狙われるのもの
色素の薄い髪。白い肌。何よりも異質だと感じたのは、血の色のような赤黒いその瞳だ。まるで絵画のような綺麗な線で顔のパーツができている。
そんなものがこちらを楽しそうに見ていたのだ。
「・・・あの、人が・・・?」
全てが彫刻のように整ったものばかりで構成された顔なのに、額から右の瞼に伸びる大きな傷跡は、アリスが持っていた資料の顔写真と一緒だ。マントのフードを被っていて、全てはよく見えないが、それだけはそこが光っているように見えてよくわかった。
ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる後ろを、少年はすこし離れてついてくる。近付いてくるたびに何か異様なものを感じて、柚葉は無意識にアリスの後ろに隠れるように下がっていく。アリスを盾にしているようで申し訳ないが、彼の腕が前を塞いでいる以上自然な行動だろう。
「ご機嫌麗しゅう、アリス=ルヴィン=アステリア殿下」
にやりと笑った口元が、それだけで総毛立つような厭らしい声でそう言った。王子の前で礼儀正しく、腰を折り頭を垂れる。それがわざとらしく感じるのは、隠そうともしないその殺気のせいだ。柚葉にでも分かる程、禍々しいものを広く発している。
「魔族の血、ザギ=ディミトロフだな」
「いかにも。存じて頂けているなんて、至極恐悦に存じます」
ニヤニヤとした顔と馬鹿丁寧な口調が神経を逆撫でしているようで、身体の奥がざわざわとしてくる。アリスも顔には出さないが、声が低くなったのが分かった。
「茶番に付き合っている暇はない。何故この町を襲った?」
「襲ったなんて人聞きの悪い!俺はあなたが早く俺に気付けるよう、教えて差し上げたまでですよ」
「・・・・言っていることが理解できないな・・・分かるように説明願おうか?」
柚葉の目の前にあるアリスの腕の血管が浮いていた。冷静な口調を保ってはいるが、腸は煮えくり返っているだろう。
「説明も何も、俺たちの目的は殿下もご存じでしょうに。あなたは純粋なる魔族の血統だ。しかも歴代アステリア家系でもより一層濃い!その血を無駄にする気でおいでですか?このまま持ち腐れているままだとその血はいつかきっとあなたにとっても邪魔なものになる。それよりは我らの力になるべきでしょう。あなたはどう転んでも我らと一緒なのです」
違う。
求められているのはアリス自身ではない。アリスのその魔力だ。
柚葉は、アリスはお前らなんかとは違うと叫びたかった。だが、今口を出すのは得策ではない。衝動に任せて声をださないように、唇を噛んで耐えた。
「事実、あなたは今、俺の目の前にいる。我らが望んだ通りに。これは運命でしかないのです」
「自分が仕組んだことを勝手に人の運命にするとは、お前占い師で稼いだ方がいいんじゃないか」
「仕組んだ程のことはしておりませんよ。確かに、この子はいい働きをしてくれましたがね」
そう言ってザギが指さすのは後ろで俯いている少年だ。
柚葉には未だ何故彼がザギの後ろで立っているのか分からない。必死で何かに謝っていた彼が何故、あそこにいるのだろう。
「その子を瀕死の状態にし、俺をこの町に来るよう仕向けたのは、仕組んだということだろう」
「!」
柚葉は思わず声を出しそうになった。すんでのところで自分の手で自分の口を覆い、息を止めることで防ぐ。
全てがザギの思惑だったのだ。
人が倒れていればアリスが放っておくわけがない。治し切らない傷があれば、近くで休めるところを探すのが普通だ。まんまとこの町に入り、居場所を特定されたのだ。
「その子を俺の前によこしたということは、俺の居場所は分かっていたんじゃないのか。何故そんな回りくどいことをする?」
「いいえ、知らなかったからこんな面倒なことをしなければならなかったのです。この子には殿下を見つけたらその場で自分の身体を切り刻む魔法をかけていました。そしてその魔法が発動されれば、それは俺の所に伝わる」
ギリ、とアリスが歯を噛みしめたのが分かった。
「・・・じゃあ何故・・・っ、何故町を襲う必要があった!?居場所が分かればいいだろう・・・!」
ザギは尚も笑みを崩すことはなく、声を荒げるアリスを嘲笑うかのように言い放ったのだ。
「その方が刺激的で面白いでしょう?」
その為に、町の命は、人々の命は失われていったのだ。
そこには、どんな人たちが住んでいたか柚葉には分からない。だけど、ダリアのように優しさをくれた人がいたのは分かる。個人の感情で、人が人の命を、運命を弄ぶことがあってはならないのだ。
まだまだ長くあった命も、この先の未来も、たくさんあったのだ。
「あなたが守り固められている城から出て、探し出すのにいらない手間をかけたのです。それくらいの楽しみがあっても、罰は当たらないでしょう」
