15話 決してドMじゃないからね!
「今から何して過ごす? まだ四時過ぎとかよ」
そう言いながらりえは電気を付けてくれた。
二人とも起きたので、電気を消している必要もないしな。
時間はたんまりあるし、女神様と遊ぶ約束をした話でもするとするか。
「じゃあ、今日見た夢の話でもしていい? 」
まぁ、あれを夢と言って良いのかは怪しいところがあるが、体は寝ていて、精神だけで女神様と話していたのだから夢だと言っても問題ないだろう。たぶん。
「夢って? さっき言ってた悪夢のこと? 」
あ! やっべ。
そういやぁ、そんな嘘をついた気がする。
完全に忘れていた。……確かにこの流れで行くと当然その話をするものなのだと思うだろう。
さて、どうしようか。
女神様と遊ぶ約束をしたことを悪夢ということにしようか。
一応お別れのときに世界が崩壊していって最後は闇に呑まれ目が覚めたのだから、捉え方によっては悪夢だったと言っても問題ない気がする。
しかし、女神様との再会を悪夢だったというのは失礼にもほどがある。
やっぱり、この作戦はなしだろう。
それでは、さもそんなことは言ってなかったかのように知ったかぶりをするのはどうだろうか……。
いや、それこそ『頭おかしくなっちゃったの? 』といわれておしまいだな。
それなら!
「えーっと。今日二つ夢見たから、悪夢じゃない一個目の方の話」
「分かりにくいわね。ていうか、夢って一日に二回も見ることなんてあるの? 」
ギクリ。
確かに一日に二回、というか二種類の夢を見ることなんてあるのだろうか。
でも、一回起きてから二度寝したことにすれば普通にあり得そうだし、大丈夫だろう。
「えーっと。今日は一旦深夜に起きて、そのあと二度寝したからかな? 」
「ふーん。で、どんな夢だったの? 」
意外と信じてくれたようだ。
よかった。よかった。
「まぁ、夢って言っていいのか分かんないだけどさ。寝たらさ、急に何もない真っ白の世界に出て、僕たちを助け、この世界に召喚したくださった女神様と再会できたんだよ」
さぁ、我ながらなかなかのぶっ飛んだ発言だと思うがどのような反応をするだろうか。
また『頭おかしくなっちゃったの?』とでも言われるのだろうか。
「よかったじゃない。……それで? 」
って、え?
全然思っていた反応と違う。
もっと驚くものだと思っていたのだが……。
「それがさ、何でも僕には”無秩序の冥護”とかいう力があるらしくてさ。その力についてと女神様の望み的なもんが聞けるらしくてさ、今度りえも含めて女神様に会いに行こうと思っててさ。りえはどう思う? 」
「良いんじゃない? ……って私も? 」
「もちろん」
「はぁ? 葵が作り出した”設定”に私まで付き合わせないでよ」
”設定”?
一体何を言っているのだろうか。
まさか冗談だと思っているのだろうか。
どうやればあれが現実だったのだと証明できるだろうか。
……あ! そういえば、女神様から地図をもらっていた。
それを見せれば大丈夫だろう。
「それが、”設定”じゃないだな。これを見たまえ」
「なにこれ、地図? 確か、寝るときはこんなの持ってなかったもんね。ってことはさっきの話は、本当だったってこと? 」
よかった。ちゃんと証明できたようだ。
もしかしたら、ここまで女神様は予測してこれを渡してくれたのかもしれないな。
そう思うと、少し怖いが……。
「そういうこと」
「普通は夢の中で実際に会うとかあり得ないけど、……異世界だしワンチャンあるのかな? 」
ありえないと思うのも当たり前だ。
しかし、ここはなんでもありの異世界なのだ。
もっと、柔軟に物事を捉えた方が良い。
「で、結局女神様に会いに行くのはどうする? なんかりえも含めて三人で話したいらしくてさ。一緒に行かない? 」
「そうなんだ。私はもちろん良いわよ。じゃあ、エマちゃんや、ワイパーさん、あと国王のおじさんにも言わないとね」
やっぱり、先ほどちゃんとハンネスさんと言えていたのはまぐれだったのだろう。
それに国王をおじさん呼びとはやっぱ、りえはいろんな意味で凄いな。
「そうだな。じゃあ、明るくなったら言いに行くか」
「いや、今から行っちゃおうよ。だってもうだんだんと明るくなってきてるし、大丈夫でしょ」
確かにだんだんと明るくはなってきているのだが、まだ早いだろう。
……とは言っても、確かにすることもないし、早く女神様と会いたいのでここは提案に乗っかることにしよう。
「それもそうだな。それじゃあ、行くか」
――僕たちは、エマや、師匠、国王のもとへ向かった。
「っていうか、りえってエマとかハンネスさんとか国王の部屋の場所知ってんの?」
勢いよく部屋から出たのは良いものの、どこに行けば良いのかが全く分からず、僕はドアのすぐ前で立ち止まった。
知らないのも仕方がないだろう。
何せ、エマと遊ぶときや稽古の時はエマやハンネスさんが僕たちのところまで来てくれているので、こっちから会いに行くことはしたことがないのだから。
もしかしたら、りえなら知っているかもしれないのでそう聞いてみた。
「もちろん、知らないわよ」
ですよね~。
よくよく考えれば、りえはほとんど僕と一緒に行動しているのだから、僕の知らないことを知っている可能性は限りなく低いだろう。
……はてさて、どうしよっかな。
やっぱり、稽古の時間まで待つしかないだろうか。
「でも、私はワンタンさんの居場所は分かるわ」
「おぉ、さすがりえ。で、師匠はどこにいるの?」
「ふふ。私についてきて、葵! 」
りえの案内でついたのは最初に師匠と模擬戦をした中庭であった。
そこには確かに師匠がいた。
おそらく、また誰かと模擬戦をしているのだろう。
好きだねぇ~、模擬戦。師匠は基本いつ見ても誰かと戦っているイメージがある。
っていうか、なぜりえは師匠がここにいることを知っていたのだろうか。
「到着! ほら、思った通りワカメさんがいるわよ」
「――確かに。よく師匠の居場所が分かったね」
「前に私が早起きしすぎて暇だったときに王城の中を散歩してたんだけど、中庭にワルツさんがいるのを見て、もしかして今日もいるんじゃないかなって思ったのよ。……まぁ、確証はなかったんだけどさ」
「あんな自信満々だったのに、確証はなかったんだ……」
「実際会えたんだし、良いじゃない。そんなことは過去の話。私は過去は振り返らない女なの」
『過去は振り返らない女なの』って超万能な言い訳だよな。
「言い訳っていいわけ? 」
おっと、危ない危ない。
つまらないことをつい言ってしまいそうになってしまっ……
「――さっむ。なに、急にダジャレ言ってんのよ。そもそも、さっきのは言い訳じゃないし。事実を述べたまでだし」
………………。やっべ!
