10話 勇者になったからって惚れちゃうなよ!
「「イェーイ!!! 」」
客人になれたときのハイタッチとは比較にならないくらいいい音が、つい先ほどまで剣と剣のぶつかり合う音が響いていた中庭に響き渡った。
「ふふっ」
「うふふっ」
――僕とりえは、学校では決して見せなかったであろう無邪気な姿を見て、僕は顔を片手で覆い被せながら、りえは口元を片手で隠しながらつい笑ってしまった。
恥ずかしいはずなのに、なぜだろう。
この笑い合っている瞬間が楽しいと感じるのだ。
ずっとこの一時が続いてくれれば良いのにとさえ思ってしまう。
しかし、一時は一時だからこそ良いのだ。
この楽しい一時だろうと、もし永遠に続けばいつか嫌気がさすだろう。
――何が起こるか分からないからこそ、世界は美しくなるのだ。
だからこそ、この楽しい瞬間にさよならを言い、僕は前へ歩く。
「――あぁ。そういえばですけど、ハンネスさんは結局これでよかったんですか」
「負けを認めるのは嫌ですが、約束は約束ですからね」
あ、そっか。
今の言い方だと、そう捉えちゃうよな。
「あ、そうじゃなくて、僕たちの本質を模擬戦で知りたいみたいなことを言ってたじゃないですか。それって結局できたのかな? って」
そう。
そもそもの問題、この模擬戦を行う理由は僕たちの本質をハンネスさんが知るためなのだ。
あんな模擬戦で本当に本質を知ることはできたのだろうか。
それが分かったところで何かあるわけでもないが、一応聞いてみることにした。
「うむ。確かにあなた方の本質すべてを知ることはまだできていませんので、この模擬戦を行った本来の目的は達成できていないといえるでしょう」
まあ。そりゃそうだ。
りえはともかく、僕に関してはこの模擬戦で大切なところを攻撃され、最後に少々卑怯なやり方で攻撃を当てたぐらいしかしていない。
これではとてもじゃないが本質など分からないだろう。
分かることと言えば僕、ついでにりえの性格が少々ひねくれていることぐらいだろう。
「――しかし、あなた方二人の先ほどの笑い合う姿を見て、悪意を持っているなどと疑う人など一人としていないでしょう。なので私はアオイ殿、そしてリエ殿を信じるます」
「笑い合う姿って……さっきの!? 」
りえが驚愕の声を出したのも当然だ。
信じてくれるのはうれしいが、模擬戦をした意味がなかったようにも感じる。
まぁ、僕はほとんど何もしてないのだけど……。
とは言っても、ある意味一番の被害者は僕でもあるので文句を言う権利は僕にもある。
そう思って、文句言おうとしたその時、遠くから見覚えのある二人が走ってくるのが見えた。
「こ、国王陛下様、それに姫様!? 」
ハンネスさんがこう言うのなら、あのものすごい早さでこっちに向かってきているのは国王とエマの二人なのだろう。
「国王陛下様に姫様まで……。ど、どうかなされたのですか?」
「爺やには私から話があります。ずいぶんと楽しそうなことをしていたようですね。私も誘ってほしかったのですが……」
うっわ。怖! いつもはあんなに優しいのに起こると怖いんだな、エマ。気を付けよ。
「そ、それには重大な理由がありましてですな、姫様」
「あとで詳しく教えてくださいね。なぜ私をのけ者にしたのか。ここではアレですので、向こうに行きますか」
「の、のけ者にしたわけでは……」
「良いから行きますよ、爺や! 」
そういうと、エマは諦めたハンネスさんをつれてどこかに行ってしまった。
この城を半壊させる恐れのあるエマを模擬戦に参加させるわけにはいかないだろうし、これはハンネスさんに同情するな。
一体つれてかれて何をされるのだろうか。想像するだけで恐ろしい。
「はぁはぁはぁ……。アオイ殿、リエ殿。はぁはぁ……。エマから事情は聞いたぞ」
事情? 事情って何だろう……。あ!
もしかして、僕とりえがこの世界とは別の世界から来たことについてだろうか。
「はぁはぁ……二人はこの世界とは別の世界から来たそうでは、はぁはぁ……ないか」
やっぱそうだった。
それにしても息切れしすぎではないだろうか。
一体どれほど走ったのだろうか。
それともいつも動いていないため体力の消耗が激しいのだろうか。
まぁ、お腹を見れば大体分かるのだが……
「その通りよ、それがどうかしたの? 」
うっわ。すご!
