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ハルジオン~口だけ野郎一代記~  作者: 曖昧
嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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伝説虚神シオン 復活篇

「う、あぁ……」


 低い呻き声が喉の奥から零れ出す。

 目を開けようとするのも億劫だ、しかし状況を把握せねばならない。

 ゆっくりと目を開け、たっぷり時間を使って身体を起こす。

 鉛のように重い身体は動かすだけでも辛い。

 何をするのも億劫で、いっそこのままもう一度寝てしまいたくなる。


「何処だ、ここ……?(おいカッス、一体どうなってやがる?)」


 紫苑は重い頭に無理矢理活を入れて現状の把握に努める。

 どうやらここは病室らしく、自分は入院したらしいことが分かった。


『あの揺り返しの後、お前は意識不明の重体に陥ったんだよ』

「(あの揺り返し……ああ! そうだ、そうだよ!)」


 汗ばんだ身体の不快さを忘れてしまうほどに紫苑は叫んだ。


「(気持ち良く俺TUEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!

やってたのに何だあれ!? ふざけるな、あの時の俺を返せ!

あの俺ならば世界を好きに出来るぞ! おいカッス、酒だ酒! 酒持って来い!!)」


 お 前 は ア ル 中 か。

 そしてカッスに頼んでもカッスは蛇だし一心同体なので動けるわけがないだろう。


『何? また一ヶ月以上も寝込みたいのか?

というかな、外的要因がなきゃお前は数年は眠り続けてたぜ』

「(え? じゃあ良いや)」


 この諦めの早さ、やはり我が身は可愛いらしい。

 紫苑視点で詰みにならない限りは全力で保身に走る性は病み上がりでも変わらないようだ。


『つーかそれ以前に一月とか数年って単語に反応しろよ』

「(それより俺の評判がどうなってるか気になるんだよ!!)」


 そう、大事なのはそこだ。

 死ぬつもりで行って結果的には勝利を得て帰って来た。

 これはもう評判も鰻上りだしギャラだって半端ないはず――紫苑は涎を堪えるのに必死である。


「(とりあえずナースコールするか……)」


 震える手でベッドの傍にあったコールを押すとすぐに看護師と医師がやって来た。


「春風さん、意識はしっかりしてますね?」

「(見りゃ分かんだろバーカ)はい、自分では大丈夫だと思います」

「身体に異常などは?」

「酷く身体が重いし、それだけじゃなくて動かすのも少し辛いです」


 片手を上げようとするも、どうしてか上手くいかない。

 痺れというか軋みというか――自分の身体のはずなのに上手く動かせないのだ。


「成るほど、他に変わったところは?」

「(一ヶ月ちょっと眠ってただけだろ? だってのにこの鈍り方はおかしいだろ……)そうですね……」


 当然のことながら空腹感はある。

 加えて頭が重いのもあるが、それは寝起きだからだろう。


「今のところ自分では自覚症状がありませんね」

「そうですか、では車椅子を持って来ますので精密検査の方に移らせていただきます」

「分かりました。御願いします(しかしもう十一月かよ……)」


 自分の意思で無為な時間を過すのはかまわない。

 しかし、意図せずして無駄に時間を浪費するのは耐えられないのだ。


『ちなみにな、お前がこんなに早く目覚められたのは天魔やら他の連中のおかげだぜ』

「(どうでも良いわ。むしろ俺のために働けて光栄だと思えよ)」


 恋する乙女の献身ですら屑の心には届かない。

 一途に健気に愛してくれている少女らが不憫――でもないかもしれない。

 あれらはあれらでかなりヤバイ不良債権なので一概にどちらが? とは言えないのだ。


「(それより中間テストとか出席日数大丈夫なんだろうな……?

お前、そこら辺配慮してくれなかったらマジあり得ん。俺は英雄だぞ英雄!

