表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/31

*鮮烈なる

 エスティエルは沈黙を続けているナシェリオを見やり、すいと立ち上がる。

「そのあとも続いたのでしょう?」

 問いかけに彼女を軽く睨みつけ、宙に視線を投げた。

「荷物を人に押しつけて旅立つのだから、気楽なものだ」

 吐き捨てるように言い放つ。

 人間の器に、どれほどのエネルギーが注がれているのかとエスティエルはゾクリとした。

「エルフも人も、この世の流れの中で自然に生まれた存在……。それは、必然であり偶然──」

 故に、あなたがその器を有したこともまた、偶然であり必然なのでしょう。

「偶然に手にした器は、ドラゴンには必然なものと成された」

「そんなことはどうでもいい」

 偶然だろうと必然だろうと、私にとっては関係のないことだ。望んでもいないものを押しつけられたに他ならない。こんな力に何の意味がある。

「そうとも言えません」

 ナシェリオは返された言葉にいぶかしげな表情を浮かべる。

「あなたの力は、これから話す事柄の重要性を感じさせるものだから」

 ますます顔をしかめた英雄を一瞥し、エスティエルは何を話すかを慎重に選ぶ。

「初めに異変を感じたのは我が父、アナケス」

 ナシェリオが興味を示した事を確認し、淡々と語り始めた。

「父はこの世界を調べていると言いましたね。彼は主に魔力マナの流れを研究しています」

 各地を巡り、マナの地脈を出来うる限り詳細に調べ歩いております。マナの流れや痕跡を辿ることで、この世界を知ろうというものです。

 マナはこの世界の誕生と共に存在し、あらゆるものに宿りながらその特性を変化させてきた。しかれども、その本質は変わらず常に普遍だ。

 この世界に住む者たちが性質を変化させ、使いやすくしてきたに過ぎない。

「小さな異変は徐々に強さを増し、父はそれを辿りました」

 マナは地中に大きな流れを作っている。当然のごとく大気にも充満しており、その流れは天候や環境によって反映されている。

 よって、大気にあるマナの流れは常に変化を繰り返しているはずであるのに、一定の流れを取り始めた。

「それは、遙か北の大地。土すらも凍りつく大陸に、異様とも思えるマナの流れを感じたのです」

「凍える大地ヒュプニクス」

 ぼそりと応えた名にエスティエルは小さく頷く。

 多くの種族や生物は、大半の地でその環境に適した生活を営んでいる。されど、北にある大陸だけはあらゆるものを寄せ付ける事のない冷たき世界だ。

「大陸を取り巻く海は激しい潮の流れに守られ、どんな船も渡りきることは敵わない」

 父はもちろん、その地に足を踏み入れることは出来ません。しかし、ヒュプニクスに最も近い大地からならば、ある程度は調べられます。

「エルフはマナの流れに敏感です。特に父は、その能力に長けていました」

 父の調べによると、大陸の中心にマナが集まっているようなのです。

 ヒュプニクスにはマナがほとんど流れ込んでいない。そのためなのか大地に精気はなく、寒々とした風景が広がっている。

「本来、あるはずのないマナを大陸に感じ、マナが大陸に向かって集まっていました」

 ナシェリオは眉を寄せる。それは自然の流れではなく、何かの意思により集められているらしいとのことだった。

「わたしはその中心に、何があるのか調べました」

 魂の一部を体から抜き出し、大陸に向けて飛びました。ヒュプニクスの頭上は常に気流が荒れ狂い、分厚い雲が重く敷き詰められ稲妻が轟いています。

「そこでわたしが目にしたものは、とても、とても黒い意思──」

 その姿までははっきり窺い知ることは敵わなかったけれど、怒りや憎しみに満ちた存在でした。

 その影が持つ力は何者をも退けるほどに強力です。近づこうとしましたが負の霊気オーラに弾き飛ばされました。

 よほどの恐怖だったのだろうか、エスティエルの顔は血の気が引いたように青白い。

「おそらく、あなたでなければ近寄ることもままならないでしょう」

 揺るぎのない眼差しで発したエスティエルを無言で見上げた。

「そんなことを告げるのに、どうして私を見定める必要がある」

 その問いかけにエスティエルはふと表情を緩める。

「あなたは、己が不幸だと思ったことは?」

「あると思うか。不幸なのはラーファンを喪った彼の両親と、命を落としたラーファン自身だ」

 私は犯した罪の報いを受けているに過ぎない。

「でも、もう一人はそうは思えなかったようよ」

「もう一人?」

 含みのある物言いに若干の苛つきを見せながらも、慎重になっている彼女の返答を待った。

「あなたが償いを続けている間に、その者は黒き力を身につけた」

「私に関係している人物なのか」

「あなたがよく知る人よ。償いを続けてきたのも、その人のためでしょう?」

「馬鹿な!」

 目を見開いて立ち上がる。エスティエルが発した言葉をにわかには信じられず、ナシェリオは当惑して体を震わせた。

「そんなことが──」

 あってたまるものか。彼であるはずがない。

「わたしも確証がなければ、そんなことは言わない」

 しかし、あなたを知り、疑いは確実なものとなりました。

「わたしの言葉だけでは、信じられないでしょう」

「お前が見定めていたものはなんだ」

「あなたの心、あなたの意思」

 ただ伝えただけでは、この世界を揺るがせる存在を一つ増やすだけ。もし、本当に彼ならば、あなたは我々の敵となるかもしれない。

「けれど、もうよいのです」

 どんなに見定めようと、あの力に対抗出来るのはあなたの他にはいない。全ては、あなたが決断することです。

 一体、何が起こっているのかナシェリオには見当も付かず視線を泳がせて寸刻、戸惑いを見せた。

 確かめるにしても、自分の考えだけでは決めかねることもあるかもしれない。しかし、長らく一人で旅をしていたナシェリオには、誰かを連れ歩くことに躊躇いがあった。

 ましてやエスティエルの言うように、誰をも拒む凍える大地ならば連れてゆくことも出来ない。

「お前の意見が訊きたいときは、どうすればいい」

「その指輪に語りかけて。心で」

 わたしはあなたと共にあります。紫の宝石がはめ込まれた指輪を示し、エスティエルはゆっくりと姿を消した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