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ハルジオン~口だけ野郎一代記~  作者: 曖昧
嘘を重ねて引き返せなくなる第一部

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見栄が招いたモノ 壱

「……おい、誰か喋ったらどうだ? 私、軽く泣きそうだぞ」


 狭い部屋に六人、小さなテーブルを囲んで食事を摂っている。

 部屋の主である紫苑は我関せずとばかりに栞が用意させた弁当を食べていた。


「……そ、そないこと言うても、なあ?」


 紫苑、ルドルフと麻衣を除く女三人はメンチを切りながらもくもくと食事を続けている。

 誰一人として品を欠いた雑な食べ方をしていないのが恐ろしい。

 天魔も栞もアリスもそれぞれ良い育ちをしているからだろう。


「ねえ紫苑お兄さん、どうして今日はこんなに早いの? 半ドン?」


 さらりと空になった紫苑のコップに茶を注ぐアリス。

 気遣いが出来る女なのよ? アピールがとても薄ら寒い。


「それは君には言えないことだね」


 紫苑が若干頬を緩ませ食べていたオカズをさらりと譲渡する天魔。

 箸が動き弁当箱に入れるまでがまるで見えない。

 気遣いが出来る女だよ? アピールがとても薄ら寒い。


「ええ、これは私達の問題ですので」


 紫苑の口に食べかすが着いているのを目敏く発見した栞が、

目にも留まらぬ速さでその食べかすをハンカチで拭う。

 気遣いが出来る女で御座いますよ? アピールがとても薄ら寒い。


「そう言うあなた達こそ家族の会話に口を出さないでくださらない?」

「(誰が家族だクソガキ! 良くてお前は便利な道具だよバーカ)まあ、何だ……」


 いい加減鬱陶しくなって来た紫苑がようやく口を開く。

 自分関係とは言え火が自分に散って来ない修羅場に恐怖は無い。

 が、いい加減鬱陶しくなって来たのだ――――ルドルフらの視線が。


「アリス、お前は賢い子だ。察して欲しい」

「それならば断片だけでも頂戴な」

「若い命を何だと思っているのか……愚か極まる老害共が喚きたてているんだよ」


 少ない言葉だがこれだけで察せる事実は多い。

 まず一つ、学校の――――ではなく、更に上にあるギルドが紫苑らを動かしていること。

 そしてそれは不本意であり危険なものであること。

 冒険者にとっての危険とは何だ? 言うまでもなくダンジョンだ。

 加えてただのダンジョンでないことも察せる。


「成るほどね。紫苑お兄さんも大変ね」


 察すことが出来るとは言え、実際に察せるのは頭が良い人間だ。

 アリスは断片だけでほぼ正確に把握した、つまりは頭が良いと言うこと。

 また、ルールに抵触しない程度に断片を開示した紫苑も頭が――いや、コイツの場合は小賢しいか。

 あるいは小ずるい? どちらにしてもその評価が妥当だろう。


「大変なのは後ろでぬくぬくしている俺よりも他の四人さ」


 実際に前で戦う三人、

その三人を回復させるためにタイミングを計って前に出なければいけない麻衣。

 共に危険であるのは確かだが、紫苑の言葉は無論本心ではない。

 単なるついでとばかりのおべっかだ。


「ほう……卿がぬくぬく、となあ。そう思っている者が居たら私はその者の頬を殴り飛ばすぞ」


 ニッ、とルドルフが不敵な笑みを浮かべる。

 馬鹿ではあるが男気に溢れている男なのだ。


「私達全員を生かすために卿は何時だって必死だ。ま、少しは顔に出して欲しいがな」

「ふふ、それは言えてますね。殿方と言うのは意地っ張りですから」

「それでもたまに眉根を寄せてることはあるけどね」

「いやいや、それも何時もの顔と大して変わらんやん」


 心は一つとばかりに笑う四人だが、生憎と一つではない。

 加えてアリスはこの光景に嫉妬を駆り立てられ、四人を皆殺しにしたくなっている。