俺のおかげでどれだけの愚民の命が助かったと思ってやがんだ。

何なら国民栄誉賞とか出せよ、マジでそれくらいの貢献してやっただろ。

それと京都には外人も居たよな? その国の政府も大々的に俺を褒めろよ!)」


 ナチュラルにカニのことをハブっている件について。

 確かに紫苑は英雄と呼ばれるだけのことはやった。

 しかしそういうものは自分で主張することではない。

 英雄という評価は他者が付けるものであって自らが名乗るようなものではないだろ普通。

 そういった性根の人間を英雄と称するのは間違い以外の何ものでもない。


「(っていうかさ……今気付いたんだけど、髪すっげえ伸びてね? しかも色おかしくね?)」


 窓に映る自分の姿を見て紫苑は初めて変貌に気付く。

 まず毛髪の色がおかしい。白が混じっているのだ。

 それもぽつぽつと白髪が混じっているわけではない。

 綺麗に白と黒で分けられているのだ。

 加えて髪の長さ。先ほどまでは気付かなかったが肩にかかるほどに伸びている。


「(一月ちょっとでこれおかしくねえか?)」

『まあまあ、良いじゃねえか。似合ってんぜ?』

「(ったりめえだろ! ロン毛にしても俺はイケメンなんだよ馬鹿爬虫類が!!

世の顔面偏差値底辺野郎やブス女と一緒にするんじゃねえよ!!)」


 目覚めたばかりだというのに絶好調である。

 意識を失う前との変化もなく全力で屑をやっている。

 それは賞賛すべ――――いや、普通に唾棄すべきことだ。


「お待たせしました。身体、支えますね」

「ああ、どうも」


 看護師に支えられて車椅子に乗るとそのままICUを出る。

 軽く問診を挿みながらの精密検査が終わったのはICUを出てから三時間後だった。


「お疲れ様です春風さん」

「いえ、こちらこそお手数をおかけします」


 車椅子を押している若くて愛想の良い女看護師に愛想良く返事を返す紫苑。

 看護師さんも奴が内心では「ヘラヘラしやがって気持ち悪いんだよ」と苛ついているとは夢にも思わないだろう。


「(っとに時間ばっかかけやがって……腹減ったよもう……っていうか褒めろよお前ら)」

「何言ってるんですか、お手数だなんて言わないでくださいよ」

「はぁ……いや、申し訳ありません」


 困ったような顔で謝る紫苑、

これは勿論謙虚な自分をアピールすることでイメージを良くする演技だ。


「ふふ、可愛い♪」

「(知ってる、俺はお前より可愛いよ)」


 女 と 可 愛 さ で 張 り 合 う な。


「春風さんの車椅子押すのだって、結構揉めたんですよ?

皆が押したい押したいって言うから……だから最終的にじゃんけんになって私が勝っちゃいました」

「(流石俺、モテモテやないけ!)そ、それはその……光栄、です」


 ほんのり頬を赤らめるのだって朝飯前。

 この程度のことが出来ずして一体誰を騙せようか。


「こちらこそ光栄です! あ、そうそう。目も覚めたことだしこれからは個室に移りますので」


 これまでも個室と言えば個室だったがあれは集中治療室。

 普通の病室の個室に移るということだろう。


「分かりました」

「さ、ここです――――よ!?」


 病室の扉を開けた瞬間、幾つもの影が飛び込んで来たのだ。


「おかえり紫苑くん! ずーっと待っとったんよ!?」

「ハハハ! ホントに起きているな! まったく卿はどれだけ心配をかけさせるのだ!」

「(やだ……すっごく鬱陶しい……)わ、わわ……ちょ、ちょっと落ち着け!」


 抱き着いて来る仲間達(一方通行)は皆、満面の笑みを浮かべていた。

 だというのに紫苑は心底自分のことを心配してくれている人間相手にこの言い草である。


「無理、ずっと心配だった」

「そうだよ! 紫苑くんが死んじゃうかもって思ったんだよ!?」

「そうなっていたら私は正気でいられませんでしたよ?」

「そうよ! 出掛けに言ったように私だって死ぬつもりだったんだから!」

「紫苑ちゃん、あまりお母さんを心配させないで……」

『愛されてるな』

「(顔良し性格良しの超優良物件だから愛されるのも仕方ないがウザイものはウザイ)」


 いや、訳あり物件ではなかろうか?


