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*再構のエピック

 闘いを終えたナシェリオは落ち着くと、額の血を拭い手綱を受け取った。

「噂に名高いシュロタスタルの剣ですね」

 ぼそりとつぶやいたニサファを一瞥し、村に向かうため歩き出す。

 古老の面差しには、どこか物足りなさがあった。聞き知った剣の力は、こんなものではないからだろう。

 エルフにより鍛えられたとされる古の剣には古代文字が刻まれ、万物を司る精霊の力が宿っているとされている。

 持ち主の意思をその刃に現し、眼前の敵がどれほどいようとも必ず打ち倒して勝利に導く。そんな伝説がある。

 もちろん、それは誇張されたものだろう。もしくは、剣の力を引き出すにはそれなりの条件が必要なのかもしれない。

 ──ついぞ失われていた剣の物語は、英雄の剣として再び蘇る事となった。しかし、ナシェリオにとっては呪いの剣でしかない。



†††



 それは、孤独に平原を彷徨っていたときのことだ。生涯の友をうしなった哀しみから、ナシェリオはあてどもなく歩いていた。

 どこをどう歩いていたのかは覚えていない。おそらく、ドラゴンが棲んでいた洞窟からほど近い場所だろう。

 背の高い草に隠れるように、かつては建物だった形跡がそこかしこに垣間見えた。

 それは捨て去られた大地、忘却の彼方に埋もれた名も無き都市──ナシェリオは呆然とそれらを視界に捉え、立ちつくしていた。

 大陸の西方は辺境の地とされ、大きな都市は存在せず。ナシェリオのいた村のように、小さな集落が広い範囲に点在しているだけだ。

 昔読んだ叙事詩には、西の大地にはエルフの国があったと書かれていた。

 大きくはなかったが、地中に流れる魔力マナのおかげで作物は豊かに実り、エルフたちは幸福であったとも記されている。

 しかし、地中を流れていたマナはいつしかその流れを変え、豊かだった大地は瞬く間に衰えていったとわれている。確かに、西の大地には大きな森はない。

 しかれど、叙事詩に描かれたその国の場所は明確ではなく、本当にあった都市なのかも定かではない。

 そうして、ナシェリオは知らぬ間に平原を見渡せる丘に立っていた。

 空は灰色の雲で覆われ、今にも降り出しそうな様相をていしている。どうすればいいのかと天を仰いでふと、何かの気配に眉を寄せた。

 振り向くと、数人の男が下品な笑みを浮かべて近づいて来ている。

 迷い込んだ旅人などを襲う野盗がいるとは聞いていたが、初めて目にする姿に嫌悪感を募らせる。

 男たちは目先で立ち止まり、無表情に見つめているナシェリオを品定めするように丹念に眺めた。

「おまえ、どこの者だ」

「随分と綺麗な奴だな」

 間近で見るナシェリオに改めてその価値を見い出したのか、口元をだらしなく緩ませている。

 四人の男たちは手に手に大きな剣を持ち、丸腰のナシェリオとの距離を少しずつ詰めてゆく。

 襲い慣れているのだろうか、相手が逃げた際の分担も出来ているようにナシェリオは思えた。

 そうしなければ生きてはいけない風情ではない、男たちは確実にそれらを楽しんでいる。

「痛い思いしたくなけりゃあ、金目の物を置いていきな」

「そんなものは無い」

 逃げるようにしてあの場所から離れたのだ、荷物もまだそこにある。

「そうかい」

「だったら体で払いな」

 もとより、そのつもりだった事はその顔つきから明瞭に示されている。

「それだけ綺麗なら、金持ちどもがこぞって可愛がってくれるさ」

 男たちの持つ剣はどれも手入れなどしている気配はなく、刃こぼれの酷さに当たれば痕が残る傷になるだろう。

「売り飛ばす前に、ちょっと味見させてもらおうか」

 冗談ではないと男たちをきつく睨みつけたが、武器になるようなものは何ひとつ持ち合わせてはいない。周囲にあるものといえば、大小の石ころ程度だ。

「おら!」

 ナシェリオは勢いよく突き飛ばされて小さく呻き、倒れ込む。このままでは危険だと考えを巡らせながらも、気負いを悟られないように睨み続けた。

「おう、一生懸命睨んでるぜ」

「可愛いじゃねえか」

 下卑た顔に吐き気がする、こんな奴らに屈するくらいなら死を選ぶ。そんなナシェリオの指に、何かが触れた。

 この感触は紛れもない──金属だ。それも、刃物だと窺えた。おそらく地面に突き立てられている。

 これは剣だろうか、しかし短剣であっても何もないよりは闘える。問題なのは、どのような物なのか解らないことだ。

 刃だけを残して、あとは折れてしまっているかもしれない。他の部分は錆びているかもしれない。

「動くんじゃねえぞ」

 考えている時間はない──ナシェリオは男たちを見据えたまま立ち上がり、刃の先にあるかもしれない柄に手を伸ばした。

 そうしてナシェリオの予想した位置にそれはあり、意を決して強く掴むと大きく踏み込んで薙ぎ払った。

 最も近くにいた男は咄嗟とっさの事に避けきれず、醜い悲鳴を上げてずしんと転がる。それを見た他の男たちは声もなく驚き、いつの間にか青年の手に握られている剣に恐怖の面を貼り付けた。

「ひいっ!? 呪いの丘だ!?」

「抜けている!? 馬鹿な!」

 よもやナシェリオに気を取られ、ここが丘だという事に気がつかなかった男たちは口々に悲鳴を残して逃げてゆく。

「呪いの丘?」

 遠ざかる男たちの影を見送り、手にある剣を見下ろした。よく見れば、なんと見事な造りなのかと食い入るように目を通す。

「これは──ミスリルで出来ているのか」

 特殊な金属から生成された刃は、野晒しにされていた事など嘘であるかのように鋭く、青白い微かな輝きを放っていた。

 ミスリル銀とも呼ばれるそれは、美しい銀色の輝きを抱きつつも加工がしやすく軽く非常に丈夫で錆びる事もない。採掘される数は少なく、高価で貴重な鉱物だ。

 生成する過程で、秘めたる力や魔力が決まるとされる。

 そんなものが、どうしてこんな所に突き立てられていたのだろうか。先ほどの野盗たちがまず、目を付けそうなものなのに。

 ふとして刃に刻まれた古代文字を目にした刹那、言い表せぬ衝撃が体中を激しく巡り、それに驚いて片膝をついた。

「──今のは?」

 痛みはなかったが、何かにつなぎ止められたという意識を心の奥底に感じ、剣から心臓の鼓動のごとき脈動が伝わり思わず手を離す。

 それ以来、剣はどんなに手放しても必ずナシェリオの元に戻ってくるようになった。それを、呪いの剣と言わずしてなんとする。

 それからしばらくして、あの丘は「呪いの丘」と呼ばれ、この剣はどんな屈強な者でも抜く事が出来ない不思議な剣だったという事を知った。

 剣が抜かれたという話は瞬く間に広まり、それは「英雄の剣シュロタスタル」としてナシェリオと共に歩む事となったのだ──

*エピック【epic】

    叙事詩。史詩。

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