1話目
ここは楽園だ。
暑くなく、寒くもない。
幸せな場所。
僕が永遠に暮らす場所。
僕の世界。
ずっと、ずっと。
「ねぇ」
何故声をかけられたのか分からなかった。
内心ものすごく動揺していたが、僕は瞑っていた目を静かに開き、声の主を無表情に見た。
ここには僕しかいないはずなのに。
「お兄ちゃんは何をしているの?」
首をかしげ、聞いてくるのは10歳くらいの少女。
真っ黒な長い髪に深い深い蒼の瞳。
何でも見通してしまいそうなその瞳が、とても恐ろしく感じた。
「何で君はここにいるの?」
久しぶりに声を出した。少し出しにくい、と思いながらも質問を返す。
「私?私はね、疲れたのよ」
疲れた。その理由は何も知らなかったけど僕はそうか、と納得した。
僕は再び大きな木にもたれかかって目を瞑る。
声をかけられるかと思っていたがかけられることは無く、僕は眠りについた。
目が覚めても眠る前と同じくあたりは明るかった。
先程の出来事は夢だと思いたかったが、どうやら夢では無いらしい。
僕の腕には少女がもたれかかっていて、規則正しい寝息をたてていた。
何も考えず空を見た。青い空。曇りも雨も無い。楽園なのだから。
少女の事を考えそうになり、止めた。
何も考えたくない。
暫くして少女は目を覚ました。ボーッとしていたが僕の姿を見て目が覚めたようだった。
「おはよう、お兄ちゃん」
少女はニコリともせずにそう言った。
僕と似ていると思った。容姿は僕に似ているところなんて無いけど、無表情なところとか。雰囲気が。
黙ったまま彼女を見つめてみた。少女は相変わらず無表情だが、不思議に思っていることは分かる。
「……おはよう」
厳密に言うと、ここには朝も昼も夜も無いからおはようかどうかなんて分からないのだけれど。
まあ、起きたばかりなのだからおはよう、で間違っては無いのだろう。
そのまま黙ってしまい、再び空を見上げた。どこかで鳥の鳴く声がする。
草木の緑と空の青。
それ以外には果実の赤や花の黄色が少しあるくらいの風景。
それをのんびりと眺めてみた。全て明るい色で綺麗だと思う。
こうしてボーッとするのは心地いい。
すると視界に突然黒が入ってきた。
少女の髪だ。
いつの間にか隣からは居なくなり、原っぱの真ん中にいる。僕に背を向けて空を舞う蝶々に手を伸ばしていた。その蝶は随分と高いところを飛んでいて、僕でも届かないくらいなのだけど、少女は懸命に手を伸ばす。
その光景は一枚の絵のように綺麗だったけど、いくら手を伸ばしても蝶に届かない少女が哀れに思えてきて、少女の頭にそっと蝶をとまらしてやった。
少女は目線を上にあげ、おそるおそる頭の蝶を手に乗せた。
そして手を顔の前に持ってきて蝶をまじまじと見つめたまま、口を開いた。
「…これは何?」
何を聞かれているのか分からなかった。
少女が求めている答えは、これが生物だということか。これが蝶だということか、この蝶の種類についてか。
僕が答えないことを不思議に思ったのか、少女が顔をこちらに向けた。