二度目の桜
僕はきっと、誉められた孫ではなかったのでしょうね。
わがままを言って。
迷惑ばかりかけて。
あまつさえ、また会えると、安易に思ってしまったのですから。
僕が巣立ちを迎える少し前、お祖父さんが入院したと知らされて、父さんと会いに行きましたね。
数ヵ月前に会った時には、とてもお元気そうでしたので、お見舞いに行くにも拘わらず、僕は半ば、冬の港町に旅行に行くような気持ちでいたのです。
けれど、病室を訪れた刹那、それは不謹慎であったと思い知らされました。
お祖父さんの姿を目にして、平静を装いつつも、僕の足は震えていたのです。
たった数ヵ月で、人はこれほど変化してしまうのかと。
そして、ベッドで眠っているお祖父さんを静かに見つめながらも、僕の心には、どこか旅情に浸っていた自分への怒りが込み上げてきました。
でも、目を覚ましたお祖父さんは、目を大きく開いて、懸命に働いてきた手で、僕の手を握ってくれましたね。
固くも柔らかいその感触は僕を慰め、あたたかい眼差しは僕を励ましてくれました。
そして父さんが、春から僕が通う大学の資料を見せてあげた時、僕は息を呑んだのです。
動くこともつらいはずなのに、お祖父さんは両手で資料を持って、首を起こして食い入る様に見てくれましたね。
眼鏡がないから、ぼんやりとしか文字が見えないはずなのに、お祖父さんは少しでも多く僕の未来を知ろうとしてくれましたね。
その姿に、僕の視界は滲んでしまったのです。
丑三つ時の電話が鳴った日、内地は葉桜の季節を迎えていました。
通夜の後、お祖父さんが好きだった海が見たくなって、一人で外に出ると、夕暮れの境内には桜が咲いていました。
それは僕にとって、二度目の桜でした。
それを眺めていると、伝えられなかった言葉が胸をよぎったのです。
「おじいちゃん、父さんのことを育ててくれて、ありがとう。そのおかげで、僕は生まれてくることができたんだよ」
海に目を向けると、数ヵ月前に街を彩っていた流氷たちは、もう故郷に帰っていました。