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ハルジオン~口だけ野郎一代記~  作者: 曖昧
嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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28/204

見栄が招いたモノ 弐

 まだ薄暗い時間帯。紫苑達は無言で孔を目指して安土山を歩いていた。

 他四人は緊張で、紫苑の場合はテンションが上がらず。


「(あ、やべえ……帰りたくなって来た。色々流されるままにここに来たけどさ。

やっぱ危ないよな? 何時ものダンジョンよりめっちゃ危ないよな? 来るんじゃなかった……)」


 大丈夫大丈夫と甘く見て、いざその時になったら腰が引けてビビリ出す。

 何と言うかもう――――小者の鑑だ。


『お前が見栄を張るの止めて体面を気にしなかったら最初からこんなことにはなってなかったのに』

「(カスの馬鹿! そうしたら馬鹿にされるでしょ! 俺は他人に見下されるのが嫌なんだよ!)」


 もう知らない! と若干カマっぽくカス蛇の諫言を斬り捨てる紫苑。

 諫言耳に逆らうとは言うが、それでも心の何処かで気にはするものだろう。

 だがコイツにはそれが一切無い。省みると言う概念を自分に適用する気はZEROなのだ。


「ッ!」


 ふと、妙な気配を感じて立ち止まる。

 見れば他の四人も同じように足を止めて"そこ"を凝視していた。

 ポカリと空間に開いた孔、そこからは……


「……普通の孔とは違う、行けば分かる。その言葉は本当だったようだな」


 ルドルフがポツリと呟く。


「何でしょう、これは……奇妙な……」

「胸がざわざわするような締め付けられるような……」

「何だろうね、強いて言うなら――――郷愁?」


 紫苑を含めて五人は何とも言えない表情をしていた。

 孔の見た目自体は普通なのだが、放つ気配がおかしいのだ。

 引き込まれるような、涙を流してしまいそうな……そんな不思議な感覚を誘発する気配。


「(うわ……凄い、厄ネタの匂いがプンプンするよ……)」


 紫苑が何とも言えない顔をしていた理由はそこだ。

 四人が感じている奇妙な感覚は一切感じていない。

 ただ単純に自分の身にロクなことが起こらない予感がして、

それでも退くことが出来ないどうしよう? と言う気分がおかしな表情を作っていたのだ。

 だからパッと見同じものを感じているように見えるだけ。

 実際は一人だけ別、と言うのが何ともこのパーティらしいと言えるだろう。


「……じっとしていても始まりません。行きましょうか」


 この孔は特殊だ。直に孔から足を踏み入れる以外でダンジョンには入れない。

 授業では転移でダンジョンに向かっているがそれは不可能。

 だからこそ現地までやって来たのだ。

 もたくさしている暇はないと栞が口火を切り、皆もそれに頷いたのだが……


「いや、その前にやることがある」


 紫苑がストップをかける。

 出鼻を挫かれた四人が不満そうに彼を見るが当人は何処吹く風。

 大阪を発つ前にアリスから渡されたトランクを開けて人形を手に取る。


「何それ、人形?」


 紫苑が手に取ったのは拳より少し大きいくらいのサイズの人形だった。

 可愛らしい兎を象ったそれはハートマークのベストを着ている。


「それを一体何に使うのだ?」

「相手は知性を持つ敵だと忘れていないか皆? ならば少し考えれば分かるだろう」

「え、ええと……何が?」


 紫苑が考えていることは極自然なものだった。

 見も蓋も無いが、これは現実でそう言うことは有り得るのだと。


「孔を潜って俺達はダンジョンに入り、決まった場所に出現する。

こちらの孔は動かないしあちらの孔も動かない――――ならば罠を仕掛けられる」


 紫苑はゲームをしない。そう言う娯楽が金を大量に消費すると知っているとから。

 だからこそ二束三文で売られている本などで暇を潰している。

 だが、知らないと言うわけではないのだ。

 小学生、中学生の時にはクラスメイトと話を合わせるために買ったことがあるのだ。

 もっとも、冒険者育成学校に入学する際に必要なくなったからと売り払ったが。


「連中はこっちには出て来ないらしいが、あちらでは何でも出来る。

人間が一番最初に降り立つ地点に即死もののトラップを仕掛けられたら?」


 話を合わせるためだけにやっていたRPGで何時も疑問だった。

 入り口が一つしかないダンジョン、何故そこに罠を仕掛けない?

