時間に惑わされないもの
と、とんでもないことを言ってしまった。
王女様に考えを改めろだなんて。もしかして不敬罪で罪に問われるかもしれない。いや、テティがそのようなことをする人間だとは思わないが、もしかしたら、もしかしてがあるかもしれない。周りにいた使用人達が不快に思って、それが広まったりなんかしたら。
(・・・・でも、そうだと分かっていても止められなかっただろうなぁ・・・)
自分や他人の保身を気にして行動できるような殊勝な人間なら、柚葉は今頃こんな人生を送っていないだろう。いつもやってしまってから後悔するタイプだから、今こんなことになっているのだ。
「はあああ・・・・どうしたものか・・・」
そんなことを呟きながらも、柚葉は呑気に正門でアリスの帰りを待った。
間もなくして、テティの元にアリスがやってきた。二人が一緒にいると思っているので当然のことだが、テティの横に腰かけながら周りを見渡した。
「ユズハはどうした?」
「・・・それが、」
少し俯きながらテティはポツリと零した。その声は、少し震えている。
横で先程と様子が違うテティに気が付くも、アリスは黙って次の言葉を待った。
「・・・・・私、まだアリス様歴が足りないようです・・・・!」
「はあ!?」
ぱっと上げた顔は真剣だ。冗談を言っているわけではないらしい。
ただ、アリスにとっては何の脈絡もなくぶつけられた言葉に、素っ頓狂な声をあげるしかなかった。
「何の・・・話だ・・・?」
とりあえず、どんな状況でそんな考察結果が出てきたのか、アリスは片目を手で覆いながら話を聞いた。
「ユズハさんに言われてしまいました・・・・。私は、アリス様のこと、何にも分かってない。こんなに何年も一緒にいたのに」
「いや、だからどこがどうなってそんな話になったんだ」
「私は、この身体が面倒だと、大変だと思ったことはあります。でも、かわいそうだとは思わないんです。うまく付き合って、幸せに生きていられるのは、私の誇りでした」
それを、かわいそうだと悲観に捉えられるのが悔しくて、惨めで仕方なかった。
でも柚葉は、それを真っ直ぐ受け止めてくれた。
テティの誇りを受け止め、希望に変えてくれた。
「でも、本当に悲観的な考えだったのは、私自身だったんです。人の助けも心配も同情も優しさと感じられて、嬉しく感じていた半面、どうか私の為に時間を、心を裂かないでとも思っていました」
とんだ我儘だ。
周りがどうしたらいいか分からなくなるような感情を知らず知らずのうちに抱いていた。今更、そんなことに気が付いてしまったのだ。
「アリス様も、私に構ってくれるのは同情からだと思っていたと、今更気付きました。迷惑だと思われてると、思っていました」
「迷惑だとは」
「分かっています。・・・・ユズハさんが言っていました」
「言っていたって何を・・・」
「アリス様はそんな人じゃないと」
アリスの困っていた目が、一瞬見開かれた。
「・・・・分かっていたのに。皆、手間をかけても、大変でも、嫌々助けてくれているわけではないと。だから私は、優しさを感じることができていたのだと、分かっていたのに」
卑屈になっていたのは自分だった。
自分に向き合っていないのは、誰よりも自分だった。
「会って間もないユズハさんに、気付かされてしまいました」
テティは眉尻を下げて、困ったように微笑む。
その表情を隠すように風が彼女の髪を掬い上げた。泣いているようにでも見えたのだろうか。
「・・・・会って間もないから気付かされたんだろ」
「・・・え?」
アリスの手が髪を耳にかけてやると、目を丸くしたテティの表情が良く見える。
「迷惑かけて当たり前、かけられて当たり前だと思っていた俺らには、いくら年月を重ねようが、気付きはしなかっただろうな」
「あ・・・」
お互い、どこかで線引きをした関係をずっと続けていたことだろう。触れてはいけないようなところは触れない。触れて気持ちがいいところだけを優しく撫でるような。
「多分お前があいつに感じたのは・・・あいつがすごいのは、そこに踏み込める勇気だ」
「!」
アリスには、柚葉が歩いて行った方向など分からないはずなのに、彼の視線はその方向を確実に捉えていた。その目は、テティが今まで一度も見たことのない、向けられたことのない、特別なもの。
「ま、デリカシーがないとも言うがな」
その目は、短いため息とともに消えていて、やれやれとでも言うように席を立った。
どうやらアリスには、柚葉がテティに何かしら言い放って逃げていったことが手に取るように分かるらしい。それをしばらくは不思議そうに見つめていたテティだが、そのうち離れていくその背中に、愛おしそうに微笑んだ。
「アリス様!」
強い風音に負けないくらいの声で名を呼ぶと、彼はいつも通りの顔で振り返った。
「次お会いするときは、もう少しデリカシーを緩くしておきますね!」
「・・・・やめてくれ」
そんな奴一人で十分だ、と小さく呟いていたのが風に乗って聞こえてきた。
***
頭に衝撃を受けて、柚葉は自分が眠ってしまっていたことに気が付いた。人の目もとい門番の目も憚らず、門の壁を背にして、身を小さくしていたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
ズキズキと痛む頭を押さえながら、鉄槌を食らわせた犯人に恨めしそうな目を向けた。
「おかえりなさい、アリスさん」
「ああただいまお前はなんでこんなとこで寝てんだ」
「邪魔にならないように体育座りしたから大丈夫です」
「確かにダンゴムシのようだったな」
「鋭いですね、似ていると言われたことがあります」
どんどん話が逸れていく模様に、立っていた門番の方が居心地が悪そうだ。
それに気付いてか、アリスは柚葉の襟首を猫のように掴んで引っ張っていった。
「とりあえず戻るぞ。日が暮れてきた」
「・・・あー、もうそんなに時間経ってたんですね」
何だか気持ちばかりが忙しくて、時間はもう夕方になってきているのにも気付かなかった。太陽が夕日に変わっていく。
「アリスさん」
「なんだ」
「私、失敗したかもしれません」
「していないぞ」
「主語もないのによく答えられますね」
「自覚あるんならちゃんと話せよ」
「・・・・話せません」
何でそんなこと言ったんだって言われたら答えられない。衝動に駆られた気持ちを伝えようと思ったら全てを話さなければならない。それは、テティにだって悪いし、自分でもよく分からない自分の気持ちを伝える自信もない。
「うまく話せないと思いますから」
「ああそう」
「内容整理して分かり次第、報告させていただきます」
「ああそう」
「打ち首になるかも」
「ああそう」
「え!?相槌変えて!?」
ずるずるとキャリーケースのように引っ張られながら、沈んでいく夕日を目を細めて眺めた。




