11話 ”勇者”立花葵の英雄伝 ~ごくごく普通の日常編~
僕の名前は立花葵。つい数日前まではただの中学生だった。
しかし、今はなんやかんやで異世界召喚され、膝枕事件や模擬戦での大切なところ攻撃されるという忌々しい事件を経て、勇者になった。
……我ながら、今までの冒険の軌跡が、勇者の冒険の軌跡とは、とてもじゃないが思えないな。
まぁ、そんなことはおいておくとして、僕は今何をしているでしょうか? 答えは……。
「さぁさぁ、どこからでもかかってきてください。かかってこないのなら、こちらから行きますぞ」
いじめられています。誰か助けて! ヘルプミー!
イジメカッコワルイって、小学校で習わなかったのだろうか。これだから異世界は!
「うっわ! ……あっぶな! 」
いきなり襲いかかられたのでガチで心臓が飛び出るかと思った。
僕はなんとか反応し、木刀で攻撃を受け止めた。
そろそろ分かったかもしれないが、イジメとは稽古のことである。
今、この国の剣術指南で僕たちの指南役であるハンネスさんに稽古という名のイジメを受けているのだ。
「ほう、今のを受け止めるとは……。アオイ殿もリエ殿ほどではないにしても成長なされているのですな」
一言余計だ。確かに、りえの成長速度はヤバい。
今もエマと異次元の戦いをしている。
……のだと思われる。というのも二人とも速度が速すぎて全く見えないのだ。
でも、ときどき衝撃波のようなものとともに、ここから少し遠くの地形がものすごい轟音とともにどんどんボコボコになっているので異次元の戦いをしているのだろうと簡単に予測がつく。
ちなみに、今この場所は異世界召喚され、ゾンビの群れに襲われ、エマに救われた最初の平原である。
というのもエマが王城から抜け出す用にこの場所を瞬間移動の魔法である刹那の帰還に登録しているらしいのだ。
なのでエマとりえが本気で戦えるようにと、稽古の時は毎日ここに来ているのだ。
おっと話が脱線してしまったのだが、とにかくりえの成長速度がハンパないのだ。
つい数日前まではただの女子中学生だったとは思えないほどである。
まさに典型的な異世界ファンタジーに出てくる勇者といった感じだ。
「さすがリエ、また昨日よりも強くなっていますね」
エマとりえは稽古を一旦やめ、雑談を始めた。
ここ数日の間エマとりえは今日のように稽古という名の模擬戦を毎日しており、二人の距離は急激に縮まってきている。
出会った時は「リエちゃん」呼びだったのも今では「リエ」と呼び捨てになっている。
僕への呼び方は依然として「アオイ君」呼びだが……。
「ありがとうね、エマ。私もかなり強くなってるとは、思うんだけどエマにはまだまだ届かないのよねぇ……。やっぱりエマはすごいわね」
エマとりえを見ていると異世界ファンタジーのアニメを見ているような気持ちになる。
『異世界から召喚された急激な成長を続ける勇者と最強の力を持つ王女の友情物語』……みたいな感じでどうだろうか。
……うん。ベストセラー間違いなしの作品になりそうだ。
「稽古中によそ見とは悠長ですな」
ハンネスさんの攻撃を受け止めたことで、しばらくの間つばぜり合いのようになっている。
なので僕はエマとりえを見ながらベストセラー間違いなしの作品を考えているわけだ。
しかし、突如としてこう言い放つとハンネスさんが後方に大きく飛翔し、僕との間合いをとったのだ。
……嫌な予感がする。
僕は意識を研ぎ澄まして次の攻撃に備えた。
すると、案の定というかものすごいスピードで『突き』を放ってきた。
「あっぶな! ……」
――コツッ
僕は意識を研ぎ澄ましていたこともあり、なんとか体を大きくねじることで『突き』をよけることができた。
……僕は思うのだ。
よけれたから良かったものの、つい数日前まではただの男子中学生だった人に対する仕打ちではないと思うのだ。
『突き』だぞ『突き』。
普通に考えて危ないだろう。
もし当たって大けがでもしたらどうしてくれるのだろうか!
イジメだ。イジメ!
まぁ、ハンネスさんの使っている剣はただの木の棒なのだが……。
そんなことはおいておくとして、やっと今日は一本いただいたぜぇぇぇ!
