第二章 孤児院でのコーデリア
「先生、こっちこっち!」
ある晴れた日、孤児院では、子供たちが庭先の花壇を囲んでいた。
「見て見てポピーの花が咲いてる!」
花壇には一面にヒナゲシの花が咲き誇っている。昨年の秋頃から種まきを始めて、一年近く経った今、ようやく花を咲かせた。
「よかったね、お前たちが一生懸命に育てたからだよ」
「えへへ、コーデリア先生ありがとう」
子ども達の一人であるハーマイオニーが嬉しそうに答えた。
彼女たちを世話してる教師はコーデリアと言った。ブロンドの長髪に整った顔で今年で十八歳になる。彼女がこの街にやってきて、丁度一年になる。
ここ、聖ガブリエル孤児院は、都の外れにある小さな孤児院だ。王国内で身寄りのない子どもを育てている。教員は彼女の他に院長と彼女と同年齢のエミリアしかいない。この三人で約五十人ばかりの子どもを預かっている。彼らは住み込みで働いている。長引く帝国との戦争で王国は疲弊し、都では孤児たちが溢れていた。コーデリア達は、何とか飢えに苦しんでいる子どもたちを見つけてきては、施設で保護をしていたが。それもいよいよ限界に近付いている。コーデリアはこの状況を苦々しく思っていた。
「戦争さえなければ・・・・・・」
だが、彼女個人ではどうこうできる問題ではなかった。その為この気持ちを周りに打ち明けたことは無い。
「さあみんな、教室に戻って次の授業を始めるわよ!!」
「はーい!!」
子ども達はコーデリアの呼びかけに答えながら孤児院の中に入っていった。
夕方、授業が終わりコーデリアが事務室に戻ろうとすると、ハーマイオニーが近づいてきた。
「先生、これあげる!!」
「おやおや、どうしたのこのハンカチ?」
「先生にお裁縫を教えてもらってから自分で作ったの」
「ほんとかい?ありがとう、ハーマイオニー。大切にするよ」
「ありがとう先生。ねえ、先生・・・・・・先生はどこかにいったりしないよね?」
ハーマイオニーは、心配そうに言った。
「なんだい、どうしたの?」
コーデリアは訝しげに尋ねた。
「だって前の先生も前の前の先生も戦争に出ていなくなっちゃったから、不安で・・・・・・」
コーデリアがこの施設に来る前には、まだ教師が多かったが、戦争時に駆り出され帰ってきていない。
「そうか・・・・・・大丈夫。私はどこにもいかないよ」
コーデリアが優しく答えると、ハーマイオニーは
「よかった、安心した」
不安がぬぐいさったのか、安心して事務室を出ていった。
夕食が終わり、子どもたちが寝静まると事務室はコーデリアとエミリアだけになった。コーデリアはひたすら何かをしたためている。
「ほんと、相変わらず仕事の虫ね、コーデリアは」
エミリアが呆れて尋ねた。時刻は已に午後十時半を回っており、エミリアは当の昔に自分の仕事を終えている。
「仕方ないわよ。来月分の予算もしっかり考えて運営してかないと。国王から支給されてるお金もここんとこ削られてきてるし」
「はあ~、激務の上安月給。ほんとにやる気なくなるわ」
「そう?私は楽しいわよ。子どもたちは可愛いし」
コーデリアは素っ気なく答えた。彼女はペンを止める気配は全くない。
「たく、あんたっていつもそう。土日の日も仕事ばっかり。そうやって院長から押し付けられた雑務を嫌な顔せず、平気でやる。そりゃあんたは仕事できるし、あたしも楽になったけど」
「ならいいじゃない。仕事が終わったなら、貴方も早く寝たら?」
コーデリアは事務的に答えた。するとエミリアは、
「そうだ!明日は土曜でしょ?ならたまには外に出てお買い物にでも行かない?」
とコーデリアを誘った。彼女は院長に隠れて、授業がなく子どもたちが出払っているときはこっそりと町に出ていっているのだ。
「行かない。私にはやることがある」
コーデリアは冷たく言い放った。
「ゲッ、付き合い悪・・・・・・あんた、そのままだと結婚できないわよ」
エミリアは肩を落とした
「結婚なんて興味ないわ。私はただ私の務めをするだけ。恋愛などにかまけてる暇はないわ。」
「うわ、また始まった・・・・・・もういい寝るわ、おやすみ」
「お休みなさい」
コーデリアが答えると、エミリアは自分の部屋に戻っていった。
______時間は間もなく零時を跨ごうとしていた。事務室にはエミリアしかもう残っていない。事務作業は已に終えている。本来ならばとっくに部屋に戻ってよいはずだ。だが、彼女にはまだ“別の仕事”があり、その依頼を待っていた。
彼女が事務室から、外を眺めると、彼女の下に一匹のコウモリが近づいてきた。
「来たか」
彼女はコウモリが自分の手に留まると。足に括り付けられた小さな黒いケースを取り外した。
「ご苦労だった。“向こう”にもよろしく伝えてやってくれ」
コウモリを離すと、コウモリはどこかへ飛び去って行った。
部屋に戻ると、コーデリアはすぐに鍵を掛け、小さな黒いケースを開けた。中には、小さな便箋が入っており、「次の標的:国王エドワード」と書かれていた。末尾には帝国の紋章が刻まれている。
「フン、“機関”の連中はいきなり大物要求してきたか。よほど焦っているな」
コーデリアはつまらなさそうに言った。已に王国に侵入して、数十人を手にかけている。彼女が所属する“機関”も彼女の実力を認め始めていた。それを読み終えたコーデリアは、灰皿を用意し、マッチに火をつけケースごと便箋を焼却した。