「あの、皆さん? 春風さんは病み上がりで身体も上手く動かせないようなので……」


 困っている紫苑を見かねて看護師が助け舟を出す。

 とは言え、仲間達の気持ちも分からないでもないからかそこまで強い口調ではない。


「あ、ごめんなさいね。えっと、ベッドに運んだ方が良いかしら?」

「そうですね。私はお邪魔みたいですし、皆さんが運んであげてください」

「(え? それはやだなぁ……触れられたくない)」


 そんな願いも叶わず、紫苑は雲母に抱きかかえられてベッドに。

 看護士はそれを見届けてから退室していった。


「その……随分と、心配をかけた」


 皆がジーッと自分を見つめていたので、

空気的にそうするべきだと判断した紫苑がそう切り出す。


「すまない、そしてありがとう。またこうして皆の顔が見れて本当に、本当に嬉しい」


 照れとそれ以上の喜びを織り交ぜた笑顔を浮かべる。

 要所要所で的確なアクションを取れるのは見事というかしかない。


「う……うぅ……うわぁああああああああああああああああん!!」


 堰を切ったように泣き出したアリスが紫苑の腹に飛び込む。

 普段ならばその小さな身体も簡単に受け止められるが生憎と今は病み上がり。

 身体もロクに動かないような状態なので衝撃がモロに響き渡る。


「ッ!(うご……!? こ、このクソガキ……な、何しやがる殺すぞマジで!?)」

「おいコラクソガキ、紫苑くんに何してんだよ!? おら、離れろ!!」

「いや、大丈夫だ。落ち着け、天魔」


 引き剥がそうとする天魔を制して紫苑はアリスに語りかける。


「なあアリス」

「ぐす……何……?」


 呼びかけに顔を上げるアリス、

涙に塗れたその顔を見ればどれだけ心配していたかがよく分かるだろう。


「(きちゃないのう……)その、不安だったよな」


 なのにこれだ。


「俺を送り出す時に一緒に居たのはお前と鎌田さんで……。

お前は特に心配だっただろう? あの時は俺も余裕がなくて……」


 頭を撫でようと左手を上げようとするが、上手くいかない。

 そのことに苦い顔をするも――――これは演技だ。


「でも、大丈夫。もう心配しなくて良い」


 コツン、とアリスの額に自分の額を合わせて優しく語り掛ける。


「――――俺はちゃんと帰って来たよ。ただいま、アリス」

「うん……お、おかえりなさぃ……紫苑、お兄さん……」


 泣き笑いの表情のまま強く強く紫苑に抱き着くアリス。

 そんな彼女に天魔、栞、アイリーンがヘイトを爆上げしているのだがそれはまた別の話。


「相談することもなく一人で突っ走って……皆、ごめんな」

「そないなこと言われたらこっちも叱れへんやん……ずるいわぁ」


 困ったように笑う仲間達。


「(狙い通りだよ)」


 紫苑はやかましい説教聞きたくないのだ。

 自分が説教するのは良いが他人の説教は駄目、

身体は万全じゃないがロクデナシっぷりにかけては全快らしい。


「良い空気、もう離れたら?」


 抱きついたままのアリスに絶対零度の言葉が放たれる。


「……ベー、だ」


 アリスは静かに振り返って舌を出すことで答えとした。

 どう見ても喧嘩を売っているようにしか見えない。

 現に雲母と麻衣以外の女連中の額には青筋が浮かんでいる。


「すまないが……現状の説明をしてくれないか?

目覚めてすぐに検査で、今終わったばかりなんだ(殺し合うなら外でやって全員共倒れになれよ)」


 殺し合い肯定派の紫苑は修羅場に対して何もする気がないらしい。

 とはいえ一応ポーズとして話題逸らしをやる辺りは抜け目ない。


「紫苑さんは何処まで記憶がおありですか?」

「加藤二乃……カニと話をしている最中に苦しくなってそのまま、だな」


 今思い出しても震えが来るほどの苦痛だった。

 死ぬと決めていた時ならまだしも、

こうして生き残ってしまったことで恐怖が沸いて来たのだ。


「一番知りたいであろう被害状況だが……最終的な死者は随分な数になった。

万人単位で死んだらしい。だが、それ以上の数の人間が助かった。それは誇るべきだ」


 紫苑を気遣っての発言だったが奴は別に気にしていない。

 苦い顔をしているのだって本心からではないのだから。


「そう、か……(やっぱり英雄待ったなしだわこれ)」

『よ! 日本一!!』

「(馬鹿野郎、そこは世界一って言っとけよ)」


 世界一の屑野郎という意味でしょうか?


