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ハルジオン~口だけ野郎一代記~  作者: 曖昧
嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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29/204

見栄が招いたモノ 参

 時は少し遡る。

 三人娘が銃撃に襲われ、ルドルフが山中に入った辺りでのこと。

 飛んで飛んで最終的に谷底に落ちた紫苑は……


「(痛い痛い痛い痛い……何で俺がこんな目に遭ってんだ……

それもこれも猪突猛進馬鹿のせいだ! 俺は今後アイツらを同じ人類とは認めねえ!

ピテクス的な何かと判断するぞ。つーかルドルフ! お前何のために反応したの?

俺を助けろよ! 人の服だけ破いてあっさり落ちてんなよ! そのまま墜落して死ね!!

と言うか言ったじゃん俺! ちょっと待てってさ! あれ気付いてたら回避出来たよ?

兎に土中を掘らせてさえ居れば……うぅ、くそぅ……もうやだ……俺冒険者辞める!!)」


 身体中に刺さった岩により身動きが取れずに居た。

 それなりの血を流しているのに死んでいないのは流石は冒険者。

 いや、勿論刺さった岩が栓の役目を果たしているからでもあるのだが。


『それより紫苑! お前やべえんじゃねえのか!?』

「(分かってる……つか、何だこれ……色々とおかしいぞ……?)」


 痛みにより辛うじて意識は繋がっているが、今にも途切れそう。

 それでも最後の一線を超えないのは死にたくないからだ。


『あん? 何がだよ?』

「(俺が怪我をしてる事実そのものがだ。良いか? 俺は前日に装備を整えたんだぞ?)」


 ギルド側が用意した物資の中にあった防具。

 見かけは何時もの制服だがインナーは特別製なのだ。

 紫苑が自分のポケットマネーでは絶対に買わないような値段の代物。

 それを着込んでいるのに怪我をした、その事実が腑に落ちない。


『不良品か、あるいは衝撃に耐えられなかったとか?』

「(馬鹿、そうじゃねえ。考えてもみろ、俺の落ち方と高さを)」


 別に遥か上空まで昇ってから墜落したわけではない。

 放物線を描くようにここに落ちて来たのだ。

 勢いがつき過ぎていた? そうでもない、山中に入った時には緩やかに速度が落ち始めていた。


「(見ろ、上を。普通の人間なら落ちてアウトだが、これを着込んでたら全身打撲くらいで済む)」


 制服は貫けてもインナーは貫けない。

 打撲こそあるかもしれないが、肉に到達するわけがないのだ。


「(ましてや後衛とは言え俺は冒険者。こんな重傷を負うはずが無いんだよ。

このインナーも特殊素材でな、雑魚いモンスターの攻撃くらいじゃ傷一つ付かない。

その上で考えてみろ。この程度の高さから落ちるのがモンスターの攻撃より強いか?)」

『それは……確かにそうだな。じゃあ何なんだよ?』


 良い具合に脳内麻薬が分泌されて来たのを感じた紫苑はゆっくりと起き上がる。

 腰に着けたバッグには医薬品の類も入っているので治療するなら今しかない。


「グッ……(か、仮説その一……お前が言った不良品って説だ)」


 まずは太ももに刺さっている大きめの欠片を引き抜く。

 それにより激しく血が噴出すが慌てず騒がすポーチから消毒剤を取り出し消毒。

 そして止血用具を取り出し止血。

 その上で蜘蛛女の糸で編んだ包帯を巻きつけてこの箇所は終了。


『でもそれは無いんだろ?』

「(ああ、実際に確かめたしな。仮説そのニ、防具が防具としての機能を成さない)」


 横っ腹にある破片を引き抜く。

 今度は出血こそ少なかったが傷口に細かな岩が残留している。

 紫苑は涙を流しそうになるもグっと堪えて傷口に指を突っ込む。


『あ? そりゃ一体どう言う意味だ?』

「(そ、それはぁああ……!!)」


 痛みから思わず声が上ずってしまう。

 それでも表面上は鉄面皮のまま冷静に治療を行っているようにしか見えないのだから流石だ。


「(ごほん……話を戻すぞ? このインナーにはモンスター由来の素材が使われている。

蜘蛛女の蜘蛛糸と鬼の御髪、大蛇の臓腑を特殊な薬剤で混ぜ合わせて生まれた合成繊維。

それを職人が手ずから編んだのがこの一品。防御力は半端無いわけだ。

けどこれが何らかの要因によりマジでただのインナーになってしまったとしたら?)」


 貧血によりかなりくらくらして来たがここで意識を失うのは不味い。

 紫苑は治療をしつつカス蛇との御喋りで意識を保とうと踏ん張る。


「(このダンジョンそのものがそう言うモンスター由来の防具や武具から、

頑健さや切れ味なんかを奪ってしまうと言う特性を持つ可能性が一つ。

それならばブルジョワ日本人形の糸と馬鹿外国人の槍、

キチガイメンヘラの義肢なんかもちょっとキツイかもな。ただあくまで仮説でしかない)」


 あるいはこの山中だけ?

 どちらにしろ両方で普通に戦えるようならばそう言う特性は無いだろう。


『他の可能性は?』

「(お 前 だ カ ス 蛇)」

『はぁ!? 何で俺様だよ!?』

「(他の連中が普通に武器防具を使えるとして、その上で連中と俺の違いを考えてみろ)」


 補助魔法普通、才能特に無い、肉弾戦なんて無理、必殺技も無い。

 口が達者で人を蔑み見下し愉悦に浸る腐った性くらいしかない紫苑の特殊性と言えば蛇だけだ。


「(分類的にゃ普通のダンジョンよりこう言うとこに居るのがお前だろ?

