03話 こ、これが運命の出会いってやつ!?
……コロン
――地面に垂直に立てた木の枝が僕たちから見て右斜め奥の方向に倒れた。
なんでこんなことをしているかって? 最寄りの町への行き方が分からないからである。
この棒は青いたぬきの極秘の魔道具のような力はなんにもないごくごく普通な棒である。
しかし、どの方向に進むか分からなくなった今のような状況では、二人で意見が割れることなく進む方向が決められるので、とても便利である。
「じゃあ、あっちの方向に歩いて行こっか」
「はぁ……。行くしかないけど、……不安だなぁ……。モンスターとか襲ってこないよね? 」
りえが盛大にフラグを立てた。そういうことを言うから襲われるのだ。
とはいっても、この異世界ファンタジーの世界で完璧な最強主人公となった今の僕とりえならどんなモンスターに襲われたって一瞬で消し炭にできるだろうけど。
……ってアレ? 今、僕も盛大にフラグを立てたような?
まあ、大丈夫だろう。
――こうして、僕たち二人は垂直に立てた木の枝が倒れた方向に歩き出した。
「ってかさ。そういえば、僕が目覚めたとき、りえが膝枕してくれてたじゃん。あれってさ。どうして? 」
まだまだ到着までに時間がかかりそうなので、気になっていたことを聞いてみた。
「膝枕って。まあ、でも。……そうなっちゃうか。……ふふ」
りえが、不気味が笑みを浮かべた。嫌な予感がする。今更になって、聞いたことを後悔し始める僕がいた。無料通信アプリのように送信取り消しボタンがあれば良いのにと心の底から思う。
いや、まだ分からない。大丈夫かもしれない。
「わたしが起きたときは、葵が私の肩に寄りかかって寝てたのよ。そして、私ちょっと動こうとしたら、こんどは葵が膝の上に。……って感じ。落とそっかな? とも思ったけど、ちょっとかわいそうだから葵が起きるまで待ってたってだけ。聞きたがってたことが聞けてよかったじゃない? 」
え? ……うっわ。はっず!!! え、りえの肩に寄りかかって寝てたの!? そしてその後、そのままの流れで膝の上に……。
一歩間違えればセクハラじゃん。
マジで最悪! 聞かなきゃよかった。もしかしたら『寝顔をみたくて……』とか『固い地面はかわいそうだから……』みたいな理由かも、と期待して聞いた僕が間違ってた。
りえの馬鹿にするような顔がむかつくが、今回は僕が完全に悪いのでまたジャンピング土下座でもするか。
いや、でも今回はしょうがない部分も多々ある。認めさせしなければ、問題はないだろう。
そうだ! こういうときはアレだ。
『必殺!!! 話題そらし!!! 』
「いやぁ。最寄りの町、遠いね」
ちょっとあからさますぎたか?
まあ、多少あからさまでも話題を変えられてさえすれば問題はない。
「あれれ??? 急に話題なんかそらしちゃってどうしたの??? なんかあったの??? お顔が真っ赤わよ。どうしちゃったのよ??? 」
顔が真っ赤になってしまっているようだ。昔からそうなのだ。恥ずかしいことがあると僕はすぐ顔が真っ赤になってしまうのだ。
恥ずかしがっていることが簡単にばれてしまうとはつくづくいやな特性である。
話題を変えようとしたのがばれてしまったのも顔が真っ赤だからなのだろうか。
……やばい! 凄い嫌みのある言い方、殴りたくなってきた。まあ、もちろん冗談なんだけど……。
それにしてもウザすぎる。……どうしよう。なんとしてでも、話題を変えなければ。
って、あ! あんなところに何人かの人影がある。冒険者だろうか。
まぁ、何にせよナイスタイミング!
「あ! あんなところに、ひ、人影がぁー。あの人たちに最寄りの町への行き方を聞きにいけるじゃん。やったー」
ちょっと、いや大分、棒読みっぽくなってしまったが問題はないだろう。
それにしてもあの冒険者たちの装備、貧弱すぎないか? いや、駆け出しの冒険者だとすれば、こんなものなのだろうか。
確かに、このあたりは一面に広がる草原である。こんなところにボス級の強いモンスターなど出現しないだろうし、駆け出し冒険者たちがレベルアップに利用しに来ていたとしても何の違和感も抱かない。
「ついてこい! りえ! 」
ちょっとイケボな声で、そう言い放ち、僕は走り出した。とはいっても、別に走る必要などない。
しかし、話題を完全にそらすという超難関ミッションをこなすためには必要なプロセスである。
「あんたね……。まあ、いっか。あの人たちに聞けば最寄りの町への行き方が分かるかもしれないし。って、おいてかないでよ! 」
りえが何かを言っているようにも聞こえたが、完全に無視して走り続けた。
冒険者達がいるのはここからぱっと見た感じ百メートル先ぐらいだろうか。
運動神経は決して高いとは言えない僕だが、中の上である自信はある。
異世界召喚されたのが下校中だったこともあり、今の服装は制服なのでちょっと動きにくいのだが、十五秒もあればすぐつくだろう。
――ん?……なんか臭くないか?
