ハゲ、お前こそが俺の唯一の光だぜ!!
十二月一日、まだ日も昇っていない時間帯から女子高生五人組は雲母の家を訪れていた。
それぞれの手には前日に買っておいた食材が入った買い物袋が握られている。
「皆、いらっしゃい。さ、上がって。寒かったでしょう? 今、お茶を入れるわね」
リビングに通された五人は初めて入る雲母の家に――というより紫苑の生家に興味津々だった。
「この家で紫苑くんは昔、暮らしてたんだよね」
「それが巡り巡って雲母さんの家になって、時たま訪れるようになった……奇縁やなぁ」
この家の話を聞いたのは割りと最近だった。
今日退院する紫苑を祝うパーティを何処で開くかの話し合いの中でこの家のことが話題に上がったのだ。
「私は前に紫苑お兄さんと来たことあるけど、柱の傷とかまだ残ってるみたいよ」
「へえ、それは一度見てみたいですね」
「小さい紫苑」
小さい紫苑がどうしたんだよとツッコミを入れたくなるかもしれない。
しかしこの場に居る面子は既にアイリーンの底辺コミュ力に適応しており最早この程度ではツッコミを入れることもないのだ。
「ああ、そう言えばアイリーンちゃんは見たことないんだっけ。僕らは見たことあるよ」
「小さい紫苑?」
まったく同じ単語であるが意味するところは違う。
最初の小さい紫苑は「小さい紫苑かぁ可愛かったんだろうな」で、
今言った小さい紫苑? は「小さい紫苑の写真とか見たことあるの?」だ。
まったく以って分かり難いことこの上ない。
「そうそう。携帯に入ってた小学校の頃の見せてもろたんよ」
「ついでにご両親の写真やお手紙、日記なんかも見ましたね。
それは夏に紫苑の御爺様の家に遊びに行った時のことですが」
「というか下手すれば小さい紫苑お兄さん本人にも会ってるわよね」
果たしてあれは白昼夢だったのか何なのか、今思い出しても不思議な出来事だった。
「小さい紫苑ちゃんってどういうこと?」
人数分のお茶を持って戻って来た雲母が興味深げに問いを投げる。
「実は夏に紫苑さんのもう一つの故郷のような場所に行った時のことなんですが……」
紫苑の思い出の場所巡りをしている最中のことだった。
秘密基地を作っていたという神社に足を踏み入れた四人はそこで過去に迷い込んだ。
夢か現か、誰にも分からないがそれでもあれは過去だった。
「木に登ったところで小さい紫苑くんとバッタリ会っちゃってねえ」
「うん、うちら通報されかけたよな」
「流石に焦ったわアレは」
「突然の出来事でしたからね」
しみじみと不思議体験を語る四人に雲母とアイリーンは少しばかりの嫉妬を覚えた。
幻であろうとも自分の知らない紫苑を知っている――それは素直に羨ましいと思ってしまう。
「ヤバイ薬?」
嫉妬混じりのツッコミだった。
まあ確かにヤバイ薬をキメて集団で幻覚を見ていたという説明が一番しっくり来るが。
「薬をキメた覚えはないっての」
うんざりとしたような口調。
とはいえそれも仕方のないことだ。ヤク中呼ばわりされたら誰だって良い気分にはならないだろう。
「それよりやけど、全員紫苑くんからリクエストは聞いたよな? 皆は何作るん?」
今日この日のためにこの場に居る女達は個人個人で紫苑から好物を聞き出していた。
しかし自分以外の面子が何を作るかは分かっていないのだ。
「私は筑前煮よ。でも煮物は時間が大切だから昨日のうちに作っておいたわ。
だから今日は皆のサポートに回るつもりよ。だから遠慮なく頼ってちょうだいね?」
雲母が調理補助に回るのならば心強いことだ。
自分一人の手で仕上げたいと思うのも確かだが、
それ以上に下手なものを食べさせる方がよっぽどダサい――それは全員の総意だった。
「えらい慎ましいなぁ……」
「そもそも紫苑お兄さん、食にこだわりが無いもの。
誰かが自分のために作ってくれる、それだけで嬉しいって笑ってたわ。
実際、一人の時はインスタントで食事を済ませていたみたいだし」
そう言われたら俄然やる気が出て来る。
衒わず、レシピに忠実に、そこにめいっぱいの想いを込めて作ろう。
それを食べてもらって「美味しい」そう言ってもらえるだけで幸せになれる。