「それで、こっちに戻って来た時の紫苑ちゃんは酷い状態だったわ」

「酷い状態……まあ、確かにかなり苦しかった覚えはありますが……」

「端的に言って、瀕死でしたね。あちこちの骨が軋み内臓だってボロボロ」

「生きているのが不思議な状態、なのに回復魔法は効かなかったみたいだね」

「普通の医療でも何とか命を繋ぐのが精一杯で、うちらが顔見れたのも一週間後や」

「(なのに生きてるってことは俺の普段の行いが良いからだよな?)」


 どうして一番あり得ない可能性を自信満々に言ってのけるのか。


「まあ、そこからはアリスやルーク、アイリーン、

雲母さん達の力も借りて例のダンジョンに潜ることになったのだ。卿の治療手段を求めてな」

「そうか……随分と迷惑をかけてしまったな(俺助けるためとか恩着せがましい奴らだぜ)」


 そういう紫苑も他人に恩を着せまくってる件について。

 少なくともここに居る全員がメイドイン紫苑の恩を着用しているだろう。


「気にしない、おかげで強くなれた」

「アホどもの救助に比べたら全然平気よ。紫苑お兄さんのためなら喜んで命を懸けるわ」

「いや、それでもありがとう。こうやって目覚められたってことは皆のおかげなんだろ?」

「皆、っていうよりは天魔ちゃんなのよ。直接原因や治療手段を持って来たのは」

「紫苑くんがそうなった原因についても話した方が良いかもね」


 原因、確かにそれは紫苑も知りたいことだった。


「何でも紫苑くんの魂が大きく均衡を崩した。

その揺り返しの結果として瀕死の状態になったらしい。

今までは軽微だったから重い疲労で済んでいたけど今回は……」

「体内に酒を取り込んでいた時間も状況も濃度も違ったから、より大きく崩れたってわけか(魂てwww)」


 魂の存在を信じていないらしいが、なら自分に降りかかった現象をどう説明するんだ。


「うん、多分ね」

「それは一体誰に聞いたんだ?」

「例のダンジョンに住むモンスターさ。今回は関東と関西で二つのダンジョンだったけど……」

「友好的――というのも少し違いますが、一際戦意が薄く、

天魔さんが出くわしたモンスターに至っては自分の名前まで名乗ったようです」

「ほう……(どうでも良いわ)」


 普通ならば例のダンジョンが一体何なのか、

意味深な言葉の理由は何なのか、そういったものが気になるだろう。

 しかし紫苑は一切そんなこと気にしない。

 その場その場では疑問に思いつつも所詮は目の前のことしか見えない男だ。

 更に言うならどうにかして例のダンジョンから足抜けするつもりでもいる。

 ゆえに例のダンジョン関連の情報などを知ったところで何の役にも立たない。

 役に立たないということは必要ないということだ。


「(つってもまったく無関心ってのも変だしポーズは要るよな)他に変わったことは?」


 その言葉に全員の顔色が僅かに変わったことを紫苑は目敏く察知した。

 何か隠したいことがあるらしい、そしてそれなら好都合だと内心でほくそ笑む。


「いや、他には特に無いね」

「そうですね。兎に角紫苑さんは療養に専念してください」


 紫苑の推測はずばり当たっていた。

 そう、彼女らは城峯山のダンジョンで出会った異形の言葉を隠したかったのだ。


"大きな、大きな戦いだ。女も子供も老人も、誰一人として逃れられない。

誰一人として戦の当事者から外れることは出来ない。

そなたらがどの側に立つかは……まあ、予想は出来るがここで言うことでもない。

確かなことは、どちらで勝利を得るにしても、誰にも勝利の先にあるものが分からない。

勝てばそれで終わり、意気揚々と凱歌をあげる――――とはならん"


