02話 “自称”冒険者になったからよろしく!
(――なんだ? もう朝か。まだ眠い。あともうちょっと寝たって問題ないだろう)
僕は二度寝をすると決め、寝返りを打った。
――ん?何か違和感を感じる。なぜだろう? なぜか地面? がでこぼこしているのだ。いつも使っている枕とは違うような……。
なんというか、人間の膝のように感じる。
まぁ、気のせいだろう……ん? 妙に頭が温かいようにも感じるな。人のぬくもりというか、なんというか。とにかく、とても不思議な感覚である。
これも気のせいだろうか……。
とてもいい匂いがする。ずっとこの匂いに包まれていたい。そう思うほどの匂いであった。
たとえるなら……美少女の匂いだろうか。……って変態みたいなことを考えてしまった。
でも、それほどいい匂いなのだ。
うーん。訳が分からないな。一体今僕はどういう状況なのだろうか。
目を開ければすぐ答えが分かるのだろうが、まだしばらくの間この匂いを嗅いでいたい。
なので、目を開けるのは、しっかりと自分で答えを出してからにしようと思う。
今の状況を理解するときには、思考を整理するに限る。
そうだ。今まであったことを整理しよう。
――たしか昨日、春休みの最中だというのに学校にわざわざ来させられ、超真面目な僕は、一切愚痴らずに"雑務“をやった。
その後は、同級生のりえと一緒に下校していて……あ! なんとなく思い出してきた!
なんか不気味な発狂女に襲われて、殺されかけて、そこを女神様に救っていただいたんだ。
女神様が二つの選択肢を与えてくださって、女神様の世界に一緒に連れて行っていただくことになったんだっけ。
あぁ……。そうだった。女神様が僕たちに願いを言おうとしたのだが、僕たちを『望みに突き合わせるわけにはいけません』とそれを教えてもらえなかったのだ。
早く女神様にお会いして言おうとしたことを教えてもらい、恩を返さなければならないな。
……ん? ちょっと待てよ。僕は今、あることに重大なことに気がついてしまった。
もしや今、女神様に膝枕されているのではないだろうか。
そう考えれば、すべてがつながる。
頭に人のぬくもりを感じるのも、とてつもなくいい匂いがするのも。なによりも召喚した本人が目覚めのときにそばにいてくれているというのは、こういったアニメの中では常識なのだ。
思ったより早くお会いできたな。女神様の望みは一体どのようなものなのだろうか。女神様はどのようなお顔をしているのだろうか。
めちゃくちゃ気になる!
――そう思って目を恐る恐る開けると……
「あ! やっと起きた! 」
――りえだった。
って女神様じゃないんかい!
はぁ……。滅多にみられないであろう女神様のご尊顔を拝見できると思いワクワクしていたというのに、いつでも見られるいつも通りのりえが……。
いつでも見られるいつも通りの……。いつでも見られる……。いつでも……。いつでも?
――そうだ。そうだった。いつでも見られるなんてとんでもない。今、僕がりえをみていられるのはとんでもない奇跡の賜物なのだ。
――無事だったようで本当によかった。
死ぬ運命にあった僕もりえも無事に生き残ることができたようだ。女神様のおかげだな。ますます恩を返さなければならないな。とにかく早くお会いしなければ。
それにしても、あれだけ大量に出血していたというのに今では完全に完治しているように見える。
なぜか制服も血液がついていたり、破れたりしておらず、まるで何もなかったかのようにさえ思えてくる。血が大量についた制服とかいろいろとヤバいのでそれはよかった。
それはよいのだが、女神様の行方は? それになんでりえが膝枕してくれてるんだ?
「うわぁぁぁぁぁ!! 」
りえが急に立ち上がった。当然、つい先ほどまで膝枕されていた僕は転がり落ちた。
「イッタァァァ……。いきなり何なの! もう! 」
理不尽な目に遭ったのだからここは、しっかりとクレームを入れておく。我ながら絶妙に切れのないクレームだ。
もっと、ガチのクレーマーっぽく論理的に責め立てたかったが、国語が苦手教科の僕には無理な話である。
「ねぇ、葵? 今何が起きているのか分かる? 」
僕の絶妙に切れのないクレームには一切触れず、まるで何もなかったかのように質問をしてきた。
確かに今のような異常事態には、情報の共有が必須だろう。ここは、素直に今の僕の知っていることを話すべきだ。でも、その前に確かめておくべきことが僕にはある。
「女神様って、どこにいるのか知ってる? 」
今、何よりも優先して知りたいことを聞いた。捉え方によっては、宗教勧誘だと思われても言い訳できないようなことを言ってしまった気もする。
「ハァ? 女神様? 一体何を言い出してんの? 頭でもおかしくなった? まぁ、もともとおかしいけど……ここまで異常じゃなかったじゃない」
『頭でもおかしくなった? 』とは、ひどい言われようだ。
まあでも確かに、急に女神様がどうとか、ほぼ宗教勧誘同然のことを言い出したのだから、頭がおかしくなったと思われても仕方がないのかもしれないかもな……ってアレ?