色々と尖った少女らではあるが、その想いだけは何処までも純粋だった。
「それなら沢山の愛を詰め込まなきゃね。ちなみに僕が聞いたのは唐揚げだよ」
「男の子」
如何にも男の子の大好きなメニューって感じ! そう言いたいのだ。
しかし男の子という単語からそこまで察しろというのは難易度が高過ぎではなかろうか。
「私はデザート、スイートポテト」
「この季節お芋さんは美味しいですよね。焼き芋とか」
「落ち葉集めて焚き火して……って何や話ずれとるな。うちはけんちん汁や」
「良い具合にバランスが取れたメニューね。私が聞き出したのはホイル焼きよ」
「私はポテトグラタンですね。これは洋食ですが……合わないこともないでしょう」
ちなみに、ではあるが紫苑はメールが来た時点で自分の退院祝いで作るものだと看破していた。
流れを読むことに長けている奴からすれば造作もないことだ。
ゆえに下手なものを出されては困ると簡単な、それでも簡単過ぎないものを伝えた。
「お昼まで男の子組が紫苑くんを連れ回してくれるから時間は大丈夫そうだね」
「これだけ早く集まりましたからね。もう何品か他にも作れるかと」
「ならケーキとかも焼かへん?」
「あ、それ良いわね。やっぱりお祝いだもの。紫苑お兄さんも甘いものは嫌いじゃないし」
「それなら材料は手の空いてる私が買って来るわね。ケーキはスタンダードなので良いのかしら?」
やいのやいのと楽しそうに動き出す女性陣。
華やかさで言うのならばこの空間は郡を抜いている。
美女美少女の集まり、惜しむらくは全員心に何らかの欠陥を抱えていることだろう。
後、男の趣味が致命的に悪い。
さて、女性陣が宴の支度をしている頃、男達は何をしているか。
ルドルフ、ルーク、そして特別仲が良いということで呼ばれたハゲは病院に来ていた。
時刻は午前九時、紫苑が退院する時間だ。
「お、出て来たぜ。つか、見送りすげえな」
入り口前で缶コーヒーを飲みながら待っていたハゲが驚きに目を見開く。
中から出て来た紫苑の後ろには医師や看護士、入院患者らなどがずらずらと。
医師や看護士は病院に来たのが彼の英雄だったと知っているし、
入院患者はそんな看護士らの噂を聞きつけて紫苑に会いに行ったりして仲を深めた。
人当たりだけはクソ良いのでガッチリ好印象をもぎとったのは言うまでもない。
なので退院にあたり見送りへとやって来たのだろう。
「(ふぅ……愚民を引き連れて歩くの楽Cな!)皆さん、御世話になりました」
「いえいえ、僕達もあなたの御世話が出来て光栄ですよ」
「これ私達が焼いたクッキーです、どうぞ!」
「紫苑ちゃん、これも持って行き」
花束やらお菓子やらを袋いっぱいに貰った紫苑は深く頭を下げて病院に背を向けた。
そして歩き出そうとしたところでようやくルドルフらの存在に気付く。
「人気者だな紫苑よ、退院おめでとう――卿の復帰を心より喜ぶぞ」
見る者の心を温かくしてくれるお日様のような力強い笑顔。
絵になる、とても絵になるからこそ紫苑からすれば気に喰わない。
「ああ、ありがとう。ようやくだよ」
負けじと相手の心を包み込む月のような柔らかな微笑を返す。
冷静に考えれば男二人で何を微笑み合ってるんだと言いたくなる光景だ。
「しっかしお前は何処でも人気者だなオイ」
「紫苑、自分が荷物を持とう」
「ん、悪いな(デカブツは荷物持ち、これは当然だよな)」
「気にするな」
アリスに馬車馬の如くコキ使われるルークにとって荷物持ちなど造作もない。
今日だって紫苑の迎えに回されて心底良かったと思っている。
もしも雲母の家で調理に加わっていたらと思うとぞっとする。
上手く作れば文句を言われるだろうし手を抜いても文句を言われるのだから。
「今日は卿の退院祝いだ、料理が出来上がる昼まではしばらく我らと遊ぼうか」
「……おい、一応サプライズじゃなかったのかよ?」
ハゲのツッコミは至極尤もだが、
「まあ良いではないか。知っておいた方が楽しみが増えるだろう?」
ルドルフの言葉も正しくはある。
昼になれば美味しいご馳走が待っている、そう考えると自然と楽しくなるものだ。