もしかして、口に出して言っちゃた感じ!?
聞こえちゃってたの!?
うっわ。マジ最悪。
……あぁ。ジャンピング土下座だけはもうしたくないな。
今日はすでに女神様に向かって一度しているのだ。
一日に二回もジャンピング土下座とかさすがに僕の誇りが許さない。
……ッチ。仕方がない。
こうなれば禁断の必殺技の出番か……
――ガシ!
りえが逃げられないように僕の右腕をつかんだ。
……クソォ!
ダッシュでハンネスさんのところまで行き、かばってもらおうと思ったのだがバレてしまったいたようだ。
どうしよう。
僕の禁断の必殺技までも不発に終わってしまうとは……。
「あっれれ??? 一体どうしたのよ、葵。何でダッシュなんてしようとしたの??? なんか不都合なことでもあったの??? 」
ウザい、ウザすぎぎる。
真っ赤になっているであろう僕の顔をのぞき込むように見ながら凄い嫌みのある声と顔であおってくる。
「そういえば、膝枕事件の時もこんな感じで逃げようとしてゾンビに襲われる羽目になったわよね。葵ってもしかして、不都合なことがあったら逃げようとするズルイタイプの人間なの??? 」
ウザい、ウザすぎる。
「これは、あれだよ。あれ。……えーっと。たまたまさっきはハンネスさんのところにさっさと行きたかったから走ろうとしただけで、それが逃げようとしている感じに捉えられちゃった的な……。まぁ、なんだ。今回は偶然が重なっちゃタだけで決して不都合なことがあったらすぐ逃げようとするようなタイプではないかな……」
何言ってんだよ、僕。
メッチャかっこ悪いな。
……昔から僕はこうなのだ。
押しに弱いのだ。
大のアニヲタである僕は推しの笑顔を見るだけで心をあっという間に奪われ、発狂しながら地面をコロコロ転がり回ったほど推しには弱いのだ。
……ってそっちの推しじゃねぇわ!
ていうか、さっきから異様に自分のテンションが高い気がする。
なにかとてつもなくうれしいことがあったかのように……。
いや、女神様にやっと会え、遊ぶ約束まででき、その準備をしているのだからそれくらいのテンションになるのは当たり前か。
……なにか、それ以外でうれしかったことがあったかのようにも感じるのだが。
しかし、女神様に会ったこと以外は、寝起きのあの事件くらいしかない。
あれだけ褒めてもらえたのだからこれくらいうれしくても何ら違和感はない。
でも、それとも違うなんか安心したような、胸がキュンと引き締まるような……。
なんだろう。この気持ちは。
自分で自分がよく分からない。
りえにこうやってあおられている今、この瞬間までも楽しいと感じてしまう自分がいる。
「あっれれ??? 言い訳っていいわけ??? 」
前言撤回だ。これはウザい。
今この瞬間を楽しいと感じるのならば、それはただのドMだ。
今この瞬間の感情は赤色だ。
最初にあおったのは僕とは言え、さすがここまで煽られては僕も堪忍袋の緒が切れるというものである。
ここはガツンと言ってやらねば……。
「す、すいませんでした~! 」
僕は本日二回目のジャンピング土下座を敢行した。
「やっと認めたわね。……それじゃあまず、土下座をしたまま『りえ様を煽ってしまい申し訳ありませんでした』って私に謝って。自分の過ちを認めるんだもんね」
――ぐぬぬ。
自らの過ちを認めたとは言え、さすがにそんなことはしないに決まっている。
僕の中では仏の顔も一度までである。
今度こそ、さすがに……。
「最初にりえ様を煽ってしまいすみませんでした! どうかお許しを、りえ様! 」
は! なぜか口が動いてしまった。
まぁ、良い。
これで本当にラストだ。
仏の顔も二度まで。
これ以上はさすがに僕も本格的に怒るぞ!
「すみませんじゃなく、申し訳ありませんでしたでしょ。やり直し! 」
「りえ様をあおってしまい申し訳ありませんでした! 」
「そう、よくできたわね。よしよし」
「ありがとうございます! 」
は!
またも、なぜか、本能的に反応してしまった。
っていうか、今この状況を他の人に見られていたらヤバいのではないだろうか。
って、今盛大にフラグを立ててしまった気がする。
「――あの……? これは……一体どのような遊び……なの……ですか? 」
なじみのある声に驚き、後ろを振り向くと、そこには不思議そうに首をかしげ、たたずんでいるエマがいた。




