始まりの夕焼け
初投稿です。温かい目で見守ってやってください。
こんなの私の手じゃない。
薄暗い教室で、一つだけついた蛍光灯に照らされた真っ黒な右腕を見て思った。
彼女の腕は、指の先から肩にかけて真っ黒に染まっている。よく見ると指の先や肘の辺りは波打つ様に黒が途切れている。その波はなにか文字の様にも見えた。
少女、折村楓華は学校帰りに拉致されてからここに連れてこられた。以来、何日もここで過ごしている。
少女がいるのはどこかの廃校の教室、机を集めて作られた台の上だ。脇には机と、銀のトレイにメスや針、開創器といった手術道具がいくつか。針の様に細いメスもあった。楓華はいつの間にか手術服に着せ替えられていた。周囲の機材も相まって手術台に寝かされた患者のようだ。
窓の外を見ようとも思ったが、真っ黒いカーテンで遮光されている上に両手両足は手錠で机とつながれて、しかも机も固定されているようなので、全く身動きがとれない。
楓華自身、すでに数日経過しているのはわかるのだが、どうしてこんな状況に陥っているのか検討も付かなかった。連れ去られたのはわかるのだが、どうして連れ去られたのがわからない。
最後の記憶は放課後、寄り道して遅くまでいた本屋から帰る所までだ。
誘拐だろうか。自慢ではないが、少女の実家は小金持ちとも呼べるくらいには資産がある。身代金で多少ふっかけても払うことは可能かもしれない。
だが、どうしてもただの誘拐とも考えられないものが2つある。
1つは『教室の隅にずらりと並んだ木質の人形達』だ。
デッサン人形の様に調えられたものではなく、どれも人型に成長した木の様な見た目をしている。教室との親和性は最悪なので、この学校に元からあったとは考えづらい。誘拐犯が用意したものだと考られたが、なんにせよ壁際に整列しているから気味が悪い。
それにしてもただの誘拐犯が、こんなものを用意するのだろうか?そのわけのわからなさが恐怖心を煽る。
もう一つは……。
カラリと、教室の戸が開いた。
入ってきたのは1人の女性と、後ろに随伴する一体の偉丈夫だ。
偉丈夫は驚くべき事に皮膚が植物の様に乾いた樹皮だった。植物繊維が集まって出来た怪人なのだ。全体的なフォルムは人間のようにコートを来ていることもありどこか筋肉質な印象を持っているが、顔面は繊維の模様が禍々しく絡まって鬼の形相だ。
だが、楓華が目を離せなかったのは女のほうだった。
現代では悪目立ちしそうな、薄汚れた革のローブの女である。そのフードによって顔を検めることは出来ない。特徴的なのは腕に巻かれた錆びた腕輪が変に印象に残っている。
しかし楓華は、その女を見て戦慄した。ローブも腕輪も関係なく、顔だって見えないのにその女が何者か反射的に理解した。
「あ、貴女は……」
その錆びた腕輪をつけた女こそが楓華の右腕を黒く染めた張本人だった。
女は靴音を鳴らして近づくと楓華のいる机の脇にあるトレイから刃がとても細長いメスを1つとった。
弄ぶようにクルクルと回し、パシリと掴む。
「お待たせ。早速始めよう。一号、動かないように抑えておいて。」
一号と呼ばれた先ほどの怪人が黙って楓華を拘束する。
「嫌……嫌だ」
「もうすぐ終わるんだ。あと少し我慢してくれないか」
一号は女の目配せを把握し、楓華の小さな口にボロ布の猿ぐつわを巻いた。
押さえつけられた楓華は、女がポケットから黒い液体の入った薬瓶を取り出すのを見た。
正体不明の液に浸され、黒く変色したメスの先端は楓華の入れ墨で真っ黒になった右手にゆっくりと近づいてゆく。
楓華は滅茶苦茶に暴れたが、焼け石に水だった。
そして、刃が少女の肌を突き刺した。
「~~~~~~~!!」
声にならない悲鳴が喉からくぐもって漏れる。
ただの誘拐なんかではないことを証明する二つ目の要因。
『腕が黒くなるほどずっとメスで模様を入れられること』
楓華の腕はここに連れてこられてからひたすらに切られ続けた。
そのたびに模様は増え、真っ黒に染まるまでに至ったのだ。
メスが、何か文字にも見える模様を描く様に動く。それに合わせて肉が切れる。
異常なのが、模様を描く際にメスの切り口から閃光が迸る事だった。金属を溶接をする際の火花のようだ。
光が明滅し、教室をストロボ点滅させる。