「今、もとがどうとか言わなかった? 」
「言ってないよ」
今までで初めて見るくらいの満面の笑みで、少し食い気味で、否定してきた。『もともとおかしい』と聞こえたような気もするが、おそらく聞き間違いだったのだろう。
そんなことはおいておくとして、一つりえと話していて分かったことがある。それは、女神様はおそらくこの近くにはいないだろうと言うことだ。
このあたりは、僕とりえが一休みしているこの木陰以外の樹木は見当たらないほど、何もない草原が広がっている。見晴らしが最高にいいというのに、僕とりえ以外の人間は見渡す限りどこにもいない、完全二人きりの状況である。
女神様はこの近くにはすでにいないのだろう。僕より先に目覚めたりえなら何か知っているかもと思ったのだが、あの反応は、……おそらく何も知らないのだろう。
早く女神様にお会いしたいし、この恩を返さなければ……。
ん? ちょっと待てよ……。今この状況は、僕とりえ以外の人間は見渡す限りどこにもいない、完全二人きりの状況なのだ。
二人きりの状況……。
りえとはプライベートでも遊びに行くほどの仲だ。まぁ、付き合っているわけではなく、本当に仲の良い友達としてなのだが……。
ほとんどは三人で遊びに行っている。女子二人、男子僕一人というなかなかに珍しいグループでだ。
そんな中、何回か三人の予定が合わず二人いったことがあった。一緒にカラオケなんかにも行ったので二人きりという場面は経験済みである。
しかし、今のこの二人きりの状況はそれとは全然違う。今、僕が取り返しのつかないようなことをしてしまってもだれにも止められないだろう。
しかも、ここはおそらく異世界だ。法律だって元の世界とは違う。本当にやろうと思えば本当にやれる。
いや、本当にそうだろうか? 僕には見えていないだけで、近くに人がいるかもしれない。
それにりえは大切な友達なのだ。そんなことをしてしまっていいはずがない。
そうだ。そうに決まっている。
落ち着け立花葵! 男としての本能に負けるな!
「ん? どうした? 急に考えこんじゃって? いや、それもそっか。こんな意味不明な状況だもんね。……ねぇ、話戻すけどさ、今何が起きているか分かる? 」
ヒィッ! そう。その通りですとも。
意味不明な状況だから考えていたのであって、決していやらしいことを考えていたわけではないですよ。
ふぅ―。一回落ち着こう。そして、切り替えよう。おそらくこれ以上、りえに女神様の居場所を聞いても分からないだろう。
ここは、早く女神様にお会いしたい! という気持ちを抑え、情報共有を行うことが先決だ。
「正直僕も、今起きていること全てはわからない。だけど、とりあえず今、僕が分かっていることを全て話すよ」
――僕は、りえとの下校中に発狂女に襲われたこと。殺されかけたこと。女神様に助けていただいたこと。女神様が与えてくださった二つの選択肢の中から、女神様の世界に連れて行っていただくことを選択したことなどなど。
僕の視点から見たこれまでのことを噛み砕いてりえに説明した。
「なんであの謎の声のことを女神様って呼んでいるのかはまったくわからないけど、やっぱり葵にも、あの声、聞こえていたんだ。そして私と同じ二つの選択肢とその答え。……偶然ではないわよね。……じゃあ、……これって。……あの声の持ち主の世界にきちゃったってこと? 」
おそらくそうなるだろう。認めたくはなかったが、僕たちは、女神様の世界に“異世界召喚”されたのだろう。
……異世界召喚か。……異世界……召喚……。……異世界召喚!?
ってことは、……僕って!異世界ファンタジーのような完璧な最強主人公になったってこと!?
「ねぇ! どうしよう葵! 突然異世界に召喚されるなんて聞いてないんだけど! 今の私たち、まさに着の身着のままだよ! 水もなければ食料もない! お金もなければスマホもないんだよ! まぁ使えるかどうかはわかんないけど。ねぇ、どうしよう葵! 」
つい先ほどまでただの中学生だった僕が、まさか異世界召喚されて、異世界ファンタジーのような完璧な最強主人公なるとは……。一体誰が予想できただろうか。
実感はないが、天性の主人公特性を持つ僕は、世界を救う勇者にふさわしい伝説のスキルなんかを手に入れたのだろう。
もしくは陰から世界を支配する魔王にふさわしい、禁じられた古代の魔法?