 コスト問題で大掛かりなものが使えないとしても安いものなら仕掛けられる。

 コストを度外視するならば大掛かりなものを仕掛けられるはずだ。

 敵に知性が無い? いいや、そんなことはない。

 大抵のボスキャラと言うものは知性を持っていた。

 ならば確実にダメージを与えられる機をどうして逃がすのだ?


「(ま、プレイヤー側への配慮なんだろうがな)言いたいことは伝わったか?」


 ダンジョンに入る度にダメージやら即死を食らってたらそれはもうクソゲーだ。

 バランスも何もないユーザーへの配慮を欠いた仕様としか言えない。

 だがこれは現実、紛うことなき現実。

 巣穴の向こうに居るのはこれまで戦って来た知性無きモンスターではない。

 高度な知性を有した人外の存在なのだ。であれば何があっても不思議ではない。

 少なくとも冒険者プレイヤーの配慮などは期待出来ようはずもない。


「言われれば、そうだね。ギルド側も孔の所在を確認しただけで中に入ったわけじゃないらしいし」

「……少しばかりこの妙な空気に呑まれていたようだ」

「緊張感の欠如っちゅーんかな? 紫苑くんの言う通りや」

「して、その人形はどのように使用するのです?」


 四人も頭のキレが悪いわけではない、落ち着いていれば可能性に思い至れただろう。


「今から説明する(フン! 足を引っ張らないでくださる!?)」


 紫苑が居て良かったと彼らは思っているが、当人は間抜け! と内心で罵倒していた。


「この兎は偵察人形だ。こうすれば――――デカくなる」


 指から噛み切った血を地面に置いた兎に垂らすと、兎はみるみる大きくなった。

 紫苑の腰ほどに成長した兎の頭に手を置き、片目の視界を繋げる。


「重さは俺とほぼ同じくらい。今は視覚も繋げていて、動かすのは俺の声だけで良い。

擬似的ではあるが一応生命でもある、重さと命に反応するタイプなら問題無い。

それ以外の罠に反応しそうな要素もつけたかったが……アリスも万能ではなくてな」


 跳ねろ、と命じると兎がピョンピョン跳ね始めた。

 時折腰につけた時計を気にしているのは意味の無いアクションだ。


「何か鉱山のカナリアみたいだね。いやっまあ、便利だけどさ」

「……天魔ちゃん、個人的感情入ってへん?」


 ケッ、と唾を吐く天魔に震えながらも麻衣はツッコミは欠かさない。

 伊達に大阪在住で関西弁を使っているわけではないのだ。

 まあ、その割りに色々と怪しい言葉遣いなのでお国はまた別かもしれないが。


「とにかく紫苑、やるのなら早く頼む」

「ああ、分かっている(うっせんだよ馬鹿金髪! 気付いてなかった癖に偉そうに言うな死ね)」


 リンクしている左目を閉じたまま紫苑は兎に命令を出す。

 敬礼をして孔に飛び込んで行った兎は……


「どうですか?」

「……しばし待て」


 流れ込んで来るのは長閑な光景のみ。

 田畑のようなものが存在し、遠くには山が見える。

 一言で表現するならば田舎――――と言ったところだろうか?


