第2話「試練」
シャーレがミティーナを馬車に乗せてやってきたのは山間部にある段々畑。
『レノックス!』
シャーレが大きな声をあげて叫ぶと、畑でナスを収穫していた麦わら帽子の青年と少女が振り向く。
「「シャーレ!」」と、青年と少女は手を振りながら坂になった畦道を駆け登りやってくる。
「レノックス、お手伝いさんになる子を連れてきたわよ」
「ミティーナ・ララディールです」
青年は被っていた麦わら帽子をはずして照れくさそうに会釈する。
「どうも」
短髪で端正な顔立ちの青年と妹プリシラのような雰囲気の少女、ふたりはおんなじ栗色の髪の毛におんなじ瞳の色をしている。
「いとこのレノックス・カルケインよ。そのうしろにいるのはレノックスの妹のサリー」
「よろしくお願いします」
「まったくこの時期になると冒険者ギルドに依頼を出すのやめてよね。引き受ける冒険者なんていないんだから」
「仕方ないだろ。夏は野菜の収穫期なんだから人手はいくらだってほしいんだ。今日だって村中の人たちが手伝いに来てくれている。
シャーレだってそうは言いつつ、今年もちゃんと連れてきてくれたじゃないか」
「ちょっと事情があったのよ。ここなら安心というか」
「安心?」
「とにかく。住み込みで働いてもらうからしっかり面倒見なさい」
「シャーレちゃん、なんで女の子連れてきちゃったのよ!
力仕事が多いんだから力持ちの男の人連れて来なきゃダメじゃない!」
「そりゃあわかるけどさ⋯⋯ごめん! とにかく今回はこの子の面倒見て。
なにやら家を追い出されたみたいで、食べるとこも住むとこもないみたいだから」
「困るわよ。兄貴、鼻の下伸ばして見てられないんだから」
「こいつもか」
シャーレは先が思いやられると頭を痛そうにする。
「とにかくお願いね。なんかどっかの子爵令嬢みたいだから」
「「令嬢⁉︎」」
「丁重に扱うのよ!」
「シャーレ待って!」
「レノックス様、私はなにをすればよろしいのですか?」
「じゃじゃあ⋯⋯ニンジンが植えてある畝の草むしりをお願いします」
「ニンジン?」
「あの手前の畝です」
「⁉︎ ニンジンが土に埋まってます! アレはなにをなさっているのですか?儀式?」
「ニンジンは土から育つんだよ」
シャーレがなぜミティーナを押し付けるように去っていったか理解したサリー。
「これは本当に先が思いやられるわね」
「この時期になると雑草が生えてくるから除去してほしいんだ。こうやって」
レノックス、草むを手際よくむしりとってミティーナに手本を見せる。
「こうですか?」
「そうそう」
「見ているより難しいのですね」
「上の部分だけじゃなくてちゃんと根っこから取るんだよ。じゃないとまたすぐに生えてくるからね」
「それだと指が土で汚れてしまいます⋯⋯」
サリーは不快感をあらわにする。
「なに言ってるのこの女」
「まぁまぁ。ミティーナこれが草むしりだよ」
「草むしり⋯⋯」
「帰りたくなったかい?」
「いえ、がんばります」
「うんうん」
「! ところでみなさんはこの畑というところでなにをなさっているのですか?」
”カクッ“となるレノックスとサリー。
「僕たちは野菜を育てているんだよ」
「野菜を?」
「そうだよ。育てた野菜を収穫して売る。これが僕たちのお仕事だよ」
「だとしたらこの草むしりはどうして野菜を育てるのに必要なのですか?」
「ああ。それはね。野菜も草も土から栄養をもらっているんだ。
野菜も土もこうやって固まって生えていたらそれぞれもらえる栄養が少なくなって
野菜が小さくなってしまうんだ。だからかわいそうだけど食べられない雑草にはむしり取られてどいてもらう」
「なるほど。これが野菜を育てるということなのですね」
「これは手入れさ。この作業は野菜を育てる仕事の一部だよ。
野菜は種から芽吹かせて、実をつけるまで手入れをして育てる。
美味しく食べてもらうために手間暇を惜しまないんだよ。
言うなればその手間暇が美味しさかな」
「手間暇が美味しさ⋯⋯ 野菜が作られて私の口に運ばれるまでにそのような努力が⋯⋯」
