どんだけ役立たずなんだこの屑どもが!
アレクサンダー・クセキナスは南極にあるギルドの総本部、その執務室でぼんやりと本を読んでいた。
とは言っても中身なんてまるで頭に入って来ない。
もう十二月、仮初めの平和が崩れるまで一月もない。
胸にあるどうしようもない不安と、脅威に立ち向かうための勇気が混ざり合って何とも言えない気分だった。
「……なあ相棒、お前は春風紫苑くんをどう思う?」
執務室にはアレク以外の人影はなく、間違いなく彼一人だ。
しかしそれはあくまで目に見える部分でだけ。
居るのだ、ここにアレク以外の者が。
目には見えないけれど確かに彼の腕に宿っている。
『君によく似ているよアレク』
左腕に刻まれた炎のタトゥーがぼんやりと光を放ち、そこから声が聞こえる。
心地良いバリトンボイスには優しさが滲んでいた。
「そうかい?」
『ああ。もっとも、君は学校にも行っていなかったやんちゃ者だがね。
そこらの悪ガキと変わらないような心持ちで冒険者になった。そんな君も今じゃ立派な大人だ』
「時が流れるのは早いなぁ。私と君が出会ってもう随分と時間が経った」
『私にとってはそうでもないが、君は人だからね』
今でこそ世界最強などと呼ばれているアレクだが、その人生は決して華やかなものではなかった。
娼婦の子として生まれ、幼少期には既に捻くれていた――環境って大事だね。
冒険者としての肉体を活かし街の悪ガキ達を頂点に立ち暴れまわっていた。
とはいえ雑魚を虐めて喜ぶ趣味もなかったので、
もっと強い者を! なんて格闘家のようなことを言って冒険者としての一歩を踏み出した。
「順風満帆だった。順調に名を上げ、気の良い仲間と出会い、愛する女とも出会えた」
だが、往々にして幸せというのは長く続かない。
アレクの伸びきった鼻どころか心を圧し折る事件があった。
ギルド内に設置されている転移装置を使ってギルド管轄のダンジョンを調査する際、事故が起きたのだ。
見知らぬダンジョンに飛ばされたアレクは直接外に出るため仲間を率いて孔を探した。
しかし見つからず、代わりに強力なモンスター達に見つかってしまった。
初めて戦うレベルの敵に成す術もなく仲間や恋人は倒れ、アレク一人が残された。
「……あの瞬間、ガキだった"俺"は大人の"私"にならざるを得なかった」
最後の一人を喪った瞬間、アレクは戦いの最中だというのに膝を折って叫んだ。
護りたかった、喪いたくなかった、押し寄せる狂おしい感情の波は総てを洗い流した。
そしていわゆる純化を起こし、力に目覚めた。
圧倒的な炎で敵を焼き払ったが喪ったものはもう戻らない。
子供だったアレクサンダーはその瞬間に死んだのだ。
『そして私を引き寄せた』
「そう考えると……本当に彼と私は似ているな。
もっとも、彼はあの蛇に出会う以前に喪うことの何たるかを知っていたようだがね」
春風紫苑が幼少期に両親を亡くし、引き取ってくれた祖父も亡くしたことを知っている。
そして勿論、カス蛇との出会いとなった冒険でも仲間を喪ったことも。
ギルドの長と言う立場は簡単に情報を集めることが出来るのだ。
『ああ、その点は君より秀でているよ。大事なことを知っているのだからね』
「手厳しいな。だがその通り、無茶無謀の馬鹿ガキだった私とは比べるべくもない」
『だからこそ、春風紫苑は彼の蛇の住処に辿り着いたのかもしれない。
何せ私や君でもあの蛇の領域に踏み入ることは出来ないのだからね』
「まあ私が駄目だってのはともかくとして、重要なのは彼の蛇が彼を見出したこと」
『未だあの蛇は眠っていて、春風紫苑ともコンタクトは取っていないだろうが……』
「ああなっている以上、見出したと見るべきだろうな」
凄い、世界最強の男とその相棒がまるで見当違いの話をしている!