危うくスルーしてしまいそうになるくらいスムーズだったが、どう考えても国王に対する言葉遣いではないだろう。
やっぱりりえは抜けてるんだよな。
学校の先生にはしっかり敬語使ってるのに、学校の日ではないバリバリの階級社会だと思われるこの世界で、しかもその階級社会のトップである国王には敬語を使わないって意味が分からない。
まあ、国王が気にしてないようだから良いんだけど……。
「はぁはぁ……どうかしたの? ではないぞ。……他の世界への移動とは、六柱の最上位の神々の中でもたった一柱でしかできない御業といわれているじゃぞ、はぁはぁ……」
「へぇ、そうだったんですね。六柱の最上位の神々か……」
国王がなぜこれほど取り乱しているのかが分からない。
さしずめ、僕とりえをその最上位の神々だと勘違いしていると言ったところだろう。
しかし、僕やりえが他の世界への移動できる力を持っていると言うより、おそらくその力を使えるという六柱の最上位の神々一柱が僕の探し求める女神様の正体で、その女神様の力によってこの世界に来たと考えるのが妥当だろう。
それにしても最上位の神々一柱か……。
やはり女神様は凄いな。
「ふーん。そうなんだね。それで、どうかしたの? 先に言っとくけど、私たちは神様なんかじゃないからね」
「はぁはぁ……。いやそうじゃなく、二人がものすごい力を持っているのではと思ってな。あくまでワシの推察じゃが、二人をこの世界に呼んだ女神様というのは、おそらく六柱の最上位の神々の一柱だと思うのじゃ。そのような存在に命を救われると言うことはそれなりの理由があるということでもある。はぁはぁ……。もしそうだとすれば、勇者となっていただきたいと思ってな」
やっぱり女神様は六柱の最上位の神々の一柱だったのか。
女神様の正体に一歩近づけたな。
とは言っても、最上位の神というだけあってお会いするのは困難を極めるだろう。
しかし、それくらいの困難は、僕たちにしてくださったことに比べれば安いものだ。
それにしても、やはり僕たちは凄い力を持っていたんだな。
『勇者になっていただきたい』か……。
ん、ん?
勇者? ……勇者……。
今確かに勇者と言ったよな。
いや、聞き間違いに決まっているな。
うん。気づかなかったが大分疲れがたまっているんだろう。
異世界に来て、ゾンビに襲われ、王女の客人になり、なんやかんやで大切なところを攻撃されて……。
波瀾万丈すぎる二日間だったので、幻聴が聞こえてしまったとしても仕方がない。
まぁ、一応確認してみるか。
「い、今なんて言いました? 」
「はぁ!? 鶏でも三歩歩かなかったら忘れないのよ。何も動いてないのになんて言われたか忘れるなんて鶏以下じゃない」
りえがうるさいがここは完全に無視する。
それにしても、りえは全く動揺していない様子なので、やはり勇者がどうたらの話は幻聴だったのだろう。
「はぁはぁ……。アオイ殿とリエ殿に勇者になっていただきたいと言ったのじゃよ」
……幻聴ではなかったようだ。
幻聴ではないと言うことは本当に僕も勇者になれると言うことだろうか。
子供頃からの夢が思わぬところでかなったな。
いや、まだ気が早いか。
もしかしたら勇者の素質を試す試練みたいなものがあるかもしれないしな。
真の勇者しか抜けないと言われる伝説の剣を抜けられれば勇者になれるみたいなよくある展開になれば、勇者になれるかは正直分からない。
とはいっても、完璧な最強主人公である僕なら問題ないだろうが……たぶん。
「勇者になるってどうやったらなれるんですか? 」
どうやってなれるかなんていくら考えても答えは出てこないだろうので、聞いてみた。
分からないときは遠慮なく聞くのが僕のスタイルだ。
「はぁはぁ……二人が望めばワシが勇者になるために必要な作業はすべてするからな、二人がしなければならないということはないと思うぞ」
へぇ。特に試練はないんだな。
何も努力せずに勇者になれるとは、逆に怪しく感じてきた。
これは詳しく聞いた方が良さそうだな。
「勇者って……」
「うむ。それもそうじゃな。簡単に決められることでもないじゃろうし、ランチでもしながら詳しく、この件について話すとしないか? はぁはぁ……」
国王が僕の質問を遮るようにそう言ってきた。
確かにいろいろ聞きたいし、ランチでもしながらゆっくり話すのも一つだな。
「賛成ぃ!」
「僕も賛成です」
「よし、決定じゃな。そこの机で食べるとするか。では、三人分の食事を頼む」
「ハッ! 」
「「うわぁっ! 」」
びっくりした。
さっきまで何もなかった空間から人が出てきて、国王の注文を聞くとまたどこかへすっと消えてしまった。
いつも護衛が少ないなと思っていたが、実は見えないだけで何人か護衛が付き添っているのだろうか。
それにしても、心臓が飛び出るかと思ったぞ!
