↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハルジオン~口だけ野郎一代記~  作者: 曖昧
嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/204

紗織、社会からのコースアウト 弐

 カニとコンビを組んでから既に二月ほど経っていた。

 彼女はあれ以来、妙なことはせず地力だけで戦い、勝利を収めている。

 恐らくは鎌瀬だけが脅威だったのだろう。

 あれ以降の相手は外の道に属する手を使う必要は無いと言うことだ。

 ともあれ、そう言うわけで二千万ロリーズは今日も今日とてコロッセオを沸かしていた。


「お疲れ」

「そっちこそお疲れ様です」


 戦いが終わり控え室に戻って一息。

 間近で見ていた分かったのだが、やはりカニは素の実力も中々のものだ。

 冒険者、それも前衛としての適正が高いのだろう。

 加えて、鋏を操る技量もず抜けている。

 珍しい武器であるため先達が居るかは分からないが、

それでも、この齢にしては天才的と言って良いかもしれない。根本的な戦闘に関してのセンスが高いのだろう。

 紗織も得物こそ違えど戦う者として自分は結構なやり手だと考えていたが、

妹以外で己の才に比肩するような子供を見たのは初めてだった。


「……世界の広さ、ですね」


 井の中の蛙は大海に飛び込んだ。

 暗く深く冷たい深海《うみ》には見たこともない魚が居る。

 中々どうして、世界の広さと言うものは侮れない。

 だが、そこに飛び出すために払った犠牲が両親と親友だと言うのだから笑えない。

 この頃は事件があって間もないし、まだ幼かった。

 ゆえに紗織は自分の罪から目を逸らして栞に対しての怨嗟を燃やしていたのだ。

 そうしなければ、認めてしまいそうになるから。

 両親や香織が死んだ原因が、自分にあるのだと……。


「やけに暗い顔をしているな。何かあったのか?」


 紗織の消沈を目敏く感じ取ったカニが若干の気遣いを込めて問う。

 その心の裡を総て明かしたわけではないが、

彼女はそこそこ紗織に対して親愛の情を抱いているのだ。

 ゆえにこれもどちらかと言うと純粋な善意からの問いである。


「いえ、何でもありませんよ。既に終わったことですし」


 両親と香織が死んだのは既に終わった出来ごと。

 自分が成そうとしている復讐はまだ始まっていないこと。

 であれば何でもないと答えるのが一番だろう。

 紗織とてカニを心の底から警戒しているわけではない。

 と言うより自分の復讐に関係の無い人間にそこまで関心が無いのだ。

 鎌瀬戦直後こそ、不可解なことを問い詰めはしたものの、

じゃあそれを知ってどうするのかと言われたらどうする気もなかったのだから。


「――――そしてまだ始まってないこと、か?」


 心の中を読まれたような錯覚に紗織は息を呑んだ。

 何一つ、本名すら話していないのに真実を射抜かれたようで……。

 カニの瞳は心の奥深くを照らすような鋭い光を帯びていた。

 夢を見ている百合は思う。この瞳は、


"何処か春風さんに似ているわね。そう言えば"


 春風紫苑のそれともよく似ていると。

 あのヘーゼルの瞳は心の裡に溜まっていた澱に優しい光を当てることで吐き出させてくれた。

 それに比べるとカニのそれは些か以上に苛烈過ぎる。

 態度こそ平然としたものだが、何故かそう感じてしまう。

 だが、心の底を暴かれると言う点では同じだ。

 奇妙な類似性に少々の嫉妬を抱きながらも、再び幼き日の自分とカニに視線を落とす。


「知った風な口を利きますね」


 当時の紗織は荒んでいた。なので当然、刺々しい言葉が多くなる。

 それでも、カニに気分を害したような様子は窺えない。

 この場においてどちらが大人かと言われればきっとそれは彼女だ。


「そう言う性質だもんでね。知った風を装うってのも、これはこれで便利だ。

バレれば滑稽極まるが、上手いこと装えば知らぬものが見えて来る。

何せ相手が話してくれるんだからな。こう言うのも覚えておいて損は無いぞ」


 損得などではない。どうしてそんなことを私に教える?