いやまあ、カス蛇が見出したというのは間違いではないがコンタクトは取り捲りだ。
毎日毎日しょーもない話ばかりしている。
『良き少年ではあるがそれだけでは弱かった。何故彼を選んだのか。
決定打となったのは何か、それが分からなかったがあの京都での戦いを見て確信した』
「あの世界をも騙し切る幻術、それ自体も凄いが……」
『それを完全に殺し切っているものこそが恐ろしいし、それ以上に尊い』
「人好きな蛇が選ぶのも納得だよ。彼は絶対の標となり、その背を見つめる者は己を見失わずに済む。
しかし、だ。彼の蛇が人間の味方をするというのは春風紫苑くんを見ても確かだが……」
『ああ、分かっているさ。私と君は戦うことは決めたものの終わらせ方を分かっていない。
そもそも人類という種が存続する限り続くであろう戦いだ。終わらせる方法などあるのかどうか……』
「その辺も、彼の蛇に一度じっくり聞いてみたいものだな。恐らく私らとは違うものが見えているのだろうし」
高評価に大爆笑不可避。
人は見たいものだけ見るというが、紫苑を買い被り過ぎだ。
部分的には間違っていないのだが本質的なものがまるで見えていない。
隠すように振舞っているので無理もないが、ここまで来ると笑いを堪えるのも一苦労である。
さて、そんな世界最強をも道化に堕とす最悪の屑はというと……。
「えっくし!(やれやれ、誰かが俺の噂してるな。イケメンですまん!!)」
盛大なくしゃみをかましていた。
今現在紫苑は復帰一発目の実習をしている真っ最中でここはダンジョンの中。
「風邪かい?」
「いいや、少し鼻がむず痒くなっただけさ。それにしても、久しぶりだなこういうのも」
これまでは山やら燃え盛る屋内やら霧中の中などバリエーション豊かなダンジョンばかりだった。
今日探索している石造りの如何にもなダンジョンは随分と久しぶりなのだ。
「やねえ……でも、こういうたらアレやけど落ち着くわ」
「分かります。無論警戒も必要ですが例のダンジョンほどではありませんしね」
「うむ、あれは常に気を張っておかねばならんからな」
しみじみと頷くルドルフだが……。
「(はぁ!? お前ら気ぃ張っててあれか!?
初っ端の安土では俺の言うことも聞かずに馬鹿やらかして、
三番目に行った千丈ヶ嶽でも俺の言うこと無視した挙句に戦線離脱!
どんだけ役立たずなんだこの屑どもが! インテル入れたろかマジで!)」
中々辛辣な物言いだ。
しかし紫苑が居ない間に潜ったダンジョンではそこまでのミスはしていないので評価をしてあげるべきだろう。
「何よりモンスターが僕らを単純に殺しに来てくれるのが楽だよね」
「ええ。深く考えずに討伐すれば良いだけですし」
「うちとしては怪我する可能性が減るから普通のダンジョンのがええかなぁ」
『クソみたいなしょっぼい強化魔法使うお前は何かねえの?』
カス蛇の何気ない一言が紫苑の逆鱗を逆撫でる……!
つっても、割と結構な頻度で逆鱗を触れられているのでそう珍しいことでもない。
常時キレてるぐらいが紫苑らしいのだ。
『なあなあ、そもそもお前の強化魔法役に立ったことあったっけ?』
オブラートに包んで言うならば殆ど無い。
無論、有りか無しかで言えば有った方が若干プラスではあるが無くても特に支障はないのだ。
「(華麗な頭脳で馬鹿共を導いとるじゃろが!!)」
『まあ、その機転やら何やらが命を助けたこともあるけどさぁ……』
「(結局一人じゃ何も出来ないよね? とでも言いたいのか!
あるし、俺だってあるしチートぐらい! 酒を飲んでパワーアップ出来るもん!)」
と言ってもその酒だって僅かしか所持していない。
最低限幻術を発動出来る程度でそれだって時間制限付きだ。
京都でやったような単独チートは不可能と言わざるを得ない。
『つっても楽に使えるわけじゃないだろ?