そのお前が憑いてる俺がこのダンジョンに来たことで、

何らかの特殊反応が起こって防具が駄目になったとかじゃねえの?)」

『ぬぅ……俺様には分からんが、そう言われると何か説得力が……』


 流れ的に考えてそうとしか思えないと言うのが紫苑の感想だった。


「(疫病神だなお前……俺の人生はお前のせいでお先真っ暗だよ。

思えば振り分け試験の時にお前なんぞと出会わなければなぁ……

今頃は普通の生活を送っていたはずなのにさぁ……最悪だわー。

あーあ、蛇って縁起良いんじゃないんかよ。どうして清く正しい俺ばかりがこんな目に……)」


 危機に瀕した時、その人間性が垣間見えると言う。

 つまり死ぬかもしれないような状況で恨み言を漏らす紫苑は……つまりはそう言うこと。

 何処まで行っても春風紫苑は春風紫苑なのだ。


『はぁ!? お前俺様居なきゃガッポリ金稼げなかっただろうがよぉ!!』

「(命あってのモノダネだろうがよ!?)」

『俺様知ってるかんな!? お前が毎夜通帳見てニヤニヤしてんのさぁ!!』

「(あーあー! 聞こえませーん! 俺が金を稼げたのは俺の才覚ですぅ!!)」

『才覚? ああ、詐欺師の才覚ですね分かりまーす!!』

「(テメェマジで殺すぞ!?)」

『したらお前も道連れにしてやんよ!!』


 そして始まる霊長類と爬虫類の争い。

 蛇相手に低俗な理由でマジギレして喧嘩をする人間なんて多分紫苑くらいだろう。

 いやまあ、人語を介する蛇と言うのも今のところはカス蛇くらいだろうが。


『じゃあもう良いわ。敵が現れた時に俺様がコンタクト取って色々聞くってアレ無しな』

「(――――え? それは困る。やれよ)」

『お前どんな面の皮してんの? おかしいよね? こんだけ言っといてやってくれると思ってたの?』


 紫苑の面の皮の厚さは今着込んでいるインナー以上だ。

 伸縮性、頑健性、ダンジョン由来の素材で出来た合成繊維も顔負けの性能である。


「(俺、信じてる。お前何だかんだ言って良い奴だって)」

『すげえなオイ、こんだけ中身の無い信頼は初めてだよ俺様』

「(つーかお前、考えてみろ。俺モンスターに会ったら死ぬぞ?)」

『あ、そうだ! 最低でも言葉で説得してお帰り頂かなきゃ俺様死んじゃう!?』

「(そう死んじゃう。俺もお前も死にたくないから気張れ。そしてついでにお宝の在り処とかも聞け)」


 二兎追う者、一兎も得ず――――お前はその言葉を辞書で引き赤線でチェックしろ。


『! おい、何か近付いて来るぞ!! 知った気配じゃねえ!!』

「(え?)」


 頚動脈に突き刺さっていた岩をどう抜いたものかと思案していたのに、

いきなりそんなことを言われるもんだから……勢い余って一気に抜いてしまった。

 噴出す鮮血は辺りを血の海にする。

 それでも失血死を避けるべく本能は身体を動かす。

 消毒、止血、隙の無い行動だった。


「(造血剤造血剤!)」