 もしこのことを知れば紫苑はどうするか。

 間違いなく気にするだろう、

しかも中心人物の一人が彼だなんて伝えてしまったらまた無茶をしかねない。

 そんなことをさせるわけにはいかない――それが皆の総意だった。

 まあ、ぶっちゃけると取り越し苦労以外の何ものでもないのだが。


「? ああ、それは分かっているが……

(まだあるらしいが俺を心配して黙っておくつもりっぽいな。好都合好都合♪)」


 不思議そうな顔をしている紫苑を見て他の面々は気付いてなさそうだ……と胸を撫で下ろす。

 何て小賢しい立ち回りをする男だろうか。


「それより検査の結果はどうやったん?」

「経過は順調で、リハビリをすれば身体も直に動けるようになるそうだ」


 つまりその間はダンジョンに入る必要もなく、安全圏でのんびり出来るわけだ。

 ネットで自分の評判を調べたり、通帳の中身を確認して悦に浸りたい。

 今の紫苑の胸には希望だけが詰まっていた。


「食事なんかはどうなるのかしら? 紫苑ちゃん、やっぱりしばらくは病人食?」

「胃に大きな負担をかけるようなものは駄目ですね。

でもまあ、普通の食事は食べ過ぎなければ問題ないって言ってました」

「そう、それなら快気祝いはもう少し先になりそうねえ」

「(快気祝いか……しゃあねえ、盛大に祝わせてやるか)」

『絶好調だなお前』

「(あ? まだ身体も上手く動かせねえしまだまだだよ)」


 それでも心の方は絶好調である。


「退院は何時になるのだ?」

「気が早いよルドルフくん」

「退院か……一時帰宅ぐらいなら一週間もあれば大丈夫だとは言ってたが……」

「じゃあ一緒に文化祭」

「文化祭? ああ、もうそんな時期なのか」

「というかアイリーンお姉さん? 何をさらっと誘ってるのよ殺してあげましょうか?」

「アリスじゃ、無理」

「(はぁ……文化祭、文化祭か……)」


 ぶっちゃけた話をするならば紫苑はそういった催しを好んではいない。

 中学時代、立ち位置的に率先して動かねばならなかったのだが、これがまた手間がかかる。

 当日だって見回りやら何やらでゆっくり出来た試しもない。

 なので紫苑的には文化祭なんてものは余り楽しみな行事とは言えないのだ。


「ちなみにうちのクラスは何をするんだ?」

「執事喫茶だよ」

「あの、執事喫茶って何をするのかしら?」


 中学中退の上に田舎出身の雲母は、

出店なんてやらずに各クラスで演劇やら合唱をする程度の面白くも何ともない文化祭の経験しかない。

 ゆえに執事喫茶などと言われてもピンと来ないのだ。


「えーっと……雲母さん、メイド喫茶とかは知っとる?」

「……知らないけど、若い子の間で流行ってるの?」


 メイド喫茶は二十一世紀に流行したもので今尚、壊滅的に廃れてはいない文化である。

 とは言っても秋葉や大阪の日本橋など、

そういう客層が来るところにしかないので田舎者である雲母は知らないらしい。


「メイドさんの格好をした店員さんが接客してくれるお店よ」

「はぁ……普通の店員さんじゃ駄目なのかしら?」


 確かにそういった感性の無い人間からすればメイド喫茶などは無意味なものにしか思えないだろう。

 しかしあまりにも身も蓋もない言葉だ。


「私もそう思いますが、そういうのが受ける土壌があるんですよ。

それで、その変化球というか……女性向けとして執事喫茶というものをやるんです」

「成るほど……でもちょっと待って、それじゃ男の子しか参加出来ないんじゃない?」


 女の子は全員裏方で催しを楽しめないのでは?

 雲母はそう危惧しているがそこも問題は無い。


「いや、多分男装するんじゃないですか?