「ま、それもそっか。んじゃ紫苑よ、どっか行きてえとこあるかよ?」
「急に言われてもなぁ……ゲーセンにでも行くか?」
「ほう……よくよく考えれば私、ゲームセンターには行ったことがないな」
「む、自分もないな」
「じゃあゲーセン行ったことあるの俺と紫苑だけか?」
「らしいな。まあ、行ったことがないなら丁度良い」
方針が決まると行動は早い、まだ早い時間帯だが今日は休日だ。
朝早くからやっているゲームセンターだって探せばあるだろう。
四人は他愛ない雑談をしながらゲームセンターを探し始めた。
「そう言えば花形よ。卿、例のストーカー少女とはどうなのだ?」
「つか何でお前知ってんだよ」
「前に俺が話した。駄目だったか?」
「いや、駄目じゃねえけど何か恥ずかしいし……」
赤面するハゲ、男が顔を赤らめても気持ち悪いだけだ。
少なくとも紫苑は割と本気で反吐を堪えている。
「で、どうなのだ?」
「いやまあ、一応付き合い始めたよ」
「(女の趣味最低だな、そして女も女だ、男の趣味が悪い)結局誰だったんだ?」
お前に惚れるよかよっぽど趣味が良いだろうよ。
「同じクラスの阿倍野定子だよ」
「阿倍野、定子……? そんな生徒居たか?」
「自分もちょっと分からんな」
ルドルフとルークの二人は首を傾げているが紫苑はしっかり覚えていた。
整った顔立ちをしているが何処か儚げで、非常に影の薄い少女だ。
美少女ではあるのだがどうにも目立たない。
さて、そんな少女を何故紫苑が覚えているかといえば……。
「(ファーwwwよりにもよってあれかよwww)泣き黒子がある、ちょっと影のある女の子だよ」
「おお! やっぱ紫苑は分かったか。
つっても俺も当人に名乗り出られて始めて存在を知ったんだがな」
喜色満面で惚気始めるハゲ、三人は苦笑しつつも黙って耳を傾ける。
まあ、一人は聞いているフリをしているだけだが。
『よう、何でお前機嫌良くなったの?』
「(いやな、俺が見たところ定子って女、かなり厄いぜ。こう……薄ら寒いんだよ)」
つまりは彼の周りに居るメンヘラーズと同類というわけだ。
「(しかも名前が阿倍野定子――大昔に世間を賑わせたヤンデレ女そっくりと来た。
そんなのと付き合ったらゼッテーロクなことにはならねえ。
間違いなく不幸になる。そしてここだけの話だがな? 俺は他人の不幸が大好きなんだ)」
うん、知ってる。
『つってもどうなるかは分からんだろ?』
「(いや、不幸になってもらわなきゃ困る。だって腹立つじゃん)」
腹立つじゃん、じゃねえよ。
というかヤンデレに惚れられているのは自分も同じだろうに。
「生憎と俺には恋愛がよく分からないが……それでも、幸せになれよ花形」
「おう、ありがとよ」
そんなことを話していると開いているゲーセンを発見し四人は中へと入る。
ここからは各自好きなようにということで紫苑は真っ先にプッシャーゲームの台へと足を運ぶ。
こういうチマチマメダルを増やす系のゲームが好きで好きでしょうがないのだ。
「(へへ、久しぶりだなこういうのも)」
千円札をメダルに変えてゲームスタート。
鼻歌混じりにメダルを投入するその姿は歳相応の学生にしか見えない。
『あのさぁ、これって何が楽しいの? メダル集めると景品とか貰えるのか?』
「(そういう店もあるだろうが、ここは無さそうだ。無意味にメダルを増やすだけだよ)」
『おいおい……お前らしくねえなぁ。金の無駄遣いじゃねえの?』
「(今日ぐらいは贅沢しても良いだろ、収入だってあるしな~♪)」
収入というのは京都に現れた鬼を討伐した報酬だ。
殺戮と破壊を撒き散らした鬼の討伐、その報酬は億単位で紫苑の懐はかなり潤っていた。
だというのにゲーセンで金を使う程度で贅沢と抜かすのだからどうしようもない。
セコさが魂にまで染み付いている。
『だったらもうちょっとこう、何かパーッと使おうぜ?』
「(パーッとって言われてもなぁ……)」
『テレビゲームとか漫画とか食事とか服とか色々あんじゃん?』
「(ゲームなんかは付き合いでしかやらねえし、漫画だって特に読みたいのがあるわけでもなし。
食事だって今日は女連中が作るし、明日からもルークが作ってくれるだろ?