「――ふふっ。今日は僕の勝利ですね、師匠!」
僕は満面の笑みを浮かべながら『ハンネスさん』改め『師匠』にそう告げた。
ちなみに、僕もエマがりえの呼び方を変えたようにハンネスさんの呼び方を『師匠』にこの数日の間に変えたのだ。
ちなみにその理由は実に単純だ。
『師匠』と呼ぶ方が異世界で稽古をつけてもらっている感が増すからである。
「ふむ。やはり腕を伸ばしておりますな。指南役としてうれしいですな。まさか私に卑怯な手を使わずなくとも攻撃を当てられるようになるとは……」
そう。さっきの『突き』を放たれたとき、体を大きくねじってよけるついでに木刀をハンネスさんに当てたのだ。
……我ながら凄いな。
さすがは勇者といったところだろう。
僕もりえと全く同じように異世界転移を果たし、現在ではりえと同じく勇者なのだ。
なので今はまだだけど、僕もそのうち、完璧な最強主人公として力を解放するに違いない。
それがいつ、どのようなきっかけで解放されるかは分からないがいずれエマとりえのような、下手をすればそれ以上の力を手にするに決まっている。
なのでまだ解放する前とは言え、これくらいの才能の片鱗をみせたとしてもなんら不思議ではないのだ。
……け、決して『突き』をよけようと体を大きくねじったら、たまたま師匠に当たったので、さも自分がやったかのように振る舞っているわけではない。
ま、まぁ。……も、もしそうだったとしても、運も実力のうちと言うし問題はない……はずなのだが。……たぶん。
「アオイ君も急速に成長しているのですね。この国の剣術指南である爺やに攻撃を当てられる者など、この国でも数人しかいません。このたった数日でその域に達しただけでとてもすさまじい成長といえるですね。ま、まぁ。リエは一瞬で爺やを超してしまったので、実感はわかないでしょうが……」
「確かにワラシベさんは強いし、攻撃を当てられるようになったなら凄い成長なんでしょうけど……。アレって、……たまたまよけるときに当たっちゃっただけじゃないの? 私にはそうにしか見えないだけど」
少し離れたところから二人の会話が聞こえた。
クッソ。りえにはバレてしまったようだ。
ずっと一緒にいることで僕の心理が簡単に読み取られてしまっているのだろうか。
とは言っても、『バ、バレちまったらしょうがない。本当のことを正直に言ってやろう』なんて言うわけないに決まっている。
隠し通してみせる。
幸いにもリエは気づいたようだが、師匠やエマにはバレてないみたいだし、問題はないだろう。
「ふふっ。やっと気づいてくれましたか。そう、僕もどんどん成長しているのですよ。初めての模擬戦の時は確かにちょっとだけ卑怯な手を使いましたけど、今では卑怯な手など一切使わずに正々堂々、師匠ともとも戦えるようになっているのですよ」
まさかまぐれだったとは思われないように、自分の実力であったと言うことを強調して話した。
我ながら完璧はないだろうか。
これで、たまたま当たっただけだという疑いも晴れるだろう。
「怪しいわね」
「確かに今の言い方は怪しいですね」
外野がうるさいな。一体どこがダメだったというのだろうか。完璧だっただろうに!