「――――アリス、例のものは?(空気がまずいな。変えんといかん)」


 何を考えているかは分からずとも、良くない空気だとは分かる。

 ゆえに紫苑は彼女に自分は頼られているのだと言う飴を与えた。

 真性の屑ではあるが、彼はある意味で恐ろしい屑だ。

 屈服させるのは容易いが、同じ側に立っていると容易く取り込まれる。

 取り込まれた者らは駒のように扱われていることに気付けない。


「うん、バッチリよ。理由は聞いてなかったけど今回の絡みなのね」

「ああ、理由は言ってなかったがそれでもお前は良い仕事をしてくれたはずだ」

「も、もう! 見てもいないのに煽てちゃ嫌よ」


 アリスは花のかんばせをこれでもかと言うくらいに綻ばせている。

 その甘い笑顔を見ていると花の香りが漂って来そうだ。


「ちょっと待っててね!」

「ああ」

「一体何を頼んだのです?」

「アリスは強い。それは戦った俺達がよく知っているな?」


 肉弾戦をやらせても三人に引けは取らないだろう。

 ドームでの勝利も精神的動揺があったればこそだ。

 何一つとして、何一つとして欠けていない状態であれば負けていた可能性が高い。


「そんなアイツの一番の武器は何だ?」

「――――お待たせ!」


 リビングの穴につけられた扉から戻って来たアリスの手には旅行鞄が一つ。

 クラシックなデザインで、装飾にはトランプのマークが用いられている。


「マニュアルも中に入れておいたから。とは言っても簡単に動かせるよう調整はしてあるから」

「すまない」

「ううん、でも直にじゃないから自由自在にとはいかないわよ?」

「十分だ。お前でなければこれを拵えるのに幾らかかったことか」

「えへへ……節約上手ってやつね! アリスは良いお嫁さんになれるわ♪」

「それ自分で言うことじゃないよね」

「精々がオママゴトのお嫁さんでしょうに」


 ……空気が重苦しくなる。

 もういい加減面倒になって来た紫苑はガン無視して食事を再開する。

 良家の料理人が手ずから拵えたお重は美味しく、箸が止らない。


「ご馳走様でした(ふぅ……飯だけは感謝してやっても良いな)」


 予定ではとりあえず明日一日潜るだけだ。

 なので明日の分の着替えと念のためもう一日分を持っていけば問題は無いだろう。

 手早く着替えを取り出してスポーツバッグに放り込めば準備は完了。


「歯ブラシ持った、歯磨き粉持った、ドライヤーにタオルもOK……」


 最終確認を終えた紫苑は不本意ながらアリスに声をかける。


「俺が留守の間、家は頼んだぞ」

「うん! 泥棒が入って来たら殺して人形にしてやるわ!」

「(これでハイと言えば殺人教唆になるのだろうか?)戸締りはしっかりな。それと火の元にも」


 細かな注意をしているが、正直ルークが居るのだから問題は無いだろう。

 紫苑もアリスと共同生活をし始めて気付いたのだがルークはとても気が利く。

 ゴミ出しだって忘れていたらやってくれるし、掃除だってマメにしてくれる。

 ぶっちゃけると主夫だ――――あの外見で。


「行ってらっしゃい紫苑お兄さん」


 ちゅ、っと唇に軽く触れるだけのキスをしてアリスは笑った。

 笑えない紫苑はそのまま軽く手を振って下に降りて行く。

 殺気立っている女二人については完全スルーだ。


「ところで卿らに聞きたいのだが近江八幡とはどんなところなのだ?」

「どんなって……うちも近畿住みやけど大阪以外は京都ぐらいしか行かんしなぁ」

「俺もだ。正直、琵琶湖くらいしかイメージが無い。ああでも、今回行くところは少しばかり知ってる」


 とは言っても実際に行ったことがあるわけではない。

 単純に知識として知っているだけだ。


「二十一世紀に旧八幡市と旧安土町が合併されたのが近江八幡市でな。

今回行くのは旧安土町――――信長で有名なあの安土だ。もっとも、城跡もロクに無いが」