 そう思いはしたが、結局紗織はそれを問うことはしなかった。

 どうせ何時もの無意味な会話だと判断したのだ。

 気紛れで思いついたことを淡々と舌に乗せているだけ。

 彼女の予想は正しい。実際、カニ自身も何か意味があって言ったわけではないのだ。

 ただ何となく口にしただけ。あくまで日常の中にある雑談の一つだ。


「それじゃあ……飯でも食いに行こうかな。お前はどうするよ?」

「……私も行きます」


 朝が来れば日が昇り、夜が近付くにつれて日が沈むのと同じで運動すれば腹が減る。

 それは自明の理だ。まあ、運動の内容と言うのは人殺しなわけだが。


"あの食堂の焼き魚定食、美味しかったな……"


 紗織はその後、半年ほど平坦な生活を続けていた。

 転機となったのは、二千万ロリーズが押しも推されぬ人気ユニットとなった頃だ。

 二人揃ってオーナーに呼び出され、直々に次の試合の組み合わせを伝えられた。


「僕さぁ、この仕事で喰っていけなくなったらアイドルのプロデュース始めるよ。

君らみたいなロリユニットって結構受けるみたいだし?

そうだね、ユニット名はヘル・ロリッショネルズとかどうだろう?」


 オーナーは相変わらずテキトーだ。

 苛ついていた紗織は糸を彼の首に巻き付けて無理矢理本題に入らせた。


「次、次の試合だよ。御客さんの要望も多くてね。チャンプと戦ってもらう」

「! 本当ですか?」


 降って沸いた知らせだった。

 強くなるためには強い人間と戦わなければいけない。

 このコロッセオのチャンピオンともいずれは戦いと思っていた。

 しかし、こんなにも早くチャンスが訪れるとは思っていなかったのだ。


「勿論。僕としても美味しい勝負だと思うよ? 勝っても負けても、ね。

勝てば少女二人が王になって話題性が生まれる。

負けてもチャンプは紳士だからね、絶対に殺されない。それは君らも知ってるだろ?」

「ああ。掃き溜めの中の宝石、なんて呼ばれてるものな」


 客がコロッセオで見たいのは残虐ショーだ。

 しかし、考えてみて欲しい。どんな好物でも毎日食べていると飽きが来てしまう。

 だからこそ、たまにはちょっと変わったものが食べたくなる。それと同じだ。

 現チャンプは十年近くこのコロッセオの王座に居るが、

チャンプになる以前はともかく、チャンプとなってからは決して殺さぬ戦いをしている。

 こんな場所で紳士的なファイトをする彼は異色と言えるだろう。

 それでも、圧倒的な強さとクリーンなファイトは一服の清涼剤。

 観客に飽きが来ないための工夫として、主催者側にも好評だ。


「そう。だから美味しいのさ。稼ぎ頭が死ぬこともないから後々も安心。

それに何より、試合自体が美味い。話題性あるよ?

話題沸騰中の二千万ロリーズと紳士的な王者。良いね、絵になる金になる」


 坊主じゃないけど丸儲け! そう笑っているオーナー。

 だが、夢を見ている百合は時系列的には後の存在だ。

 ゆえに、このオーナーが破滅への一歩を踏み出したことを知っている。


"……一応御世話にもなったし、止められるものなら止めてあげたいけど、ねえ?"


