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第二話 進んでいる世界

 

 降臨の間を出て、宰相が自ら城の道案内をしている。奏は、導かれるままトコトコとヒールを鳴らし歩く。


「これから城下のベイクダムをご案内させていただきます」


 普通は市内見学の後に即位のお伺いをするらしい。けれど、


「奏様は特別にございます」


 と言われて悪い気はしなかった。



 奏はこのお菓子の世界を中世かルネサンス期くらいだと思っていた。だから、現代の知識が国の役に立つだろうと考えていた。



 城の中を歩く時、ホテルの長い廊下をイメージするかもしれないが、この城にはそういう全通の廊下はない。部屋から部屋へ、大きな扉をつたって渡り歩いていく。


 道すがら広く整った庭園が見えた。


「見事な庭ね」


「今はフリージアの時期でしたか」


 よく管理された庭。咲きそろう黄色の花。西洋建築らしく左右対称である。遠くに森と山が見えた。だから、奏はここが辺境の領主の城だと勝手に勘違いした。まさか、世界一の国が自分に王位をくれるなんて思っていない。奏はそういう妙なところで謙虚だった。


 テーブルに置いてあるちょっとした置物も一つ一つの形が異なっており、職人が手作りしたことがわかる。大量生産ではない証として、一筋ずつ彫刻刀で掘られた跡やハンマーで叩いた跡がしっかり残っていた。


 部屋に飾られる小さなシャンデリアも、ホテルやデパートの物ほど(きら)びやかではないけれど、一つ一つに蝋燭(ろうそく)が灯され、優しい光が部屋を暖かく包んでいる。


 この城は一つ一つが手作りで、産業革命の臭いがしない。


 他に中世を匂わせることがある、階級社会である。ティプシー・ケーキ宰相は、外務大臣のことをスコーン(きょう)と呼ぶ。「(ロード)」と言うことはつまるところ彼らが何らかの爵位を持った貴族であることを意味している。


「ご案内の際には身辺警護に親衛隊をつけます」


 そう言って現れた兵隊もまた、真っ赤な軍服がいかにも格式を重んじる風でマスケット銃がとても似合いそうである。


「私、近衛隊長に着任いたしましたオリヴィエ・J・ローリーポーリーにございます」


 手のひらを向けて敬礼するローリーポーリー。王を守る親衛隊と言えば容姿(ようし)端麗(たんれい)な美男子が揃っていると聞いていたため、少しばかり期待していた。けれど、この国では王女の周りは女性で固めるらしい。


「よろしくね。ローリーポーリー」


 と、挨拶を交わして部屋の中心でぽつりと孤立する二人。ローリーポーリー少佐のくりっとした瞳が何かを求めている。どうやら、挨拶だけではなく「何か」儀式があるらしい。


 しかしそれを知らない奏は困惑するしかない。ワタワタと慌てるのは自分の流儀に合わないから、黙って考えてみる。まず初めに思ったことは労いの言葉をかけることである。


(貴君の今後の活躍には期待している)


 という偉そうな言葉をかければ良いのかと考えた。ただ、校長先生みたいなセリフはあまり言いたくない。何か固すぎず良い言い回しはないだろうか。


 考え込む奏。その眼前に立つローリーポーリーはいよいよ目をパチパチとさせる。そして、とうとうするべきことを彼女が言う。


「あの、奏様。キスをしてもよろしいですか?」


 奏の考え事に重なる「キス」という単語、奏の脳細胞が無意識に映し出した映像は、美しい夜景のなかで愛し合う男女が唇を重ねる光景であった。


「キス!?」


 奏はうっかり大きな声を上げてしまう。周りの宮仕えやら大臣たちが笑っているのを感じた。奏に気づかれないようにクスクス笑っている。気を使われていることがかえって奏の心に刺さる。


 ローリーポーリー少佐は困っている奏に、小さな声で言う。


「奏様、手をお出しください」


 忠誠の誓いは手の甲へのキスである。この光景は奏の持つファンタジーのイメージにぴったりであった。


 ローリーポーリーは跪き、奏は手袋を外してそっと手を差し出す。触れた感触はほんのり暖かく、マシュマロのように柔らかかった。本当にこの子は小麦で出来ているのだろうか?


「このローリーポーリーが奏様に忠誠を誓い、御身をお守りいたします」


「ありがとう」


 赤い制服と少佐の美しい敬礼姿は頼もしい。


「それでは奏様。馬車までご案内させていただきます」


 やはり、中世の移動手段と言えば馬車である。しかし、馬車を前にした奏の時代イメージと全く異なる物体をようやく目にするのでる。


 正確には馬車はイメージ通り馬で引くものである。しかし、


「車がある?」


「はい、ロールス()イスにございます」


 馬車の前後に車が停まっている。お菓子みたいな名前の自動車が警護のために付き添うらしい。奏の脳はようやくこの世界の時代を数百年読み違えていたことに気づく。


 考えてみれば、写真機があるのだから車があってもおかしくはない。トーマス・エジソンは蓄音機も映写機も作ったしモーターも電気自動車用のバッテリーだって作っていたのだから。


(この国、思っているより進んでない?)


