1話 私は生まれ変わっている事に気が付いた
東京都の某カフェ、土曜の夕刻。2人の女性がコーヒーを片手にケーキを摘まんでた。一人の女の名は唐木 妃沙、ある雑誌で編集の仕事をしている女性である。その対面に、彼女の小学校からの親友である芝浦 結菜が、両肘をテーブルをつき妃沙を見ていた。
「ねぇ妃沙、この後の合コンの事だけど、行けないって…どういう事?」
「えーっと、取材頼まれちゃったんだぁ…」
妃沙は、ケーキをフォークで突きながら申し訳なさそうに答えた。結菜は息を吐くと、肘を戻し残っていたコーヒーを一気に飲み干しす。そのカップを勢いよく置くと、陶器のぶつかり合う音が鳴り響いく。結菜は、左腕を出すと腕時計の時間を見る。現在は午後4時を指していた。そして、その視線を妃沙に向けた。
「取材って今からじゃないでしょ? 今夜ぐらい時間取れないの?」
「今から行かないと、間に合わないの…今から出て、現地で一泊して朝から取材して、そして記事の締め切りが、月曜日の朝8時。時間ないっす…」
落ち込む妃沙を見ながら結菜は、妃沙の過去の輝いて居た頃の目を思い出していた。念願の出版社に入社した妃沙『私の手で、世界で売れる雑誌を作って見せる!』と、結菜やサークルメンバーに語っていた妃沙は、ここには居なかった。
「転職したら? そんなんじゃ、何時まで経っても彼氏出来ないよ? もうすぐ大台なのに・・・」
「転職はしない! 私は夢をあきらめないわ!」
真剣な表情でそう言い放った妃沙の目は、過酷な編集作業や、過度の残業による寝不足で、目の下にはしっかりクマが出来上がっていた。結菜は、目の下のクマを見て心配そうな表情をした。さらに妃沙の長い髪は所々で跳ねていて、汚れが酷く昨日洗っていないのが解るくらいだった。
「じゃぁ、私は行くね… 合コン行けねてゴメンね、結菜…また誘ってね」
「う、うん・・・妃沙、休暇取った方がいいんじゃない? 見るからに疲れているわよ」
「ありがとう。休みは・・・赤い尿が出たら、休ませてやるって編集長が言ってた。それでやっと一人前だと」
「赤い尿って・・・それ手遅れでしょ!」
「大丈夫、大丈夫! あっ、お代は私が領収書切るね」
力なく立ち上がった妃沙は、赤い鞄を肩にかけテーブルから請求書を取ると。そのまま、少しふらつきながら歩き、会計を済ませると。カフェから出て行った。
人が大勢行きかう繁華街を突き進み、駅を目指す妃沙。電車を4回乗り継ぎ、現地にたどり着いた頃には午後9時を回っていた。
現地に付いた妃沙は、駅の近くのビジネスホテルでチェックインを済ませる。部屋に入るなり彼女は、靴のままベッドに飛び込んだ「疲れたー…もうだめ…」と枕に顔を押し付けながら言った。着替えて、シャワーを浴びてから寝なきゃ・・・と思っていた彼女。しかし、過度の疲れが彼女の体を、ベッドに留めていた。彼女は目を閉じると同時に、深い眠りに落ちていった。
翌朝、窓から差し込む日の光を浴び、妃沙は目を覚ました。目を開け上半身を起こすと、目の前の枕にはメイクの後がくっきりついていた。「はー、また服のまま寝ちゃった…メイク直さなきゃ…」そう言って起き上がると、ベッドの横に立つ。彼女はベットを見ると、体の形で凹んでいる、掛け布団をしばらく見ていた・・・
ホテルの1階で軽度な朝食を済ませた妃沙は、そのままホテルを後にして街に繰り出した。会社で事前に調べた地図を片手に、取材の目的地まで進んでいく。駅前の繁華街を抜けると、無数の田畑が点在する簡素な住宅街にたどり着く。彼女は立ち止まると地図と周辺を見比べ、悩ましい表情を浮かべた。
「はは…また迷ったし」
彼女は人が居そうな家屋を探し、道を尋ねようと考えた。周辺を見まわしていると、道の先に木が生い茂った一角が、目に飛び込んできた。無性にその一角が気になり始めた彼女は、知らず知らずのうちに歩き出していった。
その一角にたどり着くと、妃沙の目には赤く大きな鳥居が目に入ってきた。その鳥居の奥には狛犬、そして神社の姿が見えた。鳥居の前で立ち止まっていた彼女は、その空間に吸い込まれるように神社の中に入っていった。
「ここ…来たことある…いや、そんなはずはない。始めてきた土地だし…でも懐かしい」と妃沙は、鳥居の真下辺りで止まった。ぼんやりと正面を眺めている妃沙は、無意識にその右手を鳥居につけた。