 生憎とこれは夢だ。己はフワフワと流れる夢の中を漂う木片に過ぎない。

 止めることなど出来ないし、少女紗織は止める気なんてさらさら無い。

 強い人間と戦える、これでもっと強くなれる。

 愚直にそれだけを考えている彼女に断るなんて選択肢は存在しないのだ。


「ギャラも弾むから期待しててよ♪」

「期待しています」


 話はそれで終わり、二人はオーナーの部屋を後にする。

 だが、紗織には気がかりが一つあった。

 鎌瀬以来ダーティな手を見せていないが、今回は明らかなる格上。

 カニが何かしてもおかしくはないのだ。


「……カニ」

「ん? 何だよ百合」


 何を言いたいか分かっているはずなのに、彼女は白々しい顔をしている。

 一々言葉にしなくても分かるだろうに……。

 軽く苛立ちを覚える紗織だったが、それでも言わなければいけない。


「妙なこと、しないでください。あなたは勝ち以外に価値を見出せずとも私は別なんです」

「勝ちと価値をかけたのか? ちょっと面白くないな。諧謔の勉強をしな」

「~~! そう言うことじゃないです!」


 顔を真っ赤にして怒りを表現する紗織は歳相応の少女に見える。

 だが、そんな可愛い怒りもカニには届かない。

 柳に風、暖簾に腕押し、糠に釘、正にそれだ。


「あなたって人は!!」

「――――だったら止めてみろよ」


 挑発的な視線と言葉。

 口で何かを言うより己の謀を力づくで止めてみろと言っているのだ。

 紗織はそれを挑戦と受け止め、力強く頷いた。


「やってやりますよ……!」


 仕掛けをしている現場を押さえて証拠を掴み、

バラされたくなければ試合の時だけ大人しくさせよう、紗織はそう考えた。

 鎌瀬の時、バレても構わないと言っていたが出来るならバレたくはないようだった。

 であれば大人しく言うことを聞くはず。

 そう考えた紗織はその日から試合が始まる一週間後まで、カニに付き纏い続けた。


"……結局、影すら掴めなかったのよね"


 ムキになって女の子の尻を追い回すかつての己に苦笑を禁じ得ない。

 尾行しては煙に巻かれ、待ち伏せてはすかされ、

良いように踊らされているかつての己は少々滑稽だった。

 結局、試合当日までそんなことが続き、得られたもの何もなく、ただただ徒に時間を失っただけ。

 ケツを追い回す暇があるなら自己鍛錬に費やすべきだった。


「さあさあ! 来ました来ました遂に来ました!

話題のルーキー、二千万ロリーズが公正明大、王の中の王に挑む時が!!」


 アナウンサーの呼びかけで、まずはロリ二人が闘技場で足を踏み入れる。


「真っ赤な切り裂き魔、怪奇カニ少女!

座敷童のような容貌だが福を運ばず死を運ぶ、おっかない座敷童こと黒百合!」


 座敷童と呼ばれたことに怒ったのか、紗織は少々顔を顰めている。

 普段なら別にどうとも思わないのだろうが今日は別。

 一週間散々虚仮にされているので苛々しているのだ。


「迎え撃つは、地獄に咲いた一輪の花。

掃き溜めの中の宝石、これが堂々たるチャンプの姿……。

敗北者の名を持ちながらも勝利を積み重ね続ける不敗の男――――ルーザー!!」


 眩い銀髪を靡かせてその男はやって来た。

 エメラルドの瞳は物憂げな光を帯びており、一見すると強者には見えない。

 体格だって特別筋肉があるわけでもなく、特別背が大きいわけでもない。

 紗織の目測では百八十六cm、七十六kgと言ったところだ。

 剣闘士よりもモデルをやっていた方がお似合いの見た目。

 しかし、それでも彼は強い。強いから今日まで王として君臨して来たのだ。


「お手柔らかに頼むよ。お嬢さん達」

「……胸を借りるつもりで挑ませて頂きます」


 紗織は勝てるとは思っていない。それでもただ負けたくはない。

 負けるにしても後に繋がる何かを得なければいけないのだ。


「ははは、よおチャンプ。今日はその名の通り敗北者へ堕としてやるよ」


 紗織とは対照的にカニは勝ち以外を見ていない。


「おや、頼もしいね」


 だが無駄だ。紗織はスカを掴まされ続けていたとは言え、何もしていないわけではないのだ。

 匿名でチャンプに手紙を送った。

 内容は食べ物に気を付けろ、部屋にあるものに気を付けろ。

そして何故気を付けなければいけないのか、そんな注意事項である。

 義理もあるからカニの名前こそ出さなかったが、それでも警告はしている。

 ここがまた、彼女の幼いところなのだろう。


"普通に考えてあんな手紙、誰が信じるってのかしら"