そしてその光が奔る度にそのたびに激痛が腕を貫き、楓華の体がビクビクと跳ねる。
耐えがたい痛みで澎湃と涙が流れる。
何度も味わった痛みだが、なれる事はない。
「う……ぐうう……」
ギチギチと猿ぐつわを食いしばって痛みに耐える。
唐突に、光が止んだ
女が作業をやめたからだ。女は首を少し上に向けていた。
そして、女はもっていたメスを握り曲げ、ギチリと歯を鳴らした。
「ここに来て邪魔が入るとはな。ご丁寧に結界まで破っている。ダミーの拠点を全部潰したのか?魔力総量の変化で探知したか、魔力発生源の数の変化で探知したのか。」
苛立ち混じりに早口にまくし立てる。女は素早く施術道具を鞄にしまい込むと、一号の方を向いた。
「私は逃げる。時間を稼げ」一号はやはり黙ってうなずいた。
そして楓華を一瞥し、
「また会おう、折村楓華。」
右の手首に少しの間触れ、教室のドアから出て行った。
そこで、楓華は耳にした。
「エンジンの音……?」
だんだんとエンジン音は大きさを増し、そして
唐突に窓ガラスが粉砕され、オレンジ色の太陽の光が差し込んだ。
薄暗い教室に飛び込んだのは一台のオフロードバイク。タイヤ以外の全てが赤かオレンジといった色彩で、まるで火の玉のようだ。
乗っているのは一人の少女。少女とわかったのは、フルフェイスメットからこぼれる長い金髪とどこかの高校の制服からだ。
ぶち破った窓から差し込んだ夕日が、教室をオレンジに染めた。
侵入者を感知したからか、壁に並んだ数体の木人形が一斉に動き出す。
教室に突っ込んだバイクのライダーは、ターンしながら腰の後ろのホルスターからリボルバーをドロウし発砲。
躊躇いのない三連射。三つの弾丸は余さず三体に命中し、頭部や胸部を貫きリタイアさせた。
少女はゆっくりとバイクから降りる。
好奇と見たのか、残る人形のうち一体が少女に飛びかかった。
「んんんん(危ない)!」
言葉を発せられないとわかっていても思わず楓華は声にならない声を上げた。
しかし、そのまま組み伏せられる様な事は起きず、むしろ、それは楓華の想像を遙かに上回るものだった。
少女は右手を左手、正確には腕に巻かれた腕時計に当てた。
その瞬間、少女は真っ赤な炎に包み込まれた。目がくらむような、明るい炎。楓華にはそれが光の爆発の様にも見えた。
少女と、飛びかかった木人形は光に完全に飲み込まれ、見えなくなる。
そして、炎は一閃とともに真っ二つに切り開かれた。
炎が晴れる。
頭頂から股間まで一刀両断された木人形が、地面にボトリと落ちた。
霧散する炎の中から出てきたのは、真っ赤な少女だった。紅のコート、シャツ、パンツ、ハイサイブーツ。手には、一振りの片手剣、腰の後ろのホルスターには大ぶりのリボルバーが一丁。
全身が、燃えるように真っ赤な装いだった。
炎の少女はニヤリと口角をつり上げて、言う。
「さて、掛かってきなさい」
言葉がわかったのかは定かではないが、残る三体の木人形が同時に襲いかかる。
少女は剣を構え、迎え討つ。
一体の胴を横薙ぎに切り裂き、一体を袈裟斬りに伏せ、残る一体にぶちかまし。
三体とも行動不能になり瞬く間に木人形は全個体が木くずと化した。
「お前もやるか?」
最後に残ったのは先ほど一号と呼ばれていた個体だ。
ボクシングのような構えを取ったかと思うと、驚異的なスピードで襲いかかる。これまでの木人間とは桁違いの戦闘能力がうかがい知れた。
だが少女は臆することなく攻撃を躱す。
「そのスピードとい動きといい、さっきまでのホムンクルスとは違うみたいだな。だけど!」
繰り出される拳を紙一重で躱し、肉薄する。
「あたしに勝つには性能不足だったな」
少女は柔道の一本背負いにも似た動きで一号を古びた黒板に投げつけ、一号は古びた黒板に衝突した。
動きがままならない一号を正面に見据え、少女は不適に笑う。
「こいつで終わりだ」
少女は剣の刃を左手の時計に当てると思い切り擦り引いた。
散った火花はバチバチと弾ける量を増し、刃に纏う炎に変わる。刃を真っ赤に染め上げる。
「ハアアアアアアア」
少女は丹田に力を込め、剣を横だめに構えた。
気合いに比例するように剣の炎が激しくなり、刀身が倍以上に伸びる。
そして。
「ウラアアアアアアア!!」
燃える剣は、そのリーチをもって一号を切り裂き、後ろの黒板、壁をも切り裂いた。