酒の所持を認めさせる時だってかなりキツク言われてたじゃねえか』
紫苑がダウンした原因を知っている面々からは神便鬼毒酒を持つことは強烈に反対された。
しかし紫苑は京都のようにとはいかなくても、普通のチートくらいは欲しかった。
そうすることで自分の劣等感を慰めたかったのだ。
なのであれこれと舌を回して酒を所持することを認めさせたのだが、
使用条件はどうしても使わなければ乗り切れない時のみ! と厳命されてしまった。
少なくともこんな普通のダンジョンで使うことは先ず無いだろう。
「(うぎぎぎ……!)さて、結構奥に来たと思うんだが……」
腹の中では心底悔しがりながらも表面上はまるで変化がない。
ここまで表裏が乖離しているといっそ気持ち悪いくらいだ。
「うむ、野営の準備をするべきだな」
「ああ。それが今回の実習の目的だしな」
ダンジョンを探索していれば日帰り出来ないこともままある。
今回の実習はそれを経験するためのものなのだ。
「俺と麻衣が準備を整えるから三人は警戒と護衛を頼む」
「任されました。よろしく御願いしますね」
「僕らがしっかり見張ってるから安心して準備してくれて良いよ」
「うん、ほなら頼むな!」
今居る部屋は大きめの部屋で三方に通路がある。
本来ならもっと適した場所を選ぶべきなのだろうが、
学校側から少し難易度を上げるお達しが来ていたのでそれは出来ないのだ。
「(ったく……何がレベルが違うから自分らで難易度を上げろ、だよ。ふざけやがって……!)」
ぶつくさ言いながら簡易焚き火セットを設置し、
ダンジョン内で入手した三つ首の蛇の死体を解体していく。
「にしても道具の持ち込み制限言うのもしんどいよなぁ」
普通なら携帯食料や飲料水など必要最低限のものを持っていくべきだ。
しかし今回の探索ではそれらの携行が認められていない。
食料や水など必要なものは現地調達ということになっている。
これも難易度を上げるための一環なのだが……。
「(無駄なこと極まりねえな。楽にやらせろってんだ)
そうだな。だが、探せば見つかるから探してみろってことなんだから仕方ない」
「うん、でも水場見つけるのも結構苦労したし、これだってそのまま飲めるか怪しいし手間かかるやん」
水の消毒をして飲料水の確保。
肉だって煮沸消毒くらいはしておかなければいけない。
これは本来要らぬ手間なので余計に面倒臭いのだ。
だが愚痴りたくなるのは何も後衛組だけではない。
「糸を三つの入り口に張っておけば随分楽なんですが……」
「やるべきではないだろうな。実習の主旨的には」
「だねえ。正直、面倒だよ」
セルフ縛りプレイというのは予想以上に厄介だ。
出来る限りの最善を尽くせないというのはこれで中々嫌なものだ。
特に手抜きを嫌い全力を尽くすことを好む栞やルドルフにとって効果は覿面である。
「ところで……ずっと気になっていたのだが、栞の糸は何なのだ?」
「は? 何なのだと言われましても……」
「かなり伸びるし量だってかなりあるでしょ? 安土の時とか結構厚い繭とか作ったし」
「糸とはいえそれだけの量ならばかさ張ると思うのだが……」
「ああ、そういうことですか」
確かに今までそれについての説明はしていなかっと栞は苦笑する。
「特殊な糸を生成する人工器官を身体に埋め込んでいるんですよ。
それで指先から出して操ってるわけです。
あまり大量に作るとかなり疲労しますのであくまでそこそこですが」
「へえ……そんなのもあるんだねえ」
「剣や槍、銃器類などと比べてマイナーですからね。知らずとも無理はありません」
「そもそも栞は何故そんなマイナーな糸を使おうと思ったのだ?」
確かに糸は応用の幅が広い。
技量さえあれば剣でも槍でも盾でも自由自在だ。
しかし言っては何だがそれなら最初から複数の武器を用意すれば良い気もする。