 夢の中の紗織が抱いている一種の安心感は幻だ。

 彼女がそれに気付けないのは幸いだろう。

 いや、そもそもこの一件では毒や爆弾なんて使っていない。

 そう言う意味では手紙なんて本当に意味がなかったと言えるだろう。


「と言うわけで黒百合、頑張れ。ほら、戦いたかったんだろう?

私は後ろでつらつらとくだらないことを喋っているから胸を貸してもらうと良い」


 まったく意味不明だった。

 王者を敗者に引き摺り下ろすなんて大言を吐いておいてこれか?

 釈然としないものの、戦いたかったのは事実だ。

 紗織は小さく一礼してルーザーへと躍りかかった。


「リングネームはルーザー。そいつは勿論偽名だ。本名は灰村北山《はいむらほくざん》」


 紗織は意図で編み上げた棘の雨を降らせて攻撃するが、

ルーザーは上に意識を向けることもなくそれを縫うように前進して回避。

 距離を詰めた勢いで一撃を見舞おうとするが……。


「年齢は今年三十二、好きな食べ物は饅頭。嫌いな食べ物はトマト。妻は居ないが子供は居る」


 カニが語っているプロフィールに反応したのか僅かながら動きが鈍る。

 そのおかげで紗織は糸の盾で攻撃を防ぐことが出来た。

 まあ、防げはしたが吹き飛んでしまったのだが。


「ちなみに性交渉の経験は無い。つまり、子供は実子ではない。養子だな。

養子は私達と同じ年頃の女の子で、ルーザーが何の仕事をしているかは知らない」


 これ以上喋らせてはいけない、直感的にそう悟ったルーザー。

 だが、得たいの知れない不吉が彼の足を止める。

 そこを狙って顔面へ飛び蹴りを叩き込む紗織。

 状況は常に流動している。

 観客やアナウンサーはカニが語る王者のプロフィールに興味を示しているようだ。

 ゆえに彼女が動かないことに関しての野次などは飛んでいない。


「そして――――どうして実の父親が死んだのかも知らない」

「……!」


 ルーザーの動きが目に見えて鈍っていく。

 紗織にはわけが分からなかった。

 カニの言葉が何か関係しているのであろうと言うことは分かったが、それ以上は不明。


「ここにやって来たのは十八歳の時だ。親の借金が原因らしいな。

だが、生来の強さもあってすぐにアイドル選手となり借金は返済。

それでもここを離れなかった理由は二つある。

一つはここで勝利することで得られる客からの歓声や尊敬の視線が惜しかったから。

そしてもう一つは――――生涯の友と言える存在と出会ったからだ」

「お、お前は……何を、知って……」


 呻くような問い、しかしカニはそれを無視した。


「お前は金などに興味は無かった。大量のファイトマネーは使わずじまい。

ただただ名声が得られればそれで良かった。皆が自分を褒めてくれるだけで良かった」


 ルーザーは全身に黒い何かが纏わりついているのを幻視した。

 それは濃密な死の気配、後悔と哀切が呼び水となってやって来た死神の痕跡だ。


「転機は二十二歳。友が王者となり自分がそこへ挑むことになった時だ。

お前は揺れた、揺れに揺れた。今までも友と戦ったことはあるが、僅差で負け続けていた。

だが、王者? 王者となればもっと得られるはずだ……欲しい欲しい欲しい欲しいよぉ!!!」


 ケラケラと笑う少女の顔に滲み出る狂気。

 その狂気こそが掃き溜めの中の宝石と称された男を穢し尽くす。


「何が何でも欲しかった。どんな手を使ってでも! 友を殺してでも!