一号は真っ二つに分かれて、炎に舐められて灰燼と消える。
上半身はあがくように這い、手を少女に伸ばしたが、指先から崩れ落ちた。
壁や黒板も燃えていたが
「おっと危ない」
少女が手をかざして横に動かすと、炎は握り潰されるかの様に消えていった。
あっという間の出来事だった。
見張りは全滅し、夕日が差し込んだ教室にはバイクと、それに乗ってきた赤の少女と、机につながれた患者服の少女だけが残った。
「すごい…」
圧倒され、楓華は自分の現状も一時忘れて、見とれた。
赤い少女は剣を持ってつながれた少女に近づいていった。
赤の少女は、おもむろに剣を手錠の鎖にあてがうと、よいしょのかけ声とともに切断した。
「驚かせてごめん。どこか痛いところは?」
「は、いや、ええと…」
猿ぐつわを外しながら、優しく話しかけられる。楓華は先ほどの苛烈な戦闘とのギャップもあって驚きを隠せない。
「ああ、心配しなくてもあたしは貴女の味方だよ。ええと…折村楓華さん…だっけ?あってる?」
唐突に名前を呼ばれ、思わずこくりと頷いてしまう。
どうして私の名前を知っているんだろう。自分は何故ここにいるのだろう。あの動く植物人間は何なんだろう。なんで腕を切られ続けたんだろう。今は何時で、
「詳しい話をすると長くなるから後でな。とりあえずウチに連れてくからさ」
現状を全く把握出来ない楓華は、泡のように湧き上がるなんとか1つの質問をひねり出した。
「貴女は、一体誰なんですか?」
正体を聞かれた赤の少女は、困った顔をし、少し考え、そして
「魔法少女ヴェイン。そう名乗るように言われてる」
目をそらし、若干頬を朱に染めながらそう答えた。
「魔法……少女……」
バイクに跨がり、剣とリボルバー拳銃を振り回す魔法少女。
「変なの……」
そういって楓華は気を失った。
「変か……そうみえんのか……」
ブツブツと先ほどの悪意なき刺さる感想(?)を反芻するように呟きながら、自らを魔法少女ヴェインと名乗った少女は、意識を失った入れ墨の少女に肩を貸しながら校舎を出た。
折村楓華は、緊張がほどけた反動で今は眠ってしまっている。ヴェインとしては都合が良かった。これから自分のやることを一度に全部見たらどういう反応をするかわからないし、ここで説明するのも面倒くさい。
外はもう暗くなり、山奥にある
廃校舎は、闇に包まれている。
教室を探索していたら時間がかかってしまっていたらしい。
「おーい、こっちこーい!」
ヴェインが声を上げると、二階の、先ほど突っ込んだ教室から真っ赤なオフロードバイクが壁をまた突き破って飛び出した。乗り手のいないバイクは転倒もせずに着地し、馬がクールベットするようにウィリーした。
「おまえは無茶に付き合ってくれたよ。ありがとう、フェニックス」
シートをポンポンと叩くと、ハイビームを数回点滅させた。
このバイクはただのバイクではない。ヴェインの魔法少女としての活動をサポートする意思を持った使い魔である。
「さてと…サイドカー出せ」
AIアシスタントに話しかけるようにヴェインがそう言うと、突如オフロードバイクの脇の地面に魔法円が描かれた。
その魔法円が垂直に上昇し消滅すると、これまた真っ赤なサイドカーが現れていた。
ヴェインは折村をサイドカーに乗せ、上着を着せ、ヘルメットをかぶせた。
折村は変わらず気を失ったように眠っている。先ほど体をチェックしたが、【特に変わった傷などは見つかられなかった】。おおきな外傷もなく呼吸も安定しているようなので、ひどい事態にはなっていないとヴェインは判断した。
ヴェインは眠っている様子を確認すると、左手につけられた腕時計のボタンを操作した。
4つのボタンの内の3つを同時に押すと、彼女の全身から抜け出すように炎が吹き出し、そして
「あー、つっかれたなあ」
ここに来たときと同じブレザー姿に戻っていた。髪の色も紅からくすんだ金色に戻っている。と、
「あっ、そういえば明日から学校じゃん」
忘れていた予定を思い出し、ガックリとしょげかえった。
その様はどこにでもいる女子高生だ。
「はー、なんで一安心したときって別のやな事思い出すんだろ」
バイクに跨がりヘルメットをかぶる。
そして、魔法少女ヴェイン…またの名を渡会火織はハンドルを捻った。