21話 邪魔にしかなれない自分
「――リエ。――れて――ください」
「――かったわ。――せたわよ! 」
「――か~ら~! ――を無視ちゅんなって――るじゃん!!! 」
……ッチ! うっさいなぁ。
人が気持ちよく寝ているってのに……。
雑音がうるさすぎて寝れないじゃないか!
……はぁ。
うるさい雑音の正体は、エマとりえ。そして知らない奴の声である。
おそらく僕が寝ている間に新しい友達でもつくって一緒に遊んでいるのだろう。
いや、この声色的にけんかでもしているのだろうか。
まぁ、どちらにせよ、なんて迷惑な話なのか。
寝る環境としてもこれ以上にないくらい悪い。
とてつもなく悪いのだが、今はとてつもなく眠たいのでもう一度寝ることにする。
さて、僕の睡眠力が勝ち無事眠れるか、雑音が勝ち睡眠を妨害されるか……。
いざ、勝負だ!
「――されました。――調和の大爆発!!!」
――ゴーンッ!!!!!
うっるさ! ヤバすぎだろ!
睡眠を妨害するどころか、鼓膜が破れそうになるほどの轟音が鳴り響いたぞ。
この魔法は、始めて聞いた魔法である。
おそらく、やっと最近、使えるようになったので自慢したくて放ったのだろう。
そうだ。そうに違いない。
ここは深く考えないようにしよう。
眠りだ。眠り。
もう一度勝負。リベンジだ。
今度こそ、寝てみせる!
――いざ、勝負!
「――し。――れで!」
「――んなんものごときで――たしを殺せるとか――ちゃったわけ!? 」
「「――ッ! 」」
殺せる!?
なんか物騒な言葉が聞こえたような気もするが、大丈夫だろうか。
いや、そういう遊びなのだ。
大丈夫だ。きっと大丈夫だ。
それより、僕は眠りに集中。集中っと。
「――ゃあ、つぎはあた――ってことで。大地の憤怒 ~! 」
「ーーぶない! 防衛の壁!!! 」
――ドーンッ!!!!!
眠れるかぁ!!!
……なんだこの揺れは。
地震が起きたのだと錯覚してしまいそうになるほどのこの揺れの正体はさっきのりえやエマの友達が放った魔法によるものだろうか。
さすがに、これ以上放置はできないな。
「――リエ、大丈夫ですか!? 」
僕が参戦したところで何一つとして変わらないのくらい分かっている。
だから、知っててあえて知らないふりをして自分を騙していた。
すべてを分かっているわけではない。
正直分からないことだらけだ。
「――イタタタた……。だ、大丈夫よ。――ってエマの方こそ傷だらけじゃない」
ここがどこなのか分からない。
僕が意識を失ったところには、鬼の軍勢の残骸が大量にあった。
そこからそんなには離れていない気もするが、目印となる残骸がどこにも見当たらないのでこの場所がどこかは分からない。
「――りえには防衛魔法をつけれたのですが、自分の分を忘れちゃってましてね……」
なぜ戦闘が起きているのかが分からない。
この少し遠くから聞こえる音からして戦闘が行われているのは明白だ。
しかし、なぜ戦闘が起きているのかは分からない。
「――やっぱり。過保護すぎ……って言いたいとこだけど、今回はなかったら危ないところだったし……今回はありがとう」
そして、誰と戦っているのかが分からない。
りえとエマの強さは異常だ。
鬼の軍勢やゴーレムやデュラハン、巨大な九尾の狐、そして見た目が気持ち悪い巨人。
そんな強敵を一瞬で残骸に変えるほどの実力があるのだ。
そんな二人が苦戦している。
――いや、窮地に陥っている。
見てないので、なんとも言えないが、聞こえてくる音の情報から考えるにかなり押されているのだろう。
異常な強さを誇る二人相手に善戦どころか押している敵は一体どんな化け物なんだろうか。
「ねぇ! いつになったら学習すんのよ! いいかげん、あたちを無視ちゅんのはやめろ! 」
僕は重い足で一歩ずつ戦場に向かいながら考える。
僕ができることとは何なのだろうか。
女神様は教えてくれた。
僕にも”無秩序の冥護”とかいう力があるのだと。
しかし、どんな力なのかは分からない。
もちろん使い方など分かるはずもない。
今の僕は、鬼の死体の山を見ただけで、パニックを起こし、貧血を起こして倒れた、迷惑なだけの凄い二人のお荷物だ。
邪魔でしかない。
そんな僕が参戦したところで、また邪魔になるだろう。
それならいっそのこと、と知らないふりをして、二度寝でもして、凄い二人が解決してくれるのを待とうと思った。
だけど僕にはそんなことさえできなかった。
二人が心配で、邪魔になりに体が動いてしまう。
「ねぇ。無視されたくないんだったらまず攻撃するのやめなさいよ。殺そうとしてくるような奴と話してあげる人なんて世界中探したっていないわよ」
りえはきっと僕を守ろうと、戦場から少し離れたあの場所に僕を置いたのだろう。
そうに違いない。
なのに僕は、せっかくのりえの気遣いを台無しにするかのように自分から戦場に近づいていっている。
なにかできるわけでもないのに。
――あぁ、最低だな。僕。
……はぁ。これが俗に言う偽善者というものなのか。
「うるさい。だまれ! 大地の粛正~! 」
そうこう考えている内に戦っている様子がしっかりと見れるほどの距離まで近づいてきてしまった。
二人は、返り血なのか自分の者なのか分からない血を全身に付けながら地面から次々と、足下にはえてくる刃を避けている。