(この女……色んなことに疎いなぁ……ジジババと話してるみてえだわ)」


 青春時代を総て捨て去って今に至る雲母にそういうものを理解しろという方が酷だろう。


「男の子の格好をするの?」

「うむ、女子はそうするみたいだ。何でも栞の体育祭での格好が受けたらしくてな」

「そういえば栞、体育祭の時に執事の仮装をしてたな」

「ええまあ……正直、どうかと思いますが……」


 お祭りのようなものでならば男装することも吝かではないが、

決して積極的に男装をしたいというわけではないのだ。


「クラスのカッコ良い男子とか綺麗どころを事前に投票してな?

選ばれた上位何名かが交代で店員やることになってるんよ。

ちなみにうちらパーティは全員参加、後アイリーンちゃんもやんな?」


 確かに美男美女揃いなので選ばれたのは当然の結果と言えるだろう。


「らしい」

「(おいおい、世界一の美少年こと俺が参加しなくて良かったのかよ)」


 文化祭は面倒だと思っていても、票を集めて一番になることには意欲的らしい。


「アリスちゃんは客引きで校内を回る役で、ルークくんは裏方で料理作るんやんな?」

「そうね、まあ私が着ても執事服なんて似合わないし丁度良かったわ」


 容姿に関しては一級品、しかし執事服が似合うかと言えばそれはまた別だ。

 まず第一に身長が小さいし、愛らしさが過ぎる。

 栞なども美人ではあるが、髪を結って胸をサラシで固定すれば男装の麗人風にはなれる。

 しかしアリスではどうしたってそうはなれない。


「(負け惜しみ乙、そしてルークは残当。テメェみてえなゴツイ執事はノーセンキュー)」


 まったくもって容赦の無い辛口評価である。


「ちなみにだけど、執事指名制度というのもあったりするよ」

「……それってホストクラブ?(参ったな、俺が参加してたら指名ナンバーワンになってたな)」

「私もそう思ったが、学校側は案外緩いらしくあっさり許可されたようだ」

「紫苑お兄さんが参加してたら指名して丸一日一緒にお茶出来たのに残念だわ」

「(ふぅ……参加してなくて良かった)」


 その後も文化祭関連の話やクラスメイトの話、

休んでいる間の授業内容について話していたのだが、ふとあることを思い出す。


「そういえば、カニ――加藤二乃はどうしてる?