 奏は少し焦った。中世なら、奏の持つ知識でもいろいろ助言できただろう。座って国の承認をする以外の貢献としてそれなりのことができると思っていた。しかし、ここまで技術が進歩しているとなると、社会制度も発達しているはずである。若干十五歳。今年十六になる奏の知識で何とかなるような社会レベルではない気がした。思わぬ誤算である。


「こちらへどうぞ」


 ローリーポーリーから手が差し伸べられ、奏は馬車に乗り込む。


「奏様、一つご注意させていただきます」


 今回はあくまでも市内見学で、市民に事前通達していない。しかし、この時期の市民は新しい王女の候補である人間を見るために、通りに詰めかけていることが多い。


「中には無礼なことを言う輩もいるかもしれません」


「大丈夫よ、受け流してあげるわ」


「奏様のご慈悲に感謝いたします」


 奏はこれくらいのことがクールに済まなくて非凡な人間にはなれないだろうという考えであった。国家の象徴たる存在が振りまくべきは笑顔ではなく希望であるべきだ。国民はせっかく仕えるなら強い人間を望むであろう。


「それでは、出発いたします」


 馬車は小気味よい蹄鉄の音を響かせて走り始めた。中庭を抜けて、城の外へ出る。奏はレースのカーテンが付いた窓から、外を見ている。


 門を出てすぐ、眼下に飛び込んできたのは大きく発展した都市である。目に飛び込んでくるほとんどすべてが人工物、ないし、菓子の作った大都市であった。


 建物の隙間を鉄道が行き交い、ロンドンを走るような真っ赤な二階建てバスがここにもあった。あちこちに立つ工場の煙突から白い蒸気が雲を作り、この雲に混ざって真っ白な飛行船が顔を出す。


 菓子の民は基本的に人の文化や生活に憧れているらしい。しかし、彼らは人に到達するまであとわずかに見えた。彼らは、奏が想像していた一地方の領主ではなかった。間違いなく世界に冠たる巨大王国である。


 そして、カーテン越しにうごめく一面の人だかり。道行く菓子たちは、旗を手にして振る者や、ぼんやり眺めている者。それに、走って馬車を追いかける者もいた。想像していた差別にあえぐ領民の姿ではない。


 先導する黒塗りの車を追いかけるように、姫君を乗せた馬車は進んでいく。馬はこれだけの観衆にもおびえず、カッポカッポとリズムを保った。


 熱気に感動していた奏は、次第に耳が慣れ国民たちの声が聞こえてくるようになる。最初に聞こえてきた歓声は、


「ようこそ、ビスケット王国へ!」


 こんな得体も知れない自分が歓迎されているのがやはり不思議であった。しかし、悪くない。人々が自分に興味津々である状態と言うのは、どうしてこうも心が湧きたつのであろうか。


「殿下はどんなお方でしょう?」


「お姫様かな? 王子様かな?」


「殿下、お顔をお見せください!」


 耳が慣れてくると次々と市民の要望が聞こえてきた。その手や国旗を振る大声援に囲まれていた奏はその熱気に心を(いぶ)される。期待されていると人間というのは応えたくなるものである。


「ちょっと、手を振ってみようかしら」


 隣でエスコートしているローリーポーリー少佐は


「少しくらいなら、よろしいかと思います。市民も喜ぶでしょう」


 と言った。奏はそっとカーテンを開け、手を振ってみた。その様子を見た民たちは大喜びして歓声を上げる。大きく国旗を振っている市民もいた。そして、


「綺麗なお方だ」


 と口にし始める。しかし、予想外な声もあった。


「いやだ、お美しい王子様ですわ」


「いや、姫様だろう。ドレスだった気がする」


 奏は顔立ちが中性的で、ちょっと顔を覗かせただけでは性別がわからなかったらしい。この反応で、奏の心に火が付いた。国民たちのストレートな褒め言葉に、ほんのりと奏の耳が赤くなっていた。期待されているなら、それに応えるのが人の務めだろう。


 川沿いの道を進んでいくと、視界に大きな建物が入ってくる。


「奏様。あちらに見える建物が、ベイクダムのグランドビスキューイ駅にございます」


 馬車からかすかに見えるのは、大きく四角い機関車であった。汽車はそろそろ廃れる時代である。ベイクダムには既に地下電気鉄道も存在しているそうである。石作りに見える伝統的な街並みであっても、時代は正に近代である。


 奏が通る道はすべて優先。交差点で奏の通過を待つ路面電車の運転手と目が合う。運転手は笑顔で敬礼を返した。川辺のカフェで新聞を読んでいる紳士も奏の視線に気づき、帽子を取って挨拶をする。


 この町には活気があふれている。その彼らがまもなく奏の国民(スイーツ)となる。奏は、そんな市民に手を振るくらいしかできなかった。


(これから、私に何ができるのだろう?)


 しかし、奏の不安よりも、声援を送る国民の期待が勝っていた。


(なんとか、自分の役割を見つけよう。それが私の務めね)

 


 今週もスイーツ世界をご堪能いただきありがとうございます。遥海はるみ 策人さくとです。

 ご意見・ご要望・誤字脱字のご指摘や評価いただけましたら幸いであります。


 移動手段に自動車と馬車を選べるとしたら読者様はどちらをお選びでしょうか? 日々、公務に励むVIPたちには現代においても馬車が人気らしいです。


 よろしければ、ブックマークお願いいたします。

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 カクヨム 月曜日投稿 ちょっとだけ早く読めます。

 本サイト 水曜日投稿 あとがきに小ネタが入ります

 更新情報(稀に)配信 ツイッター @harumi_sakuto


 物語内で登場するスイーツを紹介する「姫君のスイーツ辞典」始めました。

 タイトルより上のシリーズリンクか関連作品からアクセスください。

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