ぶっちゃけ糸を使うのは少々不合理と言えよう。
「昔やっていた映画で手から糸を出して街中を飛び回っているヒーローが居たんです」
「それに憧れてってわけかい?」
「憧れて――というより独創的な武器だなぁと。そのヒーローの糸は蜘蛛糸だったので私のとはまた別ですが。
まあ、言っては何ですが当時の私は幼く、人と違うことに憧れていました」
だから糸という使用している者が少ない武器を選んだのだ。
ちなみに百合が糸を使用している理由も栞とまったく同じである。
今でこそアレだが昔は姉妹仲良く映画を見たりもしたのだ。
「それで糸か。しかし毎度思うんだが指がつったりしないのか?」
戦闘中に武器を編み上げる際の栞の指は控えめに言って気持ち悪い。
気持ち悪いレベルで動いているのだ。
ルドルフはそれを見る度に指がつらないのか不思議で不思議でしょうがなかった。
「糸を使い始めた頃はそりゃ何度も指を引き攣らせましたよ。
ですがまあ、慣れですよ慣れ。ルドルフさんだって初めは槍を上手く使えなかったのでは?」
「まあ握り立ての頃は自分の頭を叩くことも何度かあったな」
「それと同じです。ちなみに天魔さんは何故徒手を?」
「ん、僕かい?」
義肢に仕込んだ武器を使うこともあるがあくまでそれは牽制程度。
メインとなるのはセンスにものを言わせたテキトー極まる我流格闘だ。
これが男の子だったらまだ不思議でもないのだが……。
「大元にあるのは近距離で殴り合うドキドキを得るためなんだと思うよ」
「思うよって……卿、覚えてないのか?」
「ルドルフくんみたいに明確な憧れがあったわけでもないからねえ」
なんてことを話していると肉の焼ける良い匂いが漂って来た。
縛りプレイの一環で朝から何も食べていなかったのでその匂いは三人の空腹を大いに刺激する。
「天魔ちゃん、栞ちゃん、ルドルフくん、御飯出来たでー!!」
「ああ、ちょっと待ってくださいね」
誰か一人を見張りに立たせて素早く食事を終えるのが一番だが、それでは申し訳ない。
なので栞は糸で少し高めのテーブルを即席で編み上げる。
「この上に乗せてください、これなら立ったまま食べられますから」
串焼きの乗った大皿と人数分の水がテーブルの上に置かれる。
後衛二人は座って食べても問題はないのだが……。
「俺達も付き合わせてくれ。どうせそこまで体力は消耗してないからな」
「うん……ありがと。じゃあ、食事にしよっか」
全員が全員立ったまま食事を始める。
こんなことをする意味はないのだが、これもまた一つの思いやりだろう。
「……匂い自体は良いが、味はどうなのだ?」
「さあ? モンスターを使った料理もあるのは知っていますが……これの味までは……」
紫苑も前にハゲと共にモンスターの肉を具に使ったたこ焼きを食べに行ったことがある。
しかし全部が全部美味いかと言えばそれは違った。
中には外れ的なものもあった。店でさえそれなのだ。
現地調達したものが美味いかどうかと言われれば……さてどうか。
「蛇の肉は鳥のそれに近いと本で読んだがこれはモンスターだしなぁ(カッス、どうなんだ?)」
『何で蛇の俺様が同じ蛇の味知ってると思うんだよ』
「(蛇だって共食いするだろ?)」
『お前さぁ、俺様が居たとこで俺様以外の蛇とか見たか?』
「(見たことないけど見つけられなかっただけかもしれねえだろ)」
『バーカ。今でこそ小さいが初めて会った時の俺様思い出せ。デカかっただろ?』
かつてカス蛇は空港で見る航空機と同じかそれ以上だった。
そのカス蛇の腹を満たせるサイズの蛇となると、そのサイズも自然と大きいものになるはずだ。
「(……確かに、お前みてえにデカイ蛇は居なかったな)」
『そもそもあそこで生きてたのは俺様だけだっつの。だから蛇の味なんぞ知らん』
「一応持ち込みOKやった塩を振り掛けとるけど……どうやろなぁ……」
