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鴉乳母

作者:蒼峰峻哉
夏のホラー2017参加作品です。
「ねーんねんこーろりよ、おーころりよー……」
 この町には古くから『鴉乳母』という伝承が伝わっている。
 ――――昼と夜の境目、逢魔が時になると森の中から子守唄が聞こえてくることがある。か細くもはっきり耳に届くその声の主を決して探してはいけない。その正体は『鴉乳母』だからだ。
 鴉乳母は鴉の顔を持つ人型の異形。それを隠すように頭にはボロ切れのような布を被っている。子守唄を歌いながら森を徘徊する鴉乳母の胸には、同じく鴉面で目玉がくり抜かれ干からびた赤子が抱かれている。
 鴉乳母と出会った者は彼女によって何処かへ攫われてしまう。攫われて帰ってきた者はいない。唯一つ分かっているのは姿を見た者はすべからく行方不明になるということ。そして歌が聞こえ始めたその月中に街から一人、子どもの姿が消えるということだけだ――――。



「鴉乳母、ねぇ……」
 夏真っ盛りな蝉時雨の中、大粒の汗を流しながら歩く男の姿があった。彼の名は悠汰。都会の大学で郷土史を勉強している学生だ。
 悠汰は大学の研究の一環で地方のとある町にやってきていた。何の変哲もない田舎の町だが、ここには『鴉乳母』という変わった伝承があるという。その話を聞きつけ、はるばる都会からやってきたのだった。
「伝承の大元は子どもを夜遊びさせないためのモノってところかな……」
 こうした子どもを戒めるために作られた伝承や民話の類は、古今東西世界中によく見られるタイプだ。逢魔が時になると現れるという点や恐ろしさを強調させるような見た目の特徴から、悠汰はそう推察した。悠汰は入手した情報を書き記したメモ帳を眺め、考察を巡らせる。
「ただ、子どもへの戒めのために作られたモノにしては、分かりやすいインパクトが薄いような気もするんだよな……。何か引っかかるというか……」
 鴉の顔をした人間と言われれば確かに不気味だが、子ども相手ならばもっと分かりやすいビジュアルの方が伝わりやすい。それこそ鬼なんかが良い例だ。
 伝承には完全創作の場合と、何かしらのモデルがある場合がある。今回の件はその二つの複合体なのかもしれないと悠汰は考えた。第一にモデルとなった何かがあり、それが後世に伝わる中で子どもを戒める民話への姿を変えていったという流れだ。
「何にせよもう少し調べてみたほうがよさそうだ」
 気付けば夕暮れ時に差し掛かり、それこそ逢魔が時がやってきている。悠汰はメモ帳をしまうと、ひとまずは宿泊先の宿に戻ることにした。
 ほどほどに田舎と言えるのどかな町の様子を眺めつつ歩くと、目の前に大きな森が姿を現した。聞いた話ではこの森こそが『鴉乳母』の声が聞こえる森だという。――――時間もちょうどだし、もしかしたら歌が聞こえるかもしれないな。そんなことを考え自嘲気味笑った悠汰とすれ違うように小学生くらいの男の子か走っていった。手に虫網、肩からは虫かごといった典型的な男の子の姿に遠い夏の思い出を重ねた悠汰は、繰り返し自嘲気味に笑うのであった。

『ねーん……んこー……ろ……よ、おー……ろ……よー……』

 何かが聞こえた気がした。悠汰は立ち止まり周囲を見回すが、特に変わった様子もない。後ろには先ほどすれ違った男の子がいるだけで、後は何も変わらない町の風景が広がっているのみだ。
「聞き間違いか……」
 歌のような気がしたその音の記憶は、最早蝉の鳴き声にかき消されいく。歌が聞こえないかなんて思っていたら、蝉の鳴き声か何かを聞き間違えるとは恥ずかしい限りだと、悠汰は再三自嘲気味に苦笑するのであった。



 二日目の調査が始まると、悠汰はすぐに町の様子がおかしいことに気付いた。落ち着きがないというか、何かざわついている。
「何かあったんですか?」
「あぁ、昨日から男の子が行方不明になってるそうですよ」
 話を聞いた男性曰く、昨日虫取りに出かけて行った男の子がそのまま家に帰ってきていないらしい。悠汰はふと、昨日すれ違った虫取り少年を思い出す。もしかするとあの子が行方不明の男の子なのではないか。そう思うと胃が縮こまるような焦りにも似た恐怖感すら覚えた。
 とはいえ、それを証明する手立てはない。そして地元の人間でもない悠汰に出来ることも何もない。ならば気持ちを切り替え、自分の目的を果たすしかない。悠汰は一度深く息を吐くと、『鴉乳母』の情報を集める自身の仕事に戻ることにした。