服だって冬服は去年買ったので十分だから要らねえ。ほら、金の使い所がねえじゃん)」
本当に本当につまらない人生だ。
金があればパーッと使って一時の快楽を得る、それが人間というものだ。
貯蓄をする人間だって何処かで使うのを目的として貯めているのに紫苑にはそれがない。
本当に無意味に貯め込んでいるだけ。
消費することで社会に還元することもなくただの紙束として眠らせているだけ、何て不毛なのだろう。
「(うひょひょひょwww大量大量www)」
『それより何か騒がしかねえか?』
「(あん? 確かに……)」
メダルが入った大量のミニバケツを置いたまま席を離れる。
少々無用心だが盗まれたところで何の問題もない。
「ハッハッハ! 楽しいなこれは!」
人込みを掻き分けてざわめきの中心に辿り着くと、そこには見知った顔があった。
凄まじくキレの良い動きでダンスゲームに没頭しているのは誰あろうルドルフだ。
画面を見ると難易度は冒険者級で一般人ではまず動きが追い付かないレベルだ。
「すっげえ……何あの人……」
「冒険者なんだろうけど、それでもノーミスだよ? これドンドン難易度上がってくのにさぁ」
常軌を逸した動きは最早気持ち悪いと言えるものだ。
それでもギャラリーが見惚れているのはひとえにルドルフの容姿が優れているから。
顔が良い、それは残酷なようだがかなり比重が大きい要素である。
イカレタ動きをしていてもそれをやっているのが超絶イケメンなら気持ち悪いではなくカッコイイになるのだ。
「(うぎぎぎぎぎぎぎ……! や、野郎何処まで俺を虚仮にしやがる……!!)」
『落ち着けよ』
「(落ち着いてられるか!? あの腐れパッキン野郎、馬鹿の癖に目立ちやがって!
キャーキャー言われて調子に乗ってるんじゃないわよマジで! ちょっと顔が良いからってよぉ!!)」
なんてことを言ってるこの男もちょくちょく自分の容姿を誇っている件について。
発言の総てがブーメランになって帰って来る男というのも中々居ない――ってか居たら嫌だ。
『じゃあお前も対抗すりゃ良いじゃん。ガンシューとかギターとかベースの音ゲーでさ』
「(カッスの馬鹿! 俺は身体能力高くねえんだよ!