 今すぐ逃げねばと、速攻性の造血剤を口に放り込む。

 一瞬で血を増やせる代わりに身体に多大な負担をかけるこの造血剤。

 壊れたように早鐘を打ち始めた心臓、霞む視界、それでも逃げねばいけない。

 紫苑はフラフラしながらも立ち上がろうとするが……


『駄目だ! 来ちまった!』

「(うわぁ……如何にもやばそうな感じじゃねえか……)」


 大きな黒い靄――否、密度が違い過ぎる。

 空間が黒で塗り潰され先など見通せない。不定形の闇そのものと表現する方が正しいだろう。

 それは音も無く滑るようにして紫苑に近付きその身体を持ち上げる。


「あ、ぐぅ……!」


 闇にしか見えないが恐らくは腕だ。

 五指に掴まれた感触がある。紫苑はビビリながらもカス蛇に命令を下す。


「(カス! 呼びかけろ! 俺の命を助けるんだ!)」


 助けられる側の態度じゃない。


『おう! 任せ――――あ』

「(あ、って何だ!? あ、って!!)」

『いやよく考えてみろ。俺様普通に喋ってるわけだけどこれ普段お前以外にゃ聞こえないよな?

だからアイツにも聞こえないんじゃねえの!? 他に呼びかけ方知らないよ俺様!?』


 人語を介するモンスター同士仲良くさせよう大作戦失敗である。


「(使えNEEEEEEEEEEEEEEEEE! マジで役立たずじゃん! 最悪もう蛇皮だけ遺して死ね!)」

『財布に入れるつもりかクソ野郎!! この銭ゲバが!!』


 ミシミシと音を立てる頚骨。意識が遠のき始めた頃、紫苑はあることに気付く。


「(あれ? コイツ……何だ……)」


 不定形の闇でしかなかったはずのモンスターの輪郭が徐々に見えて行くのだ。

 灰色に近い黒の肌、柘榴のような紅い瞳、かなり人間に近い姿だ。

 むしろ整っていると言って良いだろう。顎からはダンディーな髭まで生えている。

 西洋の意趣が取り入れられた甲冑に瞳のそれと同じ色の外套――格好も人のそれに近い。

 限りなく人に近いモンスターにニ腕ニ足の鬼が居るが、これはそれ以上だ。

 纏う雰囲気や感じる圧力は人のそれではないし実際に人ではないのだろうが、姿形は人に近い。


「――――ほう」

「(ヒィッ!? シャベッタァァァァァァァ!!! それに……な、何か垂れてるぅうううう!!)」


 額がバクリ、と割れて第三の瞳が開く。

 そこからドロリと零れた真白い汁は膿のようでとても気持ち悪い。


「少し毛色が違ったから戯れに隔離してみたが、何のことはないと思っていたんだがなぁ……

ええおい、童! お前さんにゃ俺の姿がどう映る? ああ、言わなくて良い。目が語ってくれる」


 目は口ほどにものを言うらしいが……


「(こ、心が読まれてるのか!?)」

『――――なわけねえだろ。三千大千世界でお前の心を知るのは俺様ぐらいだよ』

「(あ? 何意味分かんないこと言ってんの? つーかやけに落ち着いてんじゃねえか!