「あん、た・・・・・っ!!」
「ユズハ」
ドクドクと血液が上に上がって、喉の奥がぎゅっと絞まった。吐き気がするほどの何かが身体の中心から湧き上がってくる。頭では処理しきれないものが、柚葉の身体を勝手に動かし、飛び出そうとしたのをアリスが腕に力を入れて制止してくれる。
「それに、あなたを手に入れるには、あなたはちょっと厄介ですからね。いい感じに魔力を消費してもらう必要もありました」
「俺に治癒魔法を使わせる為だというのか」
「ええ。町の奴らもそうですが、特にこの子の傷、なかなか治らなかったでしょう?」
笑みを深くしたザギが何を言おうとしているのか、今度は柚葉にも分かった。ザギは意図して人に治りにくい傷を負わせる魔法を知っているのだ。もしかしたら純血ならではの魔法かもしれない。そこまで追究する気は今はなかったが、純血であるアリスがあそこまで消費していたのは、そんな理由なのだろう。
「ですが、さすが殿下ですね。殆ど治してしまわれた。正直、ここまでとは思いませんでしたよ」
本気で褒めているのだろうが、それさえも馬鹿にしているようにしか聞こえない。だが、多分アリスが怒っているのはそんなことではないのだ。まるで操り人形のように、人を道具と思っているそのやり方にだ。
アリスよりも先に柚葉の方がブチ切れてザギに掴みかかってしまいそうになるのを堪えていると、ザギは何の感情の変化も見せず、マントからすっと手を出した。
一体、何を。
ざわりと内臓を撫でまわすような悪い予感が全身を駆け巡った。
「でも、折角殿下が一生懸命治してくださいましたが、もうこの子は用済みです」
絶えず張り付けていた笑みをすっと消すと、その表情は見ただけで腰が抜けてしまいそうなほどおぞましいものに変わった。
少年も、何を言われているのか、何をされるのか予想もつかなかっただろう。
「―――――え、」
そう声をあげた瞬間には、その身体は、真っ二つに割れていた。
「何、を・・・・」
アリスも柚葉も、驚く間もない、ただ一瞬の出来事だった。
「ああ、お気に入りのマントが汚れてしまいました」
無感情に言ったザギの声は柚葉には何も聞こえない。
「既に死んでいる親だとも知らずに、人質にとられていると信じた成れの果てがこうだとは、先に死んだ親が報われないでしょうね」
少年の息はもうない。
驚いて目を開いたまま、自分の血で全身を染められて転がっていた。
「でもまぁ、素直に従ってくれたのは便利でよかったですよ」
話しかけているのか、ザギは少年の上半身の横にしゃがんで覗き込んでいた。涙を流しているように血が流れる目は、ザギを憎しみで呪い殺しそうなものに見えた。
「・・・なん、で・・・っ」
「ユズハ、見るな」
飛び出しそうになっていた身体を押さえてくれるアリスの腕を強く握りしめたまま、柚葉は少年から目を離せない。全身が震えている。恐怖か、衝撃か、怒りか、悲しみか。
アリスの腕には爪が食い込んでいるかもしれない。だが、それにも構わず、アリスは柚葉の視界を手で覆ってくれた。
「さ、殿下。本題です。大人しく魔力をお渡し願えますか?」
「素直に頷くとでも・・・?」
アリスの声には熱がこもっていた。
沸騰して、蒸発してしまいそうなくらい
「まぁ、そうですよね。・・・でも、困りましたね。そうなったら俺はあなたを殺さなければならない」
「・・・やってみるか?」
「アリ・・・、」
見上げたアリスの顔は、思わず呼ぼうとした名を途中でやめてしまう程、見たことのない表情になっていた。濃紺の艶やかな瞳は揺れ、眉間に深く深く皴が刻まれている。こめかみに青筋をたてて、血管が破裂しそうだった。柚葉の方が先にブチ切れてしまいそうだと思ったのは、とんだ思い違いだったようだ。
「そんな怖い顔しないでくださいよ。残念ながら、今日は俺も疲れていてね。いや、タイミングが悪かった。殿下に渡す気がないというのなら、続きはまた次回としましょう」
「俺がそれで納得すると思うか?今すぐお前をここで殺してやる選択肢だってある」
「ははっ、殿下はそんな低能なことはしないでしょう。ここで俺と戦えば町人を巻き込む恐れだってある。それに、魔力だって十分に戻ってはいないでしょう?」
見透かしたような目が、アリスに向けられている。恐ろしいのは、ザギの殺気でも、気味の悪い笑顔でもない。その何もかも見抜いているようなその赤黒い瞳だ。
「そういうわけで、今回はこの辺でお暇いたしますよ。殿下の魔力が、本物の純血だと確認できただけでも良い収穫ですしね」
それだけ言うと、ザギは霧の中へ溶けるように姿を消した。
そこに残るのは、二つにされた少年の血肉だけだった。