一般人より上だけどこの馬鹿パッキンみたいに変態的な動きは出来ないの!!)」
ジェラジェラと嫉妬の炎を滾らせていると、
「おい、あっちもすげえぞ!!」
更に紫苑を不快にさせる要素が飛び出して来る。
声が聞こえた方向に視線をやるとそこに居たのはルーク。
彼は黙々とパンチングマシーンに拳を打ち込んでいた。
「(あ、あのデカブツ……!)」
当然のことながら一般人が使うパンチングマシーンでは冒険者の本気を受けるには心許ない。
ピンからキリまでレベルはあれども、冒険者の本気の拳ではマシーンの消耗が激しくなる。
とはいえ専用のマシーンはかなりの高額だ。
採算が取れないならば店側も設置しようとは思わないだろう。
だが、代わりと言っては何だが通常のパンチングマシーンにちょっとした工夫が施されている。
難易度選択で冒険者で選ぶと画面に数字が浮かび上がる。
100kgなら100kgのパンチを、200なら200のパンチを放つのだ。
そうすることで精密性を測ることが出来るわけだ。
マックスのパンチ力は測れないが、これはこれで中々面白い試みだろう。
「フッ……!」
そしてルークはそのモードで遊んでいるわけだが、その正確さは怖気が走るほどだ。
微塵の誤差もなく指示された通りのパンチを放っている、それも連続でだ。
彼がプレイしているマシーンは一旦始めると失敗するまで続く仕様のようで、
画面の右上には継続回数がカウントされていて、現在50回成功。
「すげえ、マジ燻し銀だねあの人」
「俺、兄貴って呼びてえ……!」
ルークは見た目が厳ついので女性には引かれているが男達には大人気だった。
男というものは大なり小なり強さというものに憧れを抱いている。
ゆえにルーク・ミラーから感じられる漢らしさに見惚れているのだ。
「(どいつもこいつも俺を不快にさせやがってマジでむかつくぜぇえええええええええええ!!!!)」
紫苑は逃げるようにこの場を離れてクレーンゲームコーナーへ。
「うぎぎぎ……! このアームどうなってんだ!? マジで獲れんのか!?」
そこではハゲが大量の小銭を投入しながら必死でぬいぐるみを狙っていた。
恐らくは彼女にプレゼントするためだろう。
「(ハゲ、お前こそが俺の唯一の光だぜ!!)」
その後も数時間、四人はゲーセンに入り浸り続けた。
そして13時を少し過ぎた頃、女性陣から連絡が入り雲母の家に向かう運びとなった。
「おじゃまします(しかし……改めて思うが複雑だな。あの女が俺の前の家に住んでるって)」
玄関を開けると食欲をそそる匂いがこれでもかと鼻腔を満たした。
朝から何も食べていなかった身体にこの匂いは毒だ。
早く食べ物を寄越せと腹の虫が騒ぎ出してしまった。
「あ、紫苑お兄さん! こっちよこっち」
リビングに入るとアリスが紫苑の手を引き自分の隣に座らせる。
残る男三人がテキトーな場所に腰掛けたところで女達が料理を持ってやって来た。
次々とテーブルに並べられる料理、紫苑がリクエストしたもの以外も沢山あったがどれも美味しそうだ。
「えー、これで全員集まったな? 飲み物も全員持ったよね?
挨拶とか乾杯の音頭はリーダーである紫苑くんに任せたいけど今日はその紫苑くんのお祝いやからな。
僭越ながらうちが音頭を取らせてもらうな。ほな、皆のリーダー紫苑くんの退院を祝って乾杯!」
乾杯! 全員の声が重なり、グラスが打ち鳴らされる。
最初の挨拶が短いのは中々に好印象と言えよう。
こんな場で長々と喋る馬鹿はいっぺん肥溜めにでも落ちれば良い。
「御飯も沢山炊きましたしおかずのおかわりもありますので遠慮なく食べてくださいね」
笑顔で全員分の御飯をよそう栞、
割烹着を着ていることも相まってまるでお母さんのようだ。
「(作った奴らは全員嫌いだが、飯に罪はねえからな。俺が食べてやるよ)いただきます」
この男は一体何処から目線でほざいているのだろうか?