俺はともかく、彼女は……最後に見た限りでは元気そうだったが……」


 ギルドの人間である雲母に視線を向けると……。


「その、加藤さんは行方不明よ」

「行方不明? ああ……まあ、そう……か」


 意識を失う前の会話を思い出せば失踪するのも当然かもしれないと渋面を作る紫苑。

 春風紫苑から勝利を得る、それが今のカニが掲げる至上目標。

 であればギルドの依頼でちまちまと遊んでいる暇は無い。


「(何か色々不吉なこと言ってたっけ……)」

『大丈夫なのかよ?』

「(奴は奴が望む俺にならなければ戦端を開かないよ。

放置しとけば上手いことこの連中も処分してくれるかもしれないし、深く考える必要は無い)」


 この場に居る面子は皆が皆、紫苑を好いている。

 だというのにこやつはあっさりと処分という言葉を口に出来るのだから流石だ。


「そういえば、その加藤さんで思い出したのですが……何故、接吻をしていたのでしょうか?」


 底冷えするような声、しかしそれは紫苑に対して怒っているわけではない。

 映像を見るに唇を奪ったのはカニで、そこに彼の意思が無いことを知っているから。

 そもそも好きな人が居て、本当に好きならば好いた相手を嫉妬のあまりどうこうしようなんて思えない。


「ん? ああ、あれか……いや、俺にも何が何だか……」

「お兄さん、ドキドキなんかしなかったよね?」

「流石にあれだけ悩まされた相手にそういう気持ちは抱けんよ」

「ちょっと待って。あれだけ悩まされたってどういうことだい?」


 京都以前から付き合いがあったかのような口ぶりだ。


「この中で一番最初に加藤――まあ、偽名らしいがアイツと関わったのは俺とお前だよ」


 予想外の返答にキョトンとする天魔。


「紫苑くんと天魔ちゃん? え、知り合いなん?」

「いや、僕は覚えがないけど……」

「顔の見えない暗殺者――そう言った方が分かり易いか?」


 その言葉は仲間内でしか通じない単語で、アリスらは意味が分からないと首を傾げている。


「ちょっと待て紫苑。彼女が、そうなのか?」

「ああ。直接顔を合わせたのは二度目だがな」

「ちょっと待ってください、何時ですか? 何時顔を?」


 ルドルフも栞も険しい顔だ。

 まあ、それも仕方のないことだろう。

 事故を装ってトラックを突っ込ませて紫苑を離脱させようとした挙句、

証拠隠滅のためにトラックの運転手を処分するようなイカレタ人間。

 そんなのとパーティ内でもっとも弱い紫苑が顔を合わせていたのだから心配するのも無理はない。


「ねえねえ紫苑お兄さん、顔の見えない暗殺者って?」

「学校同士の戦いでアリスと同じように戦う前に他所の生徒を排除してた女だよ。

つっても、奴はアリスよりよっぽどえげつない手を使ってただろうがな」


 まだ直に顔を見せて判断し、排除しようとかかって来るアリスの方が数倍マシだ。


「ああ……それね、私もあの時は色々調べてたけど結局尻尾は掴めなかったっけ」

「そうか……えっと、雲母さんやアイリーンには最初から説明した方が良いかな?」

「ええ、御願いするわ」


 二人が頷くのを確認し、春にあった出来ごとを軽く説明する紫苑。

 説明を続ける度にドンドン二人の顔が険しくなっていくのが印象的だった。


「俺は、その顔の見えない暗殺者――ってのは長いからカニと呼ばせてもらう。

彼女曰く、あだ名らしくてな。そう呼べと言われているんだ。

まあそのカニなんだがな? 初めて顔を合わせたのは体育祭の時だ」

「体育祭……ですか? あ、そういえばフォークダンスの時間に紫苑さんの姿が……」

「察しが良いな。そうだ、その時俺は奴と顔を合わせていた」


 もっと早くに教えて欲しかった、仲間達の抗議の視線が紫苑を刺す。


「すまない。初めて会った時は敵意の欠片もなかったからな。

彼女自身、どうして俺に会いに来たか分かっていないようだったし」

「はぁ? そりゃ一体何がしたいのさ」

「うん……まあ、そのことについて聞いたのが京都だったんだよ」

「戦いが終わった後で交わしていた会話のことか?」

「そうだが……ふと疑問に思ったんだが何故、知っているんだ?」


 紫苑からすればそこが解せない。

 その疑問に代表で答えたのは天魔だった。

 まあ、彼女と麻衣以外の面子はネットなどに疎いのでしょうがないだろう。


「(動画! 動画ですってよカス蛇さん!? やべえ、パネェ、春風英雄伝説始まっちゃったなオイ!)

動画か……そんなものまで流れてるとはな……まあ良い、納得は出来た」

『落ち着けよ』

「話の腰を折って悪かったな。それで、最後にカニと交わした言葉なんだが……。

(それより動画についてもっと詳しく知りたい。ネットの掲示板とかもチェックしたい!)」


 そこでわざとタメを作り、困惑の表情を浮かべる。


「俺に勝ちたい、らしい」

「紫苑に?」

「そう、俺に。曰く、俺から余計なものを削ぎ落として自分と同じ土俵に上げた上で、

どちらが上でどちらが下か、地獄のような戦いの中で決めよう……と言っていた」


 瞬間、部屋の温度が極端に下がった――ような錯覚を受ける。

 明確な敵対宣言を、しかもその対象は想い人。

 恋する乙女や母性に溢れる女が赦せるわけもない。


「(上手く火ぃ点いたな。これでカニと戦って諸共に消えてくれりゃ万々歳だ。

それよりパソコンとかこの部屋にねえのかな? 早く評判をチェックしたいんだが……)」


 明確な脅威であるカニより、目先の虚栄。

 この見通しの甘さをそろそろ反省するべきだと思うのだが……。

 猿でも反省出来るのにどうしてこの男はそれが出来ないのか。

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