この橋を渡るのは
学校からの帰り道にある大きな橋。
彼女から初めて思いを告げられた場所。
もしも、彼女と別れるのならここだと思っていた。
「別れて欲しい」
繋いでいた手を強引に振りほどきながら彼女に告げる。
「……何を、言ってるの?」
いつも笑顔を絶やさない彼女から表情が消えた。
普段からは考えられないような表情をする彼女から思わず目をそらす。
「もう、お前とは一緒に居られない」
出来るだけ冷淡に、はっきりと告げる。
「……冗談、だよね?」
縋るように差し出された手に気付かないフリをして数歩進む。
「ずっと、嫌だったんだ」
いつも優しげなその笑顔が。
初めて手を繋いだ時のあの暖かさが。
2人で過ごした穏やかな毎日が。
「俺はお前の事が大っ嫌いだった」
振り向くと彼女は一歩も踏み出せずに居た。
長い髪に覆われ、俯く彼女の顔は殆ど見えない。
「……それなら、どうして私と一緒に居てくれたの?」
絞り出すようなか細い声で彼女は尋ねる。
怒りかそれとも悲しみのせいか、僅かに声が震えているような気がした。
「そんなの、彼女が居るって方が何かと都合よかったからだよ。お陰で、色々面倒事を断るのは楽だったしな」
「そんな事の為に?」
「まあな」
「でも、でもだよ……」
恐る恐ると言った様子で顔を上げる彼女。
その目には俺の言葉に揺れる彼女の思いが浮かんで居た。
それでも、また彼女は尋ねた。
「好きって言ってくれたよね?」
まだ、縋ろうとするのか。
おそらく、彼女の最後の希望。
俺の言葉を否定する為に彼女は言葉を紡ぐ。
その彼女との問いを、願いを
「ねぇ、それは嘘じゃないよね?」
「嘘だ」
切り捨てる。
「言ったばっかだろうが。彼女が居る方が都合よかったって。その為に適当に嘘ついてただけだ」
彼女の目から涙が溢れる。
「ねぇ、やめてよ。もう、そんな事言わないでよ」
「もう、鬱陶しいんだよ‼︎」
思わず、声を荒げる。
強く握りしめた拳に血が滲む。
そんな痛みを気にもとめず言葉を紡ぐ。
「まあ、お前がどう思おうがどうでもいいさ。大事なのは俺はこれから先お前と一緒に居るつもりはないって事だ」
「嫌だよ……。待ってよ……。」
「悪いが、お前が納得するかなんてどうでもいいんだよ。ここから先は俺一人で行く。」
最後通告を突きつける。
もう、彼女と語れるだけの時間はない。
「だから、ここでおしまいだ。さっさと帰れ」
彼女は大きく目を見開いた。
その目からは止めどなく涙が溢れていく。
もう俺に彼女の涙を拭う権利なんて無いというのに、その光景は酷く心を締め付けた。
「…………バカ」
彼女はそう最後に言い残し元来た道へと駆けて行く。
振り返ることもなく、真っ直ぐに光に向かって。
それを確認して、小さく息を漏らす。
これで、きっと大丈夫だ。
振り返れば見通す事のできない程真っ暗な道。
「じゃあな」
小さくそう呟いてゆっくりと歩き出す。
頰を濡らす涙を拭うこともせずに。
彼女が意識を取り戻したのは事故から1週間が過ぎた頃の話だった。
暴走するトラックが歩道へと突っ込み、彼女を含めた15名に衝突しその内1名は命を落とした。
最も車道側に居た彼女が怪我も軽く生きて居たのは単なる偶然ではない。
咄嗟に彼女を抱き抱え命と引き換えに彼女の盾となった彼が、彼女を救ったのだ。