 旧安土町のとある場所に開いた穴、その中にあるダンジョンが今回の目的地だ。


「NOBU☆NAGAか! 坊主を燃やしたアレだな!」

「い、いや確かに寺社に何かと喧嘩吹っ掛けていましたが……」

「にしても……もっとあるやろ、ほら長篠やら桶狭間やら」

「先進的な人物だったとかもあるな。坊主を燃やすところだけをピックアップするのはどうかと」

「日本統一政策、商業政策と見るべきところは色々あるよね」


 馬鹿外国人の戯言に日本人勢が一気にツッコミを入れる。


「うむ、それも知っているが……当時としては寺社と言うのはある種の不可侵だったんだろう?

そこに敢えて踏み込んで僧達を燃やし尽くしたと言うのは偉業だろう。

まあ、ダンジョーも東大寺を燃やしているがな。

そう言う未知に踏み込む姿勢はある種、我ら冒険者とも似通っていると思うのだ」


 安土桃山時代の冒険者、それが織田信長だと評すルドルフ。

 だがそれを言うなら歴史上には何人も冒険者は居る。

 未知や禁忌を踏破した偉人などは両手で数えても足りない。


「と言うより人の性だろうよ。常に未知を求めてそこを切り拓いていくのはな。

そう、誰もが冒険者なんだ。日常の些細な場面でその人にとっては勇気ある決断……

それもまた冒険者だよ。未知に踏み込み姿勢に貴賎は無い。

織田信長だからと言って特別なわけではないさ。皆が皆、そうなのだからな」


 ルドルフの言葉に反論する紫苑。

 本心で言っているわけではなく単にルドルフのドヤ顔が鬱陶しかったから反論しただけだ。


「お前の国で言うならチョビ髭アドルフもそうじゃないのか? 善悪はあれども、な」

「……うむ、確かにそうかもしれんな。彼の人もまた冒険者と言えば冒険者だ」

「ま、切り拓いた先に未来はなく――遠い時間の果てでも悪人呼ばわりされているがな」


 紫苑に政治的思想は無い、だって凡人だから。

 ゆえにこそ歴史上の人物にも妙な先入観は無い。

 馬鹿にすることはあれども絶対悪だ! などとは言わない。

 それが良いことか悪いことかは……個人の主観によるだろう。


「未来、か。僕らのこれもある意味じゃあ歴史に残る偉業かもね――ま、成功すればだけど」

「ええ。人類を更なるステージへ押し上げることが出来るかもしれません」


 心なしか栞の語気が強い。

 入学初日に語っていた夢を持つがゆえだろうが……それでも、妙に引っかかる。

 それが何かを見極めるにはまだまだ時間が必要だ。


「どうかな? この行いが善だと受け取られると思うのかい?」

「え? 何で? あのアムリタみたいな発見出来たらすっごい便利やん」

「紫苑くんはどう思う?」


 天魔が言わんとしていることは紫苑にもよく分かる。

 彼女は個人に対してはともかく、人類全体と言う括りには何も期待していない。


「一理あるだろうな(何だか眠くなって来た……お昼ご飯の後だもんなぁ……)」

「それは一体どう言うことで?」


 すぅっと栞の目が細まる。紫苑の発言でも看過出来ないものがあったらしい。


「(この妙に揺れの少ない快適なリムジンが悪いんだ! クソ、金持ちめ……俺を堕落させる気か!)

人間の欲には際限が無い。満たされると言うことを知らん生き物だ、俺達はな」


 真剣な栞とは対照的に紫苑には一欠片足りとも真剣さが無い。

 と言うかお前は既に堕落しているだろうが。


「例えばルドルフ、その槍の技量……鍛えても鍛えても足りん、もっと上へと思うだろう?」

「無論。だがそれは向上心と言うものではないか?」

「本質は欲だよ。偶々それがプラスの方向に働いているだけ」


 紫苑は人間に期待していない、自分を除く総てが愚かだと思っているタイプだ。

 この自分を除いて――――と言うのがポイント。

 あくまで自分だけは素晴らしいと言う醜悪な自己愛は曲げない。


「足りぬ足りぬと喰い荒らして貪り尽くして、さあ何処へ行く?