最強主人公としてこの異世界で無双する将来の自分の姿を想像するだけでにやにやがとまらない。
「いきなりにやにやしだしてどうしちゃったの? やっぱり頭でもおかしくなっちゃた? もとからおかしいのにそれ以上とか、もはや私の手に負えないんですけど」
今はっきりと、『もとからおかしいのに』と言ったな、コイツ。
まあ、でも、今の僕は超絶上機嫌なので今回は特別に許してやるとしよう。
それにしても、なぜりえはパニックに陥っているのだろうか。そりゃ、もちろん異世界に来たのだから多少のパニックになるのは分かるけど、最強主人公となった僕たちはもはや怖い物なしだ。
何に対してうろたえているのかが僕には全く理解できない……あ! そっか! そういえばりえはあんまりアニメとか見ないんだったな。
それなら異世界ファンタジーの定番を知らなくてもしょうがない。ここは自他共に認めるアニメヲタクであるこの僕が教えてあげるべきだろう。
「チッチッチ」
「口でそれ言う人始めてみたんだけど……」
「ゴホン! りえ君、君は何をうろたえているのかね? 我々は異世界召喚されたのだよ。つ、ま、り! 我々は異世界ファンタジーのような完璧な最強主人公なったのだよ。そう! もはや今の僕たちは怖い物なしだ! 」
よくアニメとかにある一昔前の学校の先生っぽく話してみた。
最初の咳払いといい、いつもはしない渋い声で話したこといい、我ながらなかなかのできではないだろうか?
今度こそりえに好評をいただけるだろう。
「こういう異世界ファンタジーの世界ではまず、ギルドに行って冒険者登録をするものなのだよ」
まずギルドに行って冒険者登録をするのは、異世界ファンタジーの世界ではド定番である。
……ってアレ? ギルドってどこにあるのだろうか? まあ、その辺の町にとりあえず行っとけばあるだろう。
……って町はどこにあるんだろう? よくよく考えるとここは見渡す限り一面に広がる何もない草原である。
……ん? これって……も、もしや。や、やばい状況なのでは?
「あのねぇ。さすがに気づいているとは思うんだけど、このままだと私たち、餓死するわよ。葵の言うように、私たちが最強な主人公になっているのだとしてもさすがに餓死は耐えられないでしょ。それにギルドってどこにあるのよ。こんな何もない草原にあるようなものじゃないでしょ? さっきも言ったけど、水もなければ食料もないのよ。そして一面に広がる草原。わ、た、し、さ。とってもやばい状況だと思うんだけど? あんなにかっこつけて話してた葵なら打開策があるのよね? あんなにかっこつけてたんだもの。当然よね」
先ほどの満面に笑みと同じかそれ以上の会心の笑顔を見せてきた。
こ、怖い。やっべぇ! どうしよう。こ、こういうときはアレだ。とりあえず謝ろう。うん。それしかない。
「す、すいませんでした!!! 」
僕は華麗にジャンピング土下座を敢行した。
ここで言い争ったとしても、口が達者なりえに勝てるわけがない。無様に言い負かされておしまいだ。
ならば、さっさと謝ってしまった方がお得というものだ。
それにしても本当にどうしよう。
ギルドどころか町にたどり着くまでにこんなにも苦労を要するなんて聞いてないだけど……。
「ふう。……まあ、打開策じゃないけどけど一つ画期的なアイディアがある。ここにいたって餓死するだけなんだからさ、適当な方向にとりあえず歩いて行くってのはどうかな? 」
額の汗を手で拭いながら立ち上がり、僕の画期的なアイディアをりえに伝えた。
「ハァ……どこが画期的なアイディアよ……でも、それしかないわよね」
りえも文句を言いつつも承諾してくれたので残る問題は、歩いて行く方向だけである。
こういうときは神に任せるのが一番である。
「じゃあそれで決定でいいね。後は歩いて行く方向だけだけど、こういうことは神様の導きに従うべしってことで、この木の枝で歩いて行く方向を決めない? 」
「何それ。子供みたい。でも、自分たちじゃ決められないってのも一理あるからな~。葵の言うことって的確なんだか的確じゃないんだか本当に分からないだけど。……まあ、そうね。あの枝の倒れた方向に歩いて行きましょうか」
――僕たちは近くに落ちていた木の枝を使って歩いて行く方向を決め、歩き出した。
ギルドとかで正式に登録していないのでまだまだ”自称”ではあるが、やっと僕、“自称”冒険者 立花葵の冒険は幕を開けた。
今日中にあと1話アップ予定です。
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