敵と王子様
少女の名前はダリアといった。両親は早くに他界していて、丸焦げとなってしまった場所に祖母と二人で暮らしていた。ダリヤ自身は街中に買い物に来ていた為、被害を受けずに済んだが、祖母は恐らくあの瓦礫の山のどこかにいるだろう。彼女の顔や体が煤だらけで、手には火傷を負っているのを見ると、その理由が容易に想像できて苦しい。結局、何も見つからなかったし、見つかったとしてもそれが祖母かどうかは分からなかっただろうと言った。
「逃げるってどういうこと?」
ダリアの服を掴んでくる手をぎゅっと握ってやり、揺れる瞳を見返す。
他国ならともかく、自国の王子が国内の町から逃げないといけない理由は思いつかない。
「その町を襲った男、アリス様の名前を口にしていたんです!」
「え・・・、それはどういう内容で?」
「分かりません・・・でも、少なくとも忠誠を誓っているような雰囲気ではありませんでした。多分、アリス様を捜しているような・・・」
「捜してる?」
「あ、アリスさん」
気が付くと牧師と話を終えたアリスがダリアの後ろで椅子に寄りかかるように腰を預けていた。突然掛けられた声に、ダリアは驚きの声をあげて飛び退く。
「ででで殿下!申し訳ございません、こんな姿で!」
「それは皆同じだ。それに今はそれどころじゃないだろう。・・・捜しているとは?」
「あ、はいっ・・・、この町を襲った男が、殿下を捜しているようだという話で」
「・・・・・」
それを聞いたアリスは、何かを考えるように口に手を当て、押し黙った。そして、僅かに眉を顰めたかと思うと、シャツのポケットから、濡れてしまっている紙を取り出して、ダリアに見せる。誰かの顔写真が載っていて、大量の文字が書いてあるが、文字は滲んで読めそうにない。写真だけがかろうじて人だと分かるくらいだ。
「それはこの中の誰かだったか?」
「えっ・・・えっと、・・・あっ、この人!よく見えませんけど、この顔の傷、多分この人です」
ダリアが指さした写真は、右の額から瞼二かけて大きな傷がある男だった。どんな顔かはぼやけて見えないが、こんな特徴は記憶にもよく残るはずだ。アリスはそうか、と小さく頷くと、紙をポケットにしまった。
「アリスさん?その人誰なんですか?」
「後から説明する。とりあえず今は温まっておけ。風邪ひくぞ」
そういうと、アリスはその場を離れて怪我人のところへ足を運んでいった。手当てでは補えなかった怪我を治して回っているのだろうが、先程も少年に大分力を使っていた。大丈夫なんだろうかと思いながらも、柚葉は止めることはできなかった。魔法が使えたなら、自分でもそうしただろうし、実際、前の村では同じようなことをするのを支えてもらっている。もしアリスが辛くなれば、同じように支えてやればいい。
「あの、ユズハさん」
「ん?」
アリスの姿をなんとなく見守っていると、ダリアが控えめに、聞きづらそうに柚葉に耳打ちしてきた。
「下世話なこと伺いますけど、アリス様とユズハさんはどのようなご関係で・・・?」
「えっ?・・・あー、うーんと王子とその従者かな?」
確かそういう設定だった。だから柚葉が今や雨水を吸いまくって重くなったリュックを抱えているのだ。ダリアはその答えに納得いっていないようだった。だが、これ以上どう言っていいのか分からない。
「そう、なんですか。私が思っていたアリス様のイメージが違っていて・・・」
「どういうイメージだったの?」
「なんて言うんでしょう・・・こう、もっと硬い感じの・・・」
「え?アリスさん昔はマッチョだったとか?」
鋼鉄の鎧を身体に纏っているアリスを想像するとちょっと笑える。
「い、いえ!そうではなく、雰囲気が柔らかくなったというか・・・昔からお優しい方で、町にもたまに顔を出して下さっていました。私が遠目からしか拝見させていただいていなかったからなのかもしれないですが、もっと”王子様!”って感じの雰囲気だった気がします」
「えー?今でも十分王子様感強いよ?」
柚葉からしたら人生で初めて会った王子様はアリスだし、一般的な王子様像に偏りがあるかもしれないが、本やメディアで見る王子様とあまり変わらない気がする。偉そうだし、頭硬いし、イケメンだし。どっちかというと、柚葉の王子様のイメージはイケメンよりも美形で、イヴァンのような容貌を想像していたのだが。
「確かに、アリス様はアステリア王国の王子として立派に職務を全うして下さっていますし、私たち国民に心を砕いて下さる、いい王子様です。ただ、先程ユズハさんを見るアリス様の目が、とても柔らかく感じてしまって、二人は恋仲なのかなと思ってしまったんです」
余計なことをすみません、とダリアは困ったように笑ったが、本当に困ったのは柚葉の方だ。いや、困ったというより困惑した。どこからどう見たらアリスと恋仲に見えたのか。先程の少ない会話の一体どこから。
「いやいや、いやいやいやいやいやいや・・・」
「そうですよね。アリス様には許婚がいらっしゃると聞きますし。すみません、失礼なことを」
「いや、私は大丈夫だけ・・・ど・・・・・・・・・ん!?」
大丈夫だよ、と振った手が止まった。
今、何か現代の日本では聞き慣れない言葉が聞こえた気がした。
「い、許婚・・・?」
「え?知りませんか?というか、一国の王子なら当たり前のお話でしょうけど・・・」
「あ、当たり前なんだ・・・」
そうか、忘れていた。ここは異世界だった。基本恋愛自由の日本ではもはやそれがどういうものか分からない。当たり前ということは、多分生まれる前から決まっていて、それを周りも本人もそういうものだと受け入れているということ。初恋は小学校の頃に見た、父が持っていた写真に写っていた人だという柚葉では全く本人たちの気持ちが分からない。ちなみにその写真の人物は、父の友達のゲームクリエイターが遊び半分で作った”一般的な青年”をリアルに再現したものであったことは、柚葉が中学生になって聞かされた。存在しない人物を捜す娘を見て、父は何とも思わなかったのか。
「詳しくは分かりませんけど、隣国の第一王女だと聞いています。大変お美しい方です。その方の他にもアリス様の第二の妻でも第三の妻でもいいからなりたいと申し出る方は後を絶たないらしいですよ」
「へぇ、アリスさんモテるんだ。まぁ、かっこいいとは思うけど」
一般論として。
だがそんなアイドルのような扱いを受けているとは知らなかった。この分じゃファンクラブとかあるんじゃなかろうか。会員制で、アリスのことをファンの間では”坊ちゃん”と呼ぶ。柚葉は面白そうだからちょっと入ってみてもいいかも、と思っていると、ダリアの顔が近付いてきてびくりと肩を揺らした。
「眠そうですね。休まれたらいかがでしょう?」
「身体が温まってきちゃったから・・・でも、アリスさん働いてるのに寝ちゃったら・・・」
「休めるときに休んでいた方がいいですよ。また、あの男が来たら・・・」
「ダリア、大丈夫。その時はアリスさんがちゃんと守ってくれるよ!私が従者権限で言っとくから!」
「ふふっ、ユズハさん、従者さんにそんな権限はありませんよ」
結局、睡魔には勝てず、柚葉は椅子に身体を預け、座ったままで眠ってしまった。