アレに似ている。去年の理科の実験でやった腐卵臭だ。何でそんな匂いがするんだろうか。だれかが硫化鉄に塩酸でもかけて硫化水素でも発生させたのだろうか。
まあいいや……。
――えっ? ……アレ?
どんどん匂いがきつくなってきているような気が……。いや、気のせいだろう。たぶん。
「はぁはぁ……。あんたねぇ……。急に走り出さないでよ」
うわ、早! そういえばりえって運動神経抜群だったな。
りえの今の服装も、もちろん制服である。しかも、うちの学校の女子の制服はスカートだ。
なかなかに動きにくそうな格好だというのに、簡単に追いつかれてしまった。
まぁ、僕の名誉を守るために言っておくが、例の冒険者たちまで残り十メートルほどのところで走るのをやめたのだ。
とはいえ、ここまで一瞬で追いつかれるとは思ってなかったけど……
「って臭! 急に止まったからどうしたのかなって思ったけど……」
何かを疑うような目つきで僕を見てきた。
「いや違うから! あんまり僕もわかってないけど、たぶんあの冒険者たちからする匂いだから。……たぶん」
そう、僕が走るのをやめた理由ってのは、何が腐ったような匂いが異常にするのだ。
さすがに鈍感な僕でも分かる。これは、異常だ。
「ってことは、あの人たちが脱糞……」
「だから全く違うから!」
りえが見当はずれのことを言っている。脱糞してこの匂いとかやばすぎるだろ。
これは……たぶん。いや、今は昼なのだからそれはそれでおかしいのだが、それしか考えられない。
「「「 ウゥー 」」」
――うん。やっぱりゾンビだった……。
いや、おかしいだろ!!! 今昼だぞ!!!
ゾンビって夜にしかも墓地とかに出現するものだろ。真昼の草原に出現するとか、どんだけ健康的なゾンビなんだよ!
文句は多々あるもののいくら文句を言っても現実は変えられない。
いや……待てよ。……ポジティブに考えるれば、完璧な最強主人公に生まれ変わった自分の力を知ることができるのではないだろうか。
そう考えると、実に楽しみになってきた。
僕は、一体どんな力を手に入れたのだろうか? 異世界に召喚されて間もなく、目の前にいるこの三匹のゾンビを可憐に葬る僕。カッコ良すぎる!
立花葵の英雄伝の一ページ目にふさわしいだろう。
とはいっても、自分の力を理解しなければ、敵を倒すのは不可能だ。
まずは、魔法が使えるかのチェックだ。
「うわぁぁぁ!!! ゾンビじゃん!!! ねぇ、どうするの? 葵!」
横で騒いでいるりえを無視して魔法を……魔法……ん? 魔法ってどうやったら放てるのだろうか? 適当に詠唱すればいいだろうか?
考えるよりも実践してみる方が早いか。
「アオイスペシャルファイアーアタック!!!」
……スカッ
……何も起こらなかった。……うっわ、はずっ!!! うん、アレだ。
やっぱり適当に詠唱するだけじゃだめだったか。それか、まだレベルが足りない的な。
どちらにせよ、まだ今は魔法が使えないと分かっただけで十分だ。
じゃあ次はスキルを使えるか試してみるか……ん? スキルもどうやって使えるのだろうか?
こうなったら剣技だ!
異世界ファンタジーの主人公になった僕なら一流の剣技を身につけているに違いない……。
……あ! 僕、剣……持ってなかった。
……どうしよう。今、もしかして……ヤバい状況なのでは? こうなったら無駄な意地を捨てて、ゾンビから惨めに逃げるしかない。
アレだ。たまたま今この状況が悪いだけで、僕は完璧な最強主人公なのだ。
今さえ逃げ延びれば、この異世界を無双できるに決まっている。
「逃げるぞ! りえ。……って早! 」
りえはとっくのとうに凄い早さで逃げていた。
何も言わずに逃げるってリエもなかなかにひどいな。すぐにりえに追いついて、文句を言ってやらねば。
“自称”運動神経:中の上のダッシュを見せてやる!
「おりゃぁぁぁぁぁ!!!!!! 」
やっと追いついた。マジで吐きそう。ヤバい!