無限と言うものはない。花も枯れるし、尽きぬ資源も無い。

今の時代はダンジョンと言うものがあるから戦争も少ない。

あっても、小さなものばかり。しかし俺達はそれを笑うことは出来ん。

飽きずに何度も何度も戦争を繰り返しているからこそ今の俺達が居るんだからな。

足りぬ足りぬ、もっともっとと求め続けて間違い続けて来たのが俺達にんげんだ」


 淡々と事実だけを述べる紫苑に誰も何も言えなかった。

 確かに彼の言葉はその通りだし、しかしそれだけないとも言える。

 だがそれだけじゃない部分を具体的に言葉に出来ないのだ。


「さあ、想像の翼を羽ばたかせてみろ。俺達が仮に偉大な発見をしたとしよう。

それが余りにも貴重であるがゆえに争いが起こらないとどうして断言出来る?

争いが起こり、巻き込まれた者らにとっては八つ当たりであろうとも俺達は悪にしか見えない。

そして遠い未来の歴史にも戦争の引き金を引いたと書かれるかもしれない」


 それが一概に善だとは言い切れぬ理由だ。

 もしそうなったとしても紫苑らに背負うべき責任は無いし、彼は気にもしない。

 だが気にしている者が居るのもまた事実。栞などは難しい顔をしている。


「ま、言っても詮無いことだがな。先のことなど誰にも分からん。

今目の前にあるものに精一杯ぶつかって行くことを俺は悪だとは思わんよ。

プラスの方向に働いている欲ならばそのままに突き進めば良い。

もし誰かが過ちを犯そうとも、それはそれ。俺達には止めてくれる誰かが傍に居る」


 本当に何もかもが綺麗だ。綺麗過ぎて吐き気がするくらいに汚い。

 綺麗な皮を剥いだら醜いものしか詰まっていない――それが春風紫苑クオリティーである。


「今だけに責任を持てば良いと言うわけではない、過去にも未来にも責任を負うべきだ。

しかしそちらに傾倒し過ぎて現在いまを疎かにしてしまったらそれは本末転倒だろう?」


 現在過去未来も責任なんて負う気も無いのに随分とまあ立派な口ですね。


「結論としては考え過ぎず、かと言って疎かにせずってことかな?」


 基本的にニュートラルな思考の天魔がそう結論付けた。

 紫苑もそれに異論は無い。

 今回口を開いたのも別に自分の意見を貫きたかったからとかではなく、

純粋に問われたからちゃんと答えたまでのこと。

 無理にああだこうだと言ったところで仕方ない。


「そんなもんで良いんじゃないか?