諦めたのか!? この駄目爬虫類め! お前みたいなガッツの無い奴が世の中を腐らせるんだ!)」


 そう言うお前もガッツなんて皆無じゃないか。

 何もせずに富と尊敬を集め、大上段から愚民を見下ろしたいと思ってる癖に。


『え? あー……ちげーよ。ほら、何か興味持たれてる感じだしさ』

「(楽観かよ! 俺がこの世で一番嫌いなのは楽観だ!)」


 尚、嫌いなものランキングは下手すれば分単位で変動する模様。

 と言うかコイツも大概楽観ばっかだ。見通しの甘さが今の状況を招いているのだから。


「(だが、会話をしたと言うことはチャンスはあるわな)……それで? 俺は何て言ってた?」

「ああ、偉そうに言ってみたが何も分かんねえ。分かるのは、俺の姿に驚いてるってことだけだわな」


 カラカラと笑うそいつに悪意は一切無い。

 だが、それが怖い。いっそ見下して哂ってくれた方が色々分かりやすいのに。


「そうかい。散々おちょくられたんだ、それを聞いて若干溜飲も下がったよ」


 思考と保身回路がかつてない速度で回り始める。

 総てはこのダンジョンから生きて帰還するためだ。

 そのために目の前に居る三つ目の性格を完全に把握する必要がある。

 だからこそ紫苑は無難な言葉選びをしない。

 無難な言葉を投げて返って来るのは無難な答えでしかなく本質には届かないから。


「……普通、こう言う時は"お前は何者だ? 何を考えている?"なんて問うもんじゃないのか?」


 三つ目はフリーの手で髭を撫ぜながら興味深そうに問いを投げる。


「ならばお前が俺の立場に居たらそう言う問いを投げていたのか?」

「いいや、そりゃないな」


 楽しげに口の端を吊り上げて三つ目は返す。

 まずは一歩、橋板を踏み外さずに進めたことを確信した。


「だったら俺が問うべきことでもない」


 この世に嘘つきは二種類居る。

 意味のある嘘を吐くタイプ、意味の無い嘘を吐くタイプの二つだ。

 前者は紫苑で、彼は自分の自尊を守るためだけに多くの嘘を連ねている。

 虚言癖を持つ人間は後者に分類されるように思うかもしれないが違う。あれは前者だ。

 虚言癖は病気と言う意味を持っている。だから意味の無い嘘を吐くには分類されない。

 と言うかそもそも殆どの人間は前者に分類されるのだ。

 後者は本当に心の何処かが壊れている人間ぐらいしか居ないだろう。

 この区別が三つ目にも適用されるかどうかは分からないが……


「(コイツが意味の無い嘘吐きなら完全詰みだな……)」


 そんな相手ならば会話で興味を引いて生き永らえると言う選択は取れない。

 考えても無駄の完全な運ゲーに堕するのだ。

 何せ安全な道かと思えば地獄へまっ逆さまの道かもしれないのだから。


「(そん時は最終手段を取るしかない)」

『最終手段って?』

「(何 か カ ッ コ い い こ と し て 死 ぬ 大 作 戦 だ)」


 それは作戦と言えるのだろうか?


『お前は死の間際でもカッコつけたいの?』


 自尊心を満たすためにはそりゃカッコつけたいだろ。

 まあ、他にも理由はありそうだが。


「(カスの馬鹿! コイツが喋れるってことは俺の死に様を誰かに話される可能性があるってことだろ!

そうなった場合、死んでからの俺は見下されるんだぞ!? そんなの嫌なんだよ!!)」


 話す相手はルドルフ達かもしれない、あるいはこの先訪れる冒険者かもしれない。

 そんな連中に対して自分はみっともなく死んだなどと言われるのを想像したら――耐えられない。

 自分至高を掲げるロクデナシの思考は常人には何とも理解し難いものだ。

 と言うかそもそも三つ目が死に様を誰かに話すとして、正直に話すだろうか?

