはご愛敬である。
「あんたねぇ。私たちは確かに中二だし、中二の病に冒されちゃうのも仕方ないのかもしんないけど。あとちょっとで私たちも中三になるのよ。いい加減、そういうの卒業しなさいよ。あと、かっこつけるのはいいけど、せめて立ってからにしなさいよ。ものすごくダサいわよ」
「あ! 」
今自分がどんな状態でいるのか完全に忘れていた。
ゾンビに向かって行こうとしたところをこの子に救われて尻餅をついていたのだ。
尻餅をついたままでは、どんなにイケボボイスだろうが、かっこいいセリフだろうが、かっこよさが半減してしまうという物だ。
これはさすがに恥ずかしいな……。
「――シュトン」
あぐらをかいている状態から軽くジャンプして立ち上がった。
全く関係ない話なのだが、昔からのクセで僕は、たまに行動に効果音というか、かけ声的な物を言ってしまうのだ。
前に学校の体育の授業でやったバトミントンでは一回一回打つたびに『セイッ! 』『ハッ! 』と自然と言ってしまっていた。普通の学校生活の中でも『よいしょ』と声に出てしまうことが何度もあり『年寄りかよ! 』友達に突っ込まれたこともあった。
「――い、一応言っとくけど僕、中二病じゃないからね。君までも勘違いしないでね……」
しっかりとこれだけは伝えておかなければならないだろう。
ここは異世界なのだから、さっきのレベルの中二病くらいなら違和感なく、なじめると思ったのだけど……。
りえに中二病だと思われるのはしょうがないとしても、この少女にまでそう思われてしまっては、さすがの僕の心が折れてしまう。
多少、惨めでもしっかりと『中二病ではない』と伝えた方がいいだろう。
「は? 何言ってんの。あんたガチの方の中二病じゃない? いい加減認めなさいよ。中二病も言ってみれば脳の病気みたいなものじゃない。病気にかかってることを人に隠す必要なんてないじゃない? 」
「チッチッチ。さっきは、たまたまかっこつけただけで中二病ではないんだな。実は! 」
「いい加減認めなさいよ。クラスの人も学校の人も言わなかっただけで、みんな気づいていたのよ。きっとこの子もきっと引いちゃってるんじゃない? 」
「え? そんなこと知らなかったんだけど! ……まぁ、それはいいとして、ねぇ? お願いだから正直に言って。君って、今引いちゃてる?」
クラスの人や学校の人にそう思われてしまっていたという事実もとてつもなくつらいのだが、それは今の僕にとっては過去の話である。
そんなことより、何よりも重要なのはこの子に引かれてしまっているかもしれないという可能性だ。
この子はこの異世界で初めて会った人なのだ。こういう人は物語において重要人物となる確率が高い。
アニヲタである僕には、それが痛いほど分かる。重要人物になるであろうこの子に中二病だと認識されてしまうのはいろいろと困る。
そう思って尋ねたのだが……。
「うふふっ。ずいぶんと仲が良いんですね。仲良しな二人の姿を見ているだけで心が癒やされるのはどうしてなんでしょうか」
少女はくすりと笑いながら笑顔でそう言った。さっきの会話を聞いていてなぜ僕とりえの仲がいいと思ったのだろうか。
まぁいっか。引かれてなかっただけで十分である。むしろ以外と好印象のようなのでよかった。
そして、だ。ちゃんと僕の話した言葉が相手に通じ、相手の話した言葉もしっかりと理解できているのだ。さすがは女神様の力といったところだろう。
「質問に答えたいのですが、チュウニ病? がどんな病気を指すのかが、イマイチよく分かんないのでその質問には答えられそうにもなさそうです」
少女の見た目からも口調や言い回しまでも、どこかお嬢様のような上品さが感じられる。
これは本格的に貴族のお嬢様である可能性が高そうだな。
それは一旦置いておくとして、なによりも中二病をあまり知らない様子なので一安心だ。
「その代わりといったら何ですが、私の屋敷についてきませんか? ずいぶんとゾンビに追われていたみたいですし、疲れたのではないですか? ここから歩いて行くなら、最寄りの町でも半日はかかると思いますし、日が暮れてたらまたさっきのゾンビみたいな魔物におそわれたりして危険です。ここであったのも何かの縁ってことで私の魔法で一緒に屋敷に行きませんか? 」
「「お願いします!!! 」」
僕とりえは息ぴったりに、少し食い気味で答えた。当たり前だ。
半日かかると聞いて誰が自分たちで歩いて行くというのだ。もし、これがごついおっさんとかだったら誘拐とかを危惧してついて行かないかもしれないが、幸いにも相手は僕たちと同じくらいの歳の少女だ。
この子に誘拐されるという可能性はないとは言い切れないのかもしれないが、ほぼ0%に近いだろう。