欲しい欲しい欲しい欲しい! 魔が差したなんて可愛いものじゃない。

お前は狂おしいまでの渇望に溺れていた。だから考えた、どうすれば良いかを。

そこでお前はふと思い出す。友が嬉しそうに子供が生まれたと語っていたと」


 こんな場所では、身分は明かさないし詮索しないのが暗黙の了解だ。

 しかし、ルーザーとその友は特別だった。

 確かな友情があったからこそ互いのことを教え合っていた。


「お前は狂気に突き動かされ、まったく使っていなかった金に手をつけた。

試合前にダーティな連中を使って赤ん坊を拉致させて人質としたのだ」

「~~! お、俺は……俺は……」


 どよめくコロッセオ。宝石と呼ばれる男が過去にそんなことを?

 波紋はあちこちで広がっている。


「元々実力は近かった。だから、僅差で敗れるように偽装するのは容易い。

お前は友に、そう取引を持ちかけた。勿論、殺すつもりはなかった。

だが、試合中に頭をよぎったのだ。コイツを生かしておいたらマズイってな。

最初から気付けよ。後から暴露される可能性とかさぁ。

ま、そんなお前のアホぶりはどーでも良いんだどーでも」


 今、このコロッセオの空気は誰でもないカニが掌握していた。

 気付けば誰もが息を呑んで彼女の言葉に耳を傾けている。

 それは紗織とて例外ではなかった。


「揺れ動く、揺れ動く。友情と欲望の間でお前は揺れ動く。

が、お前は殺した。勝利を決める一撃に殺意を乗せてな」


 そうしてルーザーはコロッセオの王者となったのだ。

 友を奪ってまで得た王の椅子。後悔が無かったと言うわけではない。

 でも、嬉しいものは嬉しいのだ。


「罪悪感はあったが、お前はお前なりに折り合いをつけるつもりで居た。

自分がこれから得られるファイトマネーを友の妻子に捧げ続けることでな。

しかし、そうはいかなかった。お前は友だけでなくもう一人殺したんだよ」


 ルーザーにとってそれは完全に予想外のことだった。


「元々産後は調子が良くなかった。そんな時に我が子が誘拐されたんだ。

どれだけのショックだったろうなぁ……赤ん坊を返す前に友の妻は死んだ。

ここからは想像だが、それを知った瞬間お前は耐え難い後悔に襲われたんだ」


 それはその通り。酔いが醒めたとでも言うべきだろうか。

 ルーザーは自分の行いを心底から悔いた。

 浅ましい欲望で友とその妻を殺し、何も知らぬ赤子から父と母を奪ったのだ。


「だからお前は遺された赤子を引き取り養子とすることに決めた。

そして今に至るまでここで戦い続けて来た。だが、それは名声のためじゃない。

自分の娘となった赤子のために莫大な財産を遺そうと思ったからだ」


 それがせめてもの償いと信じることでしか生きられなかった。


「娘の名前は灰村唯。可愛い子だな。ほら、私はどうにも可愛げがないからさ」

「……お前は、何者だ?」

「お前が殺した女には兄貴が居たらしくてな? そいつにガキが居るらしいんだ」


 丁度、灰村唯と同じ年頃くらいの……そう言って笑うカニ。

 察せないほど馬鹿ではない、

ルーザーも、紗織も、観客も、誰も彼もがハ! っとした顔になる。


「その兄貴は外国に居て、しかも所在が掴めなかったから妹の訃報を知るのが随分遅れた。

実に五年後だ。五年後に妹の死を知り、その遺児が行方知れずであると知った。

そりゃ当然。正規の手続きで養子にしてねえからな。

兄貴は妹の仇とも言える誘拐犯について調べ続けた。

赤子はもう死んでるって思って調べてなかったようだが……三年前、遂に真実に辿り着いた」


 ルーザーの顔色は蒼白だった。

 悔恨と哀切に縛り付けられて呼吸をするのも苦しい。

 目の前に居る小さな審判者が怖くて怖くてしょうがない。


