表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/31

*徴表に至りて

 渡り戦士が来た事で、村はいつにも増して活気に満ちていた。

 自身を売り込むためなのか指南を請うためなのか、村の若い男たちはネルオルセユルの前でつたない剣を振るう。

 理由はそれぞれに異なるにしても、男が強くありたいと思うのは当然のことだ。そんな憧れの存在が目の前にいる。それだけで高揚とするだろう。

 当然のようにラーファンもその中に混ざり、声がかかるのを待ちわびていた。

 そんな若者たちの思惑など意に介さず、渡り戦士はのんびりとパイプをふかし、駆け回る子供らを漫然まんぜんと眺めていた。

 煙を味わい、もらった量ではすぐに使い切ってしまうかもしれないと目を細めてあとの事を思慮した。

 旅立つ前に尋ねてみようか、とも考えているくらいには気に入りになっている。

 ラーファンは懸命に剣を振るうも、まるで見てもらえない事に苛立ち足音を立てて男に歩み寄る。

 目の前に影が出来た事で、ようやくネルオルセユルは青年と目を合わせた。

「なんだ?」

「あの、俺──」

 パイプをのんびりふかしている男を見下ろし、続けようとした言葉にやや躊躇い目を泳がせる。詰まらせていた喉をごくりと鳴らして意を決した。

「アウトローか騎士になりたい?」

 真剣な面持ちで応えた青年に眉を寄せる。

「はい。俺は、あなたのようになりたい」

 そう言われる事に悪い気はしない。しかしながら、浮かれて調子の良い言葉を並べる訳にもいかない事も承知している。

「やめておくんだな。お前の腕では無理だ」

 少しの優しい言葉もなく言い放たれ、気分を害しながらも肩を落とす。

「腕力はありそうだが、それだけじゃあだめだ」

 続いた言葉に目を丸くする。見ていないようで、しっかりと見ていたのかと感心した。それでもラーファンは諦めきれない。

「でも、旅に出れば自然とそういうことも学べるのでは──」

「そうだな。ナシェリオくらいの腕ならば、問題はないだろう」

 予想もしない名前にラーファンの目は大きく見開かれた。

「あいつの腕を知ってるんですか?」

「ちらっと剣舞を見ただけだ」

 剣舞とは、ただ舞うものではなく鍛錬たんれんの集大成だ。舞う者によって、その者の剣の特徴などが鋭さや優雅さといったものに表れる。

「あれほど優美な剣舞は初めてだ。よほど鍛錬しなければ、あそこまでにはなるまい」

 出来ればもう一度じっくり見たいが、偶然に居合わせたものだから頼んでも見せてはくれないだろう。

 そう言って残念がる渡り戦士から視線を外す。

 ナシェリオは「下手だから」と、なかなか剣舞を見せてはくれない。ラーファンには剣舞の善し悪しはわからないものの、ナシェリオの舞う姿は美しいと思っていた。

 ネルオルセユルがこうまで言うのだから、きっと彼の剣舞は素晴らしいのだろう。

「ラーファンとか言ったか。確かに外に出て学ぶ方法もある。ほとんどがそうだ」

 だがな、それを待ってはくれないのも、この世界なんだよ。

「隣には、いつでも死がついて回る」

 それを忘れるな。



 ──その夜、ナシェリオの家のドアが叩かれる。ドアを開き、そこに立っている友人に嫌な予感を覚えた。

「どうしたんだ?」

「ちょっと話さないか」

 ラーファンの声色には、いつもとは違う何かが秘められているように感じられた。ナシェリオは友人を中に促し、椅子に腰掛けて彫刻の続きを行う。

 暫時ざんじ、沈黙が続き暖炉の薪がそれを嫌うように音を立てる。ラーファンはナシェリオの作業をじっと見つめて、おもむろに口を開いた。

「彼が言っていた。お前は強いって」

 それにぴたりと手を止めて、視線を合わせず眉を寄せる。余計な事を喋ったのかと憎らしげに奥歯を噛みしめた。

 ラーファンを諦めさせるための口実としたのだろうけれど、彼のプライドを考えればそれは逆効果だ。

「鍛錬だけじゃあ、強いとは言えない」

 外に出れば木の人形を相手にする訳じゃない。決して殺さないと解っている相手と剣を交える訳じゃない。

「現に私は、君に敵わない」

「そうだな」

 あまり納得したとは思えない返答に、ナシェリオは拳を握りしめる。実際はナシェリオが勝とうとしないだけだという事は気付かれていないはずだ。

 ナシェリオの剣は身を守るためのもので、力任せで相手をねじ伏せるラーファンの剣とはまるで違う。しかし、向かってくる相手の力を受け流す事が出来るナシェリオの技は、勝ちは無いが負けもない。

 ナシェリオの剣はあくまでも自分の身を守るためのものであり、決してこちらから攻撃を仕掛けるものではない。

 もちろんのこと、受けなければ攻撃が出来ない訳じゃない。ただナシェリオがそうしないだけだ。実際のところ、それを基本としたナシェリオの剣は複数を相手にする事も可能だろう。

 しかしラーファンにそんな言葉が通じるはずもなく、勝敗を定めたい彼が競争心のないナシェリオから勝つのは当然ともいえた。

 ラーファンは口にする言葉を選んでいるのか、暖炉の傍にある椅子に腰掛けて宙を見つめていた。

 そんな友人の様子に、ナシェリオは小刻みに手を震わせた。彼が何を言おうとしているのか、出来るならば何も言わずにこのまま帰ってほしいと考える。

 しかし、

「ドラゴンを倒しに行こう」

 紡がれた言葉にナシェリオは驚いて、音を立てるほどに椅子から立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