「とりあえず食べてみようよ。良い匂いしてるし大丈夫でしょ多分」
天魔の言葉は尤もだ。
尻込みしていても腹は膨れない。全員が一斉に串焼きに齧り付く。
「不味い」
皆の声が重なった。不味い、とても不味いのだ。
「食べられへんほどやないけど……」
「逆にそれがむかつくね」
「えぐいし苦いし柔らかいかと思えば上手に噛み切れません」
「うぅむ……何だろうなぁ……不毛な食事だ。良い匂いだったのに……」
皆が皆、にがーい顔をしている。
彼らが言ったように食べられないほど不味くはないのだ、多少我慢すれば問題なく食べられる。
だからこそ腹が立つ。喰えないほど不味かったら捨てることも出来るがあくまでこれは喰える範囲の不味さ。
であれば食べざるを得ない――それがまたムカツクのだ。
焼いた時に良い匂いがしていただけに余計に腹ただしい。
「……腹が満たされるんだしとりあえずは我慢だな(蛇不味い! カッスどういうことだよ!?)」
『俺様に言われても……』
別にカッスは蛇の元締めというわけでもないので文句を言うのはお門違いである。
「いかん、本格的に嫌な気分になって来た」
「食事って……大事だよねえ……僕、甘いものが食べたいなぁ」
「せめて普通の味ならば良かったのですが……」
「同感だ。贅沢は言わない、不味くなければそれで良い(栄養ブロックでもコッソリ持って来ておくべきだった)」
「唯一の救いが水は不味くないってことかなぁ……や、それでも水は水やけど」
「うん。喉は潤っても味はしないしね」
これもまた学校側が示す教訓の一つなのだろう。
もし食料などを持っていかねば現地でクソ不味いものを食べる羽目になる、と。
そう教えるために食料の持ち込みを禁じ、そしてその効果は覿面だった。
人間は一度嫌な思いをすると二度目はそうならないようにしっかり努力するものだから。
「しかもこれ、量が多いです。八分目程度には入れておかねばならないのでしょうが……」
「私としてはもう嫌なのだが、仕方ない」
「愚痴りたくなるけど、我慢しよっか。ほら、気分まで沈みそうになるし何か別の話をしようよ」
「そうだな。最近寒くなって来たがコタツとか出したか?」
冬と言えばコタツ、それは今の時代でも日本人の心にしっかり根付いているのだ。
「うちは十一月の終わりにはもう出してたわ。この間もコタツの中でうとうとと……」
「分かる分かる、優しい温かさでうとうとしちゃうよねえ。あ、コタツと言えばアイスも鉄板じゃない?」
「分かる。蜜柑も嫌いじゃないがアイスも良いよな。昨日アリスと二人でカップアイス食べたよ」
コタツでまどろんでいると急にアリスがアイスを食べたいと言い出したのだ。
結果、クソ寒い中ルークはコンビニまでアイスを買いに行く羽目になった。
「(あれは笑えたなぁカッス!)栞やルドルフはどうだ?」
『俺様はむしろ悲しかったよ。あの寂しそうな背中……』
「コタツは好きだが……私の部屋の内装には合わんだろう?」
「ああ、確かにあの如何にもな洋室にコタツは浮くわなぁ」
「私はもう出してる――というより掘り炬燵なので布団をかけるだけなんですがね」
コタツ談義をしつつも食事は続く。
最低限食べておくべ量を摂取した五人は口の中に残った不快感を水で一気に洗い流して一息。
「ふぅ……外に出たら絶対口直しをしなければ」
「アハハ、珍しく紫苑くんも不満顔やねえ」
「まあな。美味しいものを食べたいというのは誰だって共通だよ」
「それよりこれからどうします?」
延々と地下まで伸びているのがこのダンジョンだ。
結構なところまで下りはしたがまだ先があるのは間違いない。
踏破することは目的ではないのでここで留まり夜を明かすかどうかを決めねばならない。
「僕は先に進んでも良いと思うけどね」
「とは言っても結構な時間ではないか?」
時刻は現在十時半。