『林檎は無いのか……』
残念そうなカス蛇を無視して紫苑は箸を料理に伸ばす。
最初は唐揚げ、兎に角腹が減っている今は肉系を食べたかったのだ。
「ん、美味しいな。下味もしっかりついてて……幾らでも食べられそうだ」
天魔が小さくガッツポーズ。
他の女性陣が自分の作ったものも! と熱いメンチビームを送っている。
「(七面倒な奴らだぜ……)」
ゆっくり食事も出来ない紫苑と違って彼以外の男は思い思いに好きなものを食べている。
紫苑も、もう少し鈍感ならば気にせず食事が出来たのだろうが――いや、それは意味の無い仮定か。
この鋭さがあるからこそ今までの立ち回りがあったわけで、
そのせいで厄介な女に惚れられてしまうことになったのだから。
「美味いなぁオイ。ってかさ、俺もお呼ばれして良かったんか?」
ハゲとて馬鹿ではない。
自分以外の面子が特殊なことに携わっていることくらい分かっている。
しかし自分がここに居ることで話の邪魔になったりはしないのか? 暗にそう言っているのだ。
「気にすることはないわよ。今日はお祝いで、堅苦しい話は白けるだけだもの」
「だったら紫苑さんとも仲が良い花形さんが居ても問題はないというわけです」
ハゲのフォローをしつつも少女らの目は紫苑に向けられている。
早く、早く自分の作ったものを食べて感想を聞かせて! その瞳は雄弁だ。
『食べねえのかよ?』
唐揚げを一つ食べてからはゆったり茶を飲んでいる紫苑に語りかけるカス蛇。
「(宿題しようと思ってた時に宿題しろって言われるとやる気失くすよな? つまりはそういうことだ)」
『蛇にゃ宿題も何もねえよ、今日も巣穴で運動会だぜ』
「(何だよ運動会って……蛙喰い競争でもすんの?)」
『蛇って言えば蛙喰ってるイメージあるけど、別に蛙にこだわりなんかないんだよな』
そんなくだらないことを会話をしつつ紫苑は再び食事を始める。
いい加減視線が鬱陶しくなって来たのだ。
「紫苑ちゃんどう? 美味しい?」
「はい、とっても。煮物って好きなんですよ。こう、何だかホッとするから」
「沢山あるからおかわりしてちょうだいね」
料理を作った人間が一番欲しいのは"美味しい"、その一言だ。
それを貰うと心の底から作って良かったと思える。
美味しいの一言を貰った雲母は上機嫌で自分も料理に箸を伸ばす。
「しかし、これだけの量を……大変だったんじゃないか?」
「楽だったとは言えないね。僕とかは料理経験無かったし……でも、苦ではなかったよ」
天魔などはむしろこれを機に本格的に料理を始めようと思ったくらいだ。
こうやって好きな人に喜んでもらうことも嬉しいが、作っている最中も楽しかった。
喜んでくれるかな? 美味しいって言ってくれるかな?
そんなことを考えながら料理を作る、これがまた存外良いものなのだ。
「人数もそれなりに居ましたからね。そう大した手間ではありませんでした」
「そもそも好きな人を想って料理しているんだもの、むしろ楽しいくらいだわ」
「(ど っ ち だ よ)」
人それぞれで良いじゃないか。
「男冥利に尽きるではないか紫苑よ」
ニヤニヤと脇腹を小突くルドルフが心底鬱陶しくてしょうがない。
今すぐにでも脳天からお茶をかけてやりたい紫苑だった。
「花形、卿も羨ましくなったのではないか?私や卿は御相伴に預かっているだけだからな。
まあ、卿には恋人が居るから頼めばすぐ作ってくれるだろうが」
「え、ハゲ恋人居るの? もしかして例のストーカー?」
「おう。そういえばアリスちゃんには相談に乗ってもらったのに伝え忘れてたな」
「何というかおめでとうございます」
「破局しないように頑張りなよ」
口々に祝福の言葉が贈られる。
とは言っても少女らの場合はハゲではなくて、
顔も知らぬ恋する乙女の恋が実ったことを祝福しているわけだが。
「元ちゃん、だったかしら? 女の子は――――大切にしなきゃ駄目よ?」
それはとてもとれも穏やかな声だったが、
「は、はひぃ!!」
ハゲに生涯拭えぬであろう傷を刻み込んだ。
JCの頃、最低な男に騙された経験がある雲母としてはちょっとした釘刺しつもりの程度だったのだろう。
だが無意識のうちに暗い感情も零れ出していたらしい。
「だってさ、婚約者をぞんざいに扱ってるルドルフくん」
「私に振るか!? そもそも好き合ってないから関係ないだろ!?」
その後も宴は続いたのだが、途中からどうにも怪しくなって来る。
天魔のアホが戯れに酒を出したせいだ、しかもイカレタ度数のやつを。
成人である雲母と酒よりも飯に夢中だったルドルフと人形のルーク、
そして常に自分に酔っ払っている紫苑は平気だったのだが……。
「なあ、飲めや。うちの酒飲めへんとか言わんよなぁ?