「うんその調子。草にどいてもらうと野菜の葉っぱが太陽の光をいっぱい吸ってグングンと伸びるんだ」
「そうだとしたら大変です。お隣の方はお野菜の葉っぱに土をかぶせています」
「ああ、あれは土寄せだよ」
「土寄せ?」
「土の中で大きくなったじゃがいもが土から顔を出して緑色に変色しないようにするのさ。
食べるとお腹壊しちゃうし。それに土を寄せた方が伸びたときに茎がぐらついちゃうからね」
「これも美味しくするための手間⋯⋯」
「そうそう」
カルケイン家ーー
この山間部一帯の農村を取り仕切る豪農だ。
当主のレノックス・カルケインは父親が1年前に早世したことにより19歳で家督を継いで家業を切り盛りしている。
***
「今夜はここで寝てちょうだい」
日が落ち寝るところだとサリーに連れて来られた場所はどう見ても⋯⋯
「ここって⋯⋯あのお馬さんがいますけど⋯⋯」
「馬小屋よ」
「馬⁉︎」
「そこにふかふかの藁が敷いてあるからあそこをベッドにして寝てね」
「あの、ここしか寝る場所はないのですか?」
「泊まりがけのお手伝いさんが多い日は仕方ないのよ。グレットのおばさんも一緒だから安心して」
『こっちよ』と、奥の方でおばさんが手を振っている。
「それじゃあ。明日も日の出から仕事だからがんばって」
「あ、あの⋯⋯」
サリーはミティーナに見向きもせず立ち去る。
***
「サリー、ミティーナさんはどうしたんだ?」
「馬小屋に寝てもらったわ」
レノックスは飲んでいた麦茶を吹き出す。
「俺たちとそう歳が変わらない女の人なんだからサリーの部屋に泊めてあげなさい」
「チッ」
***
サリーは仕方なく馬小屋に戻ってきた。
「(小声で)ミティーナ、ミティーナ、私の部屋で寝なさい。ミティーナ」
「ーー」
「なんだ。ぐっすり眠っているじゃない」
***
翌朝
農作業は日の出と一緒にはじまる。
「うん。サリーの大きさでピッタリだね」
レノックスはミティーナに農作業用のオーバーオールとシャツを貸し出した。
「ちょっと胸のあたりが苦しくて⋯⋯」
「どういう意味よ!」
「(苦笑い)はは⋯⋯だけど、きのうの格好よりは作業しやすいでしょ?」
「はい。なんとなくそんな感じがします」
「汚れちゃったドレスは母さんが洗濯しているから」
「あら、レノックス様のお母様が。ありがとうございます」
ミティーナはスカートの裾を広げる仕草でお辞儀する。
「(これが本物のお嬢様ってやつか)」
***
(今日も草むしりがんばりますわ)
ミティーナはやる気だった。
「土手の方が草がいっぱいですわ。ずいぶんと伸びていますね。大きな葉ばかり」
汗を流し夢中になって草をむしるミティーナ。
『きゃっ⁉︎』
草むらからピョンと飛び跳ねるカエルに驚きつつもミティーナは草むしりをつづけた。
ミティーナを心配するレノックスはときおり彼女に目をやって気にかけた。
「ミティーナさんがんばっているな。土手がみるみるうちに綺麗になっていく」
「⁉︎ ちょっと待って兄貴、あのあたりにカボチャ植えてなかった!」
「⁉︎ 土手カボチャ! 忘れてた」
「しかも貴重な長カボチャよ」
「急げ!」
***
慌てて土手を駆け上がるレノックスとサリー。
しかし、ときすでに遅かった。
「ああ⋯⋯」
「どうかしまして?」
「言わなかった私たちも悪いけどカボチャまでむしっちゃったのよ」
「あらあら葉っぱが白くなっていてシワシワだったのでむしりましたが余計なことをしてしまいましたか⋯⋯」
「⁉︎ ほんとだ。白い斑点がある。ミティーナさんお手柄だよ。気づくのがもう少し遅れてたら他の野菜も病気にやられてたよ」
「あらまぁ」
「よかったぁ。ありがとう」
「やるじゃん⋯⋯」
「ですけどカボチャはどうしましょうか⋯⋯」
「そうだよ。もう種ないわよ」
「お隣から分けてもらえばいいさ。それにしても畑がずいぶんときれいになったね。これもミティーナさんのおかげだ。
そうだ。今度はトマトを収穫してみない?」
「トマトですか⁉︎ はい!」
つづく
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