4月11日、朝
朝。太陽光線が東の窓から差し込み、宙を舞う埃が浮き彫りになる。
火織はバチンと千円の目覚まし時計をひっぱたいて目を覚ました。針は七時を指している。
春休み明けの登校初日ではあるが、どうやら寝坊癖はつかなかったようである。
スカートをはき、ワイシャツの上からカーディガンを羽織る頃には意識も八割方ハッキリしてきた。
スクールバックに、適当に持ち物を放り込んでいく。
筆箱、メモ帳、財布、生徒手帳、スマートフォン、イヤホン、ノート、エトセトラ。
最後に壁に掛けていたリボルバー拳銃を放り込んだ。
リビングに降り、そのまま洗面台に向かう。
顔を洗ったころには目もバッチリ覚めた。
鏡を見る。
目が大きいというか圧のある目つきが特徴的だった。他に顔に特筆すべき点はなく、強いて言うなら愛想がなかった。
試しにと染めてみたロングの金髪は日が経ったので大分褪せ、てっぺんは少し黒くなってプリンになっていた。そろそろ染め直し時だが、また染めるのも面倒だ。
あまり食欲が湧かなかったので、ゼリー飲料で済ませることにした。
カバンをテーブルに放り、冷蔵庫からゼリーのパックを取り出し、ゴクゴク食べていると、店の方からゴトゴトという音を聞いた。
(誰かいるのか?)
火織の家は古書堂と店舗兼用住宅となっている。一階は、店と居間と洗面所とガレージである。
この建築物自体かなり古い物件であるため、侵入は余り難しいことではない。
ゼリー飲料を飲み干してゴミ箱に投げ込む。
用心しながら居間と店を区切るガラス戸を開けると、手前のレジのカウンターに1人の女が突っ伏して寝ていた。
身内だった。
いい年してうたた寝をした師匠に安心しつつ呆れつつも声をかけた。
「先生、起きて。もう朝だぜ」
ユサユサ揺さぶられ、先生と呼ばれた女はのっそりと体を起こした。
「ああ、寝ちゃったのか。昨日は遅くまで作業していたからね……。何してたのかは秘密だけどね」
何をしていたのか気になって机の上を見てみると、カウンターの上に敷かれた新聞の上に、爪や髪の毛の入った小瓶、何かよくわからない粉末をいれたポリ袋が置いてあった。マジで何をしていたのだろうか。
「地球の呪術について調べてたんだ」
「秘密じゃないんかい」
手書きの書類を敷いて腕を枕に眠りして眠っていたその女性は、ボサボサの黒髪でわかりづらいが、よく見ればかなりの美人である。
整った顔立ちに真っ黒な前髪ぱっつんロング、暗い配色のセーターとロングスカートという出で立ち。
名を禊・要という。
火織に魔法と戦闘技術をたたき込んだ優秀な師である。
趣味が黒魔術なのでたまに生物の毛だの血だの不気味そうなものを集める悪癖がある。
手で適当に髪を整えながら、
「今日は早いね。体の具合は良いのかい?疲れてない?」
「一晩寝れば回復するよ。学校があるのも理由だけど、これから忙しくなっていくんだ。だらだらしれられんぜ」
「気合い十分みたいだね。結構結構。」
「『魔法使いの完全討伐』が魔法少女であるあたしの仕事だからな」
火織は不適な笑みを浮かべて言った。
魔法使いとは、地球の征服及び人類の隷属化を目的とする地球人の天敵である。
最初に魔法使いが来たのは五年前。
異世界から来たのか、宇宙の別の星から来たのかは本人達もわからない。彼らは自分たちの姿を隠しながら地力を高め、戦力を増やし、地球を掌握せんと力を高めている。
そして渡会火織は魔法少女である。高校生として学業にいそしむ傍ら、魔法少女として魔法使いやその使いを討伐しているのだ。
「私は殺さないでくれよ?」
「そのジョークは捌きづらいわ」
禊要も、魔法使いである。
ただ、『魔法使いを殺す』魔法使いであるということと、魔法使いと敵対する魔法少女のサポーター、という肩書きが特筆すべき点である。
禊は、店のカウンターのペン立てからペーパーナイフを取り出した。百均で売ってそうな普通のナイフである。
適当に空中で振ると、バクリと空間が開き、黒い空間が見えた。無限に空間を作る魔法である。青タヌキのポケットのような物と考えれば良い。
禊は開いた空間にぽいぽいと小瓶や下に敷いていた新聞など、机に広がっていた雑貨を放り込んでいった。
「ちょっとまってね、すぐに片付けるから」
「……ウン」
あきらかに超常的な現象を目の当たりにしているのに、超次元空間をゴミ箱みたいに扱う師匠に火織はしばし言葉を失ってしまった。
店の本棚に読んでいた売り物の黒魔術系のオカルト本をしまいながら、禊は言った。