普通の生活をしていれば寝るには少しばかり早い時間帯だが今この場ではそうでもない。
「交代で寝るわけやしここで終わっといた方がええんちゃうかな?」
「んー……紫苑くんはどう?」
「俺はここで終わりで良いと思う。寝る時間を確保するのもそうだが、実習の目的を考えるに、な」
何にせよリーダーは紫苑だ。
その彼がここで止まると決めたのならばそれに従うだけ。
そこに異論を挟む者は居ない。
「食事中の感じを見るに、警戒する人間も二人くらいで良いと思う。
最初は俺とルドルフの男二人が番をするから三人はゆっくり寝ててくれ。あ、タイマーは忘れずにな」
「もう一人ぐらい居なくて大丈夫かい?」
「私は紫苑と二人でも問題はない。卿らはゆっくり身体を休めると良い」
そう言うならばと三人娘は小さく頷いて壁に寄りかかって毛布を被る。
すぐ寝るというのも難しいことだ、それがダンジョンの中ならば尚更。
しかし少女らはそこらに居る普通の女の子ではない。
肝が半端なく据わっているので数分ほどで寝息を立て始めた。
「うちのお嬢さん方は逞しいな」
春からの付き合いでそのタフさは知っていたものの、
改めてこんな感想が出て来るほどに少女達は逞しい。
「ああ(やっぱり俺の天使は百合ちゃんだけだわ)」
「しかしこうして卿とサシで夜を過すというのも初めてだな。うむ、男同士というのも悪くない」
「そうだな……たまには男二人というのも良い――というか落ち着く(何コイツ気持ち悪い)」
「そうか。卿はアリスと暮らしているから基本、常に女と共に居るのだったな」
「(人聞きの悪いこと言うんじゃねえよクソ野郎!)まあ、そうだが……」
確かに聞こえは良くないが事実は事実なのでしょうがない。
しかも同棲しているのが血の繋がらない童女とかモロアウトだ。
なので紫苑はご近所様との細かな付き合いで必死にそこら辺をフォローした経験がある。
「前に性欲はあるのは聞いたが、実際のとこどうなのだ? 恋愛方面で少しは何か分かったか?」
「(野郎二人で恋バナとか何の罰ゲームだよ)いや、どうにもな」
「卿の父君と母君の逢瀬が垣間見える日記もあったが、あれなど良いヒントになるのでは?」
メンヘラと馬鹿の交換日記から一体何を学べというのか。
第一ルドルフもあれには引いていただろうに。
「分からない。そういうルドルフこそどうなんだ? 女性を好きになったことはあるのか?」
「む……まあ、そう言われると返答に困るな」
「だろう?」
ルドルフも寄って来る女は多いのだが、心惹かれた経験は一度もない。
なので紫苑のことを馬鹿に出来るような立場でもないのだ。
「(百合と付き合うにしても障害が多過ぎる。
このメンヘラ共を上手く始末出来れば良いんだが……)」
紫苑とて性欲が無いわけではない。
黒姫百合というドストライクな女が居るのだ、とっととアレコレしたいという欲求は当然ある。
しかしそれをするにはヤバイフラグを立て過ぎてしまった。
誰一人として楽に片付けられる障害ではなく、未だに先に進むことが出来ない。
「だが高校生なのだし恋愛とかしてみたいよな」
「(そこらのビッチでも喰ってろバーカ)どうとも言えんよ」
その後もクラスの誰これが付き合ったなどと恋バナに花を咲かせていたのだが、
「ところで紫苑、髪は切らないのか?」
話題が尽きた頃、ルドルフがそんなことを言い出した。
「ああ、これか……」
目覚めてからそれなりの期間が過ぎたが未だに紫苑はロン毛を結い上げたままだ。
しかも髪紐を買うのもケチって麻衣から貰った靴紐を使い続けている。
億単位の収入があったのだから美容院に行くなりちゃんとした髪紐を買えば良いのに何処までセコいのか。
「正直俺も鬱陶しくはあるんだが、鎌田さんにしばらくはそのままでと言われてな」
「? ああ、そうか。確かに前のように戻すと目立つからな」
「困ったもんだ。外に出る時だって眼鏡しなきゃいけないし」