 その辺の考えに辿り着けない辺りが紫苑の迂闊さを浮き彫りにしている。


「(考えただけで怖気が奔る。俺が誰かを哂うのは良いが俺は哂われたくないんだよ!)」


 身勝手極まる論理である。


「じゃあお前は何を問い、何を知るべきだと考えているんだ?」

「(そんなの俺が聞きたいわ)そうだな――――あんたに一泡吹かせる方法かな」


 綱渡りの問いだ。機嫌を損ねても仕方ない類のものだが、一応大丈夫と言う根拠はあった。

 "若干溜飲も下がったよ"と言う挑発的な言葉。

 "ならばお前が俺の立場に居たらそう言う問いを投げていたのか?"と言う問いに問いで返す無礼。

 ラインを見極めていたのだ。大丈夫かどうかのラインを。

 加えて、会話の中で相手が好みそうな言葉の傾向も探っていた。

 それらを踏まえた上での発言であり、紫苑は大丈夫だと思っている。


「賢しいなぁ……お前。生き残るために言葉を選んでいる。

俺の興味を引き、俺を知ろうとしている。賢しい、本当に賢しい」

「(意図読まれてるぅううううううううううううう!)」


 紫苑は今すぐにでも叫び出したかったが、自尊ガードがそれを防いだ。

 その見栄が墓穴を掘っていくことに気付――――けないんだろうな。


「これで冷や汗一滴、僅かにでも臆していたなら殺すつもりだったんだが……」


 完全無欠の鉄面皮には汗一つ浮かんでいない。


「(あれ? 良い流れ来た?)」

「まるでブレちゃいねえ。最後の最後まで徹底的に諦めないって面ぁしてやがる」


 それは一体誰のことを言っているんでしょう?