神社を取り囲んでいる木々は、日の光を拒んでいた。木々の隙間から漏れる光は、線状に神社の境内を遮っている。妃沙は、その景観をしばらく眺めていた。
「たしか、この奥に・・・」
妃沙は歩き始めると、狛犬の横を通り過ぎ社の裏側まで歩いていった。太い幹の杉をかき分けながら、上を見上げながら歩いていると。何か足の爪先に当たった感覚がした、下を見るとソフトボール大の、とてもとても丸い石が落ちていた。
「この丸さは…モエラキ・ボルダーズとか? ちがうかー・・・え?」
彼女は地面に落ちている石を見ていると、その石に文字が彫ってあるのが見えた。彼女は左足で、その丸い石を文字全体が見えれる位置まで転がす。そこには<唐木妃沙へ>と彫ってあった。
「私の名前・・・なぜ?」
唐木妃沙、いままで同姓同名は勿論。名字や名前が被ったことなど一度もない。彼女は自身の名前の珍しさには自信があった。その珍しい名前が石に彫ってある。彼女は、そんな事は、ありえないと感じた。彼女は、その石が気になり左手を伸ばす。その左手が石を包み込んだその時…
「いったぃ・・・頭が…割れそう」
妃沙は激しい頭痛に襲われ、右手で頭を押さえて、側にあった木に寄りかかった。「痛いってば…なによ、なんなのよ」と彼女の呼吸は、徐々に上がってハァハァと言う音が聞こえてきた。時間にして十数秒だが、彼女は頭痛の時間がとても長く感じていた。
彼女は目を閉じ呼吸を整え、痛みを我慢し続けている。
「なによ…なんなのよ」
彼女の頭の中に、色々な感情や記憶が芽生えてきた。やがて頭痛が引いていくと、ゆっくりと閉じていた目を開いていった。彼女は、左手に持っていた丸い石を見ると、そのまま遠くに投げ捨てた。石が地面に落ちる音と共に、彼女は両手を目の前に出して見つめ続けた。
「ふふふふ、全て思い出したぞ。そして、ついに、ついに! 女の体に生まれ変わったわ。ながかったなぁー、ずっと男だったから、なんか新鮮だねー」
口元だけ笑いながら、彼女はその両手を自身の胸部に押し当てた。両手を動かしながら「ちょっと、お胸が残念だけど・・・まぁ、いいでしょう」と、彼女は鞄からおもむろに携帯電話を取り出した。折りたたまれた携帯を広げ、登録されているメモリーから<編集長>を探し当てる。
「もしもし編集長、お疲れ様です。唐木です」
『おう、おつかれ。どうした、トラブルか?』
「むしろトラブルは、編集長の方かと思います」
『どうした? 壊れたのか?』
「今をもって、私は会社を辞めます! 長い間お世話になりました」
『どうしたんだ急に、笑えない冗談だな』
「冗談ではありません、私は本気です。数日後に退職届と共に、私物の回収に伺います。では切りますね」
『まて唐木! 話し合おう、そうだ休暇をやろう、まずは休んでじっくり考えろ! 唐木! 聞いているのか? おい、答えろ!』
妃沙は最後の編集長の言葉を、携帯電話を見ながら聞いていた。そして電話を切った。
(…まずは、予知能力が使えるか、確認しましょう)
彼女は目を閉じ、親友である結菜の姿を思い浮かべる。そして彼女の未来の姿を、想像した。しばらく考え込んでいた妃沙は、もう一度携帯電話で通話を始めた。
「もしもーし、結菜? 妃沙です」
『おはよう、どうしたの? やけに元気な声だけど』
「会社辞めた…」
『そ、そう・・・しかし、なんで突然に?」
「まぁ、そんな事はどうでもいいの。結菜、昨日の合コンで出会った人、大事にしてあげてね! 最後まで行けると思うよ」
『最後って何? と言うか、何で知ってるのよ?』
「結婚よ! おめでとう」
『は? まだ早いでしょ・・・どうしたの? なんか変だよ? 変な物でも食べたの?』
「ふふふ、なんでもないわ! で、しばらく実家で療養するから、しばらく会えない」
『そう…まぁ…ゆっくり休んでね。あと、合コン決まったら連絡するからね!』
「うん、ありがとう。またねー」
『じゃーねー』
妃沙は、携帯電話の電源を落とす。そして、それを鞄に入れた。
「では、私の夫を探しに行かなくては。たしか…前世では、名古屋に居たはずですね」
そして彼女は、来た道を戻り駅に向かって歩いて行った。
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