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*戻らぬ想い

「俺たちはもう成人しているんだぞ。なのに、どうして親の言うことをきかなければならない」

「それは──」

 ラーファンの言うことはもっともだろう。十八歳で成人の義を終え、ようやく大人の仲間入りを果たしたというのに、両親はいつまでもラーファンの事を気に懸けていた。

 けれども、子が傷つく事を気に病まない親はいない。ラーファンは村の中でも血気盛んな若者として知られているため、彼の父母が然許さばかり気を揉むのは言うまでもない。

 幼くして両親を一度に失ったナシェリオにとっては、彼の不満は羨ましいものだった。

 両親の顔は、おぼろげながらも記憶には残ってはいる。そんな記憶も毎日の生活で次第に薄れ、どんなに留めようとしても過ぎていく時間は無慈悲にナシェリオから面影を消し去ろうとする。

「親に逆らう事が成人という訳じゃない」

「だったら、お前にやるよ」

 ぼそりと紡がれた言葉にラーファンは冷たく返した。それが、ナシェリオを大きく傷つけるものだと知りつつもこらえきれなかった。

 いや、知っていたからこそナシェリオに強い衝撃を与えるため、ことさらに吐き出されたものだ。

 ナシェリオの表情はラーファンの思惑に沿って驚きと憂いを帯びていた。してやったりと思う反面、傷つけてしまった事に少しの申し訳なさを憶える。

 それでも、ナシェリオの心の隙を突くにはこうするしかない。脆いように見えて芯は強く、言葉をよく知っているだけに説き伏せるには、このやり方しかラーファンには思いつかなかった。

「俺には、お前だけが頼りなんだ。俺を助けてくれ」

 すがるような目にナシェリオは言葉を詰まらせる。そうだ、ラーファンは彼が情に弱いことも知っている。がいして頼まれれば断れない性分なのだ。

 いくら旅に出たいとは言え、やはり独りでは不安がある。知恵があり、魔法をも使えるナシェリオは頼りになるはずだ。

「君は強い。だから。私がいなくとも、一人で旅が出来るだろう?」

「は?」

 目算していた答えに反し、突き放されたような言葉に愕然とした。

 足手まといでしかないと考えていたナシェリオにとっては正直な心情であったのだが、ラーファンは見捨てられたようで酷く胸が痛んだ。

「なんだよ、それ」

 ナシェリオが臆病なのは知っている。だけれど俺がいるじゃないか、俺がお前をずっと守ってきたんだ。

 これからも守ってやれるのは俺だけだというのに、どうしてそれが解らない。

「私は、君の足枷あしかせでしか──」

「俺は──! 俺は、お前と旅がしたいんだ」

 最後まで聞く気になれず声を荒げて話しを遮った。お前も父母のように、煩わしく俺を諭そうとするのか。

「親なんかくそくらえだ」

「ラーファン!」

 吐き捨てて出て行く影に手を伸ばす。何を怒らせてしまったのだろうかと憂虞ゆうぐするも、自分が役に立つなどと思えないのは真実だ。

 それでも言い過ぎたのかもしれない。明日はちゃんと謝ろうと暖炉の火を消し寝床についた。



†††



 私にあのとき、それ以上何が言えただろうか。

 今なら、彼を納得させるに足る説得が出来たかもしれない。

 親友というだけでなく、兄とも慕っていた君を私という小さな存在によって危険に晒される事が私にとって、どれほどの恐怖であったのかを伝えられたかもしれない。

 かけがえのないものを失った者でなければ窺い知る事の難しい胸の痛みを、どう説明すれば良かったのか。

 今更に喧嘩の事など思い出しても後戻り出来る訳ではない。どうしてあのまま、自分を貫かなかったのかと悔やむ他に出来る事でもあるのか。

「それでは、こちらに」

 ニサファは収拾のつかなくなった場に溜息を漏らしナシェリオを表に促す。

 外は酒場の喧騒が嘘のように静かに波音を響かせ、町のあちこちに灯されている篝火かがりびがゆらゆらと羽虫を誘っている。

 次の漁まで港は静かだろう。暗闇を背負った海と、きしむ波戸を横目にしつつ歩みを進め、たどり着いた町の外れで二人は遠くにぼんやりと映る森と草原を見渡した。

※【然許り(さばかり)】

[副]

1 それぐらい。それほど。

「―急にもとめ給はば」〈露伴・風流魔〉

「―の人は思しはばかるべきぞかし」〈源・賢木〉

2 たいへん。あんなに。

「―寒き夜もすがら」〈徒然・二三〉

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