さすがはりえとエマといった感じか。
ものすごいスピードで地面の刃をよけながら謎の少女の攻撃も同事に避けている。
ただ、あの少女の強さは異次元だ。
「ぜったい許さない! 大地の叫び~! 」
りえとエマ、りえを左手から放っている魔法で、エマは右手を使って拳で、地面から生えてくる刃とともに戦っているようである。
そして、それをすべて一人でこなしているのだ。
驚き疲れてあきれてしまいそうになる。そしてもう一つ驚いたことがある。
てっきり全く戦闘の様子など、いつもの模擬戦のように見えないだろうと思っていたのだが、意外と見える。
ただ、これは僕が成長した訳ではなくりえとエマの動きがいつもに比べて遅いのだ。
その証拠に少女の動きはほとんど見えない。
まぁ、エネルギー弾的な魔法を先ほどから放っているので、どこにいるのかは大方予想がつくし、衝撃波が生じるので戦闘の様子はある程度は分かるのだが……。
――そんなことより、りえとエマはどうしたのだろうか。
いや、これは押されている証拠なのだろう。
まずい。非常にまずい。
――あぁ、僕にもなにか力があればよかったのに。
二人に邪魔ではない何かをできればよかったのに……。
「このままっ、受け流してたって……状況は悪化してくだけよねっ。……はぁ。どうする? エマ」
「――その通りですねっ。……ならば、今リエの考えていることを実行してください。どうせ、こういったということは、なにか考えがっ……あると言うことなんでしょう。それが何かは分かりませんができる限りは援護いたします! 」
――考え?
なんだそりゃ。
あのハンパない少女に勝てる作戦でもあるのだろうか。
「――ふふっ。じゃあ! 行くわよ! 」
「このあたちに、まだかてるとでもおもってるわけ? いいかげんあきらめたらどうなの? 」
「調和の……ッ――」
「リエッ!!! 」
「――ッチ。このあたちをてこずらせやがって……。ちゅぎはあんたよ」
――は!?
意味が分からない。分からない。分からなすぎる。
りえがなにかの技の準備をした。
その後、次の瞬間には、りえは遠くに吹き飛ばされていた。
音は後から聞こえた。
確かに人が殴られたような音が……。
強烈な音が……。
こうしてはいられない。
早く。早く。早くいってあげなければ。
たとえ何もできなくとも、邪魔にしかなれなくとも。
僕は僕のために、行かなくては。
「――リエ、リエ。大丈夫ですか……。返事を――」
「そんな悠長にしてて大丈夫? さっきまで一対二で押されてたのに、今は一対一。普通に考えてやばいんじゃないの? って……誰よ、アンタ? 急に、挨拶もなしに出てきて、こっちも向かずに――」
「うるさい、ダマれ」
――うるさい。うるさい。うるさすぎる。
静かにしてほしい。
りえは動かない。
微動だに動かない。
それもそのはずだ。
りえの口の前には血の色の水たまりがあった。
おそらく血を大量に吐き出したのだろう。
目はあいてない。
気絶だろうか……。それとも……。
りえの整った顔は傷だらけである。
服もボロボロで真っ赤に染まっている。
……悔しい。悔しい。悔しすぎる。
何もできない自分が……。
りえの一番そばにいるのにもかかわらず何もしてあげられない自分が……。
「ア、アオイ君…… 」
あぁ。
この頬を伝う涙は何に対するものなんだろう。
膝の上に乗せたりえの前髪に手櫛を入れていると、涙の粒が一滴、二滴とりえの整った顔に落ちていく。
悲しみ? 怒り? 嘆き? 後悔? 苦痛?
一体どの味がするのだろうか。この水は。
「は? なによ、その態度? あたちはね、五大神が一柱、大地のガイアちゃまなのよ。あんたみたいな人間ごときが神様にむかってなんていう態度なのよ。殺されたいの? 」
神様か。
あぁ、女神様か。
女神様ならば、りえを助けられるのだろうな。
……確か、あの時。
もとの世界で僕とりえが殺されそうになったとき、あの人は命をつなぎ止めてくれた。
回復魔法を使い、僕たちを助けてくれた。
あの魔法の名前は確か……
「――無秩序の治癒」
「え? これは……」
「はぁ!? なんであんたが”無秩序の力”が使えるのよ!? 」
え? まぶしい。
手櫛を入れていた右手の先が熱い。
どうしてだろう。なぜだろう。
……は? りえの傷がみるみるうちに治っていく。整ったきれいな顔がだんだんともとの状態に戻っていっている。
そして、りえが目を開けた。
ゆっくりと。間違いない。これは回復をしている。
……なんで? どうして? 女神様のおかげなのだろうか?
「――間違いない。間違いないの。”無秩序の力”を使っているわ……。ということは……あんたが……”カギ”なのね……」
さすがは女神様だ。
僕たちのピンチを悟って助けに駆けつけてくれたのだろう。
本当にさすがだ。すごすぎる。
「――葵……。葵なのね……。ふふっ……。来て……くれたのね……」
りえは目をゆっくりと開けると、安心したかのようにそう小さくつぶやいた。
「——ありがとう。葵! 」
――あぁ……。
その笑顔を向ける方向、ちゃんと考えた方が良いんじゃないかな?
僕はそう思いながらも、自分の唯一つの取り柄である幸運に歓喜した。