「今日は結構進展したな」
 二日目の調査を終えた悠汰はメモを読み返しながら呟く。宿に戻ったら情報の精査をしなければいけないなと考えていると、図らずも昨日通った森の近くにやってきていた。時間も昨日とほぼ同じ。否応なしに脳裏にはあの子どもの姿が思い浮かんだ。考えすぎだと理解はしていても、そう簡単に割り切ることも出来ない。
 もやもやした気持ちを抱いたままヒグラシの鳴き声を聞いていると、悠汰の耳に何かが届く。
「……何だ?」
 歩みを止めた悠汰は改めて耳をすました。ヒグラシの感傷的な音色の裏に、何か雑音が紛れている。
「人の……声……?」
 意識するとその音は少しずつ鮮明になっていく。粘つくような嫌な感覚が悠汰の神経にこびり付く。
 これ以上意識を傾けてはいけない気がする。悠汰の無意識が警鐘を鳴らしていた。外気の暑さを無視し、急激に肌が泡立った。流れる汗も最早熱によって生じたものではなかった。
 そして、今更拒絶しようとしても遅かった。そいつは明確に、くっきりとした輪郭をもって悠汰の耳に飛び込んだ。

「ねーんねんこーろりよ、おーころりよー……」

 それは歌――子守歌だった。子守歌は異様なまでに明瞭に聞こえてきて、鼓膜が空気の振動
を受けた音と認識させたというよりは直接脳にねじ込まれたという方が、感覚としては正しいとまで思えた。
 子守歌の正体――それはまぎれもなく、そして疑いようもない。
「鴉乳母……っ!!」
 喉が干上がる。指先は小刻みに震えていた。これまで調べてきた郷土史の中には似たような内容のものもあったが、そうしたオカルトまがいの存在を信じてはいなかった。だけどこれは、もう信じざるを得ない。
 悠汰はゆっくり目線を足元に落とす。そこには夕日に照らされた彼の影がある。そしてもう一つ。彼の背後からまっすぐ伸びる、やけに細長い影があった。
「ねーんねんこーろりよ、おーころりよー……」
 そこで悠汰の意識は一度ぶつんと途切れた――――。



「うっ…………」
 悠汰はゆっくりと目を開く。ぼんやりとした意識が徐々に覚醒していくにつれて、自分が今どこにいるのかが分かってきた。
(森の中……?)
 木陰の涼しさによってより頭も冴えてくる。地面に転がっていた悠汰は、『鴉乳母』のことを思い出し再び冷静さを欠きかける。その衝動を何とか抑えつつ、寝転がったまま周囲に気配を巡らせた。
 聞こえてくるのは鳥の鳴き声。それも鴉の鳴き声だ。だがその鳴き声は、悠汰の知っている鴉の鳴き声ではない。まるで人の鳴き声、それこそ子どもの鳴き声のようにも聞こえるおかしな鴉の鳴き声だ。
 その理由はすぐに分かった。悠汰の眼前に覗き込むように鴉の顔が現れる。人間の頭ほどの大きさがあるその鴉面は、虚ろな瞳をもって彼を直視し、大きく鳴いた。
「うわあああああああっっっ!!?」
 転がるように距離を取ったことで見えたその全貌に、悠汰は吐き気すら催した。人間の子どもの身体に、鴉の頭が乗っかる異形。それが目の前にいた。同時に気付く。その化け物の服装は、昨日悠汰がすれ違ったあの男の子と同じだということに。
 悠汰に突き付けられた最悪の現実。行方不明になたのはやはりあの男の子で、その犯人は鴉乳母。そして攫われた男の子は、最早人間ではなくなっていた。
 常人では耐えられないような狂った現実。何を思っているのか、目の前の鴉面の元人間は鴉にも子どもにも取れる鳴き声を響かせ続けた。
(逃げなきゃ……)
 まともな思考を働かせる精神状態ではない悠汰だが、今やらなければいけないこととしてそれだけは思い浮かんだ。
 立ち上がることもできずにずるずると後退する悠汰だったが、何かにぶつかりその歩みは止まった。悠汰はすぐにその正体に気付く。気付いてしまったからこそ、恐る恐る振り返った。
 そこにいたのは二メートルはある枝のように細い身体の化け物。人間の顔があるべき場所には当たり前のように鴉の頭が収まり、腕の中には干からびた同じ異形の子どもが収まっている。それは間違いなく『鴉乳母』だった。
「ぁ……っ……」
 もう声すら出なかった。恐怖だけで心臓が停止してもおかしくなかった。自分の身に起きる最悪の結末のモデルケースを背に、その場に縫い付けられたかのように動かずにいた。
 そこにもう一匹、さらにもう一匹。子どもの異形が草むらから姿を現わす。明確な終焉を前にただ震えるだけの悠汰は、最後の最後でひとつ気付いたことがあった。じりじりと詰め寄ってくる子どもの異形の嘴から、だらだらと涎が垂れている。
「あ、はは」
 悠汰は気付く。己の結末に。
「あはははは」
 だからこそ彼は笑っていた。
「あはははははははは」
 とっくに彼は壊れていた。
「あははははははははははははは!」
 でなければ自分が化け物にはならず、ただ餌として生きたまま食われるという事実を前に笑うなんてことは、あり得ない。
 直後、ぐちゅりと肉の潰れる音がした――――。



「ねーんねんこーろりよ、おーころりよー……」
 かわいいかわいいぼうや。もう寂しくないからね、また兄弟が増えたのよ。あなたが起きるころにはたくさんの家族が一緒よ。あぁ、今日のご飯はどうしましょうか。新鮮なご飯を用意しないと。あら、ちょうどいいところにご飯がいるわ。待っててね、今持っていってあげるから。
「ねーんねんこーろりよ、おーころりよー……」

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