そして、もう一つヤバいことが発生した。ゾンビも走って追いかけてきているのだ。
意味が分からない。どんだけ健康的なゾンビなんだ。
とは言っても、クッソ早い訳ではないので、それなりに距離は離せたのだが、油断すると追いつかれてしまいそうだ。
「はぁはぁ……。先に逃げるとかなしでしょ。……はぁはぁ。……せめて……なんか言ってから逃げてよ」
「あぁー。それはごめんね。葵がなんか、アオイスペシャルナンチャラ~みたいなこと言ってたからたからもう手遅れかなって? 」
うっわ。
聞かれちゃってたか。……そんなことより、手遅れってどういう意味だ?
ゾンビにやられて頭がおかしくなっちゃた的な意味ではないよな。
一言文句言ってやりたいが、今はそれをする体力すらもったいない。
「そろそろ引き離せたかな? 一緒に振り返らない? 」
りえが提案をしてきた。確かに今どれくらい引き離せているかは気になる。
しかし、僕が振り返っている間にまたおいて行かれそうな気もするのでしっかりと念押しをしておく必要はあるな。
「はぁはぁ……。まぁ、いいけど。……今度は絶対においてかないでよ! 絶対だからね。絶対! 」
「約束ね。……じゃぁ、いくよ。せぇの!!! 」
さっきとは比べものにならない速度で追いかけてきていた。差は十メートルといったところか。うん。ヤバいな。
「やばいやばいやばいやばい!!! 来てる来てる来てる来てる!!!」
りえが慌てたようにそう言った。
「あ、葵。一生のお願いがあるんだけど。囮になって私が逃げる間の時間稼ぎをしてくれない? 」
「嫌に決まってるよ!!! そんなこと言うんだったらりえがおとりになって僕の逃げる時間稼いでよ! 」
「あんた、レディーファーストって言葉知らないの? とにかくあんたが囮になりなさいよ」
「今の時代、男女差別はよくないですよ。りえさん……ってヤバァァァ!!! 」
りえと醜い言い争いをしている間に前をよく見てなかったのが仇となった。
目の前には約十匹のゾンビが、左には五匹、右には七匹、そして、後ろからはさっきからずっと追いかけてきている三匹のゾンビがいた。つまり二十五体近くのゾンビの群れに囲まれたことになる。
おそらく、ずっと追いかけてきていた三匹のゾンビは、僕たちが奴らの群れのいるここへ追い立てていたのだろう。
ゾンビのくせに団結力がハンパない。
全方位を囲まれた今、もうこの包囲を突破するのは不可能だろう。
……あぁ、これは、もうおしまいだ。
「――オワッタ」
ゾンビにかまれたらよくゾンビになるって言うけど、ゾンビになった後って意識ってあるのだろうか? いやないか。
ここは、ポジティブに考えよう。意識がなくなるならほとんど死ぬのと一緒だ。かまれて一瞬で死ねるならなかなかに楽な死に方と言えるんじゃないだろうか。
手足を引きちぎるような残酷な殺し方をするモンスターと比べればずいぶんとましだ。
そう思うようにしよう。
「ああ、もうだーめだ。短い人生だったな。死んだら化けて葵の枕元に。……って葵も一緒に死んじゃうから無理か」
りえも諦めたようだ。
りえだけでもと思ったが、この状況では無理だろう。いや、やらずに死んで後悔するより、やって死んで後悔した方がまだマシか。
りえが生き延びれるとは限らない。それに確定で僕は終わりだろう。
それでも……。
「ふぅ……。今から僕が囮になる。どんくらい効果があるか分からんけど、りえは全力で逃げろ。……最後くらい僕もカッコつけたいしさ! 」
「え? いや、何言ってるの? 逃げるなら二人で……。私だけなんて……」
「おい、ゾンビども! お前らなんて僕の拳で充分なんだよ! りえ、生き延びてくれよ! おりゃあああああ! 」
無理だと頭ではわかっている。
でも可能性はある。まだ、拳は試してないのだし、チート能力がこれかもしれない。それにゾンビなら大声出しながら動き出した僕の方に馬鹿みたいに全員集合して、りえが生き延びれるかもしれない。
運命よ。奇跡よ。女神様よ。僕に、僕らに、お慈悲よ!
「調和の大春車斬!!! 」
すべてを投げ出した僕の前に突如として現れた一人のかわいらしい少女の可憐な剣技によって、ゾンビの群れが一瞬にして灰と化した。
「大丈夫? ですか? 」
かわいらしい少女は首をかしげながら、僕たちにそう尋ねた。
明日は合計2話アップ予定です。
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