「はぁはぁ……」
僕はりえとエマのいるところまでダッシュで行った。
師匠との稽古は僕が攻撃を当てたことで僕の勝利で、もうすでに終了している。
なので会話の途中だったがうるさい外野である二人のところへ向かったのだ。
「うっわ! いきなりどうしたのよ、葵! け、決して葵の悪口なんて言ってなかったからね」
「そ、そうですよ。アオイ君の服のセンスが微妙だなんてまったく言ってないですからね」
「はぁはぁ……。まず、前提として二人の会話は丸聞こえだったから。ずいぶんと僕の成長の結果を『たまたま当たっただけ』とか『怪しい』とか自由に言ってくれてたよね。……ん? ……え? ちょ、ちょっと待って! エ、エマ、今なんて言った? 聞き捨てられないことが聞こえたような気がするんだけど」
僕の言いたかったのは、僕の成長の結果に対するいちゃもんである。
ついさっきまでは頭の中のすべてがそれで埋まっていたというのに、現在はどうでもそんなことはどうでもよくなってしまった。
というのも、僕の頭を支配するレベルの爆弾発言をエマがしてきたのだ。
まさかとは思うが、服のセンスが微妙だなんて言われてないよな。
僕は服のセンスには自信があるので、そんなことはないと思うが……。
大丈夫だよな……。
「ハッ! 思わず余計なことを口走ってしまいました」
「てっきりそのことかと思ったけど、そっちだったのね。紛らわしいわね。……バレてしまったらしょうがないわね。本当のことを正直に言ってあげるとしましょう、エマ」
うっわ、僕もさっき『バ、バレちまったらしょうがない。本当のことを正直に言ってやろう』的なことを言おうとしたのに先を越されてしまった。
ここまで考えていることがきれいに一致するとは驚きだな。
……って、そんなことはどうでも良いんだ。
今重要なのは、僕の服のセンスの話である。
僕はセンスが良い……はずだ。
今だって稽古があるのでと、動きやすく汚れにくくとおしゃれ◎、機能性◎、という優れたコーディネイトである。
まさかセンスがないなんてことないだろう。
「まず! 最初に明言しておくわ。葵は服を選ぶセンスが微妙だわ」
「そうなんですよね。アオイ君の服は別にダサいわけではないんですが……」
「端的に言うと地味なのよ。黒が多すぎるわ。葵が黒が好きって言うのは知ってるけど、もうちょっといろんな色の服を着なさいよ。せっかくたくさん用意してもらってるのに」
「そうですよ。なにせリエとアオイ君のために百着以上の服を買ったのですから。ぜひ、いろんな種類着てください。毎日服は替わっているんでしょうが、黒ばっかり着ているので面白みがなくて飽きちゃいます」
た、確かに……。その通りかもしれない。
確かに僕は黒が一番好きな色なので、黒ばかり着ている。今日も上下黒である。黒と言っても、すべてがちゃんとした黒というわけではない。紺色とか灰色とかの色も、一応着たりして、バリエーションもそれなりにあるのだ。それに柄も装飾も全部違う。
なによりもとの世界から、こうした黒っぽい服を私服として着ていたので、センスには自信がある。
――まぁ、前から自分以外の人間からの評価はあまりよくないのだけど……。
確かに、りえの服のコーディネイトは、とても普通の女子中学生とは思えないほどにこだわられたものであり、工夫されたものだ。
なんというか、常に全力で持っている知識を総動員して過去の自分を古層としているように感じるのだ。
そんなりえからすれば僕の服装は少し、いや大分残念に映るのかも知れない。
ちなみに、なぜ異世界に来てまで服の話をできているかというと、異世界転移したときが下校中だったこともあり、転移したときに着ていた制服しかもっておらず、動きにくかったこともあり、エマが着替えにと僕たち二人用の服を用意してくれたからだ。
服を買うなら普通は数着だと思うのだが、さすがは王女様。
百着近い服を用意してくれたのだ。
確かに黒ばかりを着ていると似たような服や同じ服しか着ないのでエマへのお礼という点でもいろいろな種類の服を着るようにするのは良いだろう。
「――確かにそうだな。これからはいろんな種類の服を着るようにするわ。……ん? 何かを忘れているような……」
「き、気のせいですよ」
「そうね。気のせいに決まっているわ」
なんだろう。何かを忘れているような。……思い出せない。
なにかに対して文句を言おうと思っていた気がするのだが……。
なんだっけ。服のセンスの一件で完全に忘れてしまった。
「姫様、リエ殿、アオイ殿。稽古も終わったことですし、そろそろ帰還するといたしませぬか」
「――何だっけな。なんか文句言おうとした気がするんだけどなぁ……」
「あ、そうよね。もう終わったことだしね。エマ、よろしく! 」
「そ、そうですね。早く帰るとしましょうか」
「あぁ……あと、ちょっとで思い出せそうなのになぁ…… 」
「や、ヤバいわ。急いで! 」
「はい、それではいきますよ。刹那の帰還 !!! 」
――エマはまるで何かから逃げるかのように魔法を放ち、僕たちは最初に師匠と出会った王城の城門の前に帰還した。
今日中にあと1話アップ予定です。
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