「周囲を探れ」


 紫苑の命令を受けた兎が出現地点をパタパタと走り回るが特に何も起こらない。


「……今のところは何も無いようだな」

「よし! ならば行こうぞ!!」

「いや待て、まだ何か……」


 引っかかるものがあるのだ。

 パッと思い浮かびはしないが、それでも自分ならまだ何かやるはず。

 そして自分が思い浮かぶ以上敵が思い浮かばないはずもないのだが……


「慎重過ぎるよそりゃ。何時まで経っても入れしないって」

「そうです。気負い過ぎはよくありませんよ?」

「安心しろ。私達は死なぬし卿も死なせはせん」

「やねえ。入らんことには何も始まらんよ?」


 成るほど、それは確かに正論だ。


「……そうだな(クソクソクソ! 怖くて怖くてしゃあないんだよ俺は!!)」


 臆病者と謗られるのが嫌な紫苑は渋々同意を示す。

 現状で何か思いついていない以上、彼らを止める術は無い。

 それに彼らが言うように何時までもじっとしているわけにはいかないのだ。


「よし、往くぞ!!」


 ルドルフの号令と共に全員が孔へ飛び込む。

 上下左右の感覚が消え奇妙な浮遊感を味わって数秒でダンジョンに辿り着く。


「何とまあ、長閑な光景ですね。何だか気が抜け――――」


 そこで紫苑は思い至った。

 気付けたのは単純な事実に突き当たったから。

 何時人間が入って来るかは分からない、

それでも知性があり敵対の意思があるならば出現地点に監視はおくはず。

 そいつに兎を見られていたら? そしてそれが斥候だと見抜かれたら?

 それならば第一の矢で仕留めることを止めて慮外にある第二の矢を使うはずだ。


「土中か!?」


 言うと同時に土中から飛び出した手が紫苑の足首を掴み何かを刻印する。

 すると一瞬の後に身体が浮かび上がり何処かへ飛んで行く。

 咄嗟に紫苑の服を掴めたルドルフもまた同じように何処かへと……


「遊んでやがる……!!」


 残された三人はその叫びを最後に紫苑の姿を見失ってしまう。

 高速で飛び去って行った方向は遠くに見える山だ。


「――――え、あ……う、嘘やろ……?」


 一瞬にして二人が戦線を離脱してしまった。

 その事実が麻衣の頭を混乱させている。無理もない、こんな洗礼は初めてなのだから。


「何たる手抜かり……! 私は、何処まで足を引っ張れば……!!」


 栞は悔やんでいる。孔に飛び込む前に抱いていた紫苑の疑念を酌んでやればと。

 真っ先に土中の罠に気付けた彼の意見をちゃんと聞いておくべきだったのだ。

 背負わせ過ぎだからこそ自分達も良いところを見せないと、

そんな焦りにも似た感情が紫苑の足を引っ張ってしまった事実がこんなにも痛い。

 だが、その悔やみは見当違いだ。紫苑も正しかったが栞らも正しかったのだ。

 どちらにしろ入らねばいけなかったのだし、

そもそもあの場で待っていたとしても紫苑がすぐに気付けたかも怪しいのだから。


「悔やむ暇はないよ。今僕らがやるべきことは何なのかを考えるべきだ」


 天魔は冷静だった。別に悔やんでいないわけではない。

 ただ、それらを奥底に封じ込めて今やるべきことをするべきだと思っているだけ。


「土中の手はすぐに消えた。紫苑くんに触れ数秒で刻印を刻んだと同時に消えた。

それと紫苑くんが残した"遊んでやがる"って言葉はどう言う意味だ?」


 飛ばしたのはあくまで紫苑だけ。他の人間には手出しをされていない。

 その事実から導き出される仮説は幾つかある。


「分散させて飛ばされた先で数の暴力を使って各個撃破、と言う殺す気の罠かこれは?」


 であれば全員を飛ばした方が良い。

 現に土中から飛び出した手が複数だったら全員が掴まれ飛ばされていたはずだ。

 紫苑の足に刻まれた刻印は磁石のような働きをしていると天魔は睨んでいる。

 何処かにあるもう一つの刻印に向けて引き寄せられると言うのが予想の一つ。

 その予想を踏まえた上で考えると、

全員を飛ばさなかったのは単純に引き付ける側の刻印が一つしかない?

 いや、それは楽観だ。全員が飛ばされる可能性を考慮した方が良いだろう。


「ならば何故全員を飛ばさなかったのです?」

「えーっと……何時飛ばされるか分からないことで精神的重圧をかけるとか?」


 あるいは意識を常に一定土中に向けさせることで他になるべく目を向けさせないため?

