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魔法少女ヴェイン  作者: 赤石雪路
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4月11日朝 その②

 フェニックスを学校の裏の山の草むらに隠し、正門から敷地に入っていく。

急な魔法少女の任務として度々学校を休む火織は、教師陣から少なからず警戒されている。遅刻しないで登校できるときはするに超したことはないのだ。


「随分と遅い登校だな、待ちわびたぞ。」

火織が教室に向かっていると、尊大な芝居がかった口調で背後から話しかけられ、声の方を向くと、同級生の夕陽日向がいた。

身長150センチ弱という小柄な体躯に赤い短髪と短いツインテール、大きな瞳が特徴的だった。

「お前が勝手に待ってただけだろ」

「そんな悲しいことを言うな。その……悲しくなる」

「嬉しくなられても困るわ」

日向は口調が荒っぽい火織になにかシンパシーを感じているのか、頻繁に話しかけてくる。欠席が多くて学内に知り合いが少ない火織が唯一気さくに話せる生徒である。

日向は火織が魔法少女であることを知らないが、だからこそ火織は気楽に会話できる人間である日向とよく連むのである。


 ちなみに友達が少ないのは日向も同じだったりする。

「そういや私らおんなじクラスだったな」

「これも腐れ縁、というヤツだな。貴様がいるとなるとまた厄介な学校生活になってしまいそうだ」

「厄介なのはそっちだろ。放課後用もなく教室うろうろしたり勝手に屋上上ったり保健室に眠りに行ったりさあ。」

「うっ……君に言われたくないなあ。今日もバイクで来たろ?」


 ギクリと痛いところを突かれ冷や汗を掻く火織。

 

 「見たのか?」

「見たとも。君が真っ赤なオフロードバイクを茂みに隠すのをね。近くの木の上から」

「どこにいるんだお前。女子高生が朝時間潰すところじゃねえだろ。それやっていいの小学生までだぞ」

「教室にいたたまれなかったものでね」

「それは木に登る理由にならないからな」


新二年二組は号令近くなのもあって多くの生徒であふれていた。

同じクラスになれたことで喜びを分かち合う者、思い切って話しかけて仲良くなっている者、新学期など知らぬとばかりに居眠りする者、エトセトラ。

渡会火織と夕陽日向は名字もあって去年は席が前後の位置にあった。今年も例に漏れず窓際一番後ろの席とその一つ前の席だ。

鞄を机に置くとハッと気付いて火織は日向を見た。


 「そうか、お前知らん人間ばっかで手持ち無沙汰だったんだろ」

「仕方ないさ、話が合う人がいないんだし」

「去年はいたろ、田所さんとか新島さんとか。」

「田所氏はイメチェンしてギャルになってて話しかけづらいし新島氏は新しい同志を見つけてたよ。」

「うわあ」


 真顔で、しかも先ほどまでの芝居がかった口調じゃなくマジトーンで言うものだからちょっと怖かった。

ついに地が出てしょんぼりと俯く日向に本気で同情してしまう。背後に『ずーん』という感じのエフェクトが出てそうである。

 「ギャルって自称するのもアレだけど、あたしも髪黒いぜ。なんで去年話しかけられたんだ?」

 「ぼっちっぽさを感じ取ったんだ」

 「ひっぱたくぞお前」

火織が気まずい空気を感じたところで予鈴が鳴った。

「今日は無理だけど、今度どっか行こうぜ」

ホームルームが始まる前に素早く言うと、日向は嬉しそうに、

「本当!?」

うなずいて返すと尊大な態度はどこへやら、ニコニコしながら前を向いた。





折村楓華は窓から差し込むしばらくぶりの朝日で目を覚ました。

周りを見渡して見ると楓華が寝ているベッド以外に小さなテーブルがぽつんと置かれたっきりだ。音はなく、静寂が部屋に満ちている。

 未だわからないことは多くあるが、窓から差し込む朝日の暖かい感触は、楓華に今生きていることを実感させた。

シーツの柔らかな肌触りも、太陽の暖かい光も今の楓華にとっては生の証に他ならない。

助かった。もう暗いところにいなくて良い。痛い思いもしなくて良い。そう考えるだけで胸が一杯になり、じんわりと目頭が熱くなった。

「ここはどこなんだろう…」

目元を拭い、落ち着いた楓華は、ゆっくりと現状を把握していった。

自分を助け出してくれた『ヴェイン』がしてくれたのか楓華は上下灰色のスウェットに着替えていた。胸が若干きつい事を除けばほとんどぴったりだ。


 そこで、重要な事を思い出した。右手だ。ずっと切られ続けた右腕。

 急いで袖をめくったが、昨夜まであった黒色はどこにもなかった。何度ひっくり返してみても、変色はどこにもなく、つまんでも皮膚が裂けるなんて事は無く、痛みはなかった。

 狐につままれたような気分だった。もしかしてずっと悪夢を見ていたのだろうか。

 (それにしては凄く鮮明に覚えてる……)

