*かつての情景
その青年は逃れられない運命に何を求めて彷徨うのか──抗えば抗うほどに、より強い試練を与えられた。
自責の念と後悔は彼を長らく締め付け続け、何者をもそれを癒すことは適わない。
──世界は魔力で充ち満ちていた。
それは至る所、隅々にまで行き渡り、大地に、空に、善き者、悪しき者にその恩恵を与える。
青年は、空を彩る雲の間をかすめる翼竜に目を眇めた。永久氷壁を有する切り立つ山脈を遠くに捉えて窺い知れない表情を浮かべる。
二十代前半だろうか、山吹色の短髪は艶やかで少しの風にもなびくほどに細い。そして、切れ長の深く青い瞳は眼前の景色に優雅な視線を送る。
中性的でゾクリとするほど整った顔立ちに愁いを湛え、何かを刻み込むように瞼を閉じた。
「刻の流れとは残酷だな」
青年は、草原に広くぽっかりと何かがあった跡を見やり、自嘲を含んだ笑みを浮かべる。
例え、少し不満のある暮らしでも、それがずっと続くと信じていた。後戻りの出来ない旅路に自分が進んでいただなんて、誰が思うだろうか。
もう戻れない。戻りたい──変わり果てた己に、もはや涙すら枯れ果てた。
腰に携えられた剣は青年の動きを彩るように小さな金属音を鳴らし、青年はそれに眉を寄せる。
あのとき、彼を止めていれば天寿を全うできたかもしれない。けれど、後悔は決して先に立つことはないのだ。
青年は記憶の中にある村の風景を草原に重ねた。
†††
──そこは小さな村だった。ここら辺りはマナもさほど強くなく、そのせいか凶暴なモンスターもあまり彷徨ついていない。
おそらく昔からそうなのだろう、だからここに集落が出来た。マナの影響で実りはそこそこだが、村の大きさを思えば充分な収穫があった。
高く切り立った山脈を臨む西の辺境を訪れる旅人などほとんどおらず、穏やかに毎日が過ぎていた。
「ナシェリオ!」
まだ二十代に差し掛かったばかりの青年は艶のない硬い栗毛を短く揺らし、前方に見える親友に手を振った。
「ラーファン」
呼ばれた青年は手を振り返し同じく名を呼ぶ。
村で実った農作物の収穫は村人総出で行う。ナシェリオは大きな篭を背中に抱えてトウモロコシの収穫に汗を流していた。
「なんだよ、お前まで手伝うことないだろ。お前は村の農機具の修理や工芸品を作ってるんだから」
ラーファンは腰に下げた短めの剣の柄を握って溜息を吐いた。
「みんなでやった方が早く終わるだろ」
少々頼りなさそうな笑顔が親友を見上げる。畑にそよぐ風が山吹色の短髪を遊ぶように揺らし、上品な目鼻立ちは笑うと艶をにじませた。
この二人はとても対照的だ。快活で野心家なラーファンと違い、ナシェリオは大人しくどちらかと言えば消極的な性格である。
むしろ対局であるからなのか、二人は自然と気が合い常に共にいた。腕力に自信のあるラーファンはナシェリオの力仕事を助け、細かな作業が苦手なラーファンにはナシェリオが手伝っていた。
ナシェリオは細身で中性的な容姿から村の中でも少々、浮いたところがあった。早くに両親を亡くした彼は手先が器用でなければ、体を売る以外に生きていける術はなかったかもしれない。
それでも言い寄る者は少なくはなく、それを上手くいなせない時はラーファンが助けてくれていた。
仲の良い二人に良からぬ想像をする者もいたが、彼らの間に友情以外の感情はなく。時折ラーファンがそれに憤っていた。
「まったく。おもしろ半分に色々と噂しやがって」
「仕方ないよ。私が弱いから」
「なに言ってんだ、お前が弱い訳ないだろ。剣術なら俺と対等くらいには強いじゃないか」
ナシェリオはそれに苦笑いを返す。
確かに、彼の剣術は優れているかもしれない。しかし、腕力で勝るラーファンの力押しに一度も勝てた事がない。
力負けしているのなら、外にいる猛獣や魔物に適うはずもなく、実用性と考えるならナシェリオは弱いと言える。
「お前は優しすぎるんだよ」
呆れて溜息を漏らす。
村のみんなはこの優しい親友を半ば馬鹿にしているが、ナシェリオの強さは自分がよく知っているのだと内心では誇らしく思っていた。
「お前は凄いよ。魔法が使えるんだからな。魔法で攻撃されたら俺は適わない」
「魔法といっても、そんなに強いものはまだ使えないよ」
照れながら応える。
「君の方が凄いよ」
そう続けると、ラーファンは嬉しそうに胸を張った。