あくまで俺のも俺個人の意見だし違う考えを持つ人間が居ても良い(と言うかどうでも良い)」


 紫苑の眠気はそろそろ限界だった。


「……じゃあ、俺は少し眠るから話はこの辺で良いか?」

「あ、そう? ごめんね、眠いのに話題振っちゃってさ」

「(ホントだよ。慰謝料とか貰って良いレベル)いや、良い。おやすみ」


 紫苑の詐欺っぷりも慰謝料貰って良いレベルだ。


「……何と言うか、複雑だな紫苑も」


 紫苑が眠りについたのを見計らってルドルフがそう切り出した。

 信念も何も無い先ほどの会話だが、聞いている人間にとっては何かを齎したのだ。


「実直、誠実、真面目、私はそれが紫苑の総てだと思っていた」

「まあ、何ちゅーか学級委員長気質やもんね」

「極たまに滑るギャグ言って照れてたりもするけど基本はそうだからねえ」


 確かに性格はどうであれ学級委員と言うのは向いている。

 見た目的にも、他者が抱くイメージ的にも。

 これで伊達メガネの一つでもかければ似合い過ぎていて気持ち悪いくらいだろう。


「うむ、概ねそんなところだろうと言うのが共通見解だったようだが……

今の話を聞いて思った。紫苑は人間が汚いと思っている。

それでも綺麗な部分もあるのだと自分に言い聞かせている……寂しい期待だな」


 性悪説を正しいと認めながらも、だからって悪のままじゃない。

 人間には素敵な部分も多々あるのだと自分に言い聞かせている。

 ルドルフはそんな風に感じた。


「これで見切りをつけてそんなものだと割り切ってしまえば楽なんだろうけどねえ」


 人間は所詮こんなものと見切りをつけてしまえば楽だ。

 綺麗な部分なんか無いと思ってしまえば探し続けて辛い思いをすることもない。

 綺麗な人間を見つけたとしてもどうせコイツだって中身は悪だと思えば楽だ。

 綺麗だと認めてしまったら他の人間の醜さが浮き彫りになってしまうのだから。


「周りにあるのが総て汚泥、でも泥の中に宝石が一欠片。

その一欠片を見つけてしまい改めて周りを見ると――――余りにも残酷だよ」


 変に期待を抱くから辛い思いをするのだと天魔は呟く。

 勘違いマックスなのだが別に誰が損をするわけでもないので良いだろう。

 ああいや、勘違いしてる方は損か。でも気付いて無いから問題ないだけで。


「それが出来るほど器用な男でもあるまい。紫苑も、私達もな」


 ルドルフは性善説を掲げている。

 それでもさっきの紫苑の言葉には正しさがあったと認めざるを得ない。

 しかし、それだけじゃないのだとも思っている。

 だから自分と紫苑は似ているのだと。違う点があるとすれば、


「私は深く考えないからな。ドツボに嵌ることもない。まったく……損な性格だよ紫苑は」


 だからこそ一緒に居て心地が良いのだろうとルドルフは苦笑を浮かべる。


「変に小器用な男よりはよっぽどええと思うよ?」


 その変に小器用な男が紫苑です。


「そうだな。小器用なだけの男ならばアリス・ミラーの心も溶かせなかっただろうて」

「……あの時、初めて見ました。紫苑さんが泣いたところを」


 今まで考えごとをしていた栞も会話に加わる。

 ぼんやりと流れる景色を見ながら口にしたのはあの大阪ドームでの出来事。


「短い付き合いとは言え、涙を流すようなタマでも無いと思っていたのだがな」


 心の強い男だと思っていた、けれども違ったのだ。


「そりゃ完璧超人じゃあるまいし涙くらい流すさ」

「ああ、そこを勘違いしていた。だからこそ、背負わせ過ぎていたともな」


 アリスのことだけではない。

 顔の見えない暗殺者についても随分と気を揉ませてしまっていた。

 ルドルフはあの件があったからこそ更に強くなろうと思えたのだ。


「仲間とは縋るものではない、支えあうものだと再確認出来たよ。分かっていたつもりなのだがな」

「あの一件を見るに、非情になれようとも、心は確かに傷付いているのだと痛感しました」


 自傷を以ってアリスの存在を刻み込み、

祈るように総てを終わらせようとしていた紫苑の悲痛な表情が栞の脳裏に蘇る。

 忘れない、絶対に忘れないと心と身体に傷を刻もうとしていたその姿は――哀しかった。