「だが、ただ生き汚いわけじゃない。"一泡吹かせる"って言葉――未熟さが出ちまったな。

お前は生き残り、尚且つ自分達をおちょくった俺に一矢報いたいと思っている」


 いいえ、思っていません。

 何処か大物感を漂わせていた三つ目だが、こうなると滑稽だ。

 大物に必要なのは相対する者を見抜く眼力。

 その上で紫苑と言う男は最悪だ。どんな大物でも道化芝居に巻き込んでしまう。

 唯一の救いは巻き込まれた当人が道化芝居の演目に出たと気付けないことぐらいだ。


「そう言う稚気もまた嫌いじゃない――――気に入った」

「ッ!」


 首を掴んでいるのとは逆の手で紫苑の腹を叩く三つ目。

 するとどうだろう? 痛みが消え造血剤の副作用も失せてしまった。


「生かしてやる」

「(おお!)」

「――――ついでに少しばかり遊ぼうか」

「(え?)」

「勝てば生き残れる上に俺に一矢報いることが出来るぞ? 何、負ければさぱっと総てを失うまでよ」


 言うや三つ目は紫苑の首根っこを掴んで飛び上がった。

 かなり高度な飛行能力があるらしくあっという間に山を抜けてだだっ広い平野に辿り着く。


「(逃がせよ! もうそこは素直に逃がすもんだろ空気的に!)」

「さあ、じっとしていろ」


 敵の人差し指が紫苑の左胸に触れた。

 すると指から何かが流れ込みその胸が隆起する。


「う、ぐぅ……!」


 何かが体内を這い回る感触はひたすらに不愉快で、

同時にこれが自分を害するものであるとの確信も得た。


「この戯れに勝てねばそいつが心臓を喰らう」

「(ええい……何だかとってもベタな仕込みをしやがって……!)それで、遊戯の内容は?」

「ん? ああ、しばし待て。もう少しで到着するだろうよ」


 その言葉に従って五分ほどか。待ち人はやって来る。


「紫苑さん!」

「よ、良かった……い、生きとったよぉ……」

「生きてはいるが、おかしな状況みたいだね」

「ああ……あれはひょっとして人質、と言うことだろうか?」


 やって来たのは頼りにならない仲間達(紫苑視点)だった。

 全員息を切らしているところを見ると必死で紫苑を探していたのだろう。


「童、お前の口から現状説明をしてやれ」

「……童と言う名ではないんだがな。まあ良い。皆、聞いてくれ」


 手早く状況を説明すると全員の顔が険しくなった。

 まあ、それも当然だろう。

 自分達のリーダーの命が握られた上、遊びに付き合えと言うのだから。


「どの道選択権は無いってか……」


 苦虫を噛み潰したような表情で天魔が漏らす。


「(そうだよ。お前ら馬鹿共のせいでこうなったんだからな)で、何をすれば良いんだ?」

「そうさなぁ……俺から半里ほど離れろ」

「は、半里? 半里とは何だ?」


 外国人に優しくない三つ目である。


「きょ、距離なんは分かるけど具体的に幾つやねん……」

「僕も知らねえや」


 追加、日本人にも優しくない三つ目だった。


「一里が約四キロだ(と言うかコイツ……)」


 色々と腑に落ちないことが多い。

 間違いなく人外の存在だが、何処か妙なのだ。


「(ひょっとしたら人間喰ってその知識を……とかだったりしてな)だからその半分の……」

「ニキロですよ。とりあえず、命令に従いましょう」


 言われるがままにニキロほど距離を取ったところで、今度は頭の中に声が響いて来た。


"よし、それで良い。じゃあ次だ"


 言うや三つ目を中心に思わず笑ってしまいそうな数の餓鬼集団が出現する。

 奴らは半包囲のような形で射撃の総てが紫苑らに叩き込めるような布陣を取った。


"これで三千だが――――まだ足りぬ"


 半包囲をしている集団の後ろに更なる餓鬼が現れた。


"一列三千の三列で……しめて九千よ。コイツらが何なのかは娘っ子にでも聞くと良い"


 間断なく撃ち続けるための陣形だとすぐに察せたのは実際に戦った天魔らだった。

 彼女らは事情を知らぬ紫苑とルドルフにも手早く説明を済ませる。

 射程、威力、チャージなどがあること、一つ余さず伝えた。


"説明は終わったな? ならばこの遊びの主旨を教えよう。

間断なく放たれる攻撃を真正面から突き破って俺に触れてみろ、そうすれば勝ちだ。

しばしの間、考える時間をくれてやろう。俺はそれを聞かん。ではな"


 それだけ言って三つ目の声は聞こえなくなった。


「……真正面からと言うのは可能なのか?」

「麻衣ちゃんの回復魔法を使いつつじりじりと距離を詰めるかい?」

「あかん、辿り着く前に魔力切れるわ」

「それは三人で向かった場合ですか? 一人ならばどうです?」


 一人を盾にしてその後ろに麻衣が着き、そのまま距離を詰める作戦はどうだ?

 栞はそう提案するが麻衣は首を横に振る。


「ううん、うちが言うとるんは一人の場合よ。三人とかなら半ばまで行ったら終わるわ」

「回復アイテム――――も、焼け石に水か。そもそも使ってる時間が無い」

「背に居る麻衣に任せるとしても一人では麻衣にも攻撃が通ってしまう」

「これがせめて半包囲ではなく一列ならば、まだ此方に直撃する数は減るのですが……」


 一列に並んだまま攻撃して来るのならば、一人を盾に後ろに麻衣をで問題無いだろう。

 しかし半包囲陣形ではそうもいかない。あちらは余さず当てて来る。


「あの三つ目、確実にうちらのこと知っとる。森でルドルフくんに回復魔法かけたやろ?

あれを見たからギリで届かん距離を設定したんやと思う。

でも、アイツは遊んでる。必ず攻略法はあるはずや」


 四人の視線が紫苑に向く。何か策は? 目が雄弁に語っていた。

 さて、そんな視線を真っ向から受け止めている当人は……


「(俺は孔明でも周喩でも何でも無いんだぞ!? 無茶言うな! 無理言うな!