何て言ってるが別に困っていない。
むしろ変装しなければ目立っちゃう俺SUGEEEEEE! と内心ご満悦である。
「そういえば文化祭の時にもかけていたな。しかし眼鏡をしているとますます委員長に見えるぞ」
「そう言われてもなぁ……」
男二人の会話というのは予想以上に中身が無い。
紫苑はうんざりとしていたが、それを表情に出すことは一切無い。
話をしている最中の表情一つで相手の機嫌を損ねてしまうことがあると知っているからだ。
「……ところで、少し相談があるんだが良いか?」
「(嫌だけどしゃあねえから聞いてやるよ)ん?」
「その……紫苑は最近、どうだ?」
躊躇いがちに口にした言葉はイマイチ要領を得ないものだった。
年頃の息子にどう接すれば良いか分からないお父さんのような物言いだ。
「えらくまた抽象的な問いだな」
「うむ……私も上手くは言えんのだが……」
「(言いたいことをまとめてから話せよ。何でもかんでも俺が酌みとってやると思うなよ)」
「ここ最近な、ふとした瞬間妙に心が落ち着かなくなるのだ」
「(精 神 科 へ 行 け)」
至極当然な物言いだが、それを言えば角が立つ。
人間関係というやつは本当に本当に難しい。
「何か、大きなものに飲み込まれそうな……。
自分が立っている足場が総て崩れてしまうような、途方も無い不安に襲われるのだ。
皆口にはしないが栞や天魔、麻衣、アリスやアイリーン、雲母さんも同じだと思う」
「(俺そんなの感じてないんだけど……)」
春風紫苑、またしてもハブである。
「だが、何故かな。卿を見ていると安心出来るのだ。これは一体、何だと思う? どうすれば良い?」
「(知るかよ。何急に電波なこと言ってやがるんだコイツ)ルドルフ、お前はその不安が怖いか?」
心底げんなりしている紫苑だが、これで終わるわけにはいかない。
何か一つ良いことを言ってやらねば春風紫苑ではないのだ。
「……ああ」
少し迷った後、恥じるように自分の気持ちを吐露する。
ルドルフは戦う者として訳の分からないものに恐れる自分を嫌悪しているようだ。
そしてその心の動きを紫苑は完全に看破していた。
「俺はお前の感じているものが分からない。でも、見えない不安は怖いよな。
それが大きなものであればあるほどに恐ろしい。
目の前にある明確な危険の方が楽だって時もあるだろうよ」
心の不安に染み渡るような言葉を意図して吐ける、それが紫苑の恐ろしさだ。
相手はそんな言葉をかけられると共感してくれているのだと勘違いしてしまう。
そしてその上で平然としている紫苑に安心感を覚える。
「……ああそうだ。強大な敵と向かい合う方がよっぽど楽だ」
「その不安は見えない、見えないし分からない、だから消すことも出来ない。
まずはそれをハッキリと認めろ。その上で、自分がどう向き合うかを心に問いかけるんだ」
「心に、問いかける?」
「結局のところ、自分の在り方を決められるのは自分だけ」
それは突き放した言い方ではあったが、同時に優しさも含んでいた。
「なあ、どうしたい? どう在りたい? お前はどんなルドルフ・フォン・ジンネマンでいたいんだ?」
「……」
「ゆっくり考えると良い。そして俺に聞かせてくれ」
そう言って紫苑は柔らかな笑みを浮かべた。
「弱い弱い俺だけど、話を聞くぐらいは出来る。
そして、誰かに話せば心が軽くなることもあるし、より明確に自分の意思を確認出来るかもしれない」
ルドルフは瞑目し、しばしの間沈黙を続けた。
次に目を開いた時、その顔は晴れやかなものに変わっており憂いが消えたことが見て取れる。
「少し、楽になった。卿は本当に強い男だな。もし私が女だったら間違いなく惚れていたぞ」
「(ふぅ……俺のイケメンっぷりは遂に男まで靡かせてしまったか)」
女だったらって言ってるじゃねえか。人の話を聞け。




