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*彼の者は剣突き立て

 ブラックドラゴンは入り組んだ洞窟の奥でとぐろを巻き、静かな寝息を立てていた。その周囲には旅人から奪ったのか、いくつかの装飾品が散らばっている。

 倒したあとで拾えば幾らかにはなるだろう。相手はドラゴンなのだからと多少の期待はしていたものの、想像していた光景とは大きく違っていたことに口惜しさは拭えない。

 よしんば、うずたかく積まれた財宝があったならば、ネルオルセユルはすぐさま諦めろと提案しただろう。

 例外を除けば、財宝の数はドラゴンの強さを表している。それだけに、散らばる宝の数に彼は安心もした。

 さりとてドラゴンはドラゴンだ。

「頭は良くないとはいえ、俺の背丈の倍ほどはあったからな」

 鱗の無い体は艶のある漆黒の硬い皮に覆われ、岩を砕くほどに強靱な長い尾と恐怖を駆り立てる蝙蝠に似た大きな翼、そして炎のごとき真っ赤な瞳は怒りに満ちていた。

 気持ちよく寝ていたところをたたき起こされ、執拗に攻撃をされれば怒りもするだろう。

 しかし、このドラゴンは夜な夜な黒い翼をはばたかせ旅人を襲っている凶暴なドラゴンだ。それを退治したとなれば、さすがの領民も息子を認めるだろう。

 それに付き合わされる側はたまったものではないが、報酬を頂けるとなれば話は別だ。

「で、見事に倒して終わり。道楽息子は手柄を立てたって訳さ」

 随分と唐突に終わらせたことに、ナシェリオは眉を寄せた。話す事が面倒になったのか、それとも今更、自分の手柄だと自慢するものではないからだろうか。

「実際は誰が倒したんです」

 その問いかけにネルオルセユルはしばらく見合ったあと、小さく溜息を吐き出す。

「俺たちがドラゴンと闘っている間、あいつは岩の影に隠れていたよ」

 怒り狂ったドラゴンが威嚇するように真っ黒い体を伸ばし雄叫びを上げると、道楽息子は恐れを成して岩陰に逃げ込んだ。

 仮にも、ドラゴン退治に来た三十一歳にもなる男が、泣きながら逃げまどう姿には呆れかえるしかない。

 仲間たちは端緒たんしょからそうなる事は見越してはいたが、いざその姿を目にすると頭を抱えた。厄介なドラゴンではあるため、闘うには確かに躊躇いはある。

 しかしながら勝てない相手ではない。慎重に攻撃を見極め、酸のブレスさえ浴びなければこの数なら勝てるはずだ。

 魔法使い(ソーサラー)は主に仲間の補助を務め、弓矢使い(アーチャー)がドラゴンへの牽制を。そして兵士たちがドラゴンの気を散らし、ネルオルセユルが攻撃し痛手を与えて弱らせたところを道楽息子がとどめを刺すという手はずだった。

 それが早くも崩れ去り、元々一同が考えていた作戦に素早く切り替える。どうということはない、道楽息子を外しただけのものだ。

 全身を覆っている硬い皮も、幾度となく同じ箇所を斬りつければそこから裂けてゆくだろう。仲間たちは降り注ぐ酸を避けながら、ただ一カ所を執拗に攻撃し続けた。

 そうして穿うがたれた勝機にネルオルセユルが剣を突き立て、刃に塗られた毒が回り弱るのを攻撃を避けながら待つ。

 果たしてドラゴンは毒によって徐々にその動きを鈍らせ、いよいよ倒れ込んで動けなくなったと確認したのち、道楽息子にとどめを刺せと促した。

「とりあえずは何かやっとかねえと、帰っても示しが付かないだろ?」

 道楽息子がどうなろうと彼らにはどうでも良い事ではあったけれども、微量であっても手柄らしきものは立てさせなければ後々(のちのち)に面倒になるやもしれない。

 ここまでお膳立てしてやったのだから最後くらいは手伝えと、嫌がる男の頭をこづいてとどめを刺させた。もっとも、とどめなど刺さずともドラゴンはすぐに息絶えただろう。

 ただ、長く苦しめる事はしたくなかった。それだけだ。

「どんな命もこの世にある以上、敬われるべきものだ」

 ぼそりとつぶやいた言葉にナシェリオは目を眇めた。確かに彼は英雄ではないだろう。しかし、尊敬出来る人物である事は間違いなさそうだ。

 その後どうなったかはネルオルセユルの知るところではない。竜退治のお供をした報酬と実績さえ得られれば満足である。

「いつまで村に?」

 尊敬に値するからこそ、ナシェリオはネルオルセユルがここにいる事を苦く感じていた。

「そうだな。旅の準備もあるんでね。まだ数日は居るつもりだ」

 それを聞いたナシェリオの表情がにわかに曇ったのを男は見逃さない。

「お前の友達が英雄に憧れてでもいるのか?」

「ラーファンは、外の世界を知らない」

 憧れだけで生きていけるほど世界は甘くはない。いくら言い聞かせても、その耳に届きはしない。

 ネルオルセユルに触発され、無謀な事をしでかさないとも限らない。彼の憧れに足るだけの人物なら尚のことだ。

「とにかく。出来るだけ早く、旅に出てください」

 男は言い放ったナシェリオをしばらく見やったあと、ゆっくりと立ち上がる。

「あんたの気持ちも解るがな。運命だけは、どうにもならないぞ」

 小さな革袋からコインを取り出し、何枚かをテーブルに投げ置くようにしてドアに向かった。

「こんなに頂けません」

 金貨三枚(およそ三万円)に目を丸くする。手間はかかっているが高級な木材を使っている訳じゃない。パイプの葉の料金を入れても、これは貰いすぎだ。

 しかし、青年の言葉に男は振り向くこともなくドアを開いた。

「それはあんたの仕事に対する俺の評価だ。貰っとけ」

 煙のくゆるパイプを示し去ってゆく。

 一人になったナシェリオは、男がささやくように発した言葉をいぶかしげに反芻した。

 運命とは誰が決めたものなのか。どうして運命などというものが存在するのか。そもそも、本当に運命というものはあるのだろうか。

 英雄譚えいゆうたんを見れば、描かれている人物の数奇な運命に心ははやり躍る。けれども、それはあくまでナシェリオにとっては書物のうえでの物語でしかない。

 それが真実の物語かなど、誰にも解りはしないのだ。

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