うーちーはー……赤面しとる紫苑くんが見たいんよ。なあ、ええやろ?」
麻衣からは普段の自制心が消えているらしくしきりに酒を勧めて来る。
紫苑としては今すぐにでも水を張った浴槽に顔を突っ込んでやりたかったがグッと我慢。
「そうそう、この傷だよ。僕ねー、ずっと舐めたかったんだぁ♪」
「ねえねえお兄さん、アリスのこと好き? 小さくても愛してくれる?」
「はぁ……紫苑さんの体温……」
「良い匂い」
紫苑の腹部に舌を這わせる天魔、胸板に顔を擦り付けるアリス、
首筋に顔を埋めて悦に浸っている栞とアイリーン、紫苑の身体に絡み付く四人は亡者顔負けだった。
「(うわぁ……どうしよう、本当に本当に気持ちが悪い……それしか言葉が見つからない……)」
今回ばかりは紫苑の言葉も正しかった。
美少女が縋り付いているのに背徳的な醜悪さしか感じられないのだから。
『レッスン5はこの時のためにだな!』
「(うるせえバーカ死ね!)」
「ねえ、聞いてます? 私がどれだけ心配したか分かってるんですかー?」
酔っ払いの会話というものは基本的に脈絡が無い。
とはいえ栞が何を言っているか察することが出来ぬほど紫苑も間抜けではない。
彼女は京都でのことを言っているのだ。
「(過ぎたことを愚痴愚痴と……あーあー、粘着質な人間ってホント嫌いだわ)」
今でもアリスに脅されたことや栞に腕を切り飛ばされたことを根に持っている人間がどの口で言っているのか。
粘着度合いで言えば紫苑の方が上だ。
過ぎたことを忘れず七代先まで祟ってやると思うような人間の方が遥かに酷い。
「心配で心配で夜も眠れなかったんだから」
「そりゃいざとなったら紫苑くんの後を追うけどさぁ、でもやっぱり生きてて欲しいじゃん?」
「生きたまま旦那様になって」
「……本当にすまないな(何で俺が謝らなきゃいけねえんだよこの屈辱は絶対忘れねえ!)」
数 瞬 前 の 自 分 の 発 言 を 思 い 出 せ。
「本当に申し訳ないと思ってますかぁ?」
「ああ、思っている(思ってねえよ。大体人の行動に文句言うなよ恥知らずが!)」
そういう紫苑も恥なんて言葉を知らない件について。
「じゃあさ、デートしてよデート。勿論一対一で丸一日!」
「何ならデートのシメに私を食べても良いのよ紫苑お兄さん?」
「ちょっと、図々しいですよ皆さん。デートするのは私ですから!!」
「全員、ここで死ぬ?」
デート、デート、身の程知らずにもこのクソ女どもはデートがしたいと言ったか?
紫苑の中でふつふつと怒りが湧き上がる。
『何でキレてんの?』
「(馬鹿野郎! デートなんてすれば男が金を払わなきゃいけねえだろうが!!
じゃなきゃセコイとか小さいとか言われるに決まってる!
俺はこんな女達のためにビタ一文たりともお金様を使いたくねえんだよ!!)」
『まあまあ良いじゃねえか……どうせそのうち金なんて言ってられなくなるし』
不吉を孕んだカス蛇の言葉だったが不満を叫んでいる紫苑にはまったく聞こえていなかった。
『年が明ければ何もかもが終わって始まる――――ま、精々楽しむこった』
朗報、紫苑の望む平穏は年内で終わる模様。
91話から98話くらいまでヒロインとのデートとか日常的な話が続いて
99話で大きなことが起きて100話で物語が大きく動いて一部完結、
んで物語自体を終わらせる二部に続くんですが
紫苑復帰からずーっと日常的な話ばっかやってきたので
一話一話投稿しているとどうにも気の抜けた感じでつまらなく感じてしまうかもしれません。
なので100話まで書き切ってから二日に分けて投稿することにしました。
というわけで書き切るまではしばし投稿が止まります、ご了承ください。