「そだ、昨日君が助け出した折村楓華は今は部屋で寝ているよ。検査したところ体に異常なし。彼女が起き次第話を聞くつもりだよ」
「わかった。にしても、こんな時に始業式とはなあ。時間都合するの難しいし、サボる……いっそ学校やめた方が良いんじゃないの?」
「それはだめだよ。」
本を片付けながら禊は強い口調で言った。
「雇っている私が言うのもアレだが、少なくとも高校は出た方が良い。私はずっと地球にいるわけではないからね」
火織は魔法少女として活動する上で、禊から高校生の小遣いにしては多すぎるほどの給料をもらっている。命をかけてもらっているのだからこのくらい当然だとは禊の言葉だが、火織はその額を持て余しているので貯金にほとんどぶち込んでいる。
「でも先生、現状アタシは学校をちょくちょく休みながら通っているんだぜ。どっちも半端というかなんというか。魔法使い討伐に全力になった方が良いじゃないかなみたいな」
「それじゃあ今学校を辞めたとして、そして魔法使いを全員倒したとして、その後どうするの?給料は出しているけど、残念ながら一生食える分は出せないよ、私?」
「ううっ……」
魔法使いに将来の心配をされる魔法少女。
魔法少女だ何だといっても結局は16歳の小娘に過ぎない。きちんと現実を見なくていけないのだった。
火織はそっぽを向きながら、
「軽率な事言いました、ごめんなさい」
「わかってくれたならよろしい。私も君が早く普通の女の子になれるように全力でサポートしよう。」
最後の本をしまい終えて、禊はニコリと笑った。
「そういえば先生さあ、」
思い出したように火織は言った。
「昨日あたし植物の怪人と戦ったって言ったじゃん。アレで相手が誰かわからないの?」
「ああ、それね」
禊はリビングに移動し、キッチンでお湯を沸かしはじめた。火織は椅子にグデンと座って話を聞く姿勢をとる。
火にかけている間にコップにインスタントコーヒーの粉を適当に放り込む。
「地球を狙う魔法使いは全部で6人。彼らはそれぞれ四元素、悪魔、時間、空間、植物、生物、といった魔法を極めたスペシャリストだ。
でも、得意分野以外が苦手というわけじゃない。
植物の怪人を使っていても火の魔法は使えるし、悪魔の召喚に長けていても少し空間をねじ曲げることは難しくない。ほら、勉強できるヤツって得意はあっても苦手はないだろ。規模は違うけどそんな感じかな。
だから、植物怪人が出たからアイツだーって判断するのはまだ早い。」
待つのがじれったくなったのか、禊はヤカンに向けて指をパチンと鳴らした。ヤカンの水はその瞬間沸騰した。
「あっそ」
火織はがっくりと肩を落としテーブルに突っ伏した。
「まあ気にする事はないよ。これまで拠点作成の妨害しか出来なかったのに、今回は相手の計画の一端の阻止に成功したんだからね。」
「そう考えてみれば、そうか」
お湯をコップに入れるとコーヒーを火織に渡した。火織はそれを受け取ると、角砂糖を五つつまんでコップに入れた。
「でもさあ、魔法使いどもは何をする気なのかなあ、人をわざわざ攫ってさ」
「それは折村楓華さんから話を聞いて考える。人さらいなんてこれまでになかった動きだ、調べれば高確率で企みがわかる。」
「折村楓華はどうすんの?」
「しばらくはここで療養してもらおう。本人からしか聞けない話もあるだろうし。そもそも家に帰っちゃうとやっかいな事になるしねえ」
「確かに家族にばれたらまずいよな。なんて説明したら良いかわからないし、そもそもまだ『攫われてない』しな」
そう言って御衣木はチラと上に目線をやる。
二階の空き部屋には昨日救出した女子高生、折村楓華が休んでいる。昨夜運び込んでから、未だ目覚めていない。
「あ、時間は良いの?大分話してたけど」
「あ」
壁に掛かった時計を見れば時刻は七時五十分。家をでなければならない時間だ。
「急げ急げ」
さっさと身支度を整えた渡会は裏口のガレージに出た。
「フェニックス、起きて」
渡会の声に応じてゴウンとエンジン音が鳴り響く。
フェニックス・スター。それが渡会火織、魔法少女ヴェインの移動をサポートするマシンの名である。
「君の学校ってバイク通学有りだったっけ?」
「学校の手前で降りるから問題なし」
スクールバックを背負い、ヘルメットをかぶり、バイクに跨がって準備オーケー。
「それじゃあ、折村楓華が起きたら連絡して。私も聞きたいことあるし」
「はいはい、わかったからさっさと行ってきなよ」
渡会を乗せたフェニックス号は颯爽と道路に乗りだしていった。