敵の陰
柚葉が目を覚ましてから1時間。
柚葉はベッドの上で正座させられていた。サイドテーブルには美味しそうな食事が並べてあるが、それらに手を伸ばそうとすると目の前に仁王立ちするアリスにギロリと睨まれる。まるでお預けをくらっている犬のようだ。
「・・・で。言い訳があれば聞かせてもらおう」
「いや・・・言い訳といいますか。本当に辛くなったのは最後の子が終わった時で、それまではなんとも・・・」
「ほーう?では、七軒目のところで一瞬ふらついたのは、本当に何もないところで躓いたからなんだな?」
「げ」
バレてる、と柚葉は目線を斜め下に逸らした。
姑みたいで厄介極まりない。
「飯抜き」
「はい?」
「お前は今晩飯抜きだ!!」
「っええええええ!?」
そんな!そんなそんなそんなそんな!!
こんな美味しそうなご飯を目の前に出しておいて、それはない!嫌がらせだと、柚葉はアリスの服を引っ張りブンブンと振る。
「やだ!それだけはご勘弁を!」
「やだじゃない!約束を守らなかったお前が悪い!」
「約束は破るためにある!」
「屁理屈言うな!」
皴が寄る、離せ、とアリスは柚葉の掴む手を取って払った。恨みがましい目を向けるが、冷たい目で一蹴された。
鬼。鬼王子。
「私の唯一の楽しみを奪って何が楽しい!死んだら呪いますからね!」
「阿保か!一食抜いただけで死ぬか!昨日まで二日飲まず食わずで寝ていたから大丈夫だ良かったな!」
「ありがとうございます!」
「褒めてねぇ!」
お互い、息が上がる程ぎゃあぎゃあと言い争いを続けた。部屋のドアが少し開いていたから、たまに通りかかる衛兵がその様子を目にしては驚き、巻き込まれないようにと逃げていった。
すると、柚葉はふと何かに気が付き、目を瞬かせた。
「あ、思い出した!」
「何をだ!」
「アリスさん、魔力の供給が終わったら褒めてくれるって言った!」
「はぁ!?」
今それを言うかとアリスの額に青筋が浮かぶ。褒めるも何も、お前は今叱られているんだぞ、と。
「約束でしょ!褒めてください!」
「この状況で褒められるか馬鹿!」
「あーっ、アリスさんの嘘つき!約束破り!」
「約束は破るためにあるんだろうが」
「屁理屈!」
「あーうるせぇ」
柚葉の様子を見に来たラウズガードが扉の前で、呆れた様子で立ち尽くしていた。
その夜。
不貞腐れて寝てしまった柚葉を部屋に置いて、アリスとラウズガードは先日と同じように、書類を広げて膝を突き合わせていた。だが、今回広げているのは、報告書ではない。顔写真が載っている紙が数枚。―――手配書だ。
「この村に寄ったのは、これが目的だったんでしょう?」
「ええ。ラウズガードさんなら何か知っているんじゃないかと」
「って言ってもなぁ・・・こいつらは本当に足取りが掴めない。これらの資料をかき集めるのが精いっぱいでしたよ」
ラウズガードは、くしゃくしゃと髪を乱して頭を掻く。恨みがましそうに書類の写真を見る顔には、薄っすら隈も滲んでいた。テーブルには朝のパンがそのまま手を付けておられず、乾燥していた。
「いえ、これだけの資料を集めただけでも大したものです。ラウズガードさんでなければできないでしょう」
「なに、褒めてんですか?」
「・・・・褒めてますよ」
にやりと笑ったラウズガードをアリスは興味なさげに受け流した。今は冷やかしに反応している場合ではないとでもいうように。
顔写真のある五枚の手配書をめくり、眇めた目で文章を追っていく。内容的には、簡単な事が書いてあるわけではないのだが、何の質問もなく読み進めることができるのは、この国でも限られた人物だけだ。
「・・・これ、本当に五人とも”魔族の血”の奴らですか?」
「さすが、鋭いですね」
五枚とも目を通したアリスが漏らした言葉に、ラウズガードはやはり訊かれたかとでもいうような顔を見せた。大方、アリスが疑問を抱くところなど予想しているのだろう。
「俺の予想ですが、その内何人かはフェイクだと思っています。だが、誰がフェイクなのか、何人フェイクなのか、そこまではまだわかりません」
「・・・でしょうね。元々二人で行動していたあいつらが、五人に人数を増やすとは考えにくい」
「ええ。”少人数で動きやすい”がキャッチコピーの奴らですからね」
「グレンが潜入した違反狩猟の連中・・・俺はあいつらも”魔族の血”の差し金で動いていたんじゃないかと踏んでいます」
手配書をテーブルに戻して、膝の上で手を組むアリスは、眉間の皴を深くした。
「恐らくまだユズハの存在はバレていません。・・・けど、時間の問題です」
「そうでしょうね。どちらにしろ、警戒は怠れません」
今夜は、光がない新月の夜だった。