「が、無理が祟ったんだろうな……その兄貴はポックリ逝っちまった。娘一人を遺してな。

娘は遺品整理の最中に見つけちまう。自分の父親が調べていたものをな。

父親を殺したのは誰だ? そう、その誘拐犯――の頭である灰村北山だ。

大好きな父親を殺されちまったんだ。ガキだって憎悪を抱くさ」


 紗織は神妙な顔をしていた。

 まさかカニが自分と同じ存在で、今正に本懐を遂げようとしているとは思っていなかったのだ。


「そいつにとっては従姉妹になるんだろうが、知ったこっちゃない。大事なのは父親だ」


 カニは懐から取り出した携帯を操作して、何かの画像を表示させる。

 そしてそれをルーザーに投げ渡した。


「あ、あぁ……ゆ、唯……! そ、そんな……う、嘘だろう……?」


 その画像の日付は今日だ。

 今日正に灰村唯は何処かに拉致されて監禁されているのだ。

 かつて自分がそうしたように、目の前の少女がそうしたのだ。

 恐れと後悔で全身を震わせるルーザー。


「あんたの友もそう思いたかっただろうな」


 観客達は静かだ。しかし、白けているわけではない。

 ドラマチックな復讐劇が始まったことに興奮しているのだ、静かに……静かに。


「……お、俺はどうなっても良い。だが、唯は……唯は!!」


 従姉妹なんて知ったことではない、先ほどの言葉が恐怖を加速させる。


「――――テメェでテメェの心臓ぶち抜けよ」


 それは死の宣告だった。


「……これも、報いか」


  悪因悪果、天網恢恢。虚構の王者である己には当然の最期。

 ルーザーは総てを諦めたような顔で静かに笑っていた。


「頼む、唯は……唯にだけは手を出さないでくれ」

「さっき言っただろう? そいつにとっては知ったことではないと。死のうが生きていようが目的は一つだ」

「俺の命、か。ならば良い。そして、償いと言うわけではないが君にも俺の財産を分与しよう」


 単純な現金以外にも宝石やら何やらもある。

 それらの隠し場所をカニに告げ――――ルーザーは己の心臓を握り潰した。


「う、あ……ぁ……」


 身体が崩れ落ち、視界が歪み始める。

 それでもカニから目を離さない。自分が生み出してしまった復讐者を。


「カニ……」


 紗織もまたカニを見つめていた。自分と同じ復讐者の姿を。

 とても穏やかな顔だ。自分も復讐を遂げればあんな顔になれるだろうか?

 何時か訪れる瞬間に彼女は思いを馳せていた。


「ああそうだ。一つ、勘違いを解いておこうか」


 ポン、と手を叩きカニはルーザーに近付く。


「――――別に私は作り話に出て来た従姉妹じゃねえから」

「――――え」

「一度だって私がそうだって言ったか? 言ってねえだろ」


 極大の絶望がルーザーを貫き――――彼は絶命した。


「か、かかかカニ……」


 紗織は震える声でその名を呼ぶ。

 怒っているのか、呆れているのか、何も分からない。

 気付けばカニの名を口にしていたのだ。


「何だよ?」

「な、何故……そ、そんな嘘を……?」

「――――勝つため。だってリアリティ持たせなきゃ人質の写真信じてもらえねえだろ?」

「~~~! あ、あなた! 何だってそこまで勝ちに固執するんですか!?」


 それはこの茶番を見ていた者達全員の意見だった。


「理由なんかねえよ。卑怯非道、なんとそしられようと私は勝ちたいんだよ。

いや、特別過去に何かあったわけじゃない。ただただ勝利を積み上げ続けたいんだよ!!

他人からすれば賽の河原よりも非生産的で虚しい行いだろうが一向に構わん!

擦り切れた勝利を心臓が止まる瞬間まで積み上げ続けるために私は生きている!!

だって楽しいもん! 勝つって気持ち良いもん! どんな過程を経ていようとも勝ちは勝ち!

クカカカカカカ! ワキャキャキャ!! あー! 最高!