「人間が綺麗なものじゃないと分かってるのに、それでも涙を流すんだもんね」

「ルドルフくんの言葉通りや。ホンマに――――寂しい期待やよ」


 しんみりとした空気が車内を満たす。

 これではいかんと思ったのか、ルドルフは眦を上げて宣言する。


「だからこそ、支え合おうではないか。紫苑が全身全霊で我らを支えてくれるように……

我らもまた、支えよう。どうにも放って置けないこのリーダーをな」


 暗い空気を吹き飛ばすドヤ顔に、他の三人の顔も緩む。


「せやね。ふふ、何かええなぁこう言うの」

「クラスの中で一番団結力があるでしょうね、このパーティは」

「何かむず痒くもあるけど――――悪くないや」


 ひとしきり笑った後、四人もまた目を閉じて眠りにつく。

 紫苑の静かな寝息に釣られたらしい。

 午後の穏やかな光が差し込む車内で眠る少年少女達は皆、幸せそうだった。


「ふふ」


 運転手を務める栞の執事倉橋はそれを見て笑みを零した。

 話している内容は遮音装置により聞き取れなかったが、

視覚情報だけでも十分に伝わって来るのだ――――子供達の成長が。


「若いとは、素敵ですなぁ」


 そのまま車を走らせてしばし。

 指定された宿までもうすぐと言うところで紫苑が目を覚ます。


「ん……あぁ……良く寝た(おいカス蛇、目的地に着いた系?)」

『知らん。俺様が分かるわけねえだろ』

「(役立たずだなぁ……つかコイツら寝てるし。良い御身分ですねえ)」


 総てがブーメランとなって戻って来るが戻って来た事実にすら気付いていないらしい。


「ふわぁ……んー……おはよう紫苑くん」

「ああ、おはよう」


 そうこうしていると他の四人も起き出して来た。

 寝起きと言うこともあって全員寝惚け眼だが、とりあえず会話は出来るらしい。


「おー……案外、田舎って感じのとこやねえ」

「そりゃ大阪に比べたら仕方ないよ」

「だが私はこう言う空気の方が好きだがな」

「あら、あれが御宿でしょうか?」


 古めかしい造りの旅館前で車が停まり、ドアが開く。

 やはりここが目的地のようだ。

 五人はそれぞれの荷物を手に取り旅館に入る。

 そこそこ大きな場所だがやけに人気が無い。


「頼もう! 大阪から来た冒険者学校の生徒なのだが!!」


 仲居すら迎えに来ない現状を打破すべくルドルフが叫ぶ。

 玄関先で大声を出すのもはしたないが、この場合は已む無しだ。


「うるさいなぁ! 聞こえているよ!」


 ドタドタと奥から現れたのは旅館に不釣合いなスーツを着た青年だった。

 キッチリ整えられた七三にオプションはメガネ、あだ名はカマキリくんだろうか?


「ん、あんたギルドの人間かい?」


 ふと、スーツに刻印されているギルドマークを見つける。

 天魔が問うと男は苛立ちを隠しもせずに頷いた。どうやら神経質な手合いのようだ。


「ああそうさ。フン……何で僕が学生なんかの……」

「(ムカつくなコイツ)随分と礼を欠いているな。

どうやらギルドの質は目も当てられないくらいに劣化しているらしい」


 カマキリの態度に苛ついた紫苑が先制口撃を放つ。

 いきなりの言葉にポカーンとしている男に向かって更なる追撃。


「名乗りの礼ぐらいは取って当然だろう。

そもそも俺達はそっちの勝手な都合で振り回されているんだ。

礼を欠いたら人間が人間である意味が無い。それすら出来んのならば帰ってくれ」


 別の人間を寄越せと暗に告げているのだ。


「い、言ってくれるじゃないか。立場が分かってるのかい?」

「今言ったじゃないか――――馬鹿に振り回されてるってね」


 ケラケラと天魔が男を茶化すと彼は益々顔を赤くしてがなり立てる。


「ッッ! お前ら、覚えたからな。後々覚悟していると良い」

「ああ、こちらも覚えたさ。卿のようなロクデナシが応対に当たったとな」

「とりあえず写メ撮っておきましょうか。後々使えそうですし」

「ちょ、ちょっとちょっと! 落ち着こ?」


 沸騰馬鹿四人を諌める麻衣がとても可哀そうだ。

 一緒になって口撃を加えていれば気を揉むこともないのに……。


「良いから手短に事情を説明してくれないか?