 栞は即座にそう推測した。


「いや違うね。にしても一人だけってのはおかしい。中途半端だよ。

そう言う狙いがあったとしても二人飛ばす方が殺す上では効率的だ。

ルドルフくんが着いて行ったのはありゃ偶然だからカウントしない方が良い」


 一人消した、けど四人が残る。

 四人残るなら仲間の救出に行くと言う精神状態になるだろう。

 だが二人なら? 撤退も視野に入れるはずだ。

 気持ちが撤退に引っ張られた状態を突くのは効果的。

 ならば殺す気であるならば全員を飛ばさずとも最低で二人削る方が得策だ。


「僕らの要を抉り取った? それを判断する要素は何処だ?」


 紫苑はこのパーティにおける柱だ。大なり小なり依存している。

 そこを抉り取るのも効果的と言えば効果的だが……


「――――止めや。考えるのはそこまでにしよ」


 パチン、と両手を叩いて天魔の思考を断つ。

 麻衣はこの場に居る自分が成すべきことに思い至ったのだ。


「そもそも相手は何考えとる奴なんか分からん。だから紫苑くんの言葉を信じた方がええ。

"遊んでやがる"それが一番よ。遊びで翻弄する、遊びで殺す、そう考えた方が建設的や」


 あれは紫苑が自分に向けたメッセージだと思っている。

 遊びを仕掛ける側の思惑は読み取れない、後手に回らざるを得ないのは証明された。

 ならばやるべきこと、出来ることをしろ。

 その場その場での対応を考えるのが残されたお前の役目だと叱咤されたと思っているのだが……

 言うまでもなくそんな理由ではない。


「わけ分からん連中への自分なりの対処の仕方をようやく見つけたわ。

こりゃピッチャーとバッターがおる野球やない。

ピッチャーとピッチャーが相手の顔面目掛けて投げ合っとる成立せん野球や。

せやったら何をするべきか? 勿論相手のやることも考えなあかん。

しゃあけどそれに引き摺られ過ぎたらあかん。あくまでうちらは相手の顔面潰さなあかんねん」


 そりゃ相手の考えを看破出来ることもあるだろう、だが出来ないこともある。

 しかし出来たか出来てないかがイマイチ判然としない。

 ならば考えるべきはどうやって敵を潰すかだ。


「せやから今やるべきことは何や? 紫苑くんやルドルフくんと合流することや。

ほんでから何某かの成果を持ち帰るか幾らか敵をぶっ倒して帰ることちゃうの?