――その後、僕たちは中庭の隅にあったおしゃれなアウトドア用のテーブルセットに座り、運ばれてきた豪華なランチを食べながら先ほどの話の続きを始めた。
「さっきの話の続きなんですけど、勇者になったら何をすれば良いんですか? 」
一番、気になっていた話を聞いてみた。
勇者とか適当におだてて、戦争とかにかり出される可能性だってあるのだ。
しっかりとこういうところを確認しておかねばならないだろう。
「ワシから勇者の二人に何かを求めることはない。というか求められないのじゃがな。勇者というのはワシの家臣ではなく人類全員で支援するべき人類の希望なのじゃ。我がベルサイユ王国を初めとする世界各国は勇者である二人を支援することが義務となる。その代わりとして、各国は二人にこうしてほしいという希望を言う権利を得る。しかし、二人は何度も言うが家臣になるわけではない。各国が無理なことを言ってくれば無視しても問題はない。二人は各国の希望をかなえる義務などないのだからな。よいとは思わないか。……まぁ、その分いろいろと手続きが大変なのじゃがそれはワシがやるので、問題はないじゃろうて」
「なにそれ、メッチャ良いじゃない! 葵、勇者になりましょうよ」
確かに、逆に不安になるぐらい良いな。
さすがは勇者と言ったところだろうか。
とてもじゃないが、国王の言葉からは、嘘をついているようには感じられない。
これは、勇者になるのもアリだな。
しかし、一つだけ知っておきたいことがある。
それは国王の目的だ。
これまでの話を聞くに、国王は手続きに、僕たちの支援と損することばかりで得することなどないように感じる。
国王も目的がないのに、勇者になるように勧めることはしないだろう。
ここは正しい判断をするためにも目的を聞いておくべきだろう。
「最後に一つ良いですか? 国王陛下様の僕とりえを勇者にしたい理由を教えてください」
「理由か……。簡単な話じゃ」
国王はそう話を切り出した。
「ワシはワシの一人娘であるエマが心配で心配で仕方がないのじゃ。ワシがいる間はワシが守ってやれるのじゃが、ワシも永遠に生きられるわけではない。人間など明日死んだとしてもおかしくない貧弱な体なのだから、明日死んだとしても大丈夫なように生きるのが大切じゃ。そうとは思わぬかね」
それは確かに正論だ。
僕は首を大きく縦に振り、国王の問いに答える。
それはともかく、それと僕たちを勇者にすることは関係のないような気もするのだが……。
「しまった、話が少しそれてしまったな……。ワシな、一刻も早くエマが頼れる人を増やしてやりたいのだよ。歳も近く、頼るに値する力を持つ二人はエマにとって頼れる人となるであろう。ただし、二人がただの客人では頼れる人と離れぬ。その点、勇者なら、世界で一番と言っても過言ではないほど頼りになるであろう」
そういうことだったのか。
この理由ならば、僕たちを勇者にしようとしていることに納得がいく。
エマ大好きな国王だからこそ、説得力が凄い。
本当にエマを思ってのことなのだと一瞬で分かる。
それに、あの目は嘘や騙そうとしている目ではない。
どこか悲しそうで、どこかうれしそうで、どこかほっとしたような、きれいなあの瞳は信じても大丈夫だろう。
「ワシはな、二人にエマの頼れる相手になってほしいそれだけじゃ。どうだ? 勇者になってくれるか? 」
国王は僕にそう尋ねた。
僕の中では、もうすでに答えは決めた。
もちろん、答えはYESだ。
「そうですね。僕は勇者になりたいと思います」
「葵がそう言うなら、私もなるわ」
「そうか。それはよかった。ただし、一つだけ約束してくれ。先ほど勇者の二人に何か求めることはないと言ったが、勇者でもなんでもない、ただのアオイ殿とリエ殿に一つだけ求めたいことがある」
勇者の僕たちには求めないが、ただの僕たちに求めることがあるとは、もしやだまされたのだろうか!?
「――エマを守ってやってくれ。ワシがワシでいられるのもあと少しかもしれん。エマはずっと孤独であったゆえ、エマが頼れる存在などアオイ殿とリエ殿の二人しかいないのだ。……そのときが来たとき、エマを救ってやれるのは二人しかいないのだ。頼む」
なんだそんなことか。ほっとした。
ひょっとしたら凄いことを押しつけられるのではないかとビクッとしたぞ。
その時というのが気にはなるが、頼まれなくてももはや友達であるエマが困るようなことがあれば助けるのは当たり前である。
「もちろん! エマちゃんことは私たちに任せて! 」
「エマのことは僕たちに任せてください! 」
「ありがとう。これで一安心じゃな……。それでは、アオイ殿とリエ殿。二人を四百九十五代目ベルサイユ王国、国王ジュピター・ベルサイユの名において二人を勇者に認定する」
――こうして僕、立花葵と速水りえは異世界に召喚されなんやかんやで勇者になりました。
「もう家に帰りたいだけど!!! 」
「はぁ!? 何言ってんのよ。最高な生活じゃない。一体どこが嫌だって言うのよ? そりゃもちろん、異世界なんだし、テレビもなければスマホもないけど、これだけ順風満帆な生活を送れてれば何の問題もないでしょ? 」
コン、コン、コン
「失礼します。リエ殿、アオイ殿。稽古けいこの時間ですぞ。時間は有限ですので、中庭に早く移動くだされ」
「やっと稽古の時間になった! アオイ! 先に行ってるわね」
「時間は有限だと言っているではないですか!? 早く行きますぞ。アオイ殿! 」
「は、はい! 」
――勇者になった数日後、僕は勇者になったことを少し後悔することになるのでした。
「――クソぉぉぉぉぉ!!! 」
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