ああでもやらなきゃ死ぬ! 死ぬならカッコよく……いや待て。

どうせ死ぬなら先にコイツらに死んで貰った方が俺も幾らか安らかな気分で逝けるな)」


 既に諦めの境地でたむろしていた。

 勝てる見込みなんて欠片も無い。

 それならば散々ストレスを与えてくれた馬鹿共の死ぬ姿を見てから死ぬ方が良い。

 彼奴は本気でそう考えている。倫理道徳に背を向けた屑らしい思考だ。


「(となると……成功の可能性が僅かでもあるかな?

と思わせつつ絶対死ぬような策を練るか。うん、これなら思いつくかもしれん)」


 いや、その方がどう考えても難易度高いだろう。

 孔明でも周喩でもそんな捻くれた考えで策は立てられねえよ。

 何処まで他人の足を引っ張ることが得意なんだお前は。


「(よし、思いついた。まずは情で縛るか)皆、皆が逃げても俺は怨まない。むしろ、そうして欲しい」


 嘘吐け、ここで逃げたら七代先まで祟るつもりだろう。


「……紫苑、卿は我らがそのような選択肢に納得出来る人間だと思っているのか?」


 紫苑の胸倉を掴んでルドルフは詰め寄った。

 散々背負わせて、散々迷惑をかけて、

それでも何時だって自分達のことを考えていてくれたお前を見捨てろ?

 そんなこと出来るはずがない。帰るのならば全員一緒だ、ルドルフの想いは皆の総意だった。


「(よし、縛れたな。ああそうだ、それで良い。俺も本気で言ってねえよ。

あくまでお前らが俺の策を拒否出来んようにするための言葉でしかない)……そうか」


 今の紫苑の表情にタイトルを付けるならば"悲壮の決意"と言ったところだろうか?

 勿論これも演出だ、真実は一切存在しない。


「何か、思い浮かんだのですね?」

「そしてそれはイチバチで、うちらに大きな負担がかかる。それでも勝率は少ないってか」

「最近思ってたけど……遠慮し過ぎだよ、紫苑くん」


 紫苑を除く四人の熱が高まっていく。

 全員で生きて帰る、その意志が何処までも彼らを昂ぶらせているのだ。


「僕に腕捨てろって言った時みたいにさ。

命令してくれよ。お人好しなのも良いけど……あんまり気遣われると寂しいよ」

「と言うか天魔、卿のアレはしっかり腕がくっつくと思っていたからこそ紫苑は提示したのではないか?」

「誰が腕捨てるとか予想出来るねん」

「実質、腕を捨てたのはあなたでしょう天魔さん」


 冗談を飛ばす余裕さえ生まれて来たようだ。しかしそれも当然。

 春風紫苑は――――他人を狂わせる。

 積み重ねたものが彼らを狂わせるには十分過ぎたから。

 吐いた嘘、重ねた見栄、それらが今を形作っている。


「皆……どうしてくれる、こんな状況だってのに泣きそうになるじゃないか」


 片手で両目を覆う紫苑、その隙間からは涙が零れだしている。

 口元が緩んでいるところを見ると傍から見れば嬉し涙にしか見えないだろう。

 嬉 し さ の 理 由 は 別 だ が な。


「泣くのは早いぞ。総てを終わらせてから全員で涙しようではないか」

「生きて帰れたことに」

「私達の絆に」

「だから、涙はもう少し取っとこうよ」


 四人の顔に迷いは無い。望む未来を手に入れると誓っているから。

 強く、強く、何よりも強く自分と仲間に誓いを立てたのだ。


「(くきゃきゃきゃきゃwwwよしよしよし! よく言った! 全員地獄へ招待してやる!)」


 尚、自分は天国に逝けると思っている模様。


「――――皆の命、確かに預かった」


  さあ――――道化芝居第二幕の始まりだ。

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