プロローグ
『ワールド・ファンタジア・オンライン』
サービス開始からすでに三年が経過しているが、今でもゲームランキングでトップを飾る化け物タイトル。
ほとんどの据え置きハードに対応していて、最近はVRにも手を伸ばしつつある。
俺、氷川凍樹も一時期はこのゲームにはまっていた。
……まあ、お察しのとおり今はやっていない。
俺はこのゲームのクローズβを含めたすべてのテストに参加してきた。
おかげさまで、ゲームサービスが開始するとき、培った知識と経験で瞬く間にトッププレイヤーに名を連ねることができた。
と、そこまではよかったのだが、いかんせん、このゲームは大手ゲーム会社が全技術を導入しただけあって、テストプレイも何回も繰り返されていたのだ。運よく最初のテストから参加できたのはよかったが、流石に飽きる。
半ば惰性で続け続けていたものの、そのうちアップデート直後だけ新要素をやりこむだけになり、いつしか俺はこのゲームを本当の意味で楽しめなくなっていた。
てなわけでついに、俺はこのゲームを引退することを決意した――――
「……はずなんだよなぁ」
なんとなく見慣れている装備。どことなく郷愁を感じさせる景観。
最初の町『ファーストタウン』
これはゲームの中での名前だったが、今、俺が目にしている光景は間違いなくそれに近かった。……気がする。
俺が身に着けている初期装備もラフなもので、ハイレベルの装備を知っている身としてはかなり心もとない。
それにしてもいつ俺は遊園地になどに来たのだろうか。いやはや、非常によくできたアトラクションだと思うよ、うん。
なわけねーだろ!!
俺もさ、知ってるよ、こういう展開。 ゲームの世界とかすげえ妄想してたし、夢見た時だって数えきれないぐらいあったよ。
でも、いくら何でも引退したゲームとかはマジでやめろよ!!
サバイバルするにしても覚えてないから! ゲームのストーリーも覚えてねえよ! そもそもどこまで進歩してんだこのゲームは!? こんなもんほぼ初心者も同然じゃねえか! 普通こういうのって、ステ引継ぎして俺TUEEEEってなるところだろ!? 序盤から伝説引っ提げて英雄人生だろ!? 百歩譲って知識チートさせてくれよ! どや顔で裏技使わせろよ!! ユニークスキル寄越せよ!! 普通そうなるはずだよなあ!! てか、ゲームなら昨日やってたポケ〇ンのほうに飛ばしてくれよ!
なんでよりによって引退したゲームに飛ばすんだよぉオオおおお!!!
クソがああああああああああああああああああ!!!!
…………。
待て、一回落ち着こう。大丈夫、まだ焦るような時間じゃない。諦めたらそこで人生終了だ。希望を持て。強く生きていこう。
流石に、MMORPGがサバイバルホラーになってるとは考えられないだろうから、幽霊だのゾンビだのそんな恐怖展開はない。多分。いや、あってたまるか。確か、世界観はタイトル通りファンタジー寄りだし大丈夫大丈夫。R-15が付いていたのはキャラのコスチュームのせいだし問題はない。むしろこればっかりは少し感謝したいぐらいだ。
やはりシステム的な面の知識がないのは辛いが、大まかなところは様子見で行こう。もし、大幅アップデートとかがなくて、大規模に変更されてなかったら相当有利になる。
この町にいる間は何のイベントもないはずだし、周辺のモンスターは装備なしでも生還は出来るはず……。
いやいや、いかんいかん。あくまでそれはゲームの話だ。安易な考えで挑んではいけない。とりあえずのスタンスとして、ゲーム知識は信用できない。よし、これで行こう。そもそもうろ覚えだし、確実なものじゃないからな。って駄目だ。よく考えたら必ずしもゲームの世界とは限らんぞこれは。たまたま街並みとか初期装備が似ているだけで、全く関係のない世界かもしれないじゃないか。そんなところでゲームの知識が生かせるわけがない。もう記憶とか関係なしに生きたほうがいいんじゃないかな、そうだそれがいい。
……いや待てよ。わずかな可能性だが持っている知識が生かせた場合、俺はこの世界で相当有利な立場になる。その気になれば世界最強も夢じゃないだろう。へっへっへ。そうなりゃ何もかも俺の思い通りになるだろ。なんと恐ろしいことに気づいてしまったんだ俺は……。
「……やっぱ、こんなん無理ゲーだろ……」
俺は気づいてしまったのだ。
結局、どちらに転ぼうとも結果は変わらない。
そんな身も蓋もないことに。
「どうしよう……」
進退窮まり、途方に暮れた俺は、頭を抱えるしかなかった。
……まあ、WFOのほうが救いがあるか……。
* * * * *
ひとしきり落ち込んだ後、とりあえず俺は町の中心へと向かうことにした。一応、食い扶持を稼ぐにはゲーム通りのことをした方がいい気がする。サバイバルの経験ないし、普通に生活するにしてもこの世界の情報を確認しておきたい。身の振り方を考えるのはそれからでも遅くはないはずだ。もしかしたらどっかのダンジョンクリアすれば元の世界に戻れるかもしれないし。もしかしたら、だけど。
まずは集会所に行って冒険者登録してもらわないことには始まらないし、ここはさっさと……ん?
「……人、こんなにいないっけ?」
辺境の町とはいえ集会所があるのに閑散としすぎていないか? NPCの数そこそこいたはずなんだけど……。記憶違いかな。
多少の違和感を感じるが放っておくことにする。とにもかくにもまず登録と武器入手が最優先だ。
もし冒険者という職業があれば、それなりには生きていけるだろう。なければないでゲームではないって確信できるし。
そういや、ジョブどうすっかな。メインの魔法使いは確定として、サブに悩むんだよなぁ。組み合わせの鉄板の呪術師かオールラウンダーになれる剣士、弱点補正できる闘士もいいし……。悩むなこれは。サブは変換可能とはいえ、最初の奴は肝心だろう。ガチで生死に関わるし。ま、ガツガツ戦闘する気はないからいいんだけど。
……いやいや。一回偏見を捨てよう。また記憶に縛られてるじゃねえか。万一全く違うジョブ来たらどうすんだ。てか、人間こうも記憶に縛られるもんなのか。そのうち思い違いでとんでもないミスやらかしそうだぜマジで。
しかし、本当に人が居ない……。もう集会所周辺にまで来てるんだけどなぁ……あ!?
「……ええー……」
更地になってんじゃねえか!
意気揚々と町の中心冒険者ギルドへとやってきたお絵だったが、そこで見た光景はとんでもないもんだった。
焼けた家屋に煤が舞う大通り、あたり一帯には瓦礫だけが残る町の半分。
正直に言う。
ドン引きだよ!!
どうすんだよマジで集会所なしにどうやって生きてくんだよてかこれかなりまずいよね知らねーよつかここ安全な町だったじゃねえか襲撃イベントなんてなかっただろうがいやこんなえげつない破壊跡襲撃イベ後でもないってだいたいなんだよ半壊って範囲どうなってんだよ住人いないのも納得だよ住めるかこんなんどこ行ったんだよおい、嘘だろ!!?
もう何度目かの錯乱になるだろうか。
整理しきれなくなった情報が脳内で回り続けて、目の前の景色が大きくゆがむ。
そんな俺の前に、とんでもないもんが現れた。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
「うっそだろ…………」
超絶でっかい
ドラゴンである――――
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