 目をつむれば、廃校舎も、右手をメスがギチギチと動く痛みも思い出せる。

 本当に痛くなった気がしたのでブンブンと頭を振った。

部屋を物色しようとするとテーブルの上に置き手紙がハンドベルを重しにして置いてあることに気付いた。

『起きたらベルを鳴らしてください。ヴェイン』

ヴェインか、その仲間によるものだろう。その名は覚えている。夢(?)の最後に助けてくれた少女の名前である。その名前を現実で見ると言うことは、やはりあの廃教室での出来事は事実だったのだろうか。だとしたら右腕は一体?

(ベルを鳴らしたら、来てくれるかな。ヴェインさんにきいたらわかるかな)

 とりあえずベルを鳴らすことに決めた。だが、ベルを掴もうとした瞬間

「あ痛ッ」

パチンと刺すような痛みが走った。

静電気かと考え、改めてベルを掴んで振る。今度は特に痛みを感じることはなかった。

ベルを鳴らし、待つことしばし。

五分ほど経っても誰も来なかった。


 「聞こえないのかな…」


 部屋から出て声をかけた方が早いと考え、ドアに近づいていった。

ドアノブを掴む。

その瞬間、バチィ!という雷光のはじめる音ともに楓華の右手はドアノブから弾かれていた。


 「キャアアアアッ!?」


あまりの痛みに、左手が白くなるほど右手を握る。時間としては十秒もなかったが、楓華は悠久にもかんじられた。痛みが引くと、自分が滝のような汗を流していることに気付いた。

右手を見ても特に変わったところはない。

 

 「何だったんだろう、今の…?」


 あっという間の出来事に、呆けてしまう。2回連続の静電気だとは考えにくい。もしかして罠だったのか、そんな猜疑心がゆらゆらと湧いてくる。


 (でもさあ、魔法使いどもは何をする気なのかなあ、人をわざわざ攫ってさ)


 ふと、ドアの外から話し声が聞こえた。それだけではない。

先ほどまでの部屋の静寂は消え去り、外で話しながら歩く学生の声や車の音といった喧噪が部屋まで届いてきていた。

腕が痛んだと思ったら今度は音が聞こえはじめたこの状況に楓華は困惑するほかなかった。だが、


 (まあ二週間近く監禁されてた訳だから仕方ないか)


 階下から聞こえてきた会話の内容に楓華の意識は釘付けになっていた。

下から聞こえるのは女性二人の会話。『昨日の子』とは自分のことではないだろうか。

そしてーーー二週間!楓華の最後の記憶は高校一年生最後の終業式の帰りなので、もし二週間もあの教室にいたとしたら、春休みの間ずっと行方不明ということになる。


 「どうしよう、お母さんもお父さんも心配しているかも」


 そして、そんな楓華の不安感を激しく煽る言葉が脳髄を貫いた。


 (しばらくはここで療養してもらおう。本人からしか聞けない話もあるだろうし。そもそも家に帰っちゃうとやっかいな事になるしねえ)

はじめ、楓華はなんと言っているのかわからなかった。

ここで療養?家に帰れない?やっかいな事って何だろう。

あの暗い教室では恐怖ばかりが頭を巡り、考える事さえままならなかったが、今はあのときよりも思考がハッキリとしている。


 (もしかして、ここの人たちも私を拉致した人たちの仲間?)


 

 あの教室から助け出されたことは確かだ。では信用できるかというと違う気がする。

 治すと言ったって、家族に会わせないのもおかしいし、ここは病院じゃないし、そもそも楓華を攫った人たちが普通ではないのだ。


 「逃げてしまおうか?」

 

 一度そう考えてしまうと、後は行動に移すことしか考えられなかった。

ドアから正直にでるのはだめだ。すぐに見つかってしまうだろう。

となれば、窓しかない。幸いにも、この部屋は二階に位置している。窓の外はアパートの壁だ。階下に降りても怪我する可能性も、近隣住人に見つかる可能性も低いだろう。

そっと立ち上がり、窓の鍵をゆっくりと開けた。

足から外に出して、半ば落ちるような動きで着地した。

二階と言ってもちょっとした高さなので結構な恐怖があったが、いざ飛び降りると踵が痛むくらいで他は無事だった。

 格好はスウェットに裸足。通学路ではいささか目立つ格好だろう。

だが、歩いて家に帰ることは出来る。

父も、母も、妹も待っているはずだ。

楓華は、我が家に向かって走り出した。



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