あくまで今回は軽いジャブみたいな探索なんやから気張り過ぎてもあかんよ」


 サイコパスのメモリーと言う深淵を覗き、自分がどんな心構えで居るべきかを理解した。

 守りの思考は最低限で良い。仲間と自分が生きているのならそれで良しと考えろ。

 必要なのは攻めの思考、ガンガン動いて自分達の生存確率を上げることだ。

 敵は人間の常識を過信するわけにはいかない相手だ、けれど役立たずではないだろう。

 ならば十分、それだけ分かれば十分。一々動じてはいけない。


「……オーライ、頼りになるじゃないか麻衣ちゃん」

「そらまあ、紫苑くんが居らん以上うちが頑張るしかないもん」

「ならば私達二人の命、お預けしますよ」

「もち! バッチリ受け止めたで。ほなら、行こか」


 紫苑らが消えて行った方向目指して歩き出す三人娘。

 緊張感はあるが焦りは無い、彼らが無事だと信じているからだ。


「しかし何だね、こう……気が抜ける空気だねここ」

「ええ。孔の前で感じた妙な郷愁がここには満ちている」

「あれ何やろうねえ」


 天魔は極自然な動作で麻衣の頭を抑えて伏せさせた。


「へ?」


 頭上を通り過ぎて行ったのは彼女の頭より少し大きい火球だ。


「敵ですね」

「ああ、敵だよ」


 義肢を鳴らしながら火球が飛んで来た方向を睨みつける。

 そこには襤褸を纏った二腕二足の敵が複数居た。

 攻撃されるまで気付けなかった、

仕留めるつもりならば全員で一斉射撃していた方が効果的だっただろう。

 やっぱり意図は読めない――――だから遊ばれていると考える。


「灰色の肌にあの容姿……絵巻の餓鬼に似てますけど、角はありませんね」

「さっきの火球は彼らが持ってる長い筒みたいなのから放たれたのかな?」

「鉄砲かな? ちゅーか攻撃魔法やよねあれ」


 このパーティでは使える人間は居ないが攻撃魔法と言うものもちゃんと存在する。


「あれが発動媒介なんでしょうか?」

「でも魔力は感じなかったでしょ」

「つーと弾丸か銃に攻撃魔法が付与されとるん? そんなん初耳やわ」


 誰でも使えるインスタントな攻撃魔法と言うものは存在していない。

 ならば敵が使っているものが攻撃魔法ならば新技術と言えるだろう。


「どちらにしろ倒すべき敵です。そこらは後々考えましょう」

「だね。麻衣ちゃん、僕の背中に抱きついて」


 遮蔽物は存在しているけれど、この人数では一緒に動いた方が安全だ。

 麻衣も天魔の意図が分かったからこそ、その指示に従う。

 なるべく天魔の動きを阻害しないようにひっつくと彼女はニヤリと笑う。


「動きませんね、彼ら」

「チャージとかあるのかな? さてはて、どうだろうね」


 射程に関しては考えても無駄だ。

 先ほど天魔は過ぎ去って行った火球を軽く目で追ってみたが、

消滅することなく視認出来ない距離まであっと言う間に過ぎ去ってしまったのだ。


「とりあえず行きましょうか」

「うん」


 彼我の距離は四、五百メートル。

 二人が百メートルほど距離を詰めた時、第二射が来た。

 今度は全員で――二十ほどの火球が迫る。


「速度は遅くはないが速くも無い」

「回避出来ますが威力はどんなものでしょうね」


 火球を回避し、一気に速度を上げて攻め潰そうとしたその時だった。


「後ろや!!」


 後方から二十ほどの火球が放たれる。

 上手く攻め気を挫かれただけでなく、飛び上がることで回避させられてしまった。


「やっぱり来たかよ!」


 上昇が止まるその段階を狙っての第三射は右方から放たれた。

 どうやら次を撃つまでに幾許かの時間が必要らしい。

 だからこそ前、後ろ、右に配置していたのだろう。


「私が防ぎます!」


 栞の糸が自分を含めた三人を覆い隠す繭を形成する。


「威力はどんなもん? 糸の強度が分からんからうちには分からんのやけど」


 繭を衝撃が襲う。

 しかし、糸自体の強度を知らない麻衣達では判断が出来ない。


「私が生身で二発受ければその箇所が使い物にならない程度ですね」

「まあ、一撃必殺って威力が無いようなら問題ないわ。でも、この後どうする?」


 地面に着地したが未だに繭は纏ったままだ。

 このままでは削り殺されるだけ。上手くタイミングを見て解除し攻めねばならない。


「後、四回くらいの射撃には耐えられますが……」

「――――下から攻めるかい?」

「ああ、成るほど。うちらがやられた手をそっくりそのまま返すわけや」

「成功するでしょうか?」

「やってみないと分からないからとりあえずやってみよう」


 言うやなるべく音を立てないように天魔は穴を掘り始めた。

 一分としないうちに三人の身体がすっぽり収まる穴が完成した。


「繭はそのままが良いでしょうね」

「ああ、合図したら解除して。麻衣ちゃんは――――」

「分かっとる。土中からの敵に警戒やろ?」

「うん。そして僕は上だ」


 パチン、と天魔が指を鳴らすと同時に繭は解除された。

 同時に敵は気付いたはずだ、三人娘の姿が無いことに。


「持久戦か、速攻か……さあ、どうする?」


 逸ったのならば穴の近くまで来て射撃をするだろう。

 持久戦に移行するのならば敵は動かないはずだ。


「気配が散っていく……?」

「偵察、みたいなものやったんかな?」

「とは言えこのまま油断して穴を出てそこを撃たれると言うのも間抜けですね」

「つーかこれ、どうにも殺す気が見えない布陣だよね」


 射撃に時間がかかるような代物であるならそれなりの運用方法がある。

 火縄銃のようなものならそれに適した布陣をするべきなのだ。

 だがこれは何だ? 前方は第一の餌で後方からの銃撃で跳ねさせると言うのは良い。

 その後で仕留める射撃が来るのも良い――――だが何故右方だけ?

 左方にも兵を配置するべきだ。兵が少ないのか?

 いやそもそも前方のチャージは終わっていないのか? 終わっているならそこも使うべきだ。

 使って来ると思っていたからこそ栞は全方位を守れる繭を作ったのだから。


「やる気、あるんでしょうか?」

「さあ? どうにも馬鹿らしいねえ」


 意図が見えて来ないのは気持ち悪くてしょうがない。


「つーか予想してたのと違うんだよね。知能を持つ強力な敵ってさぁ」


 天魔はもんのすごい力を持った化け物が理知的に戦うのを想像していたのだ。

 それがこれは何だ?