俺達はここに来るようにしか言われていないんだ。説明責任と言う言葉を知っているなら頼む」


 知らなければ辞書で引けと毒づく紫苑。

 ただでさえ印象が悪いギルドだ、容赦をするつもりは無い。

 だってムカつくし、何よりイジメてると楽しいから。


「ッッ~! 僕は鎌田桐緒、ギルドの使いだ。旅館に人が居ないのは借り切っているから。

食事等は時間になると用意はされるけど基本的にここには僕しか居ない。

夜中空腹だったら一階にある食堂に行ってくれ。コンビニであれやれこや買って来ている。

入浴は部屋のものを使え。それと、用意した武具防具装具は二回の大広間にある。

勝手に使えとのお達しだ。後はこれ! おい、リーダーは誰だ!?」


 怒ってはいるがこれ以上ここで言い争いをしても不毛と悟ったのだろう。

 カマキリは一気に捲くし立て始めた。


「彼だよ。名前は春風紫苑くん」

「名前は知ってる! ほら、これを受け取れ」


 手渡されたのは携帯端末だった。


「ここに詳しいことが記録されているから後ほど目を通しておくように。分かったな!?」

「いちいちがなり立てなくても聞こえている。良い大人がみっともないと思わないのか?」

「生意気なガキ共だな……! まあ良いさ。どうせ死ぬだろうし?」


 このテンションに着いて行くのが面倒になった紫苑は脱力する。

 イジメるのも楽しいがそれよりも疲れの方が大きいのだ。

 ある意味稀有と言えるだろう。


「本物の冒険者でもないタダのガキなんだからね」

「本物? 偽物? 呆れた……まあ良い。それより俺達の部屋は何処にあるんだ?」

「二階に上がれば案内板があるさ、それを見ろ。それと、呆れたってのはどう言うことだ!?」

「どうでも良いさ。さ、行くぞ皆」


 他の面子も紫苑の言葉に異を挟まなかった。

 ここでカマキリの相手をしていても時間の無駄だと悟ったからだ。


「しかし何なんやろあの人……疲れるわぁ」


 二階に上がり、カマキリが着いて来ないのを確認した途端麻衣が大きな溜息を吐く。


「同感です――っと、これが案内板ですね。ああ、あっちの部屋ですか」


 案内通りに進むと大部屋に辿り着く。

 中は広く、襖で男女が分けられるようになっていた。


「どうする? 荷物置けたし武具やら見に行く?」

「いや、それより渡された端末の確認だ。紫苑、どうだ?」

「んー……ちょっと待て」


 弄れるタイプだったから良かったものの、

操作が分からなければどうするつもりだったのだろうか?

 マニュアル一つ渡さない不親切っぷりに紫苑は軽く苛ついていた。


「武器や防具、アクセサリーの目録と詳細……孔までのアクセス――って待て」

「どうしました?」

「いや、明朝出発なのは知っていたが……徒歩で孔まで行けと言うことらしい」

「え、車とか用意してないの?」

「安土山にあるらしいんだが……危険だと言うことで封鎖されているようでな……」


 車を運転出来る面子はここには居ない。だって十八以下だから。

 となるとギルドの人間が運転すれば? と言うわけにもいかないらしい。


「どうやら本当に許可された者以外は立ち入れんらしい。それがギルドの人間であっても」

「何やのんそれ……せやったら許可出る人間寄越して車で連れてってよ」

「選別されたとは言えやはり学生だからと侮られているのでしょうか?」

「ふ、ふふふ……私は挑発には積極的に乗るタイプだ」

「僕も舐められっぱなしは趣味じゃない。奴らの度肝抜いてやろうじゃないか」


 ふつふつとやる気を漲らせる四人だが……


「(朝っぱらから山登りとか萎えるわぁ……ただでさえ先行き不透明なのによぉ……)」


 紫苑のテンションはダダ下がりだった。

ふと見ればブクマも600に……何と言うか嬉しいですね。

これからも楽しく読んで頂けるよう頑張ります!


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