私がこのコロッセオに来たのもここで最強って言われてるコイツを負け犬にするためだ。

富士の頂で御来光を拝むより爽快だわ。良いね、やっぱ止められんわこれェ!!!」


 最 強 の ヒ ー ル 誕 生 で あ る。

 人気選手になること間違いなしだ。


「く、狂ってる……狂ってますよ、あなた……」


 異常者には二種類ある。

 紗織のように環境が生み出してしまった異常者と、先天的な異常者だ。

 異常であることに意味はなく、ただただ自然のまま異常として存在している。

 それを理解しようとしてはいけない。

 枠に嵌めて理解した気になることこそが一番の間違いだ。

 だって本当に理由が無いのだから、理解すると言う前提からして間違っている。

 カニは圧倒的なまでに後者の異常者だ。

 例え幼子であろうとも本当に逸脱している者であれば年齢など関係ない。

 ゆえに、この結末は当然の結果だったのだ。


"……今みても本当にロクでもないわ"


 その後の顛末を語ろう。

 カニ自身がそう言ったように、目的は果たされた。もうコロッセオに用は無い。

 大規模のテロを敢行してコロッセオは灰になりオーナーや観客も死に絶えた。

 残った選手もついでとばかりに処分して回った後、カニは紗織に礼を告げた。

 同年代の女の子とのコンビも悪くはなかったと。

 紗織はしばし迷った後で、次の場所へと向かうカニに同行することに決めた。

 彼女の狂気と勝利への執念を学ぶためだ。

 そうして、十四歳の冬まで紗織はカニとコンビを組み続けた。


"ああ、夢はこれで終わりね"


 身体が浮上する。過去への旅はこれで終わりだ。

 旅の終わりにやって来る朝の光が百合を現実へと引き戻した。

 時刻は十時半。休日とは言え少々寝過ぎてしまった。


「んー……何ともアレな女ね……」


 顔を洗ってソファーで一息。

 思い出すのはあの勝利に餓えたカニっ娘のことだ。

 あの後も幾度となくその外道を見て来たが、今思い出してもドン引きものだった。


「あら? 御客さんかしら?」


 呼び鈴の音が聞こえて、玄関を開けるとそこには……。


「やあ、久しぶりってほどでもないか。近くに寄る用事あったから会いに来たぞ」


 背も伸び、身体の凹凸も大きくなった怪奇カニ少女の姿があった。

 カニは笑顔で片手に持っているケーキの箱を見せ付けている。

 土産、と言うことだろう。


「……まあ、上がってください」

「ああ、お邪魔するよ黒百合」


 リビングにカニを招き、茶を出す百合。

 黒姫百合として存在するために随分手を借りたので無下には出来ないのだ。


「そう言えばさ、復讐はどうなったんだ?」

「あー……そう言えば連絡してなかったですね。大勝利ですよ」


 あれは勝利と呼べるのだろうか?

 いやまあ、百合の視点では完全無欠の大勝利ではあるが……。


「そいつは重畳。勝利を愛する者として祝福するよ」

「不吉ですね、あなたの祝福とか」


 と、そこで百合は思い出す。


「カニ」

「何だよ?」

「私、あなたの能力やら何やらは少しばかり教えてもらいましたけど……本名、聞いてないですよね?」


 ついでに言うなら百合自身も本名を名乗っていない。

 割と長い間一緒に居たのに、二人共そこら辺は無頓着だったのだ。

 百合もカニも別に隠すつもりなんてなかった。

 ただ言う機会がなかっただけ。であれば今は良い機会と言えるだろう。


「かつての私の本名は醍醐紗織です。ま、今は黒姫百合として生きてますが」


 醍醐紗織の名はもう名乗らないつもりだったが、義理を欠くのはどうかと思ったのだ。


「そんな名前だったのか……ああ、じゃあ私も名乗ろう。私は葛西二葉だ」

「普通の名前ですね。ん? かさいふたば……? カ西二葉……」


 カ ニ は や っ ぱ り カ ニ だ っ た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。