 実際に殺していないからどうとも言えないが、あの餓鬼もどきは弱い。


「……それより、何時までもじーっとしとるわけにはいかんよ。

とりあえず穴から顔を出そう。狙い打たれてもすぐには死なんならうちが居る。

うちが二人に触ったまま二人が顔を出せばどうとでもなる」


 死んでない、そして一分以内ならば心臓が無くなっても再生させられる。

 そんな強力な回復魔法が使える麻衣なればこその手だ。

 二人はそれに頷き穴から顔を出すが……


「い、居ない……やっぱり僕ら遊ばれてるぞこれ」

「……多少苛つきますが今はそんな場合ではありません」

「うん、早く紫苑くん達を探しに行こう。天魔ちゃん、また負ぶってくれる?」

「了解」


 穴から飛び出た三人は遅れを取り戻すように疾走する。

 勿論敵への警戒も忘れていないが、敵はそもそも出て来ない。


「どうにも調子が出ないねえ。これが狙いなら大したもんだよ」

「ですね。こうも気持ちが悪いと……」


 愚痴りながらも山中に突入。

 途上で落とし穴や足を引っ掛けるための綱に引っ掛かったりしたがダメージは無い。

 本当に遊ばれていると言う表現がピッタリだ。


「なあ、紫苑くんらここに居るんかな?」

「ルドルフくんは分からないけど紫苑くんは居ると思うよ。匂いがする」

「匂いって……犬ですかあなたは……」

「首輪とか着けられるのも悪くないかもね」


 冗談になっていない冗談を飛ばしながら奥へ奥へと進んで行くと……


「ぜぇええええええええええい!!」


 聞き覚えのある声が耳に届く。

 直ぐにその場へ行くとルドルフが槍を片手に戦っていた。


「チィッ……! 貴様、中々の使い手よな!? 知能があるのは分かっている。何か言ったらどうだ!?」


 金髪の偉丈夫に相対するはニメートルは優に超えている髑髏。

 否、髑髏の鎧を身に着けた怪物だ。そいつは骨の槍を手にルドルフと打ち合っている。


「弾いた!?」


 加勢すべく糸を放つ栞だったが髑髏の怪物は、

僅かたりとも視線をこちらに向けていないのに片手で糸を弾いた。


「む! 卿らか! よくぞ来て――――ぬお?!」


 大振りの一撃を槍で受け止めたルドルフだが、膂力が違い過ぎて身体が浮いてしまう。


「貴様、得物を捨てるとはそれでも槍使いか!」


 振り切った槍を捨てて、フリーとなった両手でルドルフの頭を掴み――投擲。


「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 加勢しようとしていた天魔にぶつかってしまう。

 上手く勢いを挫いた敵は槍も拾わずにこの場を離脱して行ってしまった。


「あだだだ……ちょ、重いからどいてよ」

「うぎゅう……う、うちのがキツイんですけどぉ……?」


 ルドルフは天魔の上に、天魔は麻衣の上に。

 二人の体重がもろにかかる麻衣はとっても愉快な顔色に変わっていた。


「むむ、すまんすまん。しかし、卿らは無事だったか」

「そちらも無事のようで。紫苑さんは?」

「うむ、途中で掴んでいた服が千切れて私だけ落ちたのだ。

山の中に消えたのは分かったからすぐに追って来たのだが……」


 あの髑髏に邪魔をされてしまった。

 随分と長い間殺り合っていたらしくルドルフの身体には小さくない傷が刻まれている。


「今回復するわ」

「いや良い。動けん程度ではないからな。まだ温存しておけ」

「あかんて! 何があるか分からんのやから」


 ピシャリとルドルフの言葉を撥ね付けて麻衣は回復を施す。


「それよりこれで四人だ。後は紫苑くんを回収しなくちゃね」

「退くか進むかの判断をするのは全員が揃ってから」

「せやね。よし、早く紫苑くん探しに行こう」

「ならばこちらだ。方角くらいは何となく分かる」


 そのまま進んで進んで辿り着いたのはそれなりの高さがある谷だった。

 キョロキョロと辺りを見渡している一行は谷底にあるものを見て絶句。

 彼らが目にしたのは、


「……う、嘘やろ……?」


 夥 し い 量 の 血 の 痕 だ っ た。

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