それにしても魔法で帰還とはさすが異世界だ。僕も使えるようになってみたいな。
「それで決まりでいいですね。じゃあ早速、魔法を使いますね」
「ねぇねぇ、その前にちょっといい? お互いに自己紹介しない? 」
りえが帰還するための魔法を詠唱しようとした少女にそう尋ねた。
確かに、名前をまだ聞いてなかったな。この子は異世界召喚され、分からないことだらけの僕たちの良い友達になってくれるかもしれない。歳も同じくらいだし、ぜひこの子とは仲良くなっておきたい。
お互いの名前を知らない状態では仲良くなるなんて不可能である。確かに、ここは自己紹介をお互いにすべきであろう。
「確かに、りえの言うことも一理あるな」
「そうですね。これから仲を深めていくうえでも自己紹介は大切かもしれないですしね」
三人の意見が一致した。それにしても自己紹介か。毎年のクラス替えのたびにしてるけど、こんな少人数でするのは初めてだ。
どんな自己紹介をしようか悩むな。
「でしょでしょ。じゃあ、さっそく私から。私は速水りえ。りえは漢字じゃなくて平仮名なんだ。珍しいでしょ」
確かに名前が平仮名なのは珍しいのだが……。平仮名って……。
「――カンジに、……ヒラガナ……ですか。ごめんなさい。それってどんなものなのですか? 」
そりゃそうなるわな。
日本語をお互いに話していると錯覚してしまいそうになるが、ここは異世界である。おそらく異世界語みたいなのがあるのだろう。
異世界語を女神様が日本語に訳して僕たちは理解し、僕たちが話した日本語を女神様が異世界語に直し、それを発しているのだろう。
つまり日本語を知っているわけではないので平仮名や漢字といったこの世界にない言葉を言った場合、相手は理解できないのだ。
ここはとても優しい僕が、りえにフォローを入れてやるとするか。
「漢字や平仮名っていうのは、僕とりえが生まれ育った日本って言う国の言葉なんだ」
「へぇ。二人はこのベルサイユ王国の出身ではないのですね。それにしてもニホンですか。聞き覚えがないですね。これでも国の名前には自信があるのですが。……よほど遠くからやってきたのですか? 」
「そう……だな。確かにとてつもなく遠いところからやってきた。まぁ、話すと長くなるから詳しいことはまた後で話すよ」
別に異世界から来たことを隠すつもりはないのだが、あえて今ここで話す必要もないだろう。
また今度、暇な時にでもゆっくりと今までにあったことを話そうと思う。
「じゃあそういうことで、次は葵の番よ」
次は僕の番か。もう中二病と思われたくはないし、ここは普通にやればいいだろう。
「僕の名前は立花葵。さっきは助けてくれてありがとう。これからもよろしく」
シンプルザベストとはまさにこのことだろう。自己紹介をしつつ、さっき助けてくれたことへの感謝をあらためて伝えた。
我ながら完璧ではないだろうか。
「シンプルねぇ。まぁ……。さっきので恥ずかしくなっちゃったんだろうし、しょうがないか」
凄い嫌みのある言い方であおってきた。
むかつく。むかつくのだが、ここは大人な僕。
甘んじて受け入れてやるとしよう。
「じゃあ最後に、自己紹介してもらってもいい? 」
最後は例の少女だ。
まずは名前を覚えないとな。
「もちろんです。私の名前はエマ・センセーション・ベルサイユ。二人と仲良くなりたいって思ってるいるので、よろしくお願いします」
「エマちゃんね。こちらこそ、これからよろしく」
「よろしくな、エマ」
エマ・センセーション・ベルサイユ……。ベルサイユ……。
さっき、エマが言っていたこの国の名前『ベルサイユ王国』とラストネームが一緒なのは偶然なのだろうか。
いや、偶然に決まっているな。まぁ、一応聞いておくか
「――エマ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。ベルサイユって……」
「ふふ。それはまた今度話しますね。リエちゃんやアオイくんのこれまでの冒険話もそのときに一緒に聞かせてもらってもいいでしょうか」
そうだな。
こっちはまだ話してないことがあるのに向こうからすべて聞きたがるってのは欲張りという物だろう。
また、今度に聞いてみるとしよう。
「そうだな。また今度、話そうか。それじゃあ改めて、これからよろしくな」
「こちらこそよろしくです。それじゃあ、そろそろ帰還魔法に屋敷に行きましょうか」
「そうだな」
「うん。お願いね」
エマは二人の答えを確認すると魔法を詠唱した。
「刹那の帰還!!! 」
――魔法が放たれた瞬間、周囲が一瞬暗転し、気がつくと立派な城門の前に立っていた。
今日中